6話 勇者と街をぶらり旅生活
魔王の作った魔方陣の力で、私はユーカリス大陸にワープした。
転送された先は人気の無い森の中。
少し歩くとすぐにのどかな草原に出て、さらに遠くの方には壁に囲まれた街が見える。
「あれがエルシアドかぁ。結構大きな街っぽいぞ」
と独り言を呟いてみる。
魔族が近付くと街にいる高レベルの魔術師ってのに気付かれる、という事で私一人で放り出されたのだ。
今から一人で領主の館に「やあやあどうもどうも」とお邪魔してこっそりネムリタケの胞子を仕込んでくるのが今回の私のお仕事である。
あああああそんな事ホントに出来るんだろうか……。
「ハァ……。ま、とりあえずは街に向かうとしますか」
行ってみたら案外、領主はヒトの良いオジサマで私が頼んだらホイホイと館の中に入れてくれるかもしれない。
うん、人生ポジティブに行こう。
そういえば最近は常にエッチさんやオーク君たちと一緒にいたから一人きりというのも久々だし。
鼻歌でも歌いながら楽しく気楽に街までピクニックといこうじゃないか。
いつもはゴテゴテした鎧を着てるけど今日は街に溶け込むために町娘風のふわっとした衣装を準備してもらって足取りも軽やかなのさっ。
「フンフフ~ン♪ フンフフ~ン♪」
「バァ!」
「うわああああああ!?」
ゴキゲンで歩いていると突然、近くの茂みから野生の魔王が叫びながら飛び出した!
「え、え? ま、魔王……?」
「ウフフ、ウフフハハッハハハ! ヒ、ヒナさん、お、驚きました? ウフフぷぷッ!」
魔王はもうおかしくておっかしくてたまらないという感じでキレイな顔面をグシャグシャにして吹き出していた。
笑いすぎだよ。なんなんだコイツは……。
「あああごめんなさい、そんな不機嫌な顔しないでください、ネッ?」
「……いやまぁ、あなたが奇妙な変質者だとは薄々知ってたからドッキリはいいんだけど。魔族がいたら怪しまれるからって誰も来なかったのに魔族の総大将が来て大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
自信ありげに胸を張る。
「ふうん、ああそう。じゃあいいや」
「ああっ、なんで大丈夫なのか~、とか聞かなくていいんですか? なんだか投げやりじゃないですか? 私の事キライなんですか?」
「なんて面倒な女なんだ……」
構って欲しそうな瞳で付きまとってくるので何故大丈夫なのか聞いてあげると魔王の魔力は一周まわって凄すぎるので魔術師といえど感知できないらしい。
ファンタジー世界の理はよく分からないのでやっぱり私には「ああ、そう」としか思えなかった。
「みんなには私も敵情視察したいしたい! って言ってきましたけど正直、お城にいると窮屈だから街でバカンスを楽しみたいというのが本音なんです」
角を見えなくして町娘風の衣装の魔王はその辺にいる普通の女子みたいにくるくるっと踊るようにまわってハシャいでいる。
敵地でバカンスを楽しむって戦闘狂とかトリガーハッピーみたいに聞こえる発言だなぁ。
「けどまぁアレだね。私も本音を言っちゃうと一人だと不安だったから結構嬉しいかも。ありがとうね、魔王」
キョトンとした顔をする魔王。
心なしかゆっくりと頬が紅く染まる。
「あの、それって愛の告白に違いないですよね?」
「まったく違うよ」
「私、信者さんや部下さんに告白された事は山ほどありますけどヒナさんみたいな普段つれない人に愛してるって言われたら私、あああ、どうしよう! どうするの私!?」
「どうもしなくていいし、そもそも愛してるとは言ってないよね?」
「ハァハァ」
魔王が私の方へとゆっくり近づいてきた。
学生時代、後輩女子から告白されたって女友達を「モテモテですなぁ」とからかっていたけどまさか大人になって自分の身に降りかかろうとは。
エッチさんといい魔族の女は性別とか気にしないのか?
いや、でも魔王の百合愛人になれば一生安泰かも? と一瞬よぎったがここは冷静にいこう。クールになれ。
えーっとえーっとこういう時はどうすればいいんだっけ。
そうだ、幻滅されよう!
「よーし、魔王! 水虫の話でもしよっか!」
「はい、ぜひ!」
ヤバイぜ、ノリ気だ!?
