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9話 憧れの関所破りをする生活


『なるほど……それは急いだ方が良いかも知れませんね』


 館で起こった事を一通り聞いたマリアはちょっと真面目なトーンでテレパシった。


「急ぐって、何を?」


『ヒナさんが撒いてくれた胞子、軽く見ただけでは何か魔力を帯びた粉程度にしか認識出来ないでしょうけど、キチンと調べればネムリタケの胞子ってバレちゃうでしょうから……』


「でも、そんなすぐ調べるかな? みんな、私の事をラヒルダって人だと信じてるっぽいしホントに祝福の粉だと思ってそうだけど」


『だからこそです! 私がその魔術師なら愛しの人の靴から出てきた粉の成分をすぐに調べて余計な成分を除去してヒナさんのいやらしい脚のニオイ成分だけを抽出して鼻から思いきり吸います』


 そんなクソ野郎、お前以外にいるワケないだろ!?


 と、思ったけどそういえばリジッドも私の靴の中で熟成された粉の匂いを嗅いだら不老不死になれそうとか(のたま)ってたな……。


 それなら早い段階で粉の事を調べても不思議ではないのかも?


 いや……しかし、なぜコイツらは私の脚の匂いに執着するんだろう……。

 不気味だから二人で死ぬまで殴りあえばいいのに。




『というワケでバレる前に今からエルシアド侵略を始めちゃいますね』




 えっ?


『ヒナさんはいったん関所の方に向かってください。では、のちほど!』


「あっ? えっ、ちょっ」


 プッ、ツー、ツーと頭の中で電話が切れたような音がした。

 これ、テレパシーなんだよね。

 ツーツーってなんの音なの?


 いや、そんなことよりアッサリすごい事言ってたな。



 エルシアド侵略開始!?



 この街が、もうすぐガチで戦場になる……。


 今までさんざん計画は練ってきたけれど、いざ、その時が来るとなんだか息苦しくなってきた。

 アタマもボーッとしてくる。


 この状況下で、私はどうすりゃいいんだっけ?


 あ、違う、落ち着け。

 とりあえず関所に向かえって今、指示を出されたばかりじゃないか。


 ふむむ。

 突然過ぎて思考がついてこないが、とりあえずマリアの指示に従おう。

 私は館の門から敷地外に出た。


「あっ、ラヒルダ様。こんな時間にどちらへ?」


 門を出るときに番兵に声をかけられた。

 既に私がラヒルダであることは伝わっているらしい。


「あの、えーと、あの、天界からお告げがありまして、ちょっと行ってきます!」


 適当に電波女みたいな言い訳をして館から走り去った。



 夜の街をガチャガチャと鎧を鳴らしてダッシュする。

 戦乙女パワーなのかちっとも疲れないし、凄く速い。

 元の世界の私では考えられない加速力でグングン突っ走ってく!

 自転車で下り坂を超スピードで駆け抜けるような爽快感がそこにはあった。

 マラソンなんてよくやろうと思うよね、と思ってたがこれだけ早けりゃ楽しいのかも。


 見てる人がいれば拍手喝采の見事な走りっぷりなのだが時刻にしたら22時くらいなのかな。

 街灯なんか無いので、ほぼ真っ暗闇の街に人影はない。


 まぁそれならそれで派手な鎧姿でも人目を気にしないで全力疾走出来るね!



 と、油断してたら、民家の壁から突如、人間がヌゥ~ッと飛び出してきた。

 


「どわわっ!? 妖怪!?」


 私はガチでビックリしちゃって後ろに飛び退いた拍子に足がもつれて尻餅をついた。

 私のやわらかくて美味しそうな(だといいなっ!)お尻がまさにつきたてのお餅みたいにペタンッと潰れる。

 

「へへっ、うはははっ! いい反応だなぁ、泉さんよぉ」


「あっ……?」


 声の方に目をやると黒いゴスロリ服姿のイベっちがニヤニヤと見下ろしていた。

 壁から上半身だけ出ている。

 ぐぬぬ、幽霊ボディを利用して壁をすり抜けてきたのか。


「リベンジ成功だぜ。やられっぱなしってのは気に入らねぇからな!」


「え、やられっぱなしって……私、イベっちになんかしたっけ?」


「ケッ……これだからな。アンタ、私の頬っぺたひっぱたいたろうが! イジメた側は忘れてもイジメられた側はいつまでも怨みを忘れねーんだよ」


 ん、頬っぺたを? 


