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12話 元の生活


「……ファッ?」


 ……?


 ん……?


 意識を朦朧とさせながら眼を開く。


 煌々と輝く蛍光灯の光が眼を突き刺してすごくまぶしい。


「うぅ……?」



 眼をこすりながら状況を確認するようにゆっくり身体を起こす。


 ……私の部屋だ。


 ……。



「あっ!? 元の世界!?」



 寝起きで記憶がちょこっと混濁していたが、すぐにさっきまで自分が異世界にいた事を思い出す。


 いや、だけど……異世界?


 常識的に考えて異世界って……本当にそんな事あるんだろうか。



 私の中にはこの1ヶ月近くの異世界での生々しい記憶が残っているけど、それでもこうして21世紀の、日本の、住み慣れたアパートの部屋に部屋着でいると全て夢だったような気もしてくる。



「うぅん、うだつの上がらない現状から脱け出したいあまり、妄想炸裂な夢を見ちゃったんじゃないかしら……いや、でも待てよ」


 ふと見ると、ちゃぶ台の上には夕飯に食べるつもりだったコロッケが散乱している。


 そうだ、確かマリアが魔方陣とともにドシュアアアアッて現れた時にちゃぶ台の上を土足で踏み散らかしたんだった。



 ……でも、本当にそうなんだろうか。


 マリアが出てきたのも夢で、ただ単に夕飯食べながら寝落ちして、その拍子にちゃぶ台に体をぶつけて上に乗ってたモノが散らばっただけかも。



 う~ん、分からん。



 考えれば考えるほど自分が心の病を発祥したのではないかと不安になってきたので、気を紛らわす目的でテレビをつけた。



 朝の情報番組をやっていた。



「朝!?」


 なんかまだ夜中だと勝手に思ってたよ!


 遅刻するほどじゃないけど、のんびり妄想に浸ってる余裕はない。


 朝食がわりに牛乳をコップ一杯飲み干して、慌てて仕事着に着替える……



 んん!?



 部屋着を脱いで上半身裸になると腹筋が割れていた。



「えっ、なんだコレ!?」


 触ってみると結構かたいぞ腹筋。


 私の記憶が確かなら若干ぽっこりとした40%割り引きで叩き売りたいお腹の肉がそこにあるハズなんだけど……。



 はっ……。



 そういえばアタマがよくなるためにアッチの世界で腹筋しまくって、その腹筋の影響がコッチの世界にも少し反映されるって話だったけど、こういう事なんでしょうか!?



 私は困惑しながら全身鏡の前でパンツ以外、全部脱いでみるとなんか全身が引き締まってスッキリしてた。


 二の腕のたるみも気にならない!



「うぉおおおおおおおスッゲェええええ!! 夢じゃなかった!! 私は究極の女子力を手に入れたんだぁああ!」



 壁の薄いボロアパートゆえ周囲に気を使って音量を抑えつつ叫ぶ。



 あ、いや、お待ちなさい。


 肝心なのは知能がアップしてるかどうかだよ?


 身体のラインがしなやかになったのは超絶嬉しいけど、本来の目的は資格とるためにアタマが良くなること。


 マリアが「ヒナさんは戦闘ステータスに特化した脳筋野郎」とか言ってた気がするから本当に知能が上がってるか心配だな……。


 

 色々と確認してみたいけど今日は金曜日。


 まずは仕事に行って、帰ったのちに色々と試してみよう。



 私は準備を済ませて会社に向かった。



 なんか足取りが異様に軽いし、アタマもすっきり冴えている。


 まるでヤクでもキメたみたいにハッピーだ!!


 いや、やった事はないですけどね……。




「おはよーございまーす」



 会社に着くと新人の社員さんが経済新聞を読んでいた。


 新聞なんか家でゆっく読めばいいのに、と思うけど下っぱ社員が上司よりあとに重役出勤するワケにも行かないし、かといって早く出社し過ぎてもさほどやる仕事もないので新聞でもじっくり読むしかないワケだ。



「ちょっと机、失礼しますねー」


 椅子に座ってて邪魔な新人くんに立ってもらって私は机を布巾で拭いてあげる。


 正直「ヒマならお前も手伝えや」と心の中で毒づきつつ「わたし、人のお世話をするのが大好きなんです!」ってツラで机に設置されてる電話の受話器の耳と口のところもキレイに拭く。



「……?」


 おや?


