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5話 死霊と作戦会議する生活


「イベリコ……ぶたこ……?」


 イベリコ豚子。

 その名前には聞き覚えがあった。

 だけど、いつ、どこで聞いた誰の名前だったっけ……?


 ん……?


 あっ。


「あーっ! 思い出した、イベリコ豚子! あなたが……あの!?」


「おっ、なんだなんだ。もしかしてアタシの事を知ってるのか?」


「いや、知ってるっていうか……この世界に初めて来た日に、魔王に誰かと間違われてそう呼ばれただけですけど」


 そうだった、そうだった、スッキリした!

 しかし、単なる魔王の天然ボケが生み出した架空の名前だと思ってたけど、まさか本当にそんなクレイジーな名前のヤツがいるなんて。

 スッキリした私とは対照的にイベリコ豚子はムスッとしてる。


「なんだよ、そういう話かよ。てっきり海外一億人プレイヤーがいる大規模MMOで名を馳せたアタシのハンネを知ってるヤツがいたのかって浮かれちまったじゃねーか」


「え?」


「で、アンタは何かMMO経験とかある?」


「ちょっと待ってちょっと待って」


 MMOって確かネトゲとかそういうヤツの呼び方だよね。

 ハンネもたぶんハンドルネームの事だろう。

 そんなネット用語を知ってるって事は……?


「あなた、もしかして私と同じ、現実世界の……その、なんていうか、アレだ。日本人!?」


「あー、そーさ。ってかイベリコ豚子って名前のフンイキで分かりそーなもんだろ」


「いやいやいやいや! というか私以外にそういう人いるって知らなかったし! 私だけが地球上でただ一人、異世界に選ばれし特別な存在だとひそかに思ってたし!」


「真面目そうに見えたけどわりとめでたい脳ミソなねーちゃんなんだなぁ。ま、でもカタブツなヤツより話せそうだしいいか」


 宙を浮いてた彼女は床にふわっと降りて指でクイクイと手招きならぬ指招きする。


「とりあえずアタシの部屋に来なよ。相談したい事があるんだ」


 相談?

 同じ境遇の者同士、悩みがあるなら聞いてあげたいけど正直そんな精神的余裕は今ないんですぅ。

 それにこのコ、キレイな顔してるけど、笑顔が怪しい感じがするんだよね。

 他人のことを偉そうに言える私ではないけど(笑)。


「いやー、でも聞いてたでしょ。私、いの一番に人類にケンカ売るハメになっちゃったから今すぐ何か作戦を考えないといけないし、そんな時間は……」


「ほ~う、作戦をねぇ」


「そう、逃げる作戦をね!」


「逃げるのかよっ!?」


 そりゃそーだ。

 魔王軍の戦力どころか自分自身の強さすら分からないのに戦いなんて出来るワケがない。

 しかし、可愛らしい格好していいテンポでツッコミをするコだな。


「まぁそんなアンタに朗報だ。相談ってのはアタシと組んで闘わねーかって話さ。言わば共闘、マルチプレイってヤツ」


「えっ、それは私の代わりに全部やってくれるって解釈でおk?」


「おkじゃねーよ!? 手伝えよ!? 共闘だよ!! 共に闘うんだよっ!!」


 彼女は一気にツッコんでくれたあと、ハァハァと呼吸を整えた。

 うーん、楽しい! 