 あっ、あったね、そんなことも。


 前後の内容は覚えてないけど、うっかりビンタしたのは思い出したよ。

 いや、でもイジメたんじゃなくてイベっちが私をつついてきたから逆襲しただけな記憶があるんだけど……。


 まぁでもイベっちが気分よくなったなら、あえて水を差す事もないか。

 キミが幸せなら私は大満足ですよ。


「ふひひっ、しかしアンタが驚いた時のマヌケ面は最高だったぜ。『どわあ~っ』って昭和の少年漫画みたいな叫び声だったしよ。泉ってアレか? 中身はオッサン系女子かよ」


 オッサンっぽいだと!?

 人が気にしてる事をズビズバと!


 イベッっちは越えちゃいけないラインを容易に越えちゃったようだね。

 私はちょっとムカついたのですぐ復讐しようと決意した。


「あ痛たた……うぅ……」


「あん? どうしたぁ?」


 私は別にどこも痛くもないけど足首を押さえる。


「いや、なんか立ち上がろうとしたら、足が……イツツ……!」


 私は別にどこも痛くもないけど苦痛に顔を歪める。


「おいおい、大丈夫かよ?」


 イベっちが怪訝そうな表情で側によってきた。


「あ、大丈夫大丈夫。よっ……、と!」


 と、立ち上がってからの~。


「あああっ! うっ、うくぅぅ……! クゥッ!」


 カクンッと膝を曲げて大げさに地面にヘタりこむ。


「お、おい、アレくらいの事で足痛めてんじゃねーよ!?」


 いよいよ心配そうな顔でアタフタしてる。

 くくく。

 いい表情だな、イベっちさんよぉ~。


「えええええ……ア、アタシのせい? おい、ちょっとカンベンしてくれよ……そんな、ケガさせるつもりじゃなかったのに……」

 

「ああ、いやいや! イベっちはちっとも悪くないよ。気にしないでいいから、ハァハァ」


 さて、あんまり引っ張るのも良くないからそろそろ打ち明けようか。

 ドッキリ大成功バンザ……


「そんなワケにいくかよ!」


 私が笑いをこらえながらネタばらししようとしたら、イベっちが自らの顔を拳でゴチンッと殴った。


「えっ、イベっち、ちょっ……」


「ああ、クソ! クソ! せっかく気が合うヤツに出会えたと思ったら、い、いつもアタシってヤツは! 調子に乗ってよ……クソッ」


 グスッ、とイベっちが鼻をすすった。


 わああっ!?


 このコ、ちょっと泣いてない!?

 やっべぇ!


「イベっち、ウソウソ! ごめんごめん! どこも痛くないから! 大丈夫だから!」


 私は元気よく、ぴょーんっとジャンプして見せた。


「おい、ムチャするな! アタシに……き、気を使って、足痛いのに無理してんだろ……? う、うぅぅ……」


 ついにイベっちがガチ泣きに突入しました。


 えーっと。



「逃げよう」


 

 私はその場から走り去った。



「おい、だから無茶するなって! アタシに気を使わなくてもいい……いや、待て。なんだその超スピードは。その軽やかな足取りは!! お前ホントに嘘ついてやがったのか!? ちくしょう……! ちくしょうっ……!」

 


 なんかイベっちが悪霊みたいに泣き叫びながら追いかけてきて超怖かったし、これでフィフティフィフティって事にならないですかね。

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