8話 魔術師にドン引きする生活
「リジッドさん、良かったら館の中をくまなく案内していただけませんか? 私の子孫がどのようなところで暮らしているのか見てみたいのです」
「アハァッ! おま、おまかせくださぃひ! ラヒルダ様ぁほぁあッ!」
「リジッドさんリジッドさん、いちいち奇声を上げるのを2度とやめてくださいね?」
「ハァハァ……はぃひっ!」
リジッドさんのラヒルダ様ラブ力は想像を絶するモノだった。
私が何か話しかける度に呼気を荒らげ白目を剥いて絶叫する。
今も恍惚とした表情で涙を流しながら「こちらですゅ」とエスコートしてくれるが、私が彼の50センチ以内に近づくと
「アァーッ! はぁーっ、はぁーっ、ひキャぃーっ」とジャングルに生息する変わった鳥みたいに鳴き出して超絶怖ぇ。
でも怖がりつつも、ちゃんと靴に仕込んだ胞子をバラまいておかなきゃね……
って、アレ!?
靴も戦乙女仕様に変わったから、胞子どっかいっちゃったんですけど!?
慌てて靴の中で足をモニョモニョしてると「ジャリッ」とした感触が足の指に絡み付く。
これは……?
戦乙女靴をうんしょっと、苦労しながら脱ぐと靴の中から粉がサラサラッとこぼれ落ちてきた。
おおっ。これ、たぶんネムリタケの胞子だね。
リジッドさんの正体暴き魔法で衣装はチェンジさせられたけど靴の中に仕込んでいた胞子はこういうカタチで残っていたようだ。
あー、無くならないで良かったー。
でもコレどうやって持ち歩こうかな……?
「ごめんなさいリジッドさん、何か袋みたいなものありませんか?」
「袋ですか? 申し訳ありませんラヒルダ様。持ち合わせてはいないですが……どうしても必要であれば、ええっと……。そうだ! 私の胃袋を今すぐ取り出しましょう!」
「へ?」
「水の精霊よ、風の精霊よ、大地と生命を司る豊穣の女神よ、血肉の扉を開きて我が胃袋をここに!」
呪文を唱えるとリジッドさんの魔術師っぽいローブのお腹あたりがモコッと膨らんだ。
そしてローブの中でそのモコッとした何かがズルリと滑り落ちて床にボテッと転がる。
その黄色と肌色とピンク色の混じったブヨブヨした何かをリジッドさんが拾い上げ、私に差し出した。
「胃袋です。なんなりとお使い下さい」
「え、えっと……」
「あっ、大丈夫! ちゃんと洗ってあります」
うぉおおおおおおおお!?
私は心の中で絶叫したさ。
「あ、あ、あの……胃袋出しちゃって大丈夫なのですか?」
「モチロンあとで戻せますよ(笑)。お気になさらずに!」
「ではお借りしますね……」
おずおずとリジッドさんの胃袋をつかむと「ぶにっ」とした肉の感触に私の手が犯されたようだよ!?
あまりにおぞましい体験に意識が遠退きそうになったが、こんな男の前で失神したらそれこそ何されるか分かったものじゃないのでギリギリのとこで踏み留まった。
「ああ……女性が意中の男を落とすには胃袋を掴め、なんて言いますが最愛の女性ラヒルダ様に私の胃袋を掴まれるとは夢のようです……」
そんなレベルで女子に胃袋を掴まれたいヤツいる!?
などと文句を言える立場でもないので、さっさと靴の中と床に落ちたネムリタケの胞子を胃袋にサラサラと移す。
ご丁寧に乾かしてあるので粉を入れても安心の胃袋だった。
でも慣れるとジョークグッズみたいで面白いな。
私はリジッドさんの胃袋の入り口をビヨンビヨンと拡げて遊んでみた。
「ところでラヒルダ様。昼間からひそかに館内に撒いておられたようですが、その粉はなんなのでしょうか? 何やら微弱な魔力を感じますが……」
うわっ、バレてた!
でも何かは分からないらしい。
そういえば、この胞子は種としての役割は果たすけど、眠りの効果を発揮するのはキノコから飛散してすぐじゃないとダメってエッチさんが教えてくれたっけ。
だから眠りを誘う粉って事は彼にも見抜けないんだな。
なら適当になんか言ってゴマかしてやれ。
「これは聖なる祝福の粉です。そこら中に撒くコトで館に居る者すべてに加護があるありがたい粉なのです」
「おお! そうなのですか! 確かにラヒルダ様の靴の中で熟成された粉を思いっきり吸い込んだら不老不死になれそうです! ありがたや!」
リジッドさんは犬のように這いつくばって床に落ちたネムリタケの胞子をフンフンと嗅ぎ出した。
一刻も早くミッションを済ませてこの異常者系男子から解放されたいな♪
私は早足で歩き出した。
そのうち、二人の衛兵たちのいる通路にさしかかった。
衛兵は当然、甲冑姿の私を見て訝しげな顔を向けるので私は「元気ですかー」と軽やかに挨拶してみる。
「待て! なんだお前は!?」
と、怒鳴られた。
そりゃそうか。
「お前、だとォ!? 彼女こそエルシアドの守護女神、戦乙女ラヒルダ様だぞクソがァアアッ!」
後ろを歩いてたリジッドさんが咄嗟に恫喝してくれた。
うぅ……この人、性根はヤンキーみたいでやっぱり苦手だな。
イケメン優男と結婚できた! と思ったら実はオラオラ系でしたなんて悪夢だろうねぇ。
「い、いくさおとめ……? あの伝説の……? なぜ、ここに……?」
「リジッドの旦那、どういうワケなんです。その方、本当にあのラヒルダなんですか?」
さすがに衛兵は正常だった。
至極、真っ当に疑いの目を向ける。
えーっと、どうやってゴマかすかな……。
「水の精霊よ、風の精霊よ、大地と生命を司る豊穣の女神よ、血肉の扉を開きて彼の者どもの眼球をここに!」
えっ、と思った瞬間、衛兵さんの眼のところにパクッと真っ赤な穴が空いた。
ぼとんっ、ぼとんっ。
床に柔らかいピンポン玉くらいの眼球が4つ、転がって私と眼が合う。
って、オイ!?
「ぅあああああああああああああああ!?」
「め、眼がッ!?」
衛兵たちがパニック状態で眼のところを抑えてうずくまる。
「リ、リジッドさん……!?」
「ハッ! コイツらのような見る眼の無い連中、まさに眼なんかいらんでしょうよ!!」
そういって落ちてた眼球に足をのせて躊躇なく踏み潰そうとする。
「やめろッ!」
私は慌てて彼を突き飛ばした。
立場的には衛兵はオジャマ虫だけど、だからって失明なんかさせたらダメ過ぎるだろ色々と。
「ッ痛ぇな……」
体をダルそうによろめかせながらギロッとリジッドさんが私の方を睨む。
うっわ、怖っえぇ!




