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3話 豚さんと草むしりする生活

「おや……この匂いは……?」


 エッチさんがカタチの良い高い鼻をスンスン鳴らして匂いを嗅ぐ素振りを見せる。

 私も鼻で息を吸ってみるとほのかに甘ったるい匂いを感じた。


「なんだろこの甘い匂い。あんまり美味しそうな匂いではないけど」


 スイーツ的な甘さではなく、お香っぽい甘い香りだ。

 気分が落ち着くと言えば落ち着くが……もしかしてオーク君たちが寝てるのはこの匂いが原因?


「ヒナ様、あちらからのようですよ」


 エッチさんがガサガサと茂みをかき分けて歩き出したので私もあとを付いていく。

 ヘビとか変な虫とかいないだろうね……

 ひそかにビビりながら木々が生い茂る森の奥の方へとしばらく進むと少し開けた場所に出る。

 そして、そこには大きな枯木が横たわっていた。

 倒れていてもその幹は私の身長より高い。

 ちなみに私は大体168センチくらいあるので平均的な日本人女子よりやや高いよ。えへっ。

 だからといって得した事はないけれど。


 で、そんな事よりその幹にはビッシリと桃色のキノコが這えていた。

 そのキノコを見て驚いたようにエッチさんが近寄っていく。


「これは珍しい! ヒナ様、これはネムリタケの一種、トロントネムリタケですよ」


「ネムリタケ……名前から察するに眠くなるキノコ?」


「ええ。胞子に眠りの魔法と同じ魔素が含まれてて……でもこれだけ離れた距離からオークを眠らせるネムリタケはそうありません。普通のものは頭が少々ぼんやりする程度なのですが」


「じゃあこのトロント? ネムリタケってのが特別、強力なんだ」


「そうですね。生えてる場所も限られててかなり貴重なハズなのですけど、こんな所にポンと群生してるなんて」


 へぇ~、貴重なんだ。これがねぇ。

 大きさはシイタケくらいの見慣れたサイズ。

 ただ、桃色ってところがキレイなような気色悪いような。


「あ、でもなんで私たちは眠くならないの?」


「ヒナ様の肉体は特別製なので状態異常に強い耐性があります。私の方はサキュバスですから……夢を魔術で扱う関係上、睡眠魔法には耐性があるのです」


「ふぅん便利だね~私の体は! ありがたやありがたや。そしてサキュバスって夢を使って何かする仕事なんだ」


「殿方にいやらしい夢を見せて性欲を高めたりします」


「また下ネタ?」


「いやいや! これは下ネタじゃなくて伝統あるサキュバスのお仕事ですってば!」


 世の中には色んなお仕事があるんだなぁ。

 と、そんな事よりこのキノコはどうしたものか。

 ここにあるとオーク君たちが眠っちゃって草むしりがはかどらない。

 でも貴重なものらしいのでむしりとって、ただ棄てるのももったいない気もする。


「ねぇ、このキノコどこか別の場所に移して栽培出来ないかな」


「栽培、ですか?」


 ちょっと意外そうな表情をして考えるエッチさん。


「そうですね……城の北側の森なら崖に面してて誰も通らないので栽培スペースを確保出来そうですが……育ててどうするんですか?」


「何かの役に立ちそうだなぁって。昼寝したいのに眠くない時に使うとか」


「眠くないならそもそも昼寝しなければよいのでは……?」


「……!」


 エッチさんにまっとうな反論をされて悔しくなりながらも眠りタケをとれるだけ採集して胞子が飛ばないようにカゴに入れてフタをかぶせる。

 これでそのうちオーク君たちも目覚めるでしょう。


 この大きな枯木以外にもネムリタケが生えてる場所がないか周囲を確認していると、お風呂の椅子サイズの巨大キノコや急に勝手にぶるぶる震え出す生きてるようなキノコなど色々見つけた。


