3(他人事)
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町村の噂は三年にも伝わってきた。
「今年の一年に卑弥呼がいる」
なんでも入学早々の小テストの問題を云い当てたと云う。
その後も各科目の小テストを的中させ、結果一年B組の平均点は他のクラスと比べて異常に高かった。
そのため町村の〝ご神託〟が発覚したとのことらしい。
これが不正行為に当たるかどうか、しかし町村が事前に問題を入手した証拠も無く、ましてや動機も手段も分からない。
なにしろ町村の点数は平均以下だったのである。
職員室では町村をシロと結論付けた。
それにはB組担任教諭の意見も強くあった。
体育担当の羽生は黒白はっきりした性格で、なにより正義と未来ある生徒を守るが自分の使命だと信じる男性教諭だった。「自分のシンタイを賭けます」
それで決まった。
しかし後々、校長は彼の言葉が進退を指してのことだと思っていたが、その実、身体だったのかもしれないと迷うことになる。
体育教師だけに。
だが、学校としても生徒をむやみに疑ったり、もちろん〝ご神託〟を認めることも由としなかった。
されども中間試験を目前にし、対応せずと云うのは如何なものか。
せめて体裁だけでも取り繕うべく町村を呼び出し、噂の真偽は別として、「他の生徒をむやみに動揺させるようなことをせぬように」と釘を刺した。
しかし町村は、その釘をすいと抜くように応えたと云う。
「全員が等しく高得点になるのなら無意味ですよね」
そして、ふ、と口の端を小さく曲げて笑った。「賢いひとなら早々に気が付いてますよ」
中間試験が終わったその日の帰りがけ、茉莉はぱったり町村と行き合った。
「センパイ」町村は馴れ馴れしく近づいてきた。「試験終了のお祝いにお茶でもしませんか」
お前は試験終了日だと云うのに誰とも遊びに行かないのか。
出かかった言葉はそのまま自分に返ってくるようで、生返事している合間にすいすいと学校近くのファストフード店へ連れられ、アイスカフェオレとアップルパイを頼んでいた。
フライドポテトをぽいぽい口に放り込む町村に、なんとなしに茉莉は訊ねた。「あんた予知とか出来るの?」
すると町村は、ポテトをつまんだ手を止め「どうですかねぇ」他人事のように。
「噂になってるわよ」
「今年の一年に美少女がいるってヤツですね」
呆れた。「それはD組の子であんたじゃない」
すると町村は口元に笑みを浮かべた。「結構、俗っぽいんですね」
「忘れて」
「できますよ」町村は軽く云った。「信じるか信じないかは本人次第ですが」ぽいとポテトを口に放り込んだ。
「……イタコ呼ばわりされてるのに」
「センパイもそうだったんじゃないですか」
ぎょっとした。
高校に入ったのを期に極力、人との距離をとり、また口にする言葉に注意していたと云うのに。
しかし町村は、ぽいぽいポテトを口に放り込み続けた。サイズLとか女子としてどうなんだ。
「なんでもご存知ってことね」
「そうでもないですよ」もぐもぐ、ごくんと町村。「興味あることだけ。あとは偶然ですかね」
茉莉はプラスチックの椅子に深く身体を沈め、ため息に言葉を含めて吐き出した。「……ミツメって呼ばれてた」
小学校の時分に、男女問わず口さがない人間がその言葉を蔭で使っていたのを知っている。
低学年の頃はそうでもなかった。
学年が上がるにつれ、気味が悪いと云われ避けられはじめた。
だから、中学へと上がる前には口をつぐむことを憶えた。
それでも殆どが持ち上がりの公立。
あだ名は残ったままだった。
高校では多分に散り散りになったのを幸いに、目立たぬよう努めた。
お蔭で噂は噂で留まった。
それ以上に追求してくる者はなく、いつしか没個性の一生徒を演じられた。
他人と違うモノを見る。
物心ついた頃からのことで、だから茉莉にとっては生活の一部でしかない。
それがなんであるかも不思議と分かっていた。
だが、どう対処するのが良いのかを理解するには多分に時間を要した。
見なかったことにしてやりすごせばいい。
大抵はそれで済んだ。
目をつむり、耳を塞ぎ、口を閉じ。
人と関わらなければ、面倒事は起きたりしない。
「第三の目ってことですね」さらっと町村は云った。「蛇って人間で云う見えるとは違ったモノの見方をするそうですよ」
「へび?」思わず変な声が出た。
「赤外線が見えるそうです」
「爬虫類に例えるな」哺乳類ならまだしも。
「コウモリは超音波ですよ」
茉莉は顔をしかめた。
「同意見です」町村の目は、半分残っている茉莉のアップルパイに向けられていた。
茉莉は無言でそれを町村のトレイに置いてやった。
「いただきます」大仰に手を合わせる町村。
食べかけでもいいのか。
「あんたはどうなの?」
「何がですか?」もぐもぐ。
「気にしないのかって、」
「いいんじゃないですか?」もぐもぐ。「むしろ何が問題なんでしょうか」
「職員室に呼ばれてそれはないわ」
すると町村は、ああ、と初めて気がついたかのように「まぁいいんじゃないでしょうか。たいしたことではありません」




