9話 憧れの関所破りをする生活
ガチ泣きしたイベっちからスタコラサッサと逃亡していると不意に人影が視界の端に入ってきた。
ゆったりとした黒い外套を頭から羽織った女性が薄暗い民家の陰でモゾモゾしている。
「ん……? こんな夜遅くにあんな場所で何をしてるんだろう。あやしい人だな……」
けど、よく考えたら甲冑姿で夜中に街を全力疾走する私もハタから見ればかなりヤベェ奴だな。
そう考えると安易に不審者と決めつけてしまった事が申し訳なく思えて、彼女に「ゴメンね」と心の中で謝った。
と、いきなり彼女の体がクラゲみたいにゆらゆらと揺れ動きながら、なんと空中を漂い始めたではないか……!
しかも、よく見たら体の色がぼんやりとして、彼女の向こう側の景色がスケスケに透けて見えているよ!
「やっぱりスゴくあやしい人だ!」
「あやしくねーよ、アタシの部下のゴーストだよ、分かれよ」
「うん、知ってた」
私がグズグズしているスキに、私の事が大好きらしいイベっちが後ろから追い付いてくるなりツッコんできた。
まぁ、エルシアドに来る前に今回の作戦に携わる人たち(魔族とか幽霊ばっかだから「人」は一人もいないけど……)とは一通り顔合わせしてるからね。
本当は黒い外套姿を見た瞬間にピンと来てました。
ゴーストな彼女は手に持った袋からサラサラと粉を撒いて、フワリと浮かんで壁を透り抜けてどこかに消えてく。
なるほど。あーやって、街中にネムリタケの胞子を撒いているワケだね。
彼女みたいなゴーストが50体いるそうだけど、街全体に胞子を撒くって、結構大変そうだな。
壁をすり抜けられるなら色々とショートカット出来るんだろうけど。
そんな、仕事に勤しむ彼女らを指揮するイベっちの心をかき乱すようなマネをした事を私は心より反省した。
「イベっちイベっち。さっきは悪質な冗談でからかってゴメンね?」
「この性悪女が……一生許さねぇからな……!」
イベっちが頬をぷくっと膨らませる。
たぶん本人は本気で不機嫌なんだろうけど、いちいち可愛いなコイツ。
これは私がもうちょっとからかいたくなっても仕方ないよ、うん。
「でも一生許さないってさ、見方によっては一生、私の事を忘れないって事でもあるよね。イベっちなんなの? さっきから愛が痛いよ?」
「なな、愛っ!? なんでそんな解釈になりやがんだよっ!? アタマ沸いてんじゃねーのかボケナスビ!?」
このやり方はエッチさんやマリアの影響だな。
うん、責める側だと楽しいな。
頬を赤らめるイベっちを視姦しつつ、お仕事の話をしようね。
「ま、それはそれとしてエルシアド侵略始まるらしいね。この後どんな流れになるかイベっち聞いてない?」
「あ? お、おお。なんせ急に魔王から号令が来たからな。細かくは分かんねぇ。ただ、胞子散布はあと小一時間もすりゃ終わりそうだからアンタは早く関所に向かった方がいいんじゃねーか」
早く……って、ぶっちゃけイベっちが襲って来なかったらもう着いてたと思いますけど。
まぁいいや。
とりあえず関所に向かって再び走り出す。
イベっちも私に付いてくるみたいだ。
「ちなみに私は関所に行ったら何かするの?」
「ああ。魔界の神ってのが、もう街の近くに来てんだけどさ。ソイツはあくまでアンタの助っ人として来ただけだから、アンタが来ないと何もしないんだとよ」
「そうなんだ、なにやら面倒くさい話だね。私なんか待たずにパパっとキノコ生やしてくれたらいいのに」
「なんつーか、アンタを特別扱いする事で他の魔族の不甲斐なさをアピールしたいんじゃねーの? 手柄を立てた主任をみんなの前で褒める事で遠回しに能無し課長をディスるみたいな」
ああ……そういえば元はと言えば魔族がたるんでるから人類侵略を命じたらしいもんね。
本来は人間な私とイベっちの軍団が街に胞子を撒いて、神様の絶大な魔力でそれを急成長させたんじゃ魔族の人たち、ほとんど何もしてないよね、確かに。
「うぅん……。それ、魔族の人らに『アイツ、生意気だ!』ってシメられないかな」
「へっ、上等だろ。そんな連中、逆にシメ上げてアタシらで魔族のツートップにのし上がってやる。そして、二人で魔界を乗っ取るってのも面白れーじゃねーか」
そんな暴走族みたいな事言われましてもねぇ。
魔界を乗っ取るとかピンと来ないよ。
私は現実世界でほどほどに働いて月収30万円越える程度の職に就く事を当面の目標とする女なのだから(もちろんボーナスももらう計算)。
ああ……月収30万円もあったら月イチで焼き肉とかお寿司食べに行ってもバチは当たらないだろうね。うへへ。
レベルアップして資格とって割りのいい仕事にクラスチェンジ!
