10話 人類侵略する生活
「うっ!?」
扉をくぐり、館の中に踏み込むと正面エントランス内に数十人という衛兵が床に這いつくばっていた。
その数の多さに思わず声を上げてしまう小心者な私。
罠か!?
待ち構えてて一斉に襲ってくるのか!?
と身構えたけど、倒れてる兵士たちが起き上がったり、身動きをとる様子はない。
館内が薄暗いのですぐには分からなかったが、よく観察するとみんな目を閉じて眠っているようだった。
「えーっと、、これは……ネムリタケの影響、でいいのかな?」
私は気を落ち着かせながら小声でエッチさんに意見を求める。
「……そうですね。あちこちに生えてますよ、ネムリタケ」
ん、あっ。
ホントだ。
倒れてる兵士の体で床が埋め尽くされていたので見えにくいけど、確かに床にピンク色のキノコがちょこちょこ生えている。
私の撒いた胞子もちゃんと無事に成長したみたいだね。
「館の中に急に不審なキノコが生えて周りの兵士たちが眠りだした……。対処法が分からないのでとにかく外に脱出しようと試みたけれど間に合わずに眠ってしまった、という所でしょうか」
「ふむ。なるほど、納得だね」
正面玄関の扉へと手を伸ばすようにして倒れている衛兵が私の足元にいる。
あと、一メートルほどで外に出られたのにね。
と、言っても外にも胞子が舞ってるから、出られたところで眠る事には変わりないけれど。
「よし、とりあえずこの人たちを縛っちゃおうか。みんな、よろしく」
「うっす」
ざっと数えてみた感じ、50人くらいの兵士が眠ってる。
オーク君1人につき約2人ずつ縛ればいいので5分ほどで拘束作業は終わった。
作業中に廊下の奥から別の兵士たちがやってくるんじゃないかと警戒していたけど、そんな様子もないようだ。
館には200人くらい兵士が常駐してるってメイドのメルティちゃんが言ってたっけ。と言うことはまだ150人くらいがどこかにいるって事だけど……。
「私たち、ガチャガチャと鎧の音たててたのに、誰も様子見に来ないって事は館の中の人たち全員もう寝てるのかな? 寝てるよね? 寝てるといいなぁ」
希望と期待をこめてエッチさんに意見を求める。
「大半は眠っているでしょう。ただ、マジックアイテム等を使用して局地的な範囲で結界を張り、胞子から身を守ってる者たちもいるかも知れませんね」
「え~……」
ドキドキしながら扉を開けると殺気だった兵士たちが一斉に襲ってくる。
そんな事も充分ありえるのか、やっぱり。
うぅ~嫌だなぁもう!
「ちぇ。エッチさんのイジワル」
「えっ、なんで!? じゃあ寝てます。みんなグッスリです!」
「やった! エッチさん好き!」
「あー、よかった……」
エッチさんがホッとした。
じゃあ、まぁ気休めも済んだしそろそろ出発しようかとみんなに声をかけようとすると暗殺少女が顔を少し斜め上に上げて、天井の方をジーっと見つめている。
こういうネコいるな。
何もないトコを見つめているかわゆいネコちゃん。
私も横に並んでその方向に目をこらしてみるが特に異変のない天井があるだけだ。
「どうしたの?」
「……気配を感じる。たぶん、三階で誰か動いてる」
「えっ!?」
私やエッチさん、オーク君たちも天井の方に思わず注目する。
けど、上から物音などが響いてくるという事もない。
「えーっと、敵の気を感じられるの?」
まさか、こんな少年漫画みたいな質問を真面目にする日が来ようとは。
「き? よく分からないけど気配はなんとなく感じる」
このコ、すごいな。
そういえば関所の詰め所では屈強そうな兵士を軽くいなしていたし、結構なスゴ腕暗殺者なんだろうか。
「そっか……あ。それ、逆に言ったら一階と二階では誰も動いていないって事?」
「今、動いてはいない。でも気配を殺して物陰に隠れている可能性は否定できない」
むむっ。
せめて一階、二階は安全宣言が欲しかったけどダメでした。
「ふぅ……分かったよ。それじゃみんな、警戒しつつ領主を探そうね」
怖いし一気に領主の部屋まで駆け抜けたいところだけど、通りすぎた部屋から兵士が飛び出してきて後ろと前でハサミ撃ちされたら嫌なので、目にとまった部屋は1つ1つ調べていく。
ガチャっ。
と、扉を開けると槍をもったまま、うずくまっている兵士や廊下の角を曲がると兵士がバタバタ倒れていたりして、その度にビクッと心臓が縮み上がる。
でも今のところ、意識を保っている者もなく、一人ずつ縄で拘束していき、このオバケ屋敷みたいな状況にも慣れてきて、いよいよ一階の探索も終わりかけたその時。
バァアアアアンッ!!
