7話 領主さまにご飯を作ってあげる生活
通路を進んで領主の待つ謁見室にドンドン向かっちゃうよー。
さっきまで私たちのいた区画は人も少なく静かな雰囲気だったが、この辺りはあちこちに怖そうな衛兵が立って見張りをしている。
結構、ガチな鎧や人を殺しやすそうな槍を装備してて面構えも引き締まっているな。
バラエティ番組の海外ロケなんかで、ライフルで武装した軍人と道ですれ違う時みたいな緊迫感!
ちょっとふざけただけでバンバン射殺されちゃうぜー。
こんな人たちとマトモに戦うとか絶対に避けたいところだね。
なんて、ビクビクしつつも靴からネムリタケの胞子をこっそり撒いているうちに謁見室前に付いた。
「アレクサンドラ様、料理人をお連れしました」
扉の前で、執事長がよく響く低いバリトンボイスで伝えると左右に控える衛兵さんがギィィと大きくて重そうな扉を開いた。
パワーさんの大きな背中に隠れるように中へコソコソ入っていくと奥の少し段差を上がったところに金色の髪の貴族っぽいドレスを着た女性がいた。
女王様みたいな椅子に涼しげな表情で座っている。
この人が領主様か……!
とボケッと見とれていると、執事長が床にしゃがむように促すのでファンタジー映画かなにかで見たような感じで慌てて片膝を立てて座る。
あ~、そういうマナーそういえばロクに知らないよ、大丈夫かな私。
「オッス! オラ、領主!」
とか開口一番カマしてくれる気さくな領主様だと気楽なんだけど。
「よく来てくれましたね。私はこの館の主、アレクサンドラ・バウス・アルティエラと申します」
そこまで気さくではなかったけど穏やかで優しそうな人物で少しホッとした。
私たちを真っ直ぐ見据えた美しくも力強い瞳に凛々しい声の女領主。
井伊直虎もこんな雰囲気だったのかしら。直虎ちゃんが本当に女だったのかは知らんけど。
年齢的には私と同じくらいのハズだけど、偉い人特有の迫力というかオーラがあるね~。
「今宵の料理は本当に美味でした。各地の美食を口にしてきた私ですら食べたことの無いものばかり。尋ねてみたい事もありますが、まずはそなたらには褒美を与えることにしました」
おおっ。
気前いいなラッキー!
じゃあ、お金とかいらないので館の中を見学させてくれーちょとか頼もうか。
うーん。しかし、今からこの街を侵略する側としては領主がもうちょっと嫌なヤツの方が心が痛まないような。
などと不届きな事を考えているとまずは我らがリーダー、パワーさんから望みを述べていくみたいだ。
「領主サマ。えーと、今日の料理はほとんどコッチのネェチャ……いやオネェチャンが考えたモンで、俺ァ褒美は受け取れねェです」
えっ!? そんなコト気にしなくていいのに!
……まぁ、パワーさんらしいっちゃーらしいけど。
ちなみにネェチャンをオネェチャンに言い直したのはパワー敬語なんですかね。
「そうでしたか。しかし、遠慮は無用ですよ? ここに一緒に来た以上はそなたにも調理をする上で役割があったのでしょう」
「だったらパワー食堂のメシは旨かった! と領主サマの口から言いふらしてもらえりゃ、それで充分な褒美ってモンですぜ」
「分かりました。もっともこの街にはもう充分、噂は広がっているようですから、次に王都に行った時などに各所で広めておきましょう」
うわぁ、王都だって!
王様とか住んでるんだよね。
街の規模もエルシアドより立派そう。
うーん、落ち着いたらコッチの世界もアチコチ見て回りたいね。
元の世界じゃ旅行なんて気楽に出来る身分じゃないし。
主に金銭的な理由で。
「さて、その隣の方。あの料理を考案したという話ですが、そなたの名は?」
「あ、はい! 私の名前は、泉ヒナといいます」
っと、私の番か。
ハァー、ちょっと緊張すりゅ!
「イズミヒナ。今日の料理は各地で美食を味わっている私ですら見知らぬモノばかり。しかも珍しいだけでなく、今まで食した何よりも口に馴染んだと言っても過言ではありません」
うわー、めっちゃ好評価の高評価!
