9(処分)
※
横田茉莉は、半ば逃げるように店から立ち去った。
その気持ちは分からないでは無い、と町村志織は思う。
テーブルの上の箱が小刻みに震えた。志織は上からそれを押さえつけた。
きぃぃ、きぃぃ。
虫の様な鳴き声が掌を伝って分かった。
「あなたは静かにしてなさい」小声で、諭すように云った。「もういないですよ」
すると小箱はカタカタと震えるのを止めた。
志織は頬杖を突き、外を見遣る。歩道を照り返す日差しが眩しい。
きぃぃ、きぃぃ。
再び箱が鳴いた。
少しばかり逡巡したのち、鳴き続ける箱を手にする。
それからひどくゆっくりした手つきでリボンをほどくと、箱の蓋を開けた。
中は空だった。
塵は塵に、灰は灰に、処分は持ち主に──。
ごめんなさい。
志織は胸の内で呟いた。
あとは当事者でお願いします。
※
ホームに立っていると、アナウンス。
間もなく列車がやってくる。
これが最後の乗り継ぎだ。
混雑は考えるまでも無く連休の所為。
早く下宿に戻って、煎餅布団の上でごろごろしたい。
何もかも忘れて。
よっとバッグを抱え直す。
程なくして列車が入ってきたその刹那、背を強く押された。
あっ、と口だけが開いたが声は出なかった。
向かってくる列車がぐんぐんと大きく視界を占める。
運転手の顔が見える。
驚き慌てた表情まで鮮明に分かる。
目と目が合った。
幾つもの考えが頭に浮かんでは消え、どうにかして助かる算段をしてみたが、無理だ、と結論づけた。
死ぬんだ。
そう思った瞬間、見えない何かに胸を強く突かれた。
それはまるでホームへと押し戻すかのように。
あまりの力に、息が詰まった。
警笛が列車の風圧を切り裂く。
ホームにぺたりと座り込んでいる自分に気がついた。
「大丈夫?」顔を上げると年配の女が心配そうにしていた。
背後で列車が止まるのを感じた。
乗り降りをする客の雑踏でホームは埋まった。
茉莉は立ち上がろうとして、しかし力が入らないのを知る。
「無理しないで」
女の差し出す手を借り、ホームのベンチにどうにか座れた。
「駅員さん呼んでこようか?」
茉莉は首を振って謝絶の意とした。
女は不安げな表情をしたものの、茉莉を残してドアの閉まりかけた列車に乗り込んだ。
列車はすぐにホームを出た。
その動き始めた窓の中に、茉莉は見知った顔を認めた。
走り去った列車の後には、すっかりと人気のないホーム。
ベンチに座る茉莉だけが残された。
あれは死んだはずの担任だった。
醜く歪んで。
しかし同時に美しくて優しげな、懐かしい顔が二重露出のようになって見えた。
ツーペー。
町村の言葉が耳によみがえった。
誰が何を欲したの?
誰が何を払ったの?
茉莉は両手で自分の肩を抱いた。
身体が震えて震えて抑えようがなかった。
─了─
箱の中
作成日2013/06/17 20:39:15