「ここって、色んなキノコが生えてるんだね」


「キノコは魔術儀式に使ったりするのでマリア様が色々と取り揃えたのかも知れませんね。あの方、そういうの好きっぽいですし」


 へぇ、そうなんだ。

 適当に生きてたら魔王に選ばれちゃっただけみたいに言ってたけど……

 この魔神の肉体も儀式で造ったとか言ってたし、実は結構色んなこと出来るのかな、あのコ。


「じゃあキノコ類はむしらずに残しといた方がいいのかな」


「通行の邪魔になる所に生えてるモノは排除してもいいんじゃないですか? 正直、魔王様や他の誰かが使ってるのを見た事がないですし……ここにどんなキノコがあるのか誰も把握してないと思います」


「いやいや、何があるか知らないくらいだから捨ててもいいだろう、って考え方はキケンだよ。そういうのって捨ててから『アレは必要だったのに!』って怒り出すヤツがいるからね」


「ああ! 確かにウチの兄が大量に溜め込んでたエロ本を母に捨てられた時は激怒してましたね。母なりにこれは最近読んでないだろうと厳選して捨てたらしいですが」


「お母さんにエロ本厳選されるってなんかすごく怖いね」


 などと家族との生ゴミみたいな想い出話を聞きながら草をかき分けて他にもおもしろキノコがないか探していると、地面から何か黒い塊が出てくる。


「なんだろ、これ」


 指でつついてみるとブヨブヨと微妙な柔らかさ。

 丸っこくて一瞬わからなかったけど、よく観察したらキノコだね、これも。

 少し匂いを嗅いでみるとかすかに土っぽい匂いがすることに気付いた。

 ん……? 黒くて丸っこいキノコで土っぽい香りって……


「これ、もしかしてトリュフじゃない……!?」


「トリュフ? なんですか、それ」


「いや、トリュフだよ! 高級食材! 前に一回食べて見たいぜ! って思って3ヶ月くらいスマホの待ち受け画像にした事あったもん! これ、間違いないよ!」


 トリュフは土に埋まってるらしいので、興奮してその辺りを掘り返してみると黒いのがゴロゴロ出てきた。


「わひょおおおお! 一個数千円はするブツがこんなに! 今夜はトリュフパーティだよ!」


 もう草むしりとかどうでも良くなった。

 そもそも魔王軍生活始めて一日目からそんなにがんばらなくていいよね。

 とりあえず今日は美味しいものいっぱい食べて魔王軍に入社して良かった! って印象をもつことで今後の活動の励みにしようと思いまーす!


「さっき食事の必要はないって言ったけど食べようと思えば食べれるんだよね? 調理場とか貸してもらえるかな。今すぐに」


「い、今からですか? まぁ一流のシェフが控えていますので言ってもらえればそちらで」


「やった! じゃあパスタとか作れる? トリュフがけカルボナーラとか……いや最初は純粋にトリュフを楽しみたいからコショウとガーリックとオリーブオイルでシンプルに……」


 ガサガサガサガサッ


「えっ」


 至福の妄想で気を高めていると茂みから大きな何かがコチラへ突進してきた。


「何者!? 止まりなさいっ」


 エッチさんが爪をジャキーンと伸ばして私を庇うようにして身構えた。

 おお、カッコいい。今の行動は私的にポイント高いよ!


