13話 帰ってきた異世界生活
城の二階の一角から神様の気配を感じる。
向かってみると、そこは開放的なサロンとなっていた。
ソファがあって、カウンター席もあって、談話したり食事をとったりしてくつろぐ事が出来る場所だ。
「えーと、神様は、っと……」
野球が出来そうなくらい広い……いや、そんな広いワケないわ。
卓球が出来そうなくらい広いサロン内を見回すと隅っこで大きな牛がじーっとコチラを見ているのにすぐ気が付いた。
牛といってもオーク君みたいなもんで二足歩行に5本の指がある。
と、その指の先を見るとソファで寝そべっている小さい神様を発見した。
どうやら牛に身体をもみほぐしマッサージさせているらしい。
「あ、神様いたいた。私が来たよー」
「んぇ? むおぉ、ヒナか。出迎えるつもりじゃったが気持ちよくて微睡んでしもうたわ」
もうよいぞ、と牛にマッサージを止めるよう伝えて「んん~っ」とちっちゃい身体で背伸びをする。
幼女がマッサージなんてナマイキな、と思ってしまう光景だけど神様ああ見えて高齢者だからね。
実年齢は何歳か知らないけど。
「神様、お疲れ?」
「そりゃのう。そなたがおらん間、エルシアドの件で色々とホネを折ったのじゃよ」
神様がグリグリと肩を回す。
肩凝ってるのかな?
「ま、人間の領土を侵略しようなどと言い出したのはワシなのじゃから、後処理をワシがするのも当然の責任ではあるのじゃが」
「神様、ちょっといいかな?」
「ん?」
私は神様の右手首をつかんで頭の上まで持ち上げ、肘を曲げさせ身体の中心に向けて引っ張った。
と同時に左手首をつかんで腰の後ろに回して、右腕と左腕でS字を描くようにストレッチをしてあげる。
「はぉー、なんじゃコレ! おおおお、なんか肩と腰に効くのう!」
「そう? よかった。マッサージするならストレッチも一緒にやった方が効果的かなって」
今度は逆に左腕を上げて、右腕を腰の後ろに回して逆S字にしてグイグイ引っ張ってあげた。
なでられてるネコみたいに目を細めてウットリしている神様を見ているとなんだかコッチまで癒されちゃうね。
「ふーむ、ストレッチか。マッサージだけならたまにしてもらうのじゃが……これは侮りがたし! これモーちゃんよ、参考にしておくのじゃぞ?」
「ハハァッ」
モーちゃんが深々と頭を下げる。
赤い布を見てブチ切れてる闘牛みたいに怖そうな顔の牛だと思ってたけど、モーちゃんとは可愛いげのあるお名前じゃないですか。
こんな外見でも性格は意外と癒されアニマルなのかも知れないね。
「モーちゃん、良かったら今度、腰痛に効くストレッチをいくつか教えよっか? 肩凝りは腰から来るパターンもあるからね」
私はモーちゃんに営業スマイルを向けた。
「モァッ!? 馴れ馴れしいヤツめ! 我輩をモーちゃんと呼んでいいのはソロモン様だけであるわ無礼者めが!」
モーちゃんは怒りのあまり口からヨダレをビチャビチャっと撒き散らしながら私にわめき散らして、モーちゃんと呼んでいいソロモン様の髪の毛にヨダレが500ミリリットルくらいベチョオッとぶっかけられた。
「殺すぞ」
「モォオオオアアアアアアアアア!? モーし訳ありませんぬッッッ!!」
愛らしい神様の虹色でつぶらな瞳が、攻撃体制に入ったネコみたいに縦長になって漆黒に染まり、まさに視線でぶっ殺す勢いで牛を睨み付けていた。
ハタから見てるだけで超怖ぇ。
当事者の可哀想な牛は土下座しながらぶるぶると震え上がってる。
「ま、まぁまぁ神様。ほら、あそこにお高くとまった泉があるからアレで髪の毛洗おうよ、ね?」
サロンの中央にある女神っぽい彫像の持つ水瓶からジャボジャボと清らかな水が泉に注がれている。
フーッ! と興奮している神様の背中にそっと手を添え、刺激しないように泉までお連れして髪をジャパジャパ洗ってあげた。
とりあえずネットリとした液体は洗い流したけど、ヨダレのニオイが仄かに漂う。
「エッチさん!」
私がパチンと指パッチンすると空中に紫色の魔方陣が現れて、エッチさんがポワンッとモヤから飛び出してきた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪」
「昭和かよっ! エッチさん、頭を洗うシャンプー的なモノってあるかな?」
「ありますとも! 男を誘惑する甘やかなフレグランスのサキュバスシャンプーをどうぞ」
事態を察したエッチさんは光沢のある桃色の液体をビピュッと指先から出して神様の髪の毛にふりかけてくれた。
おや、確かに甘くていいニオイが鼻腔をくすぐるよ。
「かゆいところはございませんか?」
私はシャカシャカと神様の頭を泡立ててあげる。
「ふぉおお、もうちょい下……もうちょい右……おおおん、
そこじゃ! そこそこっ!」
頭皮をシャカシャカする度に癒されるのかしらね、神様の殺気がみるみる減衰していくのを感じた。
最後にキレイな水で泡を洗い流すと、神様の鬼みたいな形相だった顔も清らかな表情にチェンジしていた。
まったく、来て早々ヒヤヒヤさせやがるぜ!
