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5話 死霊と作戦会議する生活


 ピシャーンッ! ゴロゴロゴロッ……

 ザァアアアアァァッ……


 神様の祠から戻ってきた次の日。

 魔王城近辺はあいにくの雨模様だ。

 雷もゴロゴロ鳴ってる。

 私のいた元の世界だと雷ってのはあくまで自然現象に過ぎなかったけどファンタジー世界だと雷様みたいなのがいて太鼓叩いて実際に雷を落としたりしてるんだろうか。

 仕事だとしたら随分ラクそうな仕事だよね。

 でもこの世の中、ラクなだけの仕事なんて無いだろうし何かしら悩みはあるに違いない。

 雷様のイメージ像って大体ボロボロのバスタオルみたいなのを腰に巻いてるだけだし、年収100万くらいのド貧乏生活だといいなぁ。


「ふふっ、他人の不幸を妄想すると心が豊かになるね」


 などと自室で人間のクズみたいな事を考えながら腹筋をしているとエッチさんがやって来た。


「ヒナ様。マリア様が会議を行うとの事で幹部に招集がかかりました」


「ふ~ん」


「いや、ふ~んじゃなくて、ヒナ様も準備してください」


「え? 私、幹部なんだっけ? 今まで会議とか呼ばれたときなかったのに」


 そう言えば幹部ランク1とか言ってたっけ。

 最低ランクとはいえ私ごときが幹部だなんて違和感しかないよ。


「確かにこれまでは大幹部のみで話を進めてたみたいですが、いよいよ人類侵略作戦も大詰めなので全ての幹部さんに参加してほしいそうですよ」


「ふ~ん」


 まぁ結局は他人事な感じ。

 人類侵略に関して神様に協力してもらえる事になったものの、会議においては私みたいな下っぱに発言権なんかないだろうし発言したい事も無いしタイミングよく相づち打ってればいいだけだ。

 そう考えれば会議なんて音ゲーと一緒だよね。

 私は簡単に身支度を整え、エッチさんの案内で作戦本部へと向かった。


 魔王城の作戦本部は想像してたより、こじんまりとした部屋で、端が一段高くなって真ん中に机が置かれていた。その背面には黒板。

 そしてそこから見渡せるように40セットほどの一人がけの机椅子セットが縦6×横7くらいで並べられていて……

 って学校の教室みたいだな!

 見ると後ろの方には龍の顔をした魔族やゴージャスな格好をした魔族が既に座っている。


「エッチさん、これって座る場所とか決まってるの?」


「特に決まってはいませんが後方の席と窓側の席は良い場所なので大幹部の方に譲る風潮がありますね」


「へぇ、上座とかそういうもんなのかな。ちなみに悪い席とかってある?」


「やはり前列のド真ん中ですね。マリア様に当てられやすくなります」


 当てられるってなんなんだ。

 先生に当てられる的なヤツなのか?

 というか大幹部が当てられるのを嫌がって後ろの席に逃げてるんじゃないよ!

 でも私も当てられたくないな……


「じゃあ、ここにしよっと」


 カタンっ……。

 私は左から2番目、後ろから3番目の地味で無難な席に座った。


「エッチさんも座りなよ」


「いえ! 私の席なんてありませんから! 外でお待ちしてます」


「ええええ、寂しいよぉぉぉ。私、幹部に知り合いいないんだから……」


「ああ……ヒナ様に求められるなんて感無量です。会議が終わったらたっぷり愛し合いましょうね」


 エッチさんが両手で私の手を包み込んできた。


「いや、愛は求めてないです」


 私はその手を振り払った。


「体だけが目当てなんですか!?」


「早くここからいなくなって下さい」


 エッチさんを追い払ってしばらくするとゾロゾロと(いか)つい魔族たちが教室、じゃなくて作戦本部に入ってきてあらかた席は埋まった。

 顔見知り同士で固まって話をしてる魔族や机に顔を突っ伏して寝たフリをしてる魔族などがいて何やら懐かしい感じがする。

 というか私も手持ちぶさただな……。

 よし、私も寝たフリしよう! と思ったところでガララッと引き戸が開いて魔王マリアが本部へと入ってきた。


 お喋りをしていた魔族たちも静まりかえり、立っていた者たちもそそくさと着席する。

 私にはアッパラパーな感じだったけど、やはり魔族の間では特別な存在らしい。

 みんな、魔王が何を話し出すのか神妙な面持ちで言葉を待っていた。

 そして、魔王が口を開く。


「えー、今日はみなさんにちょっと殺し合いをしてもらいます」


 ざわざわざわざわっ……。

 作戦本部内がざわめき始めた。


「というのは嘘です」


 ざわざわざわざわっ……。

 幹部たちは魔王の巧みな話術に翻弄されつつも徐々に黙っていった。

 一体なんなんだコレは。


「我々が最初に侵略する人間たちの拠点が決まりました。ユーカリス大陸北西に位置する街、エルシアドです」


 本部内が微妙な空気になってるのもお構いなしで黒板に地図を拡げてズビズバ説明していく魔王。

 そう言えば私をスカウトしに来た時もこんな感じだったっけ。


 説明を要約すると、その街は魔族の領域から近いため奇襲をかけやすく、周りから援軍もすぐには来なくて、そこそこ大きい街のわりに軍事色が薄くて兵が少なめ。

 なので最初に侵略するにはお手頃なんだって。


「ただ、誰が攻め込むか、どのような策を用いるかは全然決まっていないので忌憚のない意見を広く募集したいと思います」


 えっ、作戦も大詰めってエッチさんが言ってたのに何も決まってないも同然じゃん!