 などと余裕をかましていられるのは茂みから出てきたのがライ君だったからでした。

 私たちの方は見向きもせずに這いつくばってフゴフゴッと鼻を鳴らしている。


「あ~ライ君。さっきはネムリタケのせいで寝てたのに怒っちゃってごめんね」


 自分の非はすぐ認めてさっさと謝って楽になりたい派の私は早速謝罪したがライ君は反応しない。

 スネて無視しているというより聞こえていない様子だ。


「この豚め。ヒナ様を無視して、何様のつもりですか!?」


「まぁまぁ。まだ寝ぼけてるんじゃない? 目が覚めたら改めて謝っとくよ」


「こんな豚にそこまで気をつかう必要はありませんよ! 特にこの者はオークの長であるにも関わらず普段から落ち着きもやる気もないと悪評が立ってましたからね」


 そうなんだ。

 それでエッチさん、彼らに厳しい態度とってたのかな。

 でも、そんな部下にやる気を出させるのが上司の腕の見せ所なんだろう。

 別に魔王軍で出世したいワケじゃないけど、部下の教育スキルとか身に付ければ元の世界で役立つかも。


 と、そんな私たちのやりとりにはお構い無しにライ君はフゴフゴ鼻や顔を地面にこすりつけたかと思うと……


「フゴォォォオオオ」


 ザクザクッ! といきなり地面に穴を掘り出した。

 最初は手を使って掘っていたが穴が大きくなるともうじれったそうに顔を突っ込んで口で土をかき出し始めた。


「草むしりのストレスで精神崩壊したのでしょうか?」


 エッチさんが馬鹿にしたように怖いことを言う。

 一時間程度の草むしりで崩壊するなんて豆腐並にあやうい精神だよね!

 それよりライ君が地面を掘ってる光景に私はどこか見覚えがあるのを感じた。


「あ、もしかしてアレはトリュフを掘ってくれているのかも……」


「あのキノコをですか? しかし、あの豚が何故いきなり……?」


「私たちの世界では地中に埋まって見つけにくいトリュフを豚の嗅覚を利用してあんな風に掘り起こさせるんだよ」


 トリュフ食いたさにネットで調べてた時に身につけた知識だ。


「なるほど……夢を見ている状態下では本能や欲望が全開になりやすいですからね。サキュバスもそこに漬け込んで人間を誘惑するのですが……あの豚はさしずめ寝ぼけて食欲が暴走してるという事ですか」


 食欲? 違うんだなぁ、これが。

 私はフフッとほくそ笑んだ。


「しかし、それなら彼を止めなくていいんですか? ヒナ様の大事なキノコが食べられてしまうのでは……」


「そこが上手く出来ていてね! トリュフって雄豚が発情した時に出す匂いと同じ匂いがするそうだよ。だから雌豚は雄豚目当てでトリュフを掘り起こすだけで食べたりはしないのさ」


「なるほど……!」


 ふふーん。

 私は人に雑学を説明すると気分が良くなるタイプの人なのでちょっと得意気になった。


「でもあのオークはたぶん雄豚ですよね」


「んん?」


 ライ君の方を見る。

 オークの正確な性別判別法は知らないけど態度や声から判断するに男だろう。ヒゲもちょびっと生えてるし。


「男だろうねぇ」


「では何故、彼は雄豚の匂いを求めてキノコ掘りを?」


「な、なんでだろうねぇ」


 地面に顔を突っ込んだままザクザク土をかき出しまくるライ君におそるおそる近づいてツンツンっとお尻を指でつついた。


「ライ君ライ君。それ、雄豚の匂いとかすると思うけど大丈夫?」


 するとライ君はピタッと穴を掘るのを止めてガボッと頭を上げた。


「ハァッ、ハァッ……」


 彼はコチラには目もくれず、焦点の合っていない虚ろな瞳で愛しそうに黒光りするトリュフを両手で包み込んでいる。


「お、俺は……」


「うん?」



「俺はノンケだって構わず食っちまう雄豚なんだぜっス!」



 そう言うと手に持ってたトリュフをベロベロ舐めまわし始めやがりました。


「わあああああ何してんのこの豚野郎!?」


 パシィィィィィン!


「あおぉぉぉんっ!?」


 食い意地をはった私は久々にキレちまったよ!!

 森に響き渡るくらいの音を立てて四つん這いだったライ君のお尻をひっぱたくと気味の悪い声で彼は鳴いたので私はひいた。


 一方、ライ君はぷるぷると震えてる。

 ヤバい、これ怒らせちゃったかな……。

 考えて見えればトリュフなんてドカ食いするものじゃないんだから1個くらいヨダレまみれにされたくらいで暴力をふるうなんて絶対に許されないことだ。


「あの、ライ君、ごめん……」


「ありがとうございます!!」


 ライ君は目をギュッとつぶり私の言葉を遮るように感謝の言葉を天に向かって咆哮した。

 えっ! このコ、今、お礼を……

 まさか私がさっき言った「上司に怒られたら感謝しなさい」という言葉を実践してるの?


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