8(無い物ねだり)
どうにも褒められた気分にならない。
むしろ、ずしりと下腹部に重みを感じる。
「逆もあるかもしれません」
町村はちらりと茉莉に視線を投げ、続けた。「無い物ねだりは大人だって同じです。むしろ、大人の方が強いのかも知れません。地域だとか社会だとか、家のこととか。大人になることは心配事が増えることだそうですよ。親族、家族、お金に健康。可能性や選択肢が減ること、それと引き換えに得るのはなんなのでしょう」
嫌なものですねぇ、とやっぱりちっとも気持ちの含まぬ声を出し、やれやれとばかりに首を振る。「それでもヒトは大人にならなきゃいけない。まぁ私みたいな小娘が考えることじゃないですね」にこっと笑った。「ところでセンパイ。お葬式でてないんですよね」
「……ん、」
「ご焼香もお線香も何もしてませんよね。別に責めてるわけじゃないですよ」
「じゃあ何?」云って、些か語気に荒さが混じっているのに気がつき、口をつぐんだ。
町村に見透かされているようで、どうにも気持ちが揺れて、落ち着かない。
「お葬式って亡くなった人の為じゃなくて残された人の為にやるものだって云いますよね」
「まぁ……そう云うひともいるわね」
「あれ、私疑問なんですけど、お葬式してハイお終い、みたいな昨今の葬儀事情ってどうなのかなぁって」
「何が云いたいの?」
「別に忘れなくてもいいじゃないかなって。お葬式して、さて残された者同士どうにかしていきましょう、さ、死んだ人は死んだ人、人生は生きている人のもの、みたいな。無理にそれを理解させ、死者を悼みながらも忘れる為の儀式になってないかなぁって」
「区切りは必要でしょ」
「ええ」町村はふんふん、と軽く頷く。
「区切り。そう云う役目があったり、そう云うことが必要なのは理解しているつもりです」
「でも?」
くふっと町村は笑った。「でも、三者三様十人十色、十把一絡げに右倣えでお別れの一切合切を葬儀屋さんにお膳立てして貰って、何もかもがベルトコンベア方式でなくていいと思うんですよ。死者は穢れですか? なんで葬儀帰りに玄関先で塩をまくんですか? そんなに彼岸と此岸をキッパリスッパリ急いで分断しなきゃいけないんですか?」
「そうしないといつまでも引きずるからじゃない」
「ですねー」
「どっちよ」
「どっちが正しいとか悪いとかってナンセンスじゃないですか」
「それを云い始めたら何だって無意味よ」
「あー」町村は、ぺちっと自分の額を叩いた。「そうですね。忘れてください」
呆れた。「結局、何が云いたいのよ」
「いやですね。忘れなきゃいけない、終わりにしなきゃいけないって、そんな風潮って誰が決めたのかなぁって」
「知らないわよ」
「知りませんねぇ」
本当にこいつは。
茉莉は思った。
精神的に面倒だ。
「あの箱、その後、どうなった?」
「ありますよ」
「ずっと取っておくの?」
まさか、と町村は微笑した。
「持ってきてます」
トートバッグの中に手を入れ「塵は塵に」それを取り出した。「灰は灰に」
「やだ」思わず身を引いた。
ギッと椅子が床にこすれて鳴った。
忘れようも無い藍色の箱と白いリボン。
町村が何気なく手にしているそれは、茉莉にとっては忌むべきモノでしかない。
「大丈夫ですよ」
「最低」
「よく云われます」
「……空、よね?」
しかし町村は、かわいらしく小首をかしげて見せた。「そう思います?」
「だって、」
「呪いは完遂された、ですか?」
茉莉はこくっと頷いた。ならば、空でないとおかしい。
これは、殺しの箱だ。
町村はずずっと音を立てて、アイスティを飲んだ。
カップの中でざらざらと細かく砕かれた氷が鳴った。




