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4話 魔界の神様に会いに行く生活

ザパッ!


「ぷはっ……」


 おぼろげだった意識が誰かに水面に掬い上げられた事で少し活性化した。

 どうやらエッチさんが水に飛び込んで助けてくれたみたいだ。

 ありがとうね。

 彼女が心配そうに声をかけてくるが耳に水が入ってボソボソとしか聞こえない。

 おかげさまで私は大丈夫だよ、って言ってあげたいけど水面に叩きつけられた衝撃で頭がグワングワンする。

 よく何メートルだかの高さから水面に落ちるとコンクリートに叩きつけられるのと同じとか聞くけど確かに強烈だったね……。


「う……ん……」


 どうやら水上バンガローの床に寝かされたらしい。

 安定した姿勢でしばらく横たわっていると少し回復してきたようだ。

 耳の状態も落ち着いてきてエッチさんの悲痛な叫び声も聞こえるようになってきた。


「神様、神様! これ、私、人工呼吸していい案件ですよね!? 舌をねじこんでもバレないですよね!?」


「ワシはいけないと思うなぁ。ま、一応、止めたからな」


 悲痛じゃなくて私に非通知で襲う叫び声だった。

 ちょ、そこはもっと強く止めてよ神様!

 あっ、エッチさんがヤバい目付きでコッチに向かってくる……!

 私の中に残ってるありったけの力をかき集めて声を絞り出す。


「エ、エッチさん……大丈……夫、だから……気が付いた……から……」


「チッ……良かった! 私、本当に心配したんですから!」


 今、舌打ちしなかった?

 その後、もう少しだけ休むとすっかり元気になった。

 やはり魔神であり、戦乙女であるこの肉体は人間のものよりはるかに丈夫みたいだ。


「今回の件は助かった。心より礼を言うぞ」


 起き上がって軽く身体を動かしていると神様がお礼を言いに来た。


「グルォオオオ……」


 ブネさんも短く鳴いて頭を下げた。

 感謝してるのかな?

 いいってことよ。

 私は動物には甘いのさ。


「お気になさらないで下さい。当然の事をしたまでです」


 というか元はと言えばコチラ側に責任があるんだし。

 これは本当に当然の事をしただけでお礼を言われる事じゃないんだよね。

 ブネさんに悪いし本当の事を白状しようとも思ったがエッチさんが八つ裂きにされるのはすごく可哀想だし……仕方ない、黙っとこう!

 上手に嘘をつく、というのも時には大事なのではないでしょーか! と私は自らを正当化する事にした。


「しかしアレじゃのう。酔い止めを使ってあんなにすぐ効いたということは、やはり酒を飲んでおった、という事なのかのう」


「えっ、そーですねー」


 神様が当然の疑問を投げかけてきた。

 よし、上手に嘘をつかなきゃ。

 大人のオンナは嘘をつくのは上手いんだぞ。


「だが一体どこで酒を口にしたのじゃろうな」


「さぁ~、どーなんでしょーねー」


「ところでそなたがずっと握りしめておったその汚い魚はなんじゃ」


「えっ」


 ブネさんの胃から引き剥がした魚が私の傍らに置いてあった。

 どうやら水中に落ちても私が大事に握っていたのでとっといてくれたようだ。

 やっべぇ。


「えっと、アレですよ。水中に落ちた時にとっさに漁をした成果です」


「なに、漁を? そなた溺れてなかったか?」


「私の地元の溺れ祭り漁という伝統的な漁です」


 そんな漁はない。

 

「いや、でもそれ消化されかけとるし……それはブネの胃の中にあった魚じゃろ? そんなものを何故持ち帰ったのかのう」


「えっとえっと、アレですよ、アレ。美味しそうだったのでついお土産に」


 消化されかけてゾンビみたいになってる腐った魚も納豆みたいでオツなものだよね?


