13話 帰ってきた異世界生活
執務室を出て2階にあるつまみぐい室、というか談話室まで歩いて向かう。
アレクサンドラさんが領主だった時と基本的には何も変わらないけど、あちこちに立ってる衛兵は人間からコボルト兵にチェンジしていた。
あと以前は廊下でメイドさんをよく見かけたけど今は見かけないなぁ。
「ねぇねぇ、メイドさんって今どうなってるのかな?」
「ああ、それが……募集はかけているんですけど、みんな魔族の人を怖がっちゃってなかなか……」
「あちゃあ。まだそんな感じなんだ。それじゃあ館のお掃除とか大変なんじゃない?」
「そうですねぇ。でもアルサが結構がんばってくれているのでわりとなんとかなってますよ」
おお、アルサまだメイド続けてたんだ。
根はマジメそうなコだけど、逃げ出そうとか考えなかったのかしら。
なんて話をしながら談話室に到着。
メルティちゃんがお茶の準備を始めたので私とモーちゃんは高そうなソファに座っ……
メキメキメキバキッ!!
「モォン!?」
モーちゃんがドスンと座るとその重量に耐えきれず、ソファから痛ましい悲鳴が!
彼はサッと立ち上がってすぐさまソファを確認する。
背もたれ等をすりすりと触って様子を探っていた手が急にピクンっと止まった。
「あの……モーちゃん?」
「ま、まま、まったく脆い椅子であるな! 危うく壊れるところであった! フゥ~いや、あぶなかった!」
いやいや、音的に絶対にお亡くなりになられてるよ!
というか明らかに体格にあってない椅子になぜ無理やり座ろうとしたんだい。
色々思うところはあったがとにかく、モーちゃんはセーフ! という雰囲気で押し通すつもりのようだ。
「あの! 今、すごい木が折れる音が聞こえたんですけど、どうかされましたか!?」
メルティちゃんが慌てて様子を見に戻ってくる。
「ピューピュピューピュー」
モーちゃんは牛みたいな顔してるのに流暢な口笛を吹いて知らんぷりした。
口笛吹いてごまかすって近年では見かけなくなった古のテクニックに懐かしさを覚えたので私もノッてあげようか。
「なんでもないよメルティちゃん。なんでもないし関係ないコト聞くけど、このソファって高いのかな?」
「えっ、それはまぁ……おそらく牛一頭の肉より高い値がつくと思いますけど」
「ブモッ!?」
なぜ牛肉の値と比べたんだろう。
モーちゃんの体がビクッと震えた。
「だってさ、モーちゃん」
「ハハッそうか、しかし我輩には関係のない話であるな。だって壊していないから」
「ええっ、もしかしてソファ壊しちゃったんですか!? ひどい!」
「……ところでヒナちゃんよ、まずは何から手をつけてゆくか考えておるのかな。聞いた感じ、問題は山積みのようであるが」
モーちゃんの燃えるように赤い瞳からは、都合の悪い現実から目を背けようという強烈な意思を感じた。
まぁ、いいか。最近は逃げるのは恥ずかしい事だけど役に立つこともあるという風潮だからね、逃げ恥だね。
そういうワケで今日のところは見逃してあげることにした。
「うーん、どうだろうねぇ。メルティちゃん、今のところヤバそうな問題って何かな。思いつく限り、ザッと挙げてみてくれるかな」
「いや、ソファが……はぁ……」
館の管理を預かるメルティちゃん的にはソファの件が気になって仕方なさそうだげど、問題案件を指を折りながら挙げていく。
「とりあえず街の落ち着かない雰囲気が問題ですね。他の街との交易は一応、通常通り行われているのですが、魔族に占領されたこの街を恐れ嫌って商人が来なくなったり、街から出ていったまま戻らない者もいて流通がちょっと滞ってしまってます」
「なるほど……他には?」
「エルシアド周辺を治める貴族たちとの関係性が弱くなっています。しぶしぶ従ってる方々が大半で、このままではエルシアドとの関係を断って他の国や有力貴族の元に庇護を求めるのではないかと」
「えーっと、それってどれくらいマズいの?」
「それは色々と……例えば果物一つ取引するにしても他国に属した領地から、となれば今までより高い税金がかかるようになるでしょうし……」
うーん、それは確かにヤバそうだけど……。
やっべぇ! どうしたらいいか全っ然わかんにゃい。
「モーちゃん、領主経験者として何か意見は?」
「モハハ! なぁに、所詮は力よ! 力こそが正義! 貧弱な貴族どもなぞ武力で脅せばすぐに屈服するに違いなかろうよ!」
「あのー、それをやったらたぶん神様にすごく怒られると思うけど大丈夫?」
「モグッ……し、しかし我輩のご先祖様たちは魔界の領地をそうやって治めてきたワケで……他のやり方は分からないモー!」
えっ!?
