5話 死霊と作戦会議する生活
「ハァ……あやうく浄化されるところだったぜ……」
私たちは紅茶を飲みながら一息つく事にした。
イベっちもようやく落ち着いたようで魔王が持参したクッキーをサクサク食べてる。
とりあえず悪い気がしたので本名で呼ぶのはやめておこうかな。可愛いのに……。
「それでイベっち、共闘しようぜ! って言ってたけど具体的には何か考えあるのかな?」
「ああ、ある」
ズズッとお茶をすすり、フゥーっと息を吐いて彼女はドヤ顔で小瓶を取り出した。
「それは?」
「毒薬さ。アタシのゴースト部隊を使って夜中にコイツを街中の井戸に投げ込む。弱い毒だからすぐには効果が出ないし気付かれない。で、数日後に街中の人間が毒入り井戸水の効果が出てのたうち回ってるところをアンタのオークたちに命じて一方的な殺戮を……」
「ちょ、ちょっとストップ!」
「なんだ?」
楽しそうに計画を話すイベっちを遮ると怪訝な顔をする。
「いやいや、イベっちちょっと鬼畜過ぎない?」
「はい……私もドン引きしましたよ……」
魔王もゲンナリした表情だ。
「井戸水に毒とかガチ過ぎてダメだって。越えちゃいけないライン考えなよ」
「ゲームとリアルの区別がつかないんですね、紅璃夢ちゃんひきこもりニートでしたから……」
「うるせぇうるせぇ! リアルがどうとかファンタジー世界のラスボス魔王に言われる筋合いは無ぇ!」
イベっちがプンプン怒り出した。
ツッコミが早いのはいいけど沸点低いなぁ。
「毒っつっても食中毒系の菌だよ。腹をくだすだけだ。兵士を弱体化させればむしろ流れる血も少なくなるってもんだろうが」
「んー、でも昔ナントカって食中毒が流行した時、大人は下痢どまり。死亡したのは抵抗力の低い子供やお年寄りばかりだったってニュースで見たよ。頑丈な兵士が下痢になる頃には街中の赤ちゃんが、その、死んじゃうけどイベっちはそれでいいの?」
「うぐ……」
「紅璃夢ちゃん、それはダメです。魔王軍の長として毒の使用は認めません」
「チッ、本名で呼ぶんじゃねーよ……」
不服そうだが了承したみたいだ。
よかった!
「けどじゃあ、どーすんだよ。そりゃ魔王軍の主力部隊で攻め込めば街の一つくらい力押しで潰せるだろうがそれこそ血の雨が降るじゃねーか。まぁアタシは構わないけどよ」
「そうなんですよねぇ。だからこそヒナさんにほがらかに人類侵略出来るナイスアイディアをビシッと出して欲しかったのにモラクス伯爵に言われて引っ込んでしまうなんて……」
「え~? そこでなぜ私に頼るのか」
あと、ほがらかに人類侵略なんて出来るか!
「先程の会議を見て分かったように魔族の方って、その~なんというかアタマがゴニョゴニョな方が多くて大幹部で会議をしててもいつもあんな感じなので」
ニコニコと笑いながら話す魔王だがなんとなく怖い。
愛想を振りまいてるけど本性は別にあるのかも。
ファンと握手しながら「マジキモい!」と裏で毒を吐くアイドルの姿が一瞬脳裏をよぎった。
「それなら私じゃなくてイベっちに会議でアイディア出してもらえばよかったのに。さっきの毒の話はともかくとして作戦考えるのは得意そーじゃん」
「へっ、まぁな。ネトゲの団体イベントじゃよく作戦立てて戦力差をブチ抜いて勝ってたもんさ」
イベっち誇らしげ!
