3話 豚さんと草むしりする生活
とはいえ、せっかく部下になってくれるのにぞんざいに扱うのは失礼過ぎるので自分の頬をピシャッと軽く叩いて気合いを入れた。
「エッチさん、ご苦労様。その人(豚?)たちが一緒に草むしりしてくれるんだね。はじめまして、泉ヒナです♪」
一応、職場のオジサマたちには癒されると評判の作り笑い、もとい、とびきりのスマイルで自己紹介をしてみる。すると
「……ウッス」
と先頭の大柄な豚人間さんが小さな声で軽く頭を下げ、後ろの豚人間さんたちもそれに倣って頭を下げた。
このデカいのがリーダーなんだろうか。
ふてぶてしい表情をしている。
なんか微妙に礼儀がなってない学生バイトみたいだな。
まぁでもこの世界における豚人間の常識がどんな感じか分からないので様子を見よう。
そもそも私たちの世界にいる豚の生態を考えれば言葉を話せるだけ上等ってものさ。
「えーっと、あなたのお名前は?」
「……」
豚リーダー人間は少し戸惑うようにエッチさんの方を見る。
「ん? どうしたの?」
「ヒナ様。人間の世界の風習は分かりませんが、こちらの世界ではオークごときの名前など、上級魔族格のヒナ様がわざわざ覚える必要はありません」
と、冷たい口調で言い放つエッチさん。
オークたちもそれが当然なのか特に表情を変えることはない。彼らはずーっとこんな扱いを受けてきたという事か。
むむっ。
なんだか嫌な感じ。
「私、そういうの好きじゃないかな。役職の違いはあるにせよ、一緒に働く仲間との間に壁があるのは良くないよ」
「えっ、いや、しかし……」
「まぁそりゃ私より偉い人が、ゴミみたいな私の名前なんか興味ないって言うなら無理に知ってもらおうとは思わないけどさ。私が彼らの名前を知りたいのは構わないでしょ」
「いっ、いえ、ヒナ様はゴミなんかでは……!」
「エッチさんは私を気に入ってくれたみたいだからそうやって庇ってくれるけど、その優しい気持ちをオーク君たちにも少しだけ向けてあげてくれないかな。……だめ?」
と、極力やわらかい口調で想いを伝えてみた。
そう言われるとエッチさんが少し青ざめてふるふる震えながら涙目でうつむいてしまった。
あらら。説教っぽくならないように言ったつもりだったけど思ったよりメンタルが弱かったのかな。
プライドを傷つけてしまったか、と内心ドキドキしながらおそるおそる彼女の顔をのぞきこむ。
「も、申し訳ありません! 私、上級魔族の秘書に抜擢されて正直、調子コイてましたぁ!」
うおっ!?
いきなりエッチさんが訓練された社畜のように見事な角度でババッと頭を下げた。
そして今度はオークさんたちの方にも頭を下げる。
「あなた達にも失礼な態度をとって本当にすいませんでした!お詫びに今度、私のカラダを苗床にしても構いませんので!」
「い、いや、俺らは別に……なぁ?」
「ウ、ウスっ」
とオークさんたちも戸惑っている。
うーん。エッチさん、結構、素直なんだね。
こういうとこは可愛らしいと思うけど彼氏とかいるのかな。
「ところで苗床ってこういうタイミングで使う単語だったろうか。キノコか何かの話でしょ」
「はい……キノコの話です……」
よく分からないが嫌な予感もするのでこれ以上深く突っ込まないでおこう。
「よしよし、ごめんね。頭を上げて? 私の考え方がきっとこの世界では異端なだけで別にエッチさんが悪いコだとは思ってないよ私は」
「ヒ、ヒナ様ぁ……ぐすっ」
慰められた事でホッとした顔をするエッチさん。
うーん、私なんて大した人物でもないのにこんなに慕ってもらうと申し訳なくなるね。
「では、あなた達。ヒナ様に改めて自己紹介をして下さい……グスン」
エッチさん、まだ少し泣いてる感はあるがおだやかな表情にはなっている。今度は逆に私の方がホッとした。
「お、そうだね。じゃあまずリーダーっぽい彼から名前を教えてくれるかな」
「うす……それじゃ……」
いきなり自分の上司たちがもめ始めてひいていたようだが
戸惑いながらもオークリーダー君は口を開く。
「俺の名前はラインハルト・シューマッハ・リベリオン・イシュルドア・ローゼン・アインリッヒ・パーシヴァル・ロベルト・クリスチャン・ピーラー・ヨシュア・オッペケ・ドライゼン・ギルバード・レ・バンナ・ゴーギャン・ルーベンス・フラッペ・リビア・フォンデュっす」
「ああ?」
私は思わず聞き返した。
「だからラインハルト・シューマッハ・リベリオン・イシュルドア・ローゼン・アインリッヒ・パーシヴァル・ロベルト・クリスチャン・ピーラー・ヨシュア・オッペケ・ドライゼン・ギルバード・レ・バンナ・ゴーギャン・ルーベンス・フラッペ・リビア・フォンデュっすよ」
「……」
オーク君の様子を見ると別段ふざけてる様子はない。
ということはこの呪文みたいなのが本当に本名なのか……
「さすがヒナ様ですね……。他の魔族は面倒くさがって知ろうともしないオーク族の名前をキチンと覚えようだなんて」
「ええ!? うん。まあね、えへへ」
私は名前を聞きたいと言っただけでキチンと覚えるとは一言も約束してないですよ?
「じゃあ、よろしくねっライ君」
「うーす」
リーダーはライ君、リーダーはライ君、リーダーはライ君。
「では次の者。どんどんヒナ様に自己紹介をしてあげてください」
エッチさんに促されて別のオークさんが前に進み出る。
「うぃっす。オレの名はメンゴロビア・ロドリゲス・ホイス・ヨイス・スイス・ピッピキ・クソランチ・メルボルン・ジャマー・ユグドラシル・エブリデイ・ホホッパー・ホホホイ・ホホホイ・ホホホイ・ホイス・ハングリー・シューベルト・ミハイル・ニョロロン・ポッピキ・バナナボートでさぁ」
「じゃあよろしくね、メン君」
私はもはや最初の二文字を聞き逃すまいと精神を集中する作戦に全てを賭けるぜっ!
この後、30人のオーク君たちが名前を名乗っただけで一時間かかった。
私、やるだけやったよね。
あとで「ライ」とか「メン」とか「ホイ」とか書いた名札を服に貼っとこう。