「!?」
「うぅおおおおおおおっ!!」
槍がっ!?
扉っ!!
兵士だっ!!
オーク君が部屋の扉を開けようとすると、扉から決死の表情の兵士が飛び出してきた。
私たちが驚きで硬直した隙をついて槍の刃で薙ぎはらってくる!
「ふんっす!」
すると手前にいるオーク君を押し退け、ライ君が棍棒を振るう!
ドガッ!!
「ぐはァッ!?」
飛んできた野球ボールがバットで撃ち抜かれるように、兵士は左中間を破るタイムリーヒットとなって私たちに2点追加された。
どぉんっ!
兵士は壁に叩きつけられて動かなくなる。
「う……っ」
窮地を逃れてホッとする、という感じでもない。
吹っ飛んでいった兵士がピクリとも動かない。
死んだのではないかと不安になった。
でも近付いたらまた襲ってくるかも知れない。
情けない話だけど、私は兵士の様子を見に行く事も出来ずに動きがとれなくなった。
急に呼吸が苦しくなる。
「ヒナ様、大丈夫ですか……?」
「はぁ……ふぅ……だ、大丈夫」
じゃないけど大丈夫って言っておこう。
度胸のない26歳ヘタレOLとしては
「もう嫌ぁあ! こんなこともうたくさん! 私を家に帰してよ!」
と叫びだしたい所だけど、ここでグズグズしていては余計に危険なのは分かっているので早歩きで動かない兵士の元に向かう。
スー……スー……。
彼に近付くとすぐに呼吸が聞こえたので安心した。
「あの、ヒナ様。すんませんっす。なるべくケガさせちゃいけないと思ってたんスけど、俺もビビってしまってやり過ぎたッス」
私の元に来てライ君が頭を下げる。
「いやいやいや! よくやってくれたよ。死んでないし、キリ君も無事だし完ペキ。グッジョブ」
キリ君ってのは今、扉を開けて兵士に攻撃されそうになったオーク君の事ね。
「っていうか、ごめんねライ君。真っ先にお礼を言うべきだったのになんか動揺しちゃって」
みんなのピンチを救ってくれたのに兵士をケガさせたライ君を一瞬、責めるような空気になりかけてたな。
これはいけません。
「いえ、俺らオークの事なんか気にかけてくれるのはヒナ様くらいッス。これくらい、なんて事ないッス」
「オレも……オレなんかの名前覚えててくれて嬉しいッス。今度は俺が戦乙女さまを守るッス」
ライ君とキリ君がなんだか力が湧いてくる言葉をかけてきてくれた。
ブチブチ文句言いながら草むしりしてたキミ達がこんな事言ってくれるなんて!
先生、ちょっと泣きそうです!