とりあえず最難関の胞子散布の仕事はやり遂げたのだ。
よく考えたら、わりともう少しでレベルアップには手が届きそうなとこまで近づいてるハズ。
あとは街中の眠れる兵士たちをみんなで縛り上げるだけ!
「うぅおおおおやるぞぉおおお!」
ジーク焼き肉!
ジークお寿司!
「おっ、殺る気満々だな泉! 幾多のMMOで弱小ギルドを上位ランクに押し上げた、このイベリコ豚子に任しとけ!」
なにやらイベっちも気合いが入ったようだ。
明らかに私とは見てるものが違う気がするが、どうかこのまま勝手に頑張ってもらおうっと!
そして、さらに走り続けること20分。
いよいよ関所が見えてきた!
が。
「おや? 夜は門、閉まってるんだ……」
昼間は馬車が2~3台、横に並んで通れるくらいデカく開いてた門が夜はぴっちり閉じられていた。
「宵闇に紛れて野盗や魔物がなだれこんでくるのを防ぐためだろうな」
と、イベっちがなるほどな答えを教えてくれる。
うーむ、番兵さんに引き止められたら面倒くさいし、なんだったら全速力ダッシュで突っ切って突破しようかとも思ってたんだけど。
関所を改めてよく観察すると門の横に小さな扉があって、夜間に通行する場合はそこから出入りするようだ。
ただし当然、複数人の門番がしっかり見張りをしている。
「えーっと、私がいきなりコンバンワーって行って通してもらえるんだっけ」
領主の館から遠く離れた関所にラヒルダの件はまだ伝わっていないだろう。
となると、一般人として夜間にホイホイ通してもらえるかどうかの話だが……。
「いや、この時間はチェックが厳しいみたいだぜ。夜に盗みを働いてそのまま金品抱えてソッコーで街から逃げる犯罪者もいるって話だしな」
「ふむ。でも私、怪しまれる盗品とか持ってないし厳しくチェックされても大丈夫じゃない?」
「いや、真面目な話、やめとけ。どうもこの街の兵士ってのはなかなかクズも多いみたいだ。通行するのが男ならちょっと金を積めば済むみたいだが、女の場合は……」
『お願いします! 早く通してください! 娘が病気なんです!』
「ん?」
イベっちが気になる発言をしかけたその時、まさに関所の方から焦りを含んだ女性の叫び声が聞こえてきた。
「こりゃなんともいいタイミングで」
イベっちが呆れたような顔で肩をすくめる。
「え、なに? なんだろう」
「まあ百聞より一見だ。ちょっと観察しようぜ」
私たちは物陰に隠れながら関所の兵士たちに見つからないギリギリのところまで接近して声のした方の様子を伺うことにした。




