3話 豚さんと草むしりする生活
「なぜこのタイミングなのか分からないけど私の言うことを分かってくれたんだね?」
「うス。戦乙女様、俺は目が覚めたっス」
「ライ君……!」
ダルそうだったさっきまでとは表情が違う。
憑き物が落ちたようにシャッキリした表情で佇むライ君がそこにいた。
と、そこへガサガサっと茂みをかき分け大勢のオーク君たちが集まってきた。
「ライさん、どうしたんスか!?」
「今のありがとうございますは何に対してなんスか!?」
騒ぎを聞き付けたらしい。
そして自分たちのリーダーがムカつく上司である私に感謝したのが気に入らないご様子。
でも、ここでライ君が言い聞かせてくれれば流れが変わるかも知れない。
キッカケはどうあれライ君がちゃんと私の言った事を実践してくれたのは本当にすごく嬉しかった。
そして集まったオーク君たちを見渡してライ君が口を開く。
「いや、アレだ……俺、長いこと女に相手にされなくてずっと欲求不満だったろ?ものすごく」
ん?
「ライさんがモテない?冗談じゃありません。ライさんは腕っぷしが立つし面倒見もいいし最高の兄貴分っス」
「だが俺はイケメンではない」
「顔なんて飾りです! 雌豚どもにはそれがわからんのですよ!」
オーク君たちがブーブーと檄を送った。
子分には慕われているんだな。
そうだよライ君、男の価値は顔だけではないよ!
まぁ顔だけではないだけで顔はとっても大事だけど。
「ありがとうよ、お前ら愛してるぜ。だから、あまりに欲求が溜まりすぎてこの際、俺を慕ってくれる野郎でもいいか? と思ったりした事もあったが……」
いいか? って何をする気だったんだい。
ライ君の衝撃の告白にざわざわ……とざわめき立つオーク君たち。
「いや、しかし、その道は修羅の道。一度、進んだら二度と引き返せねぇ! と常に葛藤してたら仕事も何も手につかなくてよ……」
「ああ……最近のライさんが俺たちを見る目、マジ怖かったス」
「それで欲求が抑えきれなかったんだろうな……さっきなんて気が付いたら見知らぬキノコを舐めまわしててよ……」
「ああ……ライさん昔からそういうとこあるっスよね」
昔からそういうとこあったのか……
「だがそんな事してもやはり俺の欲求は満たされない。イライラは募るばかりだ。何かが足りない。でもそれが何なのか分からない。どうやったら俺の心にポッカリ空いた穴は埋まるんだ……」
ライ君は遠い目をして空を、遥か彼方を見据えた。
いや、キノコ舐めてないでがんばって彼女作りなよ……
「そう思い悩んでいた、その時だ」
と、急に彼が敬意をこめた表情で私の方に目を向けた。
他のオーク君たちも自然と私に注目する。
お、なになに? 私がなにかしら褒め称えられる流れ?
結局、何が決め手になって心を入れ替えたのか私にも分からなかったから彼が何を語るのか少し楽しみだね。
「俺は戦乙女様に口汚く罵られながらお尻をぶたれたんだが」
うんうん。
うん?
「そこでかつて味わった事がない快感がッ!! ビビッと俺のお尻から脳天まで駆け巡ったんだッッ!!」
は?
はあああああああああああああああああああ!?
見るとライ君は恍惚の表情を浮かべて、さっきぶたれた自分のお尻をなでなでしている。
その様子を見たエッチさんは大変納得した表情でウンウンとうなづいていた。
「どうやらヒナ様に与えられたご褒美で欲求はすっかり満たされたようですね」
「うス! もう一生ついてくっス」
「ちょ、待てよ!」
私はご褒美あげた覚えはないんだが!?
てかコイツ、ホントにそんなベクトルで心を入れ替えちゃったの!?
バイでSM好きって性癖のデパートかよ!?
