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10話 人類侵略する生活


「休憩おしまーい」


 わずかな時間だけど一息ついてリフレッシュした私たちは、いよいよ領主がいると思われる3階へと向かう。


 敵が攻め込まれた時に備えてか、入りくんだ造りになってた1階、2階と違って3階は通路がまっすぐに伸びて領主の謁見の間、その奥に執務室や寝室と、分かりやすく領主さま専用フロアになってる感じだ。


 今のところ、通路に兵士の姿は見えないけど……。



「ヒカリ。さっきの、動いてるヤツってどこにいるか分かる?」


「今は動いてない。でも、たぶん……そこ」



 ヒカリはスッと謁見の間を指差した。



 謁見の間。


 そこは他の部屋と違って、儀式とか色々するスペースをとっているため、かなり広い空間に作られている。

 オーク君30人が入っても動きやすいけど……どんな展開になることか。


 もしも待ち構えてるのが予想通りの相手なら、扉を開けた瞬間、魔法の炎でも飛んできてオーク君たちが丸焼きになるかも知れないな。


 うむむ。

 怖いけど、私ががんばってみるか!

 一応、みんなの上司だしさ。


「ここはちょっと慎重に。魔法抵抗力の高そうな私が先行するよ。みんなはしばらく待機しててね」


「え、危険ですよヒナ様! それなら私が……」


 エッチさんが慌てて抗議してくれる。


「大丈夫、任せといて」


 私なら死んだとしても本当に死ぬワケじゃないし。

 なんて、言葉にはしないけどね。



「……分かりました。あの、本当にお気をつけて」


 エッチさんが心配そうな顔で祈るように手を合わせた。



 私はエッチさん、ライ君に目で合図したのち、謁見の間の重い扉を開ける。


 ギィイイイッ……。


 とりあえず、火の玉とかが飛んでくるということはない。


 それを確認した私は素早く謁見の間に入って一気に突き進む。


 一直線に駆け抜けると、奥にはきらびやかな領主の座。


 そして、その大椅子にどっかりと座っている一人の少女の姿があった。



「え、アルサ……!?」



「ひっ、ヒナさんッ!?」



 なんと、いたのはアルサだった。

 彼女の他には誰もいない。


 ぶっちゃけ魔術士リジッドがラスボスっぽく待ち構えてると思ってたんだけど……。


 一瞬、戸惑った隙にアルサがバッと領主の椅子から跳ね上がって、あっという間に私の近くまで間合いを詰める!


「!?」


 素早い!

 思ってたよりすごい身体能力!

 さすが勇者か!


「あの! 自分がコッソリ領主様の椅子に座っていい気分になってたのはナイショにしてほしいッス! 絶対ッス! 一生のお願いッス!!」


 アルサは高速で1秒間に16連射で頭をペコペコペコペコ上げ下げしまくった。


 このコ、何回も一生のお願いをするタイプだな。



「あ、ああ、うん。それはいいけど。アルサ、こんなとこで何してるの?」


「いやー、つい先程まで領主さまと冒険小説の話とかで盛り上がってたんスけどね! あの人、急にカクッと寝ちゃったので」


 ん……?


 それって、もしかしてネムリタケの胞子を吸ったのでは……。


「それで自分、取り残されてヒマになったので普段見れない領主様の部屋とか見てまわってたんスけど、そのうち、この……座り心地の良さそうな椅子が目に入ってついフラフラと」


「座り心地良かったんだ?」


「それはもう。なんかこう……自分が王様になったような……逆らうものは死刑! って気分になっちゃったッス。自分が恐ろしいッス」


 意外とあぶない思想の持ち主だね!

 勇者なのに!



 というか、勇者なのに今、街が大変な事態に陥っている事に気付いていないのがスゴいよね。


 頭に「マ」ヌケをのっけた「男」と書いて勇者!


 って何かの漫画で見たのを思い出した。



「それでヒナさんはこんな時間にどうして謁見の間に? というか、そのカッコ良すぎる鎧はなんスか! 正直、羨ましいッス!」


 うーん。

 ここまで来たら正直に言うしかないけど、暴れられてケガはさせたくないしなぁ。


「えーっとね、アレだよ。余興。戦乙女ラヒルダ様ショー」


 私はまたもや戦乙女ラヒルダさまの名前を借りた。

 あなたの子孫にはなるべくヒドい事しないようにさせるのでお許しくださいねっ。



「戦乙女……って外にあった伝説の像の?」


「そうそう。その格好で手品をすることになったんだ、なぜか分からんけど」


「手品! あのハトとか出すやつッスか? 自分、好きッス!」


 アルサは幼い子供のように目を輝かせた。


 この世界の手品師もハト出すんだ。

 というか本当に魔法が存在する世界で手品ってどんな感覚で見てるんでしょうね、お客さんたちは。



「そっかそっか。そんなに好きならちょっと見せてあげるね。まずはこのタネも仕掛けもないただのロープ……」


 私は腰に下げていた例の魔法のロープをアルサに見せる。


「ふんふん。確かに怪しいところは無さそうッスね」


 思いっきり魔法のロープなんだけどキミの目がフシアナでよかった!



