12話 元の生活
それからしばらく私は元の世界で日常生活を送る。
レベルアップ効果はてきめんで、会社で一日たっぷり仕事してもあまり疲れなくなったし、日用品の買い出しで重い荷物も以前より軽々と持ち運べるようになった。
ただ、アタマはあまり良くなってない気がする……。
資格試験の勉強するっぜぇええええ!! と意気込んで、とりあえず簿記の参考書を買ってみたもののなんか物凄く面倒くさい。
アメリカを横断するウルトラなクイズ大会で優勝できるくらい賢くなるんじゃなかったのかい?
「そりゃ興味ない事はアタマに入りづらいんじゃねーの? アタマが良くなってたとしてもさ」
家がわりと近い事が発覚したのでチョイチョイ遊びに来るようになったイベっちとご飯を食べながら話し合う。
「そんな事言われても……簿記なんかに興味ある人類なんて存在するの?」
「簿記なんか、って……そもそも泉はなんで簿記を勉強しようと思ったんだ?」
「うーん、まぁなんか……資格と言えばとりあえず簿記かなぁって。公認会計士とか経理とか一日中、電卓叩いてるだけで高収入なんて夢のような話じゃないのさ」
「そんなたわけた理由かよ。アタシはてっきり、領主やるハメになったから税の計算とか無駄を省くための政策を練るとかそういう目的かと関心してたんだが……」
あ、領主!
そういえば忘れてたな、その話。
忘れてたというか考えないようにしてたというか。
しかし、コッチの世界での生活のために異世界でレベルアップしようとばかり思ってたけど、異世界での生活のためにコッチで勉強する、って発想はなかったな。
「そっかー。領主やるために役立つ、と思えば簿記の勉強にも必然性を感じられて捗る、かも?」
領主の仕事も資格試験の勉強も捗る。
一石で二鳥殺せるね!
「ま、コッチの簿記が異世界で通用するかは保証しねーぞアタシは」
「いやいや、とりあえずモチベは生まれたよ。サンキューイベっち愛してる」
「愛はいらねー金をくれ」
イベっちは照れ臭そうにそっぽを向いちゃった。
このコも面倒とかなんとか毒を吐きながらも色々お世話を焼いてくれるんだよね。
同じ職場で相棒みたいに助け合いながら仕事できたらいいなー。
「あっ、じゃあイベっちもエルシアドの統治手伝ってくれたらいいじゃん! 副領主になるとかさ!」
「じゃあ、ってどういう流れだよ!? 嫌だよアタシはそんな役! 学級委員はおろか班長にすらなった時ないんだぞ!」
イベっち、キミもか。
「それなら軍師ならどうかな。イベっち、そういうの好きそうじゃん」
「はぁ!?」
うーん、ダメか。
でもイベっちが一緒なら領主生活も心強そうだ。
こうなったら月に1回、チョコパフェおごるとかで釣ってみるか……?
「ねぇ、イベ……」
「……ほう、軍師か。い、いいな、それ……」
「えっ」
あれっ、すごく満更でもない顔してるよ?
目尻の下がり具合といい、口角の上がり具合といい、私はかつてこれほど満更でもない表情は見たことがなかった。
「自分で言っといてなんだけど、そんなに軍師になりたいの?」
「常識だろうが。軍師だぞ? 燃えたぎるだろうが!」
いや、燃えたぎりませんけど……。
でも、イベっちの考えが変わるとよくないので「軍師カッコいいよね!」と調子を合わせておいておいた。
こうして私は簿記の勉強したり、領地を統治する上でタメになりそうな知恵をネット掲示板で募ってみたりしながら1ヶ月を過ごし、再び異世界へと呼び戻される日を迎えた。
迎えたっていうか、正確にはいつのなのか知らされていなかったので、油断してトイレで用を足してた瞬間、足元から魔方陣が出現して強制送還されたので異世界につくなり抱きついてきたマリアを背負い投げで床に叩きつけてから異世界生活第2幕が慌ただしくスタートしたのであった。