「そうかそうか、ならば喰ってよいぞ。今すぐに」


「いや、あとでおやつの時間に大事に食べます」


「……ところでワシは嗅覚には自信があるのじゃが。その魚からそこのサキュバスと同じ臭いがするのは何故かのう」


 急に自分を指されてキョトンとするエッチさん。


「えっ、え? もしかしてさっき私がゲロ……」


「えっと、えっと、えっとぉ、なんでかなあ! ヒナ分かんない!」


 私は幼児退行してみた。

 もうアレだね。

 全部バレてるんだね。

 神様の顔が笑ってるけど怖い。


「そしてその魚からもサキュバスからも酒の匂いがするのは何故かのう!?」


「昨夜浴びるように飲んだ酒をさっき湖で吐いて、それを魚が食べちゃったからでゲソ」


 私は年貢を納めた。


「こっのアホンダラがぁあああ!!」


 次の瞬間、目の前にいた神様がシュルッと私の背中に回り込み、後ろから私のお腹を両手でがっちりロックしてブン投げた。

 たぶんいわゆるバックドロップかな?

 視界が一面、青空になったかと思うと綺麗な弧を描いて私の頭が木製テラスの床にズッドォオオオオオンっとメリこみ再び意識が朦朧とする。

 今日はやたらハードな一日だ……。


「神様、お許しください! わ、私は殺されてもいいですからヒナ様は助けてください! 私が全部悪いんですから……」


 さっきまで状況がつかめずにいたエッチさんが割って入ってきた。


「ほう、本当に殺してよいのか? 言っておくがブネを傷つけたクズに容赦する気はないぞ」


 神様の髪や着物がブワッとゆらめき、全身から色のついたオーラみたいな光が溢れだして急に息苦しくなる。

 ダメだダメだダメだ。

 私は殺されたって元の世界に戻るだけだから別にいい。

 だけどエッチさんは絶対に死んじゃダメだ!


「ダ、ダメだよ、エッチさん……!」


「覚悟の上です。こんな事もあろうかと遺書は書いてきましたから。ただ、あの、出来れば半殺しを三回ローンで本殺し一回分というお得なプランにならないかなって……」


 エッチさんが決死の表情でヘンな交渉を始めた。


「ふぅむ、三回は少ないのう。五回でどうじゃ?」


「では、それで!」


 あれ? そんなんでいいの?

