11話 人類侵略した生活
「領主なんかなりたくないよう。うぇーん、えーん」
神様がサンドイッチを食べるのを尻目に私は部屋の隅っこで泣いてみた。
するとコンコンッとノックする音が。
「マリアか。何の用かの?」
えっ、マリア?
ガチャッと扉が開くと確かに魔王マリアがそこにいた。
お姉ちゃんと顔を合わせたくないからと、街に来ようともしなかったのに一体どうしたんだろう。
「あっ、ヒナさん! またお姉ちゃんにイジメられてるんですか!?」
私の泣き真似を真に受けて、激おこプンプン丸だ!
ちなみに激おこって、もう死語らしいから気を付けてね。
「そうそう、そうなんだよ! 神様が私に領主やれってムチャぶりするもんだからさ……マリアからもなんとか言ってやってよ!」
私一人でゴネてもどうにもならないけどマリアも一緒に抗議してくれるなら、領主就任決定を覆せるかも?
「ヒナさんを領主に!?」
「ふむ、文句あるかの?」
マリアのキッとした鋭い視線をやんわり受け流す神様。
対するマリアは
「なるほど、ヒナさんほど可愛くていいニオイがして明るくて優しくて意外とスキだらけでそそるオンナなら領主くらいなって当然。お姉ちゃんにしてはグッジョブな采配ですね」
まったく頼りにならなかった。
「ちょっとマリア~~」
「まぁまぁ。私ですら魔王やれてるんですから大丈夫ですって。それに……」
「それに?」
マリアが私の耳元でひそひそと囁く。
「魔王城では人目が気になりますけど、城から離れたこの地なら二人で存分に愛し合えますよ。それはもうネットリとしっぽりとケモノのように」
「その話、私にとってデメリットなんですけど!?」
「こ、こりゃマリア! そんな良からぬ話をするでない! お前はいつもそんなふしだらな事を考えておるのか! まったく!」
さっきまで余裕の表情だった神様が動揺して立ち上がった。
人をおちょくるのは好きだけど、えっちなのはよくない考え方らしい。
イベっちと気が合うかも知れないね。
「クスクス……。お姉ちゃん、偉そうにしてるけどソッチ方面は全然なんだから。ヒナさんの一日中触りまくりたいしっとりとした肌の感触に、鼻を埋めて深呼吸したくなる甘い髪のニオイに溺れる悦楽を知らないなんてかわいそうなヒトですね」
「かわいそうなはお前のアタマじゃ! お姉ちゃんが粛清してやる!」
「え、はわっ!?」
神様がものすごいパワーでマリアの腕をグイッと引っ張って床に前のめりに伏せさせた。
そして間髪入れずお尻をペンペンと叩き出す!
いや、お尻ペンペンのレベルじゃない。
なんというか、神様がマリアのお尻を叩く度にビリビリビリッと大気が震え、執務室内に衝撃波が走ってメルティちゃんがよろめくくらいの超お尻ペンペンだった。
パシィィンッ!
「痛っ!? いったぁああああい!?」
パシィィンッ!
「痛い痛い痛いっ、お姉ちゃんホントにやめてっ!!」
パシィィンッ!
「あぅううううッ!?」
パシィィンッ!
「う、うぅうう……ひどいよぅ……ひっく、ぐすっ」
「ま、まぁまぁ神様、その辺で……」
いつもセクハラに悩まされてる私としては「いいぞ、もっとやれ」と若干思わないでもなかったけど、一応止めておいた。
「フン、まったく。ワシへの反抗心を向上心に変えるならいいが、ふしだらな方向性であてつけるような真似をしおって! 情けない情けない情けない!」
「うぅう……ふぇええん……うぅっ、ぐすっ」
なんかマリアも大変そうだなぁ。
私が領主を押し付けられたみたいに、マリアも人類侵略なんて嫌な仕事を押し付けられたんだもんねぇ。
「よしよし、今度2秒くらいおっぱい触らせてあげるから元気出しなよ」
「マジですか!?」
鼻水を垂らしながらマリアがガバッと顔を上げた。
「こりゃヒナ! そなたが誘ってどうする!?」
「いやまぁ減るもんじゃないし2秒くらいなら……」
「えぇえ今時の若い者って皆そんな感覚か? ワシの考え方が古いのか……?」
あの無敵の神様が頭を抱えて悩みだした。
やったぜ!
私はなんとなく一糸報いた気がした。
「ところでマリア、ここへは何しにやってきたの?」
「は……そうでした」
スンッとカタチのいい鼻をすすって涙をぬぐうマリア。
「ちょっとうっかりしてまして。空の魔神の器をメンテナンスする時間があと30分ほどに迫ってきました」
「おっ……空の魔神って、私が宿ってるこの身体のことだよね?」
そういえばコレ、魔神の身体なんだっけ、と確認するように私は二の腕をさすってみる。
「予定ではあと数日ほど余裕があったんですけど、急激にレベルアップした影響でこのタイミングになったみたいです」
そうなんだ。
まぁ詳しい理屈はまったく分からないのでお任せするけど。
しかし、そうかぁ。
ようやく元の身体に戻れるんだ!
今日は台風が来るから午後の講義は休講! 帰ってよし! って急に自由になれた学生時代みたいでちょっとテンション上がる。
「それじゃ、私の今後の予定はどうなるんだっけ」
「え~と、いったん向こうの世界に戻って1ヶ月経ったらコッチに戻ってきてもらいます。その際、コッチでも1ヶ月経ってる感じです」
ふ~ん、そういう感じなんだ。
いまいち時間の感覚がピン来ないけど。
「そうか……。では1カ月後、そなたが戻ってくるまでの間にそなたが滞りなく領主をやれるよう準備しておこうかの」
「うぅ……戻りたくなくなってきた」
半分冗談、半分本気でつぶやいたセリフだがマリアは心配そうな顔をした。
「あの……もしここでの生活がヒナさんの負担になっているのなら、その……戻るのをきょ、拒否しても構わないんですよ?」
えっ。
私の事を気に入ってくれてるマリアがそんな事を言うなんて。
と、ちょっと寂しい気持ちになったけど、マリアの足元を見ると不安そうにぷるぷる震えているじゃないか。
かわいいヤツめ。
私はマリアをそっと抱き寄せた。
「大丈夫、戻るよ。だってここでの生活楽しいもん」
「ヒ、ヒナさん……」
「今さらだけど、私を魔王軍にスカウトしてくれてありがとうね」
「ヒナさん……わ、私こそありがとうございまっ……ヒィッ!?」
お互い優しく抱き締めあうマリアのお尻が神様によってパシィィンっ! とひっぱたかれた。
「ふしだらなのはダメってゆったじゃろ!?」
「え、今のハグもふしだらな行為にカウントされるの?」
「ソロモン様……さすがにそれはちょっと潔癖すぎるというか、むしろソロモン様が異常者ですよ」
「え、あれっ? ワ、ワシが間違っておるのか……?」
メルティちゃんにまでたしなめられて神様はショボーンとした。
まぁそんなワケで感動のお別れシーンを台無しにされた私の意識は尻を打たれて身悶えするマリアにもたれかかったまま、急激に微睡んでゆく。
その時、魔神の身体から自分の精神がすぅーっと遠退いていくのを感覚的に理解した。




