4話 魔界の神様に会いに行く生活
翌朝。
それぞれお土産を用意した私とエッチさんは庭園にある伝説の樹の下で待ち合わせをして魔界の神様が住んでるという祠に向かった。
現在の私の魔神としての力は腹筋一万回しても疲れない、どんなしぶとい雑草でも束で根っこごと引き抜ける程度のものだがレベルアップしたらどうなるのかな。
というか今どれくらい強いのか正直よく分かんない。
まぁ肝心なのは元の世界に戻った時のステータスアップだからコッチでの強さなんて、わりとどうでもよいが。
「ヒナ様ー! おはようございまーす!」
「おはよー。エッチさん元気だね。昨日は震え上がってたけどちゃんと眠れたかな?」
「えへへ~、寝付けなかったから強いお酒を浴びるように飲み続けていたら朝になってました~」
「えっ、それ大丈夫? 酔いは覚めてるの?」
「酔ってないですよ~ヒック」
こ、こいつ……!
なんて分かりやすい酔っぱらい方を!
「あの、アレだったら休んでていいから祠への道だけ教えて。ここから近いんでしょ?」
「いえ! 私はヒナ様の秘書です! ヒナ様と一緒にイカせてください! イキたい! イク! イクぅぅ!」
「よし。酔っぱらい、すぐに黙れ」
私がエッチさんの頭の羽をガッと引っ張ると彼女は白目をギュルッと剥いて痙攣しながら両手でピースした。
「ん? 今なぜピースを……?」
「ふぅ……失礼しました。なんだかスッキリしたのでもう安心です」
「そう? ならよかったけど」
何故だか分からないけど途端にシャッキリしたので本当に大丈夫そうだ。
一時はどうなることかと思ったよ~。
エッチさんの案内で城付近の森の道を歩いていくと木々の向こう側におっきくて綺麗な湖が見えてきた。
近づいてみると澄みきった水の中で魚たちがスイスイ~っと気持ち良さそうに泳いでるのが見えた。
「わぁ、キレイだね~。あっ、ここで魚を捕まえて焼き魚とかいいよね。焚き火たいて塩ふってさ」
なんとなく子供の頃、キャンプで食べた焼き魚が塩味が効いててとってもジューシーで美味しかったのを思い出した。
まだ幸せだったあの頃。
もう夏休みで40日間も休めて家でゴロゴロしてたら自動的にご飯が出てくるアホみたいに幸福な生活は永遠に帰ってこない。
……と思ったけど今の魔神生活ってそれに近いものがあるね。ラッキー!
「ハァ……ハァ……ヒナ様、こ、この湖は水の一滴から生き物一匹まで神様の所有物なので当然、許可なく捕る事は出来ませんよ……ぅぷ」
「ちぇ、そうなんだ。まぁ魚捕るのも面倒そうだし別にいいけど……ってエッチさん、ちょっと顔色悪いけど大丈夫?」
「はい、だいじょうぶぉええええええ」
私の横で湖を覗きこんでたエッチさんが吐いた。
水面にぼちゃぼちゃと彼女の汚物が叩きつけられる。
すると魚が寄ってきてパチャパチャとそのきったないブツを食べ始めてしまった。
「ふ、二日酔い?」
苦しそうにうずくまる彼女の背中を優しくさすってあげる。
「あ、あの、こ、こ、この事は絶対に神様にヒミツにしておいてもらえますか」
汚物が神様の湖に溶け込んで行く……
エッチさんは涙目でガタガタ震えていた。
「いいけど……エッチさんってもしかして相当ポンコツ秘書なのかな」
「い、いや、私わりと優秀なんです本来は本当に!」
まぁ優秀なドジっ娘も可愛いと言えば可愛いけど。
すっかり元気になったり意気消沈したりするエッチさんを観察しながら湖沿いに歩いていく。
目的地までどれくらいあるか知らないがかなり大きな湖なのでそれなりの時間を歩かされている。
「それにしてもドデカイ湖だよね。これだけ大きかったらネッシーとかいると面白いのに」
「ヒナ様、心に余裕がありますね……もうすぐ目的地に到着ですよ」
もうちょっと歩くと湖の上に組み木が敷かれてコテージがいくつも連なって建ってるのが見えてきた。
「アレは……なんだっけ。パラオとかの水上バンガローっぽいね!」
「アレが魔界の神様の祠です」
「あんなトロピカルなのも祠っていうの?」
祠の定義。
それは神様が祭ってあればなんでもよい、らしい。
想像と違って少し戸惑ったがカビくさい洞窟の奥に案内されるよりはいいか。
扉も何もない開放的な造りの建物なのでどこまで勝手に踏み込んでよいものかドキドキしつつ水の上の通路をおそるおそる歩いていると……
「「こっちぞ、人の子よ。はよう参れ」」
と、いきなり脳みその中に直接、誰かの声が響いた気がした。
「うぉおっ!? なに今の!?」
ビクッとして辺りを見回すもエッチさんの他には誰もいない。
しかし不思議なものでどこから呼び掛けられたのか方角は分かる気がした。
目をやると水上通路の奥の奥に一際大きなコテージがあった。
あそこに私たちを待っているとてつもない何かがいる……ような気がした。
「今の思念の主が魔界の神、ソロモン様です」
緊張した面持ちでエッチさんが言う。
「思念って、テレパシー的なヤツか……」
戦闘とか魔族の強さの概念とか未だによく分かってない私でさえ、今のテレパシーから圧のようなものを感じた。
離れた場所にいるのにいつでも心臓を握り潰されそうな恐ろしい感覚。
正直、ここに来るまでは話してみれば意外と話が通じる相手なんじゃないかと軽く見てた部分もあったが、今は足がすくみ心臓の鼓動も早くなり冷や汗も出てきて息苦しくなってとにかく大変……
ザッパァァアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!
「うッぎゃあああああああああ!?」
突如、水の中から超巨大な何かが滝みたいな水飛沫と轟音ともに現れたので私は今まで出した事もないような大声で絶叫してしまった。
その巨大な何かは天に向かって突き上がっていったかと思うと水上バンガロー上であっけにとられている私の方に頭をもたげてくる。
三メートル程度の距離があるのにそれでもなお私の視界を全て塞いでしまうくらい巨大な生き物の顔。
なにこれ……? 恐竜……?
いや、これはたぶん、ファンタジー世界でもっとも有名な怪物、ドラゴンだ……!
助けを求めるようにチラ見するとエッチさんは立ったまま失神していた。
まるで弁慶みたいだね!
ふざけんなお願いします起きてください!
「アッハッハ! すまぬすまぬ、少々悪ふざけが過ぎてしもうたのう」
今まで味わった事のない恐怖を感じてエッチさんをガクガク揺さぶって起こそうとしているとドラゴンの柱みたいな角の後ろから、ふわっと軽やかな身のこなしの幼女が現れた。
長く輝くような銀髪に鮮やかな刺繍が施された黒の着物の可愛らしい女のコ。
だけど見た目通りの愛らしい存在でない事は本能的に分かる。
なんならこの巨大なドラゴンよりこのコの方がよっぽど恐ろしい。
「あ、あのぅ、ソチラ様がもしかして魔界の神様ってヤツですか?」
「うむ。そういうヤツじゃ。よろしく頼む」
虹みたいな不思議な色の瞳をした神様はクカカッと微笑んだ。




