8話 魔術師にドン引きする生活
こうして領主様との謁見は思ったよりスムーズに終わっちゃいましたとさ。めでたしめでたし。
アルサはもうなんかスゴい勢いで領主様に気に入られて、彼女が勇者として今までしでかしてきたエピソードを色々と尋ねられていた。
アルサも浮かれて調子にノリまくってフィーバー状態だったし、すっかり意気投合したようですよ。
今夜は二人で勇者トークで盛り上がるのだろうか。
勇者ってゲームの中では他人ん家のタンスからメダルや薬草を盗んだりしてるイメージがあるけど、そういう勇者あるあるがあるなら面白そうだし私も聞いてみたいな。
で、私はというと明日から早速、料理人として働かされるハメになったので、館内で寝泊まり出来る個室を準備してもらえるとの事でちょっと待機中。
こうなったら、一人さびしくお店に帰る身支度をしているパワーさんをお見送りしてあげよう!
「でもパワーさん良かったの? お金はいらないとかカッコつけちゃって」
「あー、アレか。ご褒美っつっても、その金の出所は結局、俺らから搾り上げた税金だからな。なんか受け取る気がしなかっただけよ」
あっ、そういう理由だったんだ。
けど、さっきの人の良さそうな領主様と重税で民を苦しめる悪代官領主。どうもイメージが結び付かないな。
私も料理を気に入られたからチヤホヤされただけで、料理が糞マズかったら不倫した芸能人の如く罵られていたのだろうか。
「それにしてもネェチャンがいきなり領主お抱え料理人になるたァたまげたぜ。嬢チャンに相談しないで決めて良かったのか?」
「ん。あー、落ち着いたら詳しく説明するからマリアには心配するなって伝えといて」
落ち着いたら、か。
実際、今後の予定はどうしようかな。
とりあえず詳しくは明日にでもマリアと会って相談しよう。
パワーさんを見送った私は館の中へと戻った。
「イズミヒナ様。部屋の準備が出来たのでご案内しますね」
「あっ、はいはい。よろしくお願いします」
玄関内の広いエントランスに飾られている甲冑とか鹿さんのかわいそうな剥製とかをアホみたいに口を広げて眺めていると10代くらいの若いメイドちゃんが呼びに来てくれた。
私はメイドちゃんのあとをホイホイついて行く。
今日の昼、来館したばかりの時はゴーヤチャンプルーを作る事で頭がいっぱいだったけど、こうして改めて見て歩くと本当にデカい館だと思い知らされる。
実際、兵隊だの守衛だの何人くらいいるんだろ。
ちょっとメイドちゃんに館について聞いてみようか。
ただ、いきなり「この館には兵士が何人いるんですか?」って聞くとヤバい計画を企むテロリストみたいだしな……。
なんか他愛もない話から連想ゲーム的に辿り着こう!
