12話 元の生活
部屋をお掃除してる間にイベっちは近くのドラッグストアで炭酸飲料とお菓子を買ってきたようだよ。
「イベっち、夕飯食べたの?」
「ポテチ買ったし、それ食べる」
「不摂生だなぁ」
「泉は夕飯どうするんだ」
「肉まん買ったし、それ食べるよ」
「お前だって似たよーなもんじゃねーか!」
いやいやいや、肉まんは立派なお食事ですよ。
「ま、んな事はいいや。とりあえず乾杯といこうや」
イベっちはそう言って黒い炭酸飲料をショワショワと二人分のコップに注いで手に取る。
「ありがと。えっと、何に対する乾杯にしよっか」
「そりゃエルシアド攻略記念だろうよ」
「ああ、確かにバタバタしてて祝勝会的なのはやんなかったよね。それじゃ……」
「カンパイ!」
100均で買ったクソ安物のグラスをカチンとぶつけて私たちは黒い炭酸飲料をぐびぐび飲んだ。
その後は私の領主の館での死闘を面白おかしく聞かせたり、イベっちが街の人を拘束する際に起きたトラブルを聞いたり、まさに打ち上げ的なノリとなった。
話してる内容はアレだけど、考えてみれば一人暮らし始めて部屋で友達とこんな風に盛り上がるのは久しぶりかも知れない。
大学卒業してしばらくしたら学生時代の友達とは疎遠になっちゃったしなぁ。
魔王軍でアレコレやってる間はイベっちが仲良くしてくれそうだし、時々こんな風に一緒に晩ごはん食べたいもんだね。
「あ、それで結局、ここに来た用事ってなんだったの? というか、なんで私の部屋を知ってたの? ストーカーだから?」
「いちいち余計なコト言わずにはいられねーのか!?」
「だってマリアたちといるといつのまにか私がツッコミになってるもん。せっかくイベっちがいるならボケないと」
「はぁ……芸人でもないのに芸人きどりのヤツっているよなー」
「私は心の中ではアマチュアの芸人でありたいと思っているからね。テレビに出てお金を稼ぐ事は出来ないまでも周りにいる人を笑顔に出来たらハッピーだもん」
「そりゃご立派なこって」
「で、結局なんで来たの? やっぱりストーカーだから?」
「しつけーよ!」
イベっちは黒い炭酸飲料をおかわりして一息ついた。
「アタシが来た目的はもうクリアしてんだ」
「クリア? 盗聴機をしかけ終わったって事?」
私は思わずちゃぶ台の下をのぞきこんだ。
「発想が怖いんだよ! マリアに頼まれたんだ。アンタ、元の世界に戻るの初めてだから異世界での出来事を夢かなんかだと困惑するんじゃねーかと。だから様子を見てこいってさ」
「ああ、確かに確かに! 目が覚めた時、まさに混乱してたもん」
「だけど、その様子じゃ自力で状況を把握出来たみたいだな」
「まあね、これ見てよ」
私はぺろんとシャツをめくり、割れた腹筋をイベっちに見せつける。
「うぉっ、キモッ!?」
「えっ」
キモい……?
そ、そう言われてみると……。
お腹の肉がスッキリしたのを通り越してすごくマニアックな属性の女になってしまった気が……。
「ど、どうしよう……イベっち、腹筋ってどうやったら治るのかな……」
「腹筋を治すとか意味わかんねーが……まぁ運動しなかったらタルんでくるんじゃねーか?」
「タルんでもらっちゃ困るんだよ! 真ん中はないのか真ん中は!?」
私はイベっちの肩をつかんで八つ当たり気味にがくがく揺すった。
「うぐ、いや、まぁ、それよりなんだ。なんでいきなり腹筋見せびらかしたんだ? アンタ、常識人っぽかったのに誰彼構わず腹筋を見せびらかす危険人物なのかと思って内心震えてるんだが」
「うぅ……今朝、服脱いだら腹筋割れてて『あっ、これは異世界でレベルアップした影響だ』って気付いて……」
「なるほどな。見た目が変わってりゃ気付きやすいか……ちなみに他になんか能力アップとかしてるのか?」
「さぁ……? 起きたらすぐ仕事だったから確認するヒマがなくって。あっ、でも1つだけ」
くるっと後ろを向いて手を広げる。
「なんかね、見なくても気配で人の動きを察知できるようになったっぽい」
「なにっ、本当かよ?」
イベっちが胡散臭いという感じの声をあげる。
「ふふーん。ちょっとイベっち、後ろから攻撃してみてよ」
「よぉし、そんじゃ……」
後ろを向いててもイベっちの気配を感じる。
いや、彼女の事だけでなくアパートの隣の部屋にいる住民が壁の向こうで立ち上がったり座ったりする動きまでさっきからずっと把握できている。
便利そうなんだけどなー。
資格をとらなくても、この能力で食べていける仕事があれば楽チンなんだけど空き巣くらいしか役立ちそうな事が思い付かない発想が貧困な私。
ガッ。
「えっ!?」
突然、背中から手を回されてイベっちにお腹の筋肉をつかまれる。
油断したつもりはなかったのにいつの間に近付かれたんだ?
「おお、腹筋、スゲー感触だな」
「ちょっとお腹ナデまわさんといて! ていうかアレ? 気配が分かるっていうのは私の妄想だったんだろうか」
うわっ、なんか恥ずかしいじゃないか。
「へへ、レベルアップしたのが自分だけだと思うなよ?」
ひとしきり私のお腹をまさぐったあと、イベっちは満足気に笑みを浮かべた。
「もしかしてイベっち、今なにかしたの?」
「アタシはゴースト系って事が影響してるらしい。気配とか存在感を消せるみたいだ」
「おお、すごいじゃん!」
「ま、コッチの世界で暗殺者にでもなるならともかく日常生活で気配消しても万引きくらいしか出来ねーけどな」
「ええ? ストーカーだの万引きだのイベっちいい加減にしてよ!」
「万引きなんかしねーしストーカーはアンタの妄想だろうが!?」
しかし空き巣に万引き、やはり魔王軍で身に付けた能力は犯罪的な事にしか役に立たないのでしょうか。
いやいや、きっと他にもなにかあるハズだ!
私たちは夜通し、お互いの能力の使い道についてアイディアを出しあい、コンビニで軽めのアルコールとオツマミを買い足して、そのうちイベっちが寝落ちしたので私も面倒になってそのまま寝ることにした。
おやすみなさーい。