「じゃあエッチさん、髪の毛拭いてあげてね」
「ぉひっ!? わ、私がソロモン様のお御髪を!?」
「なんじゃ、嫌なのかの?」
髪からポタポタと水を滴らせながらエッチさんを上目使いで見上げる神様。
「い、いえっ、喜んで拭かさせていただきスマッシュ!」
まだ神様の事が怖いらしいエッチさんは緊張のあまり敬語を崩壊させつつ爆弾処理班のように神様の髪をふかふかバスタオルで包み込んだ。
私はというと土下座しっぱなしで床と顔面が一体化している牛に話しかけた。
「えーと、ごめんね? 私が余計なことしたせいで貴方に災難がふりかかったみたいで……」
牛は様子を伺うようにおそるおそる頭を上げる。
とりあえず自分に向いていた殺気が消えたようでホッとした表情だ、たぶん。牛の表情はよく分からないけど。
「いや……コチラこそ失礼した。このモラクス、窮地を救ってもらった恩は決して忘れぬぞ戦乙女ヒナよ」
「んっ?」
モラクス?
モラクスって……確か以前、魔族の幹部で会議した時にマルバスさんと張り合ってた牛のヒトじゃなかったっけ。
ライ君たちみたいに毎日、顔を合わせてればブタ顔でも見分けがつくようになったけど、久々に会った牛のヒトの見分けはさすがにつかなかったや。
以前、どんな事を話してたかはよく覚えてないけどモラクス伯爵とかって呼ばれてたのは記憶に残っていた。
伯爵ってどれだけ偉い身分なんだろうか。
まぁ私ごときポッと出のノラ犬戦乙女よりは絶対に偉かろう。
というわけで一応、敬語を使っておこうね。
「モラクス伯爵、お久しぶりですね。お元気でした?」
「おお、先程の言葉は忘れてくれ戦乙女ヒナ。我輩の事は親愛の情を込めてモーちゃんと呼ぶがよい。言葉遣いもそんなにかしこまる必要はない」
「そう? じゃあ改めてシクヨロ、モーちゃん。私の事もヒナちゃんって呼んでね」
「そ、そうか。ではよろしく頼む……ヒナ、ちゃん」
26歳で「ちゃん」付けはちょっぴり図々しかったでしょうか。
まぁ異世界だから許されるよね。
私たちはガシリとシェイクハンドする。
「ほうほう、知らん間にそなたら仲良しさんになったようじゃの」
髪を拭いてもらってサッパリした神様が歩み寄ってくる。
「ハッ! ソ、ソロモン様、先程はヨダレが大変失礼いたしました! かくなる上はこのモラクス、舌を一センチだけ切り取って貴女様に牛タンを差し出す所存……!」
「いらんいらん! そんな薄気味悪いモノ! ま、二人の結束が固まったのであれば結果的には良かったとしようではないか。これから共にエルシアドを治める仲間なのじゃからな、そなたらは」
「あ、そうなんだ?」
コクリとモーちゃんがうなづいた。
「我輩は魔界の一部に領土を持ち、実際に治めているからな。分からぬ事があればなんなりと聞くがよいぞヒナちゃん」
おー、それは頼もしそうだね!
ありがたやありがたや。