「いや~この館ってホント広いですねぇ。お掃除とか大変じゃないですか?」
「えっ、あの、掃除ですか? いえ、まぁ、大丈夫です」
急に話しかけられてたどたどしく答えられる。
んー、まだまだ表情が固いね。
どんどん話しかけちゃえ。
「あちこちに色んなものが飾られてるからデコボコ部分が多いもんね。ほら、そこの甲冑の足元にでっかいホコリが……」
「えっ、ウソ!? どこですか!? メイド長に怒られる……!」
淡白な表情だったメイドちゃんが慌てて、私の視線の先をガン見する。
「うそうそ、ごめんね。ホコリなんてないよ。すごくキレイにしてるなって感心したくらい」
「そ、そうなんですか……? ああ、本当に焦りましたよ……」
メイドちゃんがホッとした顔を見せる。
「ごめんごめん。私も以前、仕事場で若さに嫉妬するトチ狂ったお局様によくイビられたものでね。なんだか親近感を覚えるよ」
「す、すごい人の下で働いてたんですね、お察しします。ああ、でもウチのメイド長も似たような感じですよ……」
私が現実世界で勤めている食品会社の事務所の掃除は下っぱの私の仕事だ。
朝イチで来て、各社員さんの机を雑巾で水ぶきするのだが、水の拭き跡が残ってて汚い! とかって化粧で顔が汚い先輩OL様によく注意されたものだ。
まぁそりゃあね。机が綺麗な方が気持ちよく働けるのは分かるけどあんなにヒステリックに咆哮する事はないと思うけどどうなんでしょー。
「やっぱりホコリとか落ちてたら怒られるの?」
「それはもう……この館は偉い人がたくさん尋ねてくる、言わばエルシアドの顔なんだ! って。お前たちは街の顔に泥を塗るのか!って……」
「うわぁ……大変そうだね。からかっちゃってごめんね?」
「いえ……。掃除の事って普段、掃除してる人間以外は気にしないモノなので、こうやって気にかけてもらえて嬉しいです」
「あー分かる分かる。個人的には「髪切った? 似合ってるよ」みたいなテンプレお世辞をかましてくるヤツより「キレイに整頓されてますね」って日々の掃除の労力を理解してくれるオトコの方がキュンとする」
「えっ、そうですか? 私は男の人に髪型を褒められたら素直に嬉しいですけど……」
「おやおやぁ、褒められて嬉しい殿方がいるんだ? 誰だれ?」
「あっ……そ、それはヒミツです……!」
と照れながらも自然な笑みを見せてくれた。
ちょっとだけ打ち解けたかな?
私みたいなしょーもない人間に緊張してもらっちゃ悪いからね。どんどんリラックスしてほしい所である。
そんな会話をしてると衛兵さんが直立不動で見張りをしているエリアに差し掛かり、私もメイドちゃんも口をつぐむ。
しばらく歩いて衛兵さんの姿が見えなくなると彼女はフゥと息を吐いて、緊張がとけたのを見てとれた。
「そういえば兵隊さんとかあんまし、掃除の事なんか気にしてくれなさそうだよね。そこキレイにしたばっかなのに汚すなよーとかって事ない?」
「あります! 土砂降りの日なんて泥まみれなのに平気で外からドカドカ上がり込んでくるから本当に……。領主様はともかくアナタたちは靴の底くらい拭いてから入って来てよ……! って、メイド一丸となって心の中で愚痴ってますよ」
「ありゃりゃ、泥だらけの兵隊さんが一斉に戻って来られたら地獄だね。ちなみにどれくらいこの館にいるの、兵隊さんは?」
「それが200人くらいいるんですよ常に……」
「にひゃくにん!? け、結構いらっしゃるんだね」
せいぜい数十人くらいだと勝手に思ってたよ!
「この街がどこかの国と戦争になったら、この建物が砦の役割を果たしますからね。援軍が来るまで1ヶ月は立て籠れるんだって話です。まぁそういう意味ではここが街で一番安全なんだから、ありがたく思わないといけないですね」
はい、ごもっともです……。
という感じですっかり仲良くなったメイドちゃんと楽しくお喋りしながら用意された個室にたどり着いた。
今日のところはあとは寝るだけなんだけど、200人もこの館に兵士がカッ詰まってると聞いてなんだか落ち着かない。
少しでも胞子を撒きに行っとこうかな。
「ねぇねぇ。私、寝る前にもうちょっと館の中を見て回りたいんだけど、その辺りをウロついてても怒られないかな?」
「え……どうでしょう。領主様の部屋とかに勝手に入らなければ大丈夫とは思いますけど……でもイズミヒナ様は今日来たばかりなので顔も知られていないし衛兵に呼び止められるかも知れないです」
「んー、そっか。じゃあ別に無理に出歩かなくても……」
「大丈夫ですよ。私がご一緒しましょう、イズミヒナ」
「えっ……?」
蝋燭でぼんやりと照らされた通路の奥から昼間、私たちを迎えに来てくれた魔術師リジッドさんが爽やかな笑顔を浮かべて歩いてきた。
メイドちゃんが深々と会釈する。
「やあメルティ。今日も素敵な髪型だね。この館でキミほどラヒルダ様を彷彿とさせる神々しい髪の女性はいないよ」
「あっ……ありがとうございますリジッド様!」
えっ、メイドちゃん顔が紅いぞ。
もしや先程の、髪を褒められて嬉しい殿方だかクワガタだかってのはリジッドさんの事なの?