「まずコイツでアルサの手足をキュキュッと縛ります」


 キュキュッ。

 

「あっ、分かったッス! 脱出する手品ッス!」


 だとしたら普通、客じゃなくて手品師が縛られると思うんだよね。

 もしくは客もサクラなのか、だ。


 などと思いつつ、私はアルサの手足をしっかりと拘束した。


「ではワン、ツー、スリー! はい、みんな入ってきていいよー!」


「あえっ?」


 

 合図すると扉の影からライ君たちとエッチさんが謁見の間になだれこんできた。


「はい、ハトじゃないけどブタさんが飛び出したよ」


「う、うおおお! すごいッス! こんな手品初めて見たッス! ヤバいッス! あれ、でもこのロープには一体なんの意味が……?」


 まだ分からないのか。

 ……説明したくないなー。



「ヒナ様。お知り合いのようですがコチラは?」


「えーっと、勇者アルサだよ。領主の館に入るのにちょっと協力してくれたんだ」


 ゴーヤチャンプルーの食材買ってきてくれたり、苦味抜きを手伝ってくれたんだよね。



「ゆ、ゆうしゃ? 勇者が魔王軍に協力してくれたというのですか?」


 エッチさんが困惑しながらNGワードをポロッっと口にしてしまった。


「えっ、魔王軍?」


 アルサの表情が固まる。



「うん。実は私、この街を侵略に来たんだ」



「え、あ、え、あ……?」



 アルサはハッとした顔になり、改めてオーク君たちの方を見る。



「ンあああああああああああっ!? よ、よく見たらブタさんじゃなくてオークじゃないッスかぁ!?」


「そうなんだよね」


「え、えええ!? じゃ、それじゃ……ヒナさん、ほ、本当に魔王軍なんスか……?」


「まぁね」


「そ、そんな……」


 茫然とした顔で立ち尽くす気の毒なアルサ。



「ハッ……! というか、そんな魔物たちを引き連れてここまで上がってくるという事は……館の衛兵さんたちはまさか……」


「みんな、スヤスヤ眠っているよ。そのキノコのおかげでね」


 私は謁見の間にもちょっとだけ生えてたネムリタケを指差す。

 そういえばアルサはマリアのかけた忘却の魔法にも無意識に抵抗したらしいからね。

 彼女には眠りの胞子も効かなかったというワケか。



「眠っているだけッスか……。ちょっと安心したッス」


「うん。まぁ、私もみんなを傷つけるつもりはないから……」



「よっ、と!」



 ブッチィィイインッ!!



「え!?」


 アルサが筋肉にググッと力を入れたかと思うと彼女を拘束していた魔法のロープがティッシュかなんかみたいに簡単にちぎれとんだ。


「う、うそ……?」



 ナイフでも切れない、オークの怪力でも決して千切れない、鋼鉄級の耐久度があると説明されてたロープが、いとも簡単に……!!



「ヒ、ヒナ様、あれ、ヤバいヤツです!」


 私のみならず、エッチさんもライ君たちもアルサの異常なパワーに警戒心をMaxにする。



 縛られていた手首をコキコキと鳴らし、2、3度その場で軽くジャンプして体を慣らしていくアルサ。



「自分を拘束したいなら、ただのロープじゃなくて、魔法のロープで縛りつけるべきだったッスね」


 いやいや!

 それ、思いっきり魔法かかってたんですけど!?


 力は凄いけど、そういう細かい事は分かんない系のパワータイプの勇者様なのかな!?



「さぁ! どういう事情があるかは知んないッスけど、ヒナさんの悪行もここまでッス!! 英雄エルドラが末裔、勇者アルサ! 推して参るッスーッ!!」



 アルサは壁に飾られていた豪奢な槍をひっつかむと、まさに電光石火の早業でライ君の腹を


 ぞぶりっ


 と突き刺し、ライ君の200キロはあろう巨体が彗星のごとく謁見室の外までフッ飛んでいった。


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