「ありがとね」
両手で二人のオーク君の背中をぽんぽんっと叩く。
「あの、ここは尻をひっぱたいて欲しいッス。そのために尻の所、鎧つけてないんスから」
「うお、さすが兄貴ッス! 感動ッス!」
私は心を無にしてブタどもの尻を殴りつけてから、さらに領主の館の奥へと探索を再開した。
かなり警戒しながら扉を開けて様子をうかがっては次の部屋に向かう。
扉を開け、扉を開け、倒れてる兵士を発見しては慎重に近づき、縄で縛る。
そのうちメイドのメルティちゃんや私に館内の通行許可証をくれた兵士長にも出くわした。
彼らもありがたい事に眠っていてくれた。
「ふぅ。兵士長さんも寝ちゃってたのか。この人、手強そうだったし助かっちゃったね」
しかし、さっき襲ってきた兵士が起きてたくらいなんだから、格上っぽい兵士長は当然起きてるものだと覚悟してたんだけど。
「さっきの彼はたまたま睡眠に対する魔法抵抗力が高い体質だったのかも知れませんね」
そして自分以外の兵士が眠ってしまって怖くて震えていたところに私たちが来たのでヤケクソになって突っ込んできたのでは、とエッチさんが推測する。
「なるほどねぇ。もしかして暗殺少女ちゃんが言ってた動いてる者ってさっきの彼の事だったの?」
「違う。もっとすごい、何かが上にいる」
うぅ。
まぁ、さっきの彼がいたのは一階だもんね。
というかアレか。
魔法抵抗力が高そうで、ここまでまだ拘束していない危険な男に心当たりがある。
三階で待ち構えているのは恐らく「彼」だろう。
今、私たちの前には三階へと続く階段がある。
ここを上れば、本気モードの彼と対決というワケか。
「よし。ここまで緊張しながらの歩き通しだったし、小休憩をとろう。10分後に三階突入です。よろしくお願いします!」
私の指示を聞いて、オーク君たちがブフゥーっと息を吐く。
基本、豚の顔なので表情は人より分かりにくいけど、やはり疲れているようだ。
各自、携帯していた革の水筒でノドを湿らせている。
「……ところで」
暗殺少女がぽそりと呟いた。
「なにかな?」
「さっき、暗殺少女って……」
「ん、ああ……名前知らないから心の中ではキミの事をずっとそう呼んでてね」
「暗殺稼業やめなさい、みたいな事を私に言ってたのに?」
「すいませんっした!」
私はすぐ土下座した。
「い、いや、別に怒ってるワケじゃない。ただ、あなたにはちゃんと名前で呼んでほしい」
「ああ、なんだっけ。暗殺姐さんが呼んでた気がするけど……」
あの時は姐さんとのバトルでテンパってたからよく覚えてないんだ、ごめんよ!
「私はルィン。そう呼ばれてた」
「ん……呼ばれてた、って? なんか妙な言い方だね」
「私は小さい頃に組織に連れてこられた。本当の名前は覚えてない」
「……!」
名前は親から貰う最初の贈り物、なんて言うけれど、それをどこかに忘れてきてしまったなんてやりきれない気持ちになる。
「……キミはルィンって名前、気にいってる?」
「ちょっとカッコいい」
「そ、そっか」
キミが良いなら良いんだけどさ。
「でも暗殺者としてつけられた名前。本当は……嫌い」
そう言った彼女の目がなんだか悲しそうで、私は彼女を思わず抱き締める。
「あっ、ずるい……いいな! いいな!」
「エッチさん、ちょっとだけどっかに行ってくれる?」
「分かりました!」
エッチさんは10メートル後退した。
「じゃあキミの事は……本名を思い出すまでヒカリと呼んでいいかな?」
「ヒカリ?」
「名前がいつも光り輝いていれば、道に迷うこともなく、明るい笑顔でいられるかなって」
腕を組んで彼女は「むむ……」と考え込む。
「えっと、気に入らなかった、かな?」
「了解した。ちょっと変な名前だけど迷子にならないなら我慢する」
「へ、変な名前かな!?」
わりと真面目に考えたから変って言われちゃうとお姉さん、悲しいよ!
「うそ。ありがとう」
ヒカリはニッコリとまぶしい笑顔を見せてくれた。




