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9話 憧れの関所破りをする生活


 関所の門のすぐ近くに小屋が見える。

 番兵たちの詰め所、といった感じだろうか。


 離れたところから様子を伺うと、中には番兵が四人ほどいて一人の女性を取り囲んで何か言い争っているようだった。

 その(そば)には具合悪そうに女の子が壁にもたれかかっている。

 聞こえた言葉から察するに親子っぽいな。



「そんな……通行料はお支払いしたじゃないですか……! 早く娘をお医者様の所へ連れていってあげないと……」


「ゲヘヘ……。しかしねぇ、奥さん。アンタが野盗や暗殺者だって保証はないんだ。連中は闇に紛れてやってくるものだからな」

「そうそう。だから武器や毒薬を隠しもっていないか、体の隅々まで調べさせてもらわないと。ぐへへ……」


 番兵はゲスの極まった笑みを浮かべて女性の体に手を伸ばす。


 アイツら……なんてヤツらだ!


「イベっち、私あんな『ゲヘヘ』とか『ぐへへ』とか言うヤツ初めて見たよ!」


「まず思った事がそれなのかよ。他にも色々思えよ」



 いや、まあ防犯上、ボディチェックは仕方ないかなと思うからね。

 それにしたって女性の検査官みたいな人を配置していれば気が利いているんだけど。


 でもファンタジー世界ってちょっと昔の価値観だからそういう女性への細かな配慮はなされてなさそうなんだよね。

 


「ま、この世界にはインターネットでエロ動画も見れなければお手軽アダルトグッズもないんだ。立場を利用してムラムラ溜まったモノを発散しようってヤローも多いんだろうよ」


 うーん。という事は私も門を通ろうとしたら嫁入り前の清らかな肉体をグヘヘな番兵におさわりされてしまう可能性大か……。

 それは普通にイヤだな。

 ただしイケメンが優しくタッチするならやぶさかではない。



「ま、心配すんなって。アタシの念動力でアンタを門の上まで押し飛ばしてやるからさ」


 私が難しい顔をしてるのを察してくれたのかイベっちが魅力的な提案をしてきた。

 

「念動力!! そんなの使えるんだ!」


「へへっ。ま、最初からアンタを外に運ぶ予定でここまで付いてきたってワケよ」


 得意げイベっちが私に向かって手のひらをかざすと……


 ぐぐッ


 と、私の体が微妙に10センチくらい浮き上がった。


「わわっ! う、浮いてる! けど……」


 神様にも不思議な力で空中浮遊させてもらったが、あの時はなんの抵抗も感じずにスーッと持ち上がったのに対して、なんか今回はグラグラと体がふらつく。

 今にも落っこちそうだった。


 ドシャッ!


「痛っ!?」


 訂正。


 落っこちた! 


 バランスを崩した私は尻餅をついた、なんてナマやさしい感じじゃなく尾てい骨をしこたま地面に打ち付けた。


「ぎ、ぐぎぎ、イ、イベっち、痛いよぉ……」


「ハァハァ……わ、悪い。思ったより重くてよ……。アンタ体重何十キロあるんだ?」


「痛めつけられた上に体重まで暴露させられるなんて悪夢かよ!」


「こ、こりゃ作戦変更しないとな。ハァハァ。他のゴースト何人か呼び寄せて手伝わせるか」



 一方、私たちがモタモタしてる間に詰め所の方ではボディチェックが始まってしまっていた。

 最初は手のひらでパンパンと体を軽くはたいて、武器などの有無を調べるために必要最小限に触っていた様子だったが


「おっとぉ」


 とか言って番兵が女性の胸をガッと揉んだ。

 あのドスケベめ!


「なっ、何をするんですか!」


「悪い悪い、手が滑ってなぁ」


 女性は怒っているが番兵にはそれが楽しくて仕方ない様子。

 あ、あ! 今度は脚をなでまわしてる!

