2話 秘書のいる生活
ゴオオオオオォォン……ゴオオオォォン……
突然、巨大な鐘っぽい音が辺りに鳴り響いた。
その音に魔王がピクンと反応する。
「もうこんな時間! 会議の準備とかあるのでそろそろ失礼しますね」
さっきまでこんなので魔王やっていけてるのかという感じだったけど会議だなんてお偉いさんっぽい事もちゃんとやってるんだ。
「あっ、魔王、魔王。会議には行ってらっしゃいだけど私はこれからどうすればいいのかな」
こんなとこにほったらかしにされても困るよ。
聞きたいことはまだまだ沢山あるからね。
例えばトイレの場所とか。
いや、そもそも魔族ってトイレに行くのかな?
恐ろしい顔をした悪魔が鋭い爪の生えた手でトイレットペーパーを使ってカサカサお尻を拭いてる姿はなかなか想像しづらい。
「ちょっと待ってくださいね」
魔王は指をちょこちょこ動かし始めた。
最初は可愛いコぶってんのかコイツと思ったがよく見ると指先が輝いてて空中で模様を描いてるようだった。
魔方陣とかそういう感じなのかな。
すると例によって足元から光が溢れだす。
さっきと違って今度は紫色の光の柱。
そして光が薄らぐと、中からパリッとしたスーツを着こなし眼鏡の知的っぽい美女が立っていた。
見た感じはナイスバディなただの人間だが頭に小さいコウモリみたいな羽が生えてるあたり、やはりなんらかの魔族らしい。
「ヒナさん、彼女をあなたの秘書として付けますので分からないことはなんでも聞いてくださいね」
「お~、秘書。この私に……?」
ほんの2時間ほど前、デザートにプリンを買うかどうかで真剣に悩んでた懐も心も貧しい私に秘書がつくなんて今日はなんて日だ!良い意味で。
私の前でピシリと姿勢を正し、秘書のお姉さんが口を開く。
「初めましてヒナ様。私はエッチと申します。なんでも遠慮なくお申し付けください」
ん?
「えっち?」
「エッチです」
彼女の顔は誇らしげだった。若干ドヤ顔ですらあった。
魔族的には良い名前なのかも知れない。
「そ、そう……よろしくね」
「ではあとの事はお願いしますぅ」
そういうと魔王は足早に去っていく。
急いでいるならさっきの魔方陣とかでシュババッと移動すればいいのにその辺の機微はよく分からない。
とにかく、場にはエッチな秘書と私だけが取り残された。
「ねぇ。私、まだ人類侵略を手伝うって事以外、何も聞かされてないんだけど、とりあえず何をしたらいいのかな。根はマジメだから言ってくれれば大体の事はやるよ」
「そうですね、まず……1か月後、人間達の都市に侵攻する計画があります」
「わっ、それはまた具体的な話だね!」
「しかし、どう侵攻するかはまったく決まっていないのです。現段階だと侵攻できたらいいね~という妄想に近い状況でして」
全然具体的じゃなかった。
まぁウンコ大作戦とか発案する連中だからねぇ。
「なので作戦内容の細部が決まる……大体2週間後くらいまでヒナ様は自由行動になるでしょう」
「2週間……!」
ちょっとしたバカンスだあああ♪
そんな長期休暇なんて学生の頃以来だよ!
20時間寝てやるぞ私は!
いやまぁ本当に20時間寝るかはともかくとして今日一日くらいはダラダラしてもバチは当たらないだろう。
魔王軍最高! 魔王マリアに栄光あれだ!
「そういうワケでとりあえず少し休むよ」
クール風美女の秘書の前であまりアホ面をひっさげてハシャギまわるのもどうかと思ったのでキリッと平静を装った。
「了解しました。ではヒナ様のお部屋に案内いたしますね」
良かった。ちゃんとお部屋があるんだ!
エッチさんの案内でバルコニーから廊下に出ると色々、豪華だった。
中世の城みたいに柱からカーペットから調度品まですべて気品が漂っててカッコよい。
まるでヨーロッパ旅行に来たみたいでなかなか楽しいじゃないか。
「ところで外観を見てないんだけどここってどんな場所なの? 魔王城? っていうかお城なの?」
「ええ、お城です。正式にはハッピーラブリー城という名前ですが大体の魔族は魔王城と呼んでます」
「ハ、ハッピーラブリー城?」
「この城を造ったマリア様が命名しました」
「誰か止めなかったの?」
「止められませんでした」
よかった。止めたいという意志はあったんだね。
だったら私たち分かりあえるよ、きっと。