そんな異常な気持ちをカミングアウトしたライ君を見てオーク君たちがザワザワざわめいている。
ほら! おかしな事を言うから彼らも動揺して……
「お、お尻から脳天って、ほとんど全身じゃないスか!」
「すげぇや! さすがライさん!」
そしてキミたちも驚くポイントが微妙に狂ってるな。
「さぁ戦乙女様、試しにコイツらも口汚く罵倒しながら殴ってやってください!」
「お試しでやるようなことではないよ」
私の意見は興奮したオーク君たちの歓声にかき消され、ライ君に促されたアホ豚どもが横並びに四つん這いになる。
彼らは半信半疑という表情をしてるが「尊敬するライさんの言うことなら……」という感じで従っている。
期待に満ちた雰囲気で私は30近い豚の尻を向けられた。
「あの、どうしよう」
エッチさんの方に助けを求めると良い笑顔でコクリとうなずかれた。
やれという事だろうか。
くそっ。
「では、戦乙女様。ブタ野郎! という掛け声とともにお願いするっス。さん、ハイ」
「ぶ、ぶたやろー」
ライ君の指示に従って
べちっ、と適当にオーク君のだらしないお尻を叩いてみると……
「あっ……ん……ありがとうございます!」
切なそうに豚が鳴きながらお礼を言ってくれた。
ははは、いいってことよ。
「ラ、ライさん! ヤバいっすよコレ! ビビっと来たッス! 自然と口からお礼が……!」
「な! な!」
「戦乙女様! コッチもお頼み申しあげるっス!」
おうさ、まかしとけ!
その後、私はヤケクソになってオーク君全員分の尻を叩いてまわった。
パシィィィィィン……パシィィィィィン……!!
最初は少し遠慮してた部分もあったが多少、強く叩いた方が彼らの反応が良いことが分かった。
といって、あまり強く叩くとさすがに苦痛が上回るラインがあるらしい。
私は出来るだけ彼らに喜んでもらおうと研究しているうちに手首にスナップを効かせた絶妙な痛さで尻を叩くコツをつかんだのであった。
この経験は元の世界に戻った時にいつか役に立つ日が出来れば絶対に来ないでほしい、永久に。
「はぁ……一体なぜこんな事に……どうしてこうなった」
「どうやらブタの本能に火が灯ったようですね」
「野生の豚とSMのブタはまったく違う生き物だと思うけどな……」
ともあれエッチさんの彼らを見る目がとても優しくなった気がするので良しとするか。
同僚同士、仲が良いことは素晴らしき事かな。
それにしても子供の頃、お姫様に憧れた時期もあったが姫を飛び越えて女王様になる日が来ようとは……。
その後、私に不思議な敬意を払うようになったオーク君たちの活躍で庭園の雑草は凄まじい勢いで根っこごと引き抜かれていった。
このペースなら充分な休憩も入れながらニ週間程度で庭園は綺麗に整えられるだろう。
それで晴れて草むしりクエスト完了、きっと私のレベルも少しは上がるだろうさ!めでたしめでたし。
「じゃあ今日はここまでにしよう。また明日からもがんばろうね。ご苦労様でした!」
とオーク君たちに労いの言葉をかけると
「戦乙女様、本日のシメにご褒美をください!」
一斉に四つん這いになってお尻を突き出すブタたち。
と、ドサクサに紛れてエッチさんも何故か四つん這いになっていた。
わあ、ここがかの有名な地獄の一丁目かな?
いやゲイもいるから新宿二丁目?
それともSMの街で有名な五反田の何丁目かなのかな?
そのうち私は考えるのをやめた。
「このブタ野郎がぁっ!」
パシィィィィィン!
「ありがとうございます!」
パシィィィィィン!
「ありがとうございますっ!」
パッシィィィィィィィィィィィン……!
「ありがとうございますうううううううう!」
和やかなムードの中、庭園で繰り広げられるSMプレイを城の上空から眺めながら邪悪な笑みを浮かべる女の黒い影に私は気づいていなかった。
「へぇ。あの女、たった一日で野蛮なオーク族を手なずけたのか……コイツは使えるかもな」