 これからもジャンジャンくだらないボケを放り込んで処理してもらおう。


「フッ、気に入ったよ。じゃあ、よろしくねイベっち」


「今、気に入る要素がどこにあったんだ……?」


 彼女は自身が有能なツッコミ要員であるという自覚に欠けているようだった。



 そんなワケでイベっちの提案に乗ってみる事にした私は彼女の部屋へとホイホイついて行った。

 道すがら、お互いのリアルの境遇を軽く自己紹介しあう。

 彼女は元々、ニートの廃人ネトゲプレイヤーだったけど、さすがに生きるために働かざるをえなくなり引退。

 だけどネトゲでランキング上位まで突っ走っていた頃の快感が忘れられず悶々とした日々を過ごしていた所に魔王マリアからお声がかかったそうだ。

 現実世界の一晩換算でコッチの世界では一ヶ月間、人類侵略ゲームをプレイ出来るぜヒャッハーという感覚らしい。


「そら、ここがアタシの部屋だ」


 そんな身の上話をしてるウチにイベっちのお部屋に辿り着いた。

 彼女が着ているゴスロリ服の雰囲気と合う、ロココ調だかバロック様式ってヤツ? 的ないちいち豪華な装飾が施された家具が室内に揃えられている。


「イベっち、服も部屋も可愛い系なのに乱暴な男口調なのは心に深刻な闇を抱えているから?」


「初対面の相手にムチャクチャ言ってんじゃねーよ!」


「ごめんごめん(笑)」


「……ったく。この格好も部屋も魔王のヤツが勝手にチョイスしやがったんだ。焼肉ってプリントされた変Tシャツにショーパンがイベリコ豚子のスタイルだってのに……」


 そんな人間失格な格好でうろつかれても魔王城の景観を損ねそうだ。

 それに小柄でキレイな顔立ちな彼女には今の格好が妙に似合ってるので魔王グッジョブかも。

 正直スマホがあったら撮りまくりたいくらいの可愛らしさはある。


「しかし魔王がまさかあんなアイドルみたいなブリッコ女とはなぁ。せっかくこの世界にもイベリコ豚子の名を轟かせようとしてんのに、可愛くないって本名の方で呼びやがるしよ。呼ぶなっつってんのに……」


「へぇ、本名? なに? 私のは教えたんだからイベっちも教えてよぅ」


「ハァ? リアルばれはNGだろ常識的に考えて」


「え~ズルい、卑怯もの。人間のクズ。豚は豚小屋で寝てろ」


「淡々と暴言叩きつけんじゃねぇ!」


「彼女の名前は紅璃夢(くりむ)ちゃんですよ」


「クリム? うそ!? かっわいいいいってわああああああああああっっ!?」


 振り返れば奴がいた。

 そう、魔王マリアだ。


「チッ、魔王かよ。何しに来やがったんだ」


「女子会が行われるみたいなのでお邪魔しちゃおっかなって♪」


「お邪魔だと分かってるなら帰れ帰れ」


 おお、結構強気だな。

 魔王って上司だからある程度は失礼のないように線引きしてたけどイベっちは容赦ない。

 豚子センパイ、マジかっけぇっす。


「それにしてもクリムちゃんかぁ。キラキラネームだ、可愛いじゃん!」


「黙れ! うるせぇ! 忘れろ!」


 クリムちゃんは綺麗な顔を真っ赤にして焦ってる。

 なんだ、このクソ可愛い生き物は。

 

「せっかく可愛い名前なのにもったいないですよねぇヒナさん」


「うん、可愛い可愛い」


 と、頭をなでなでしようと手を伸ばしたがし、スルッと彼女の頭を通り抜ける。


「えっ? なんだこれ、クリムちゃんに触れない!」


「フン、生憎アタシの種族は死霊なんでな。物理的に触れる事は出来ないんだよ。あと本名で呼ぶんじゃねぇ!」


 プニっ


「ひゃんっ!?」


 クリムちゃんが手刀で私のおっぱいをつついてきた。



「どうだ、コッチからは攻撃し放題だぜ? オラッ!」


「ちょ、ちょっとぉ!?」


 私の鎧を透過して肉体を直につついてくるのでタチが悪い。

 プニプニと私のおっぱい様をキツツキみたいにつつき続けてくるので私は思わず「いい加減にしなさい!」って手で払いのけようとしたら思いっきり彼女の頬にビンタがビターンッと炸裂しちゃった。


「痛ぁっ!?」


「あ、あれ? 触れないんじゃなかったの……?」


「ヒナさんは闇堕ちしてる設定ですけど、元々は神に仕えしヴァルキリーですから本気を出したら不死者(アンデッド)を滅する光属性ダメージはお手のものですよ」


 魔王に説明されて自分の手を見るとボンヤリと光ってる。

 これならホラー映画を観た後、夜中におトイレ行くのも苦ではなくなるな。


「痛い……、痛いよぉ……」


 イベっちが頬を手で押さえてうずくまり、すっかりテンションがダウンしている。

 どうやら物理ダメージにはすこぶる弱いらしい。

 

「あの、ごめんね?」


 私は光る手で彼女の頭を優しくなでる。


「うぎゃああああ!? 光属性ダメがッ!? 痛ってええええええええええええ!?」


「ああああ!? 今のはホントにごめん!」


 頭を抱えて転げ回るイベっちをただ見守ることしか出来ない私は見守ってても仕方ないので魔王と一緒にのんびりお茶の準備をするのだった。


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