 

「魔王様、さく……」


「マルバス君、発言する時は元気よくハイ! と言いながら挙手をお願いします」


 ライオンの顔をした立派そうな魔族が注意を受けた。

 私から見たら凄い怖そうなんだけど戦ったら魔王が勝つんだろうか。

 いや、総選挙で選ばれただけって言ってたし強いとかってのはまた別の話か。

 

「ハイ!」


「はい、マルバス君」


「策が無いと仰ったが以前、我が発案したウンコを街中に叩きつける作戦はどうなったのか?」


 すごく威風堂々とした表情だ。

 あのクソみたいな作戦を練ったのはお前だったのか。


「えっとですね、アレはなんだか気が進まないなぁって……」


 魔王が困ったような笑顔を見せる。


「そんなふぅわっとした理由で!? 実行すれば人間どもが阿鼻叫喚する様子が目に浮かびますぞ!」


「ハイ! ハイ!」


 今度は小柄な狩人っぽいワイルドな格好の魔族が手を挙げる。


「はい、バルバトス君」


「汚物大好きな変態マルバス君のネタに付き合う必要はないと思いまーす」


「意義無し!」「意義無し!」


 作戦本部がパチパチパチと拍手で包まれた。

 良かった、魔族にもマトモな人は一定数いるみたいだ。


「我は別に汚物が好きなワケではない! 犬だって自分のナワバリを誇示するためオシッコを撒き散らすではないか!」


 拳を握りしめ涙目で必死に反論するマルバス君。


「な、なにっ」

「むむ、確かに……」

「もしかして有効な策なのか……?」

「そうだ! マルバス殿の言うことが正しい!」


 おいダマされるな、しっかりしろ。

 しかし、犬のマーキングの話をされたら意外と筋は通ってる気はするね。

 自分の匂いをつけて自らの領地であると主張するのは野性動物的には基本だ。

 でも私、野性動物じゃないしなぁ。


「はい、ではヒナさん!」


「えひっ!?」


 いきなり魔王に指名されて妙な声が出た。

 挙手したワケでもないのになんなの……?


「ヒナさんは魔族としての経験が浅いだけにニュートラルな視点を持ってると思いますが今の意見、どう思いましたか」


「魔王様、そんな小娘には何も分からんですよ」

「ケツに卵の殻がひっついてるようなヒヨッコはすっこんでおれ」


 なんかアチコチから不満の声が上がる。

 ナメられ放題だな。

 まぁ実際にその通りだから腹も立たないんだけど。

 これは論破しようなんて気負わないで思ったままを適当に言ってやろうかな。


「えっと、侵略したらソコは私たちの街になるんですよね?」


「当たり前だ! そんな事も分からんのか!?」


 マルバス君は牙を剥いて「アホが!」という顔をする。


「私はウンコだらけの街に住みたくないなぁ……って」


「あ!?」


 マルバス君は目を剥いて「やられた!」という顔をする。

 コイツ、百獣のアホなのか。


「ぐ……ぐぐ……だが戦いが終わったらみんなで掃除を……いや、しかし……」


 マルバス君はひどく葛藤しているようだったが、やがてキッと私の方に向き直った。

 ちょっとちょっと、逆恨みならやめてよね!


「我の負けだ、戦乙女よ。お主は大空を翔ける鷹のように高い目線で戦況を把握できるのだな」


「はぁ」


 鷹じゃなくても分かりそうな案件だったと思うけど……。

 なんだか鷹に申し訳ない。


「まことに感服した! 我の力が必要な時はいつでも要請するといい」


 そう言うとマルバス君は近付いてきてスッと手を差し出して握手を求めてくる。


「いえ、あの、己の間違いを潔く認める勇敢さはまさに百獣の王でした」


「えっ、そう? ワハハ、それほどでもないぞ!」


 コイツ、なんてチョロいんだ。

 ライオンみたいな顔をしたマルバス君は尻尾をフリフリ振りながら満面の笑みを浮かべて私と握手をして着席した。

 私たちの和解にパチパチパチパチ! と拍手が巻き起こる。

 うーん、獣みたいな顔をした魔族が多いけど脳みそも獣並なんだろうか……。

 魔王の方を見るとニッコリ微笑んでいる。

 もしかして彼女が私なんかを簡単にスカウトした本当の理由はとにかく人間並の知能を持った助っ人が欲しかっただけだったりして。


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