あんなお手軽料理で激褒めするなんて普段ドングリしか食べてないのかしら。
ただ正直、私が発明した料理じゃないんであまり素直にドヤる気にはなれないんですのよね。
小学生の宿題で有名なマイナーな詩人の詩をパクって提出したら勝手に市のコンクールに出されて金賞をとっちゃったような後ろめたさを感じちゃうよ。
アレは私が考えたものじゃないですぅ、って白状しちゃおっかなーどうしよっかなーと2秒間くらい考えてると領主は真剣な眼差しで言葉を続ける。
「そこでモノは相談ですが、この館で料理人として仕える意志はありませぬか? もちろん破格の待遇を約束します」
「もぇ?」
ほげえええっ!?
すげぇ!
今まで仕事なんて自分から電話して面接行って採用人事の担当者に媚びへつらってありつくしかなかったのに、こんな偉い人から直々にスカウトされちゃうなんて!
いや、マリアにも魔王軍にスカウトされたけど採用理由が「いい感じにやさぐれてたから」だからね。
そんなのカウントに入らないよ。
いやあ、私ごとき卑しい女が領主様に必要とされるなんて何気に異世界で起こった嬉しい事ランキング・ベスト3に堂々のランクインっすわ!
うーん、人類侵略などとゲロみたいな目標が無ければオーケーしちゃってもいいくらい……。
ん?
待てよ……。
「どうでしょう、ぜひ考えてみてはもらえませぬか? あれだけの料理が作れるなら他にも引き出しがあるハズ。私はそなたの作る他の料理ももっと味わってみたいのです」
期待するような顔で私の様子を伺う領主様。
そんな彼女の眼を見て私はハッキリ宣言する。
「領主様、ありがたきお言葉です。えっと、その申し出、つつしんでお受けしたいと思います」
「へっ!?」
思わず横にいたアルサが驚きの声をあげた。
「おお、それは良かった! よく決心してくれました!」
彼女はガタンと椅子から飛び上がるように立ち上がり、私の元へ歩み寄る。
そして屈んでいる私の肩に手を置いた。
「これから頼みますよ、イズミヒナ。ふふ、明日からの食事が楽しみです」
うふふ、このいやしんぼ!
領主様は上品に、そしてウキウキした足取りで椅子に戻っていった。
いやあ、そんなに喜んでもらって悪いけど引き受けたのは、ここの使用人になれば館内を自由に歩き回りやすくなるからなんだよね。
そして館中にネムリタケの胞子を仕込む。
なんか思ったより感じのいい領主様だから騙すのは気がひけるけど。
私が手際よくやらないと乱暴な魔族が乗り込んできて凄惨な殺し合いになるかも知れない。
私はそれを回避するために街の兵士たちが眠ってる間に拘束して無抵抗で降伏させる。
もう、そういうもんだと割り切って頑張る所存であります。
「では最後にそちらの娘も。そなたは褒美に何を望みますか? 先の2人は褒美らしい褒美を受け取っていないのでそなたは少し欲張っても良いですよ?」
次はアルサの番か。
この流れで自分は金が欲しいッス! とは言いづらいだろうけど領主様が配慮してくれた。
「自分は金が欲しいッス!」
アルサが叫んだ。
直球だな! こやつ勇者か!
あっ、勇者だった。
「ハッ……。今の無しッス! ウソッス! いや、ウソではないけど順番を間違えましたッス!」
「えーと、つまり?」
マイペースな勇者の振るまいに少々困惑気味の領主様。
「自分はドラゴン殺しの英雄エルドラの末裔、アルサと申す者ッス。自分もご先祖様のような勇者を目指しているッス。ただ故郷は貧しい村で冒険に出るための先立つお金が……」
「まぁ! そなたは勇者を志す者なのですか!」
領主様はガタッとまたもや立ち上がった。
「私のご先祖もこの街を救った英雄なのです」
「あっ、ラヒルダ様とリヒルダ様の事ッスね! 表にある像を見たッス。カッコよかったッス!」
領主様はアルサの元まで歩み寄って、彼女の肩に手を置いた。
「そう。私自身にはなんの力もありませぬが、そういった者の助けになりたいとは常々思っていました。私に出来ることであればなんでも支援しましょう」
「ホ、ホントッスか!?」
「ええ。今夜はぜひこの館に泊まってお話を聞かせてください」
「あざッス!」
領主様は上品に、そしてウキウキした足取りで椅子に戻っていった。
って、なんか私の時と同じパターンだな。
私だけ特別! と浮かれてたが誰にでも同じような事を言ってる気もしてきたぜっ。