私はダッシュで街まで逃げようと決意した。
「ネエチャンたち楽しそうだなァ……。俺らも混ぜてくれや」
「えっ!? 水虫の話に混ざりたい?」
「い、いや、それは断るが……」
そんなに楽しそうに見えたのだろうか?
道ゆくオジサマがすれ違いザマに声をかけてきた。
オジサマの後ろには10人くらいのきったない格好のオジサマたちがグヘヘと笑っていた。
「そんな話よりもよ……、そこの森で俺たちとイイ事しようぜ?」
オジサマがクズのテンプレ台詞をほざきながら無遠慮に私の体に手を伸ばしてくるので反射的にサッと身をかわす。
ヤバいヤバいヤバい!
一目見た時から分かってたけどコイツらならず者ってヤツだ!
もしくは山賊か盗賊か野盗。
ゲームだと一撃で倒せるザコ敵なのに、こうして実際に異臭を放ち、濁った眼と歯で下品に笑う大柄な男たちと対峙すると悔しいけど足がすくんでしまう。
本気で怖い。
それでも自分より小柄な魔王をかばうように私の後ろへと押しやった。
「ヒナさん、優しい……ぽっ」
ん?
彼女に軽口を叩かれて気付いたが、よく考えたら魔王がならず者程度にやられるって事はないのでは……。
ダメだ。強姦魔みたいな連中が目の前にいるせいで動揺しまくり! 全然、頭が回らない。
普段、彼女らに偉そうなクチを叩いておいて情けないなぁ、私って。
「あの、魔王さま。ぶっちゃけコイツらに勝てそう?」
ならず者たちを警戒しつつ彼女に小声で尋ねる。
「魔王じゃなくってマリアって呼んでくれたらきっと勝てます」
「じゃあ勝って、マリア!」
「ハァハァ……みなぎってきたァ! ……と言いたいところですが、魔力を使うと魔術師に感知されそうだし、どうしましょっか」
「ええ~っ……」
テヘッ♪とちょっと困ったような表情で笑うマリア。
むむ。最悪、コイツらに犯されるって心配はなさそうだけど魔術師にバレたら、あとあとの計画に支障をきたすかも。
こうなったらなんとか逃げるしか……と思ってさっきからジリジリと後退していたのだが、10人ほどいたならず者たちは私達を中心に円を作ってすっかり取り囲まれてしまった。
「へへ……もう逃げられねえぞ」
「そろそろ観念して楽しもうぜ!」
「そこのお前たち! ちょっと待てぇええッス!」
ならず者たちが円を狭めて一斉に私とマリアに迫ろうとしたその時。
平原の向こうから大きな声を張り上げて一人の人間がコチラに猛ダッシュで走り寄ってきた。
「なんだありゃ?」
「構わねぇ、ほっとけ」
「ああっ、待つッス! 待てと言ったら待てッス!」
「おい、どうする?」
「まだ結構、距離があるしなぁ」
「まぁうるせぇし待つか」
「待て……ハァッ……ハァ」
3分くらい経過した後、私達やならず者たちが見守る中、汗だくになって一生懸命走ってきたその人物はついにゴールした。
「ハァッ、ハァッ」
それは胸部や腕、スネなど部分的にのみ覆った軽めの鎧をつけた赤い髪の少女だった。
活発そうなスポーツ少女って感じだ。
悪人には見えなさそうだが……とりあえず出方を伺ってみよう。
隙が出来て逃げられるチャンスが来たらいいんだけど……。
「ハァ……待っててくれて、どうもありがとうッス……ゼェ、ゼェ。わりと良い人たちッスね、ゼェ、ハァ」
「おう。で、なんなんだお前は」
「ハァ……ハァ……。その女性たちから離れろ悪党ども!」
良い人たちだったり悪党どもだったり忙しいな。
まぁ人は誰しも二面性をもつものだし別にいいのか。
とにかく少女はキッと気合いを入れ、持っていた長い木の棒を槍みたいな感じで構える。
「へっ、待ってやったのにひでぇ言われようだ」
「モノのついでだ。このガキも裸にひん剥いちまえ!」
「ちょっと待てッス!」
「ああ? これ以上、何を待てってんだ?」
「わ、私の息が整うまで待つッス! ハァ……ハァ、オェッ」
息切れのあまり吐きそうになってるぞ。
助けに来てくれた人にこんな事思うのはホントに申し訳ないけどコレはポンコツな予感!