 なんかこの新人くん、視線が……明らかに新聞じゃなくて私の脚を見ているような……?



 私が新人くんの方に向き直ると彼はバレてないつもりだろうけど、慌ててサッと視線を新聞に戻す。



「はい、終わりましたよ。今日も一日がんばりましょー」


「あ、あ、はい。ありがとうございます泉さん」


 私は彼ににこやかに挨拶をして隣の机を拭き始める。


 あっ。


 うむむ、今度は机を拭くために前屈みになった際に後ろに突き出た腰やお尻を見られている感じがするぞ。


 いや、でもどうなんだ?


 マリアやエッチさんにセクハラされ過ぎて自意識過剰になってる可能性もあるね。


 私はなんとなく視線を避けつつ、拭き掃除を続けた。



 そのうち他の社員さんたちも出勤してきて徐々に会社が動き出していく。



 レベルアップした私の真の力を見せてやるぜ!


 と意気込んでみたものの、私の仕事は店から発注のあった商品をメーカーに注文したり、昨日、店に出荷された事になってる商品が実際には届いてないなどの欠品理由をまとめたり。


 知能がアインシュタイン級でもチンパンジーでもそう成果が変わらない仕事ばかりだ。


 いや、さすがに自分が任されているお仕事がチンパンジーでも出来たら悲しすぎるけど。



 まぁ、とりあえずレベルアップを実感できるような業務はないワケですな。



 ただ、なんか今日はやたらと他人の視線を感じる。


 引き締まった私のボディに男どもはメロメロ!?


 と、最初は思ったがどうもそういうことではなく、誰かが他の誰かに用事があって向けている視線まで気になってしまう。



 これはアレか。



 達人が相手の目を見て、次の行動を先読みするみたいなそういう感じのヤツのような気がする。


 そういう気配をビビッと敏感に感じとれて、パソコンのディスプレイを見つめながらでも同じフロアにいる人の動きが把握出来てしまう。



 一見、便利そうでしょ?


 もし誰かが私に襲いかかってきても迅速に対応できそうだけど、実際には誰も襲いかかってこないし、そうなると気が散るだけなんじゃないかな、この能力。


 少なくとも食品卸し会社の派遣女子が持ってたって宝の持ち腐れ感がスゴい能力だよ。



「すごいんだけど今の職場で活かせるチカラではないし、どうしたらいいんだろうか」


 まぁ明日から土日、2連休だ!


 ちょっとゆっくり考えてみようじゃないか。



 特に何事もなく仕事を終えた私はコンビニで肉まんを買ってアパートに帰った。




 アパートの2階に上がり、部屋の前に行こうとすると

私の部屋の前で黒髪ロングの女性がしゃがみこんでるのが見える。


 誰だ?



 家族にも友達にもああいった人物に心当たりがない。



 アパートの階段を上がったところで様子を伺っていると向こうもコチラに気付いたようで立ち上がる。



「あ、えっと、えー、泉さん、ですよね」


「はぁ……そうですけど、私に何かご用ですか?」



 その女性は私の顔を遠慮がちにのぞきこんだかと思うとフゥッと息を吐いた。



「何かご用だと? ご用があるから来たんじゃねーか」


「えっ、あれっ!? もしかして……イベっち!?」



 そう。


 いつものゴスロリ服とはかけはなれたラフなTシャツに黒いジャージパンツ姿。

 なので一瞬、分からなかったが長い前髪からのぞく綺麗なそのお顔はまごうことなくイベリコ豚子さんその人だった。



「はぁ……顔を見ればアンタだって分かるんだけど、そんなOLみたいな格好してるから緊張しちまった」


「え、なんで!? どうしてイベっちがここにいるの?」


「あー、とりあえず部屋に入れてくれ。一時間くらい待ってたから疲れた」


「ええ? 部屋汚いから嫌だよ。イベっちの部屋で話そうよ」


「せっかく来たのに今からアタシの家に帰るとか面倒過ぎるだろうが!」


「そうだね、ぶっちゃけ私も今から移動したくないよ」



 仕方なく私はササッと部屋を片付けてイベっちを招き入れた。


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