この牛、いきなり語尾にモーを付けだしたよ!?
「その牛の言う事は一理あるぜ」
「おや、この声は……イベっち?」
部屋のどこからか彼女の声が聞こえたので見回してみると、メルティちゃんのお腹をスーッとすり抜けてイベっちが顔を出した。
「わぁああああ!? ええええええええぇぇ!?」
メルティちゃんは絶叫した。
かくいう私もビクッとしちゃったよ。
彼女はパニくりながらも自分のお腹から生えてきたように見えるイベっちの頭を掴もうとする。
しかし、スルッと手がすり抜けちゃうものだから余計にアタフタと動揺することとなった。
「くくっ、良い反応じゃねーか」
イベっちは楽しそうにメルティちゃんから全身をくぐり抜けさせて姿を現した。
「えっ、わっ、まっ!?」
なおも驚き続ける彼女の頬をペチペチとイベっちがタッチする。
「あれっ、触れる?」
「ひひひ、スマンスマン。からかって悪かったな。アタシの名前はイベリコ豚子。ゴーストだから触れたりスリ抜けたりはお手の物なのさ」
そう言ってテーブルに腕をすり抜けさせたと思えば、今度はその上に置いてあったクッキーをシッカリつまんでサクサク食べてみせる。
「ほう、お主は死霊軍団の長ではないか。なぜ、ここへ?」
モーちゃんが立ち上がって若干、威圧するように問いただす。
「うわっ、なんかこの牛怖ぇな。泉、アタシのこと説明してないのかよ? 魔王も軍師の件、なんにも聞いてなかったみたいだぞ」
イベっちがササッと私の方に避難してきた。
モーちゃんのこと苦手なのかな?
そういえば他の魔族幹部とはウマが合わないので、あまり話した事がないとかって言ってたっけ。
「ごめんごめん、あの色情魔とはちょっと色々あってね。モーちゃん、彼女は私の軍師になってくれるって約束をしてたんだ。頭が良いからきっと私たちの力になってくれるコト請け合いだよ」
「ふむ……そうであったか。それは失礼した。ささ、是非この椅子に座るとよい」
モーちゃんは今しがた自分が破壊したソファをイベっちに薦めた。
「あ、ああ。そんじゃ失礼します……」
ちょっとモーちゃんにビビるイベっち萌えるわぁ。
実体化した彼女が体重を預けるとソファの角がパキィンッと乾いた音を立ててヘシ折れ、イベっちのガクンッてなった。
「ええ!? なんだこの椅子!? 壊れ……!?」
「ブモモォォオオオオッ! 壊した! 壊した! やっちまったなぁ!?」
モーちゃんが狂喜乱舞してハシャぎまわりだした!
嬉しそうだなぁ。
こいつ、このザマで伯爵とか一体どうやって領地を治めていたんだい。
「ご、ごめん! アタシ、そんな……どうしよう……うう」
おっと、イベっちは豆腐メンタルの持ち主だったのを忘れていたよ。
今にも泣きだしそうなのですぐに支援を出さねば!
「大丈夫だよイベっち。壊したのはあの牛だから。イベっちは利用されただから」
「え……?」
「やっぱり……! さっき破壊音が聞こえた時にすでにあの牛に壊されていたんですね!」
状況をすぐさま把握したメルティちゃんも味方に加わり、イベっちに状況を説明する。