 くそぅ、見ていて胸糞が悪いぞ。


「イベっちイベっち。イベっちって確か種族、悪霊なんだよね?」


「あん? そうだが何か? まさかアイツらを呪い殺せとか言うんじゃないだろうな」


「ちょっと! 人の命を奪えとか私が言うワケないじゃん!」


「お、おお。そうだな。アンタそんな冗談嫌いそうだもんな、悪かった」


「命はとらないけど呪いでコッソリ、彼らの金玉を粉々に破壊することはできないのかな。さっきの念動力とか使ってパキュッと」



「えっ、きん……」



 イベっちは恥ずかしそうにモジモジとうつむいた。

 なんだい、その反応は。



「あの……イベっちって口は悪いけど下ネタはNGな乙女なの? ほほ~う、ヤバいな。ちょっと萌えてきたよ」


「あ、ぐ……うるせぇうるせぇ! 下ネタ好きなんて小学生かよ! バーカバーカ!」


「いや待て。私は少しくらいなら下品な事も守備範囲というだけで下ネタが大好きなワケではない。そこ大事だから」


「知るか! 黙れエロ女!」


 などとキャッキャッとじゃれあっているウチにボディチェックという名目のセクハラは終わったようだ。


 フンだ。

 もうすぐ、この街を侵略したら二度とそんな事できなくなるんだからな。

 今に見てろよセクハラ番兵ども。



「さ、これで奥さんが武器の類いを所持してない事は確認されました。疑ってすまなかったですなぁ」

「へへ、しかしイイ具合にムチムチした脚はまさしく凶器! あやうく悩殺されそうになりましたわ」


 ワハハと笑う男どもに何も言えず悔しそうに耐える女性。


「……では、もうよろしいですね」


 ただ一言、そう吐き捨てて、しゃがみこんでいた娘を起こそうとする。



「……なんか今の感じ、気にいらねぇな」



 一人の番兵が言うと、他の連中もまたもイヤらしい笑みを浮かべて顔を見合わせた。


「お~っとっと、そういやソッチのお嬢ちゃんの体はまだ調べてなかったな」


「えっ」


 ちょ、コイツらマジなの?


 番兵がまだ小学生くらいの少女に近寄っていく。

 少女はおびえ、母親がそんな彼女を守るように抱きよせる。


「やめて下さい! こんな小さな子に何をする気なんですか!? それにこの子は熱があって……!」


「アンタが悪いんだよ。触ってくださってどうもありがとうございました、ってしおらしい態度をとってりゃ娘も恥ずかしい想いをしなくて済んだのにな」

「街の治安を守る守衛さまをゴミみたいな目で見やがって」


 クソみたいな理屈をこねて番兵は母親を娘から引き剥がし、娘の方は華奢な身体を他の番兵に引き寄せられる。


「お、お母さんっ……お母さんっ!」


「やめて! お願いします! 私には何をしてもいいから娘だけは……」

 



 ふひゅー、と私は息を吐いた。


「ねぇねぇイベっち。侵略作戦的にはまだ騒ぎを起こさない方がいいんだよね」


「まぁ……そうだろうな」


 とは言うものの、イベっちも不機嫌そうに詰め所の方を睨みつけている。



 最初は街の井戸に毒薬をぶちこもうぜ! とか言ってハシャいでたからヤバい人かとも思ったけど、ああいう弱いものイジメを嫌う心も持ち合わせているんだね。


 私はちょっと嬉しくなった。



「ところでイベっち、下ネタは嫌いなんだよね」


「ああ? ……まあな」


「じゃあ存在自体が下ネタみたいなヤツらをどうしたい?」


「え、そりゃ……」


 イベっちはいったんキョトンとしたけど、すぐに私が言わんとしてる事が分かったようだ。

 彼女はニヤリと笑う。



「すごくブチ殺してぇな、今すぐに」



「じゃあさ、イベっちに体を操られたって事にして殴り込みに行ってきていいかな。私は暴れたいけど責任はとりたくないから」


 私は勝手な事を堂々とほざいた。


「アタシ一人のせいにする気かよ! 連帯責任だよ! マルチプレイだよ!」



「マルチプレイ……共に闘うって意味だっけ」


「おうよ、これは共闘イベント、だっ!」



 イベっちがパンッと私の背中を押し出すように叩くと、体がググンッと一気に前に押し出された。

 念動力で背中にブースターでもついたみたいだ。


 その勢いと共にダッシュするとすごい加速力!


「って、はわわわ!? 勢いつきすぎィィ!」


 時速100キロで走る暴走トラック戦乙女と化した私は詰め所まで猛スピードで駆け抜け、勢い余って壁に激突して


 ドバッガアアアァアアンンっ!! 

 

 と、中へと豪快にブチ入ったのだった。


 

 ちなみに予定ではちゃんと扉から入る予定でしたよ。



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