 神様はエッチさんの腕をガシリと掴み、長袖をめくり人差し指と中指を叩きつけ……いわゆるシッペをした。


「イチ! ニ! サンッ! シッ! ゴッ! じゃ!」


「痛っ!? いったあああああたたた!?」


 ビシィッ! バシィッ! と鞭で叩かれるような音をたててシバくシッペ五連発はクッソ痛そうだった。

 あ、エッチさん泣いてる。

 まあ元は言えば、あなたのせいなんだからそれくらいはねぇ。


「ふん、バカめ。魚なんか持って帰って来なければワシとて気付かなかったものを」


 投げられて突っ伏してる私のアゴを親指と人差し指でつまんでクイッと顔を起こす神様。

 じっと私の眼を見る。


「……ブネの体調を気づかってくれたのか?」


「……」


 頷こうとしたが「私はバレる危険を顧みずブネさんを助けましたよ~」アピールもなんか嫌なので黙ってソッポを向いた。ぷいっ。


「あっ、違うのか。じゃあ殺そうっと」


「ブネさんがまた気分悪くなったら大変だからバレる危険も顧みずに魚持って帰りました! 褒めて褒めて!」


「いや、褒めはせんがな……」


 フゥ~と息を吐き出す神様。

 ざわめいていた髪や着物のゆらめきも収まって、なんとなく気は抜けた感じだ。


「……分かった。では、またあのフレンチトーストとやらを持ってこい。それで手を打ってやる」


「えっ」


「それと、さきほどのウコンとやらもたっぷりとな。今後、誤って酒を飲んでしまっても安心できるように。どうじゃ?」


「え~っと、それくらいお安いご用です。ねぇエッチさん」


「は、はい、ウコンでもウンコでも望むだけ準備させていただきます……グスッ……」


「では、この話はこれにて終いじゃ」


 終い、という言葉とともに神様はパンッと手を叩いた。

 今度は私とエッチさんがハァ~と息を吐き出し、力なくヘタりこむ。

 あああ……疲れた。

 昨日、エッチさんが遺書を書くとか言い出した時は大ゲサなコ! って思ったものだがあながち間違いでもなかったね……。


「それとじゃな」


 私たちが生きてる喜びを噛みしめていると神様がわりと真剣な顔でポツリと呟いた。


「さっきの人類侵略の件、やはり考え直す気はない。ワシにはワシの考えがある」


「ああ、そうスか……」


 今日はもう疲れた。

 こちらもその話題で議論する気力がもはや起きない。

 別に私が人類侵略の切り込み隊長をやるワケでもないのだから、戦いは暴れたいバカに任せて私は後方で腹筋でもするとしよう。

 そうそう、結局、一日二百回は日課として腹筋をやるようにしてるよ。

 元の体に里帰りした時、ちょっとは痩せてるといいな。


「その代わり、そなたが進軍する際はワシが力添えをしようぞ。わずかではあるがな」


「はぁ」


「ハァ!?」


 気の抜けた返事をする私に代わってエッチさんが素っ頓狂な奇声をあげた。


「か、神様が、あの、かっ!?」


「なになに、それってそんなに凄いことなの」


「そ、それは……ヒナ様の世界で例えれば、たぶんコンビニのレジ打ちの助っ人にロシアの大統領が手伝いに来てくれるようなもので」


「うおおおお怖っええ!」


 というかロシアの大統領がコンビニのレジ打ちなんて逆に出来るんだろうか。

 まぁ物珍しさで店は繁盛しそうだけど。


「だけど、なんで手伝う気に? そもそも私、助っ人が欲しいとかそういう話はしてなかった気が……」


「実力が均衡したもの同士が戦えばどちらかが死ぬまで決着はつかん。しかし大人が子供と戦うならケガもさせずに押さえ込むことも不可能ではなかろうて」


 大人と子供……神様と人類にはそれくらいの力の差があるって事なんだろうか。

 神様はコチラを見ずに空を見上げながら話している。

 その表情からは真意を読み取れない。


「つまり神様の力を利用して、なるべく血を流さずに侵略してみたら、という提案ですよね」


 ボケッとしてるとアンダスタンド? って感じでエッチさんが確認するように話しかけてきた。

 それは私の拙いアタマでも分かるんだけど……。


「血を流さないよう気を使うなら、そもそも侵略しなければいいような……」


「しつこいのう。ソレとコレとは話が別なのじゃ! そなた、ワシが力添えするという事がどれだけありがたい事かさては理解しとらんな?」


「してますしてます! ありがたや!」


 実際、バトル初心者の私には今の時点でイマイチその重要さが把握しきれないけど。

 この世界の人類の強さとかも実はよく分かってないし。


「まったく……では力添えする代わりに草むしりのレベルアップは無しじゃからの」


 えええええええ!?


「ちょ、お待ちやがれ!? 私、レベルアップするためにこの世界にはるばるやって来たんですけど! そのために二週間も草むしりがんばったんですけどぉぉ!?」


 私はすかさず神様の肩を揉んだ。

 しかし、見た目が幼女なだけあって、ふにふにしてて肩が凝っている様子はない。

 なのですかさずヘッドマッサージに切り替えてみる。


「おおおおお、それ、いいのう」


 額と前髪の境目をクニクニ揉みほぐすと神様、猫みたいに気持ち良さそう!


「ではではレベルアップの件は!?」


「ダメと言ったらダメじゃ。というかそなた、ブネにひどい事しておいて面の皮が厚いのう」


 う……。

 それを持ち出されたら引き下がるしかない。


「そんな顔するな。そなたが人類侵略した暁には草むしりなど比較にならんほどの経験値が手に入る。魔王軍の大幹部になれるくらいドドーンとレベルが上がるやも知れんぞ」


 クカカといたずらっぽく神様が微笑んだ。

 むむ、大幹部とかどうでもいいけど、それだけレベルアップすれば現実世界の私に及ぶ影響も大きいって事か。

 すんごい頭良くなったら難しい資格とって公認会計士とか弁護士とか目指しちゃおっかな。

 

「はぁ~、仕方ない。こーなったら人類侵略がんばっちゃうぞ!」


「その意気です、ヒナ様!」


 それにしても転職するのに有利な資格をとるために人類侵略するって本当に割にあってるんだっけと今更ながら思う私であった。


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