そういえば昼間、外で見た戦乙女像の髪型と同じ三つ編みだけど……。
この男、戦乙女像に告白してるとか言ってたから、美少女フィギュアとクリスマスを過ごすキモヲタと互角の戦闘力の持ち主だと認識していたけどまぁ彼はイケメンだしな。モテやがるぜ!
「さあ今日はもう遅い。メルティ、また明日その美しい髪を愛でさせておくれ」
「はい、私の髪なんかでよければいつでも! おやすみなさい!」
メルティはもう一度、会釈して立ち去った。
その背中は心なしかウキウキと弾んでいた。
青春真っ盛りか。めんこいのう。
「では、行きましょうか。少し歩きながら話でもしましょう」
そういってリジッドさんは手を差し出し、私をエスコートして歩き出した。
エスコート、というと聞こえはいいが私にはどこかに連行されてしまいそうな、嫌な圧力を感じる。
言われるがまま歩き出したものの、なんだか人のいない所に進んでる気がしてだんだん不安になってきた。
「あのー、リジッドさん。なんだか付き合わせるのも悪いしやっぱり今日はもう休もうかなって」
「いえいえ、お気になさらずに。貴女は館の兵の数をさりげなくメイドから聞き出すくらい研究熱心な方だ。本当はもっと色々と知りたい事があるのではないですか?」
いっ!?
やばい、コレ、なんか疑われてる!?
というか、周りに誰もいなかったハズなのにメイドちゃんとの会話が筒抜けなんて……この魔術師、魔法ってやつを使ったのかしら。
あああああ、なんか話さなきゃ!
黙ってるとますます怪しまれりゅ!
「いやあ、アレは単に泥まみれのジャガイモみたいな兵隊さんたちが玄関を汚したら大変だなって思っただけで、研究とかで数を聞いたワケじゃ……」
「ご謙遜を。明日からここで働く以上、まずはこの館の要である兵士諸君に何かお手軽な料理でも振る舞って労おうと。それで食材を調達すべく数を確認していたのでは? 素晴らしい配慮です」
ニコリと微笑みかけてくる怪しい魔術師。
あっ、そういう事? と一瞬、安心しかけたが私とメイドちゃんとの会話を盗聴してた時点で私を最初から疑ってるか、もしくはガールズトークを盗み聞きして興奮を覚える危険な変態なんだよね。
前者でも後者でもヤバいな……と思ったその時。
突如、ガシッと右腕を後ろ手に掴まれてドンッと壁に力いっぱい押し付けられた!
これが噂の壁ドンというヤツか。(ちがう)
「痛っ……! リジッドさん、痛いって……!」
「痛い? そりゃあそうだろう痛くしてるんだからな。あまり俺をナメない方がいいぞ」
リジッドさんは先程までの柔らかな雰囲気とはうって変わって狂暴な表情に変貌した。
掴まれた右腕を力づくで締め上げられ、骨と関節が悲鳴を上げる。
ヤバいヤバい痛い痛い!
これガチで折れるヤツだ!
日本で平和で暮らしてた時には体験した事のない激痛で目の前がチカチカしてきて吐きそう。
「さあ吐け。貴様は何者だ? 誰に何を命じられた? 何故、人では無い魔力を貴様から感じる? あと3秒で何も話さなければ指を1本ずつ切り落とす」
ナンダッテ?
ワタシノユビヲキリオトス?
残虐な言葉を受け、呆然としている間に3秒が経った。
ナイフの刃がスッと私の小指に押し当てられた次の瞬間……
「熱っ!」
と感じた。