「私もそういうのを期待してスカウトしたんですけど、知らない人の前では話したくないってイバってました」
イベっちの顔が曇った。
感情の起伏が忙しい人だな。
「イベっち人見知りなの? 私には意気揚々と話しかけてきたのに」
「う……うるせぇなぁ。話しかけやすいヤツとそうじゃないヤツがいるんだよ」
イベっちは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ほう、彼女にとっては私は話しかけやすかったんだ。
そうかそうか、なんか嬉しいではないか。
「まぁチョロそうなマヌケ面してたしな」
前言撤回。
私の右手が不死者を倒せと光って唸り始めた。
「や、やめろ!」
「とにかく」
イベっちとじゃれあっていると魔王がコホンと咳払いする。
「なるべく双方、被害が少なくコロッと街を支配できちゃう方法を考えてください、早く早く!」
そんなダダをこねられましても~。
「というかその辺ハッキリさせたいんだけど魔王は人類侵略に関してどう考えてるの? 全人類を奴隷にしたいワケ?」
「私はそんなヒドい事、考えてません! 人間の文化もリスペクトしてます。でもアタマのイカれた神様が無茶苦茶言いやがるからやらざるを得ないですし……」
おや、ちょっと黒い発言が飛び出したような。
そういえば神様も魔王の事を可愛くないとか言ってた気がするが本当に仲が悪いんだろうか。
「私としては街を1つ侵略することで神様に納得させる交渉をするつもりですけど。今時の魔族もやるもんでしょうって」
「ああ、元々は魔族がだらしなくなったから侵略しろって話だったもんね」
全人類を倒すとか無理ゲーだろって思ってたが街1つ攻略したらゴールというなら少しは考えてみる気になる。
とはいえそんな簡単な事ではないだろうけど。
「イベっち、さっき部下のゴーストに毒を井戸に投げ込ませるとか言ってたけど、街にこっそり浸入させること自体は余裕で出来るワケ?」
「ああ、実際にエルシアドに行ってみたことあるしな」
「えっ、そうなの?」
「戦において情報収集と確認作業は必須過ぎるだろ」
「ヒナさんもお望みなら私が魔方陣でシュインとお送りしますよ。街から少し離れた場所になりますけど」
なるほど、魔王に連れていってもらったのか。
彼女もアイドル魔王をやってるだけかと思ったけどやる事はやってるんだね。
「ゴーストはこの世界で珍しい存在じゃないから夜中にウロついてても大騒ぎにはならない。だから一晩くらい何か小細工してても気付かれにくいだろうよ」
「ふぅん、ゴーストって便利なんだねぇ」
「ま、アンタんとこのオークどもに比べると攻撃力は無いも同然だけどな」
「いやいや、うちのブタ君たちなんて草むしりの最中にフゴフゴ寝ちゃうような……」
ん?
「あっ、トロントネムリタケ!」
「な、なんだ?」
「強力なネムリタケですね。そういえばヒナさん、庭園で見つけて栽培してるとか」
「あの胞子を吸ったオーク君たち、ちょっとやそっとで起きなかったけどアレで街中の人を眠らせられないかな」
私が興奮しながら提案するとイベっちは腕を組んで考え出した。
「そうだな……。ゴーストたちにキノコの胞子をバラまかせて眠った兵士をオークたちに拘束させるってのは不可能じゃないかもな。闘える者が無力化されれば一般市民も抵抗しないだろ」
おお! これは意外と光明が見えてきた!?
「でも私の計算だと街中の人を眠らせるにはトロントネムリタケ五万本くらい必要ですけど」
「ごまっ……!?」
「あー、そりゃ無理だな。仮に数を用意出来てもゴースト部隊は五十体程度。一体につき千本のキノコは抱えきれねーだろ」
そりゃ無理だ。
作戦しゅーりょー。
「あ、いや、待てよ。事前に胞子を街の湿気った場所に仕込んでおいて、決戦当日に成長した五万本のキノコが胞子をバラまけばどうだ?」
おお! 今度こそ光明が見えてきた!?
「でも都合よく一斉に五万本のキノコが胞子をまき始めますかね? 成長速度には個体差がありますし、街の人が昼間に百人くらい寝ちゃったら「なんだコレは?」って怪しまれるでしょうし」
ぐぬぬ。
魔王ったら否定ばっかりして! と八つ当たりしたくなったが言い分はごもっとも。
良いセンいってたと思ったけどなぁ。
「おい、魔王。アンタの馬鹿デカい魔力でキノコの成長をコントロール出来ないのかよ」
イベっちが意外と食い下がってくれる。
私のキノコ大作戦が認められてるみたいでちょっと嬉しい。
「それは一瞬考えましたけど私では千本くらいが限度ですね」
へぇ、植物の成長をコントロール出来るんだ。すごい便利そう。
例えばアサガオの観察日記が一日で書けるとか。
「もしかしたらゴミ様、じゃなかった神様ならなんとか出来るかもですけどね」
神様をゴミと間違える人を初めて見たよ。
あっ、人じゃなくて魔王だった。
「神ねぇ……協力してくれねーかな」
「無理ですよ。そもそも神様が私達への嫌がらせで無理難題言ってるんですから手伝ってくれるワケがありません」
「……いや、それがそうでもないかもよ」
「えっ?」
私が戦うときは力をちょびっと貸してくれる。
お友だちのドラゴンが大好きな優しい神様は、確かに私にそう言ったハズなのだった。




