成金医師・起
「こんの…成金医師がああぁぁ!!!」
ガラガラドッシャーン…
男の罵声と共に目の前に置いてあった治療道具が辺りに散乱する。
それでも気持ちに収まりがつかないのか、自身が座っていた椅子を持ち上げ、「成金医師」と罵った男に思いっ切り投げつけた。
椅子を投げつけられた例の「成金医師」は当たる寸前で体を捻らせ上手く避けることが出来たが、その代わり彼の後ろに存在した壁に物凄い勢いで激突し、投げつけられた椅子は耳を塞ぎたくなるような大きな音を立てながらバラバラに壊れてしまった。
「…料金については治療をする前にお話したはずですが?」
チラリと椅子に目を向けながら例の「成金医師」…もとい、ソラが言葉を発する。
木っ端微塵という言葉をそのまま体現したかの如く椅子は無残にも壊れ、明らかに修復は不可能だった…よく見ると壁も少しヘコんでいる。
(ここ、貸家なんだけどなぁ…)
修繕費はいくらになるだろうか、それを考えるだけで頭が痛くなる。
「あーあ…こんなにバッキバキにしちゃって…これ意外と高かったんですよ?
持ち運びのできる椅子なんてそうそう売って…」
「知るか!そんなこと!!!」
男はソラの言葉を遮り怒鳴りつける、まだ怒りが収まりきらないようだ。
椅子から視線を外し、そんな彼の様子を冷たい目をしながら蔑むように眺める。
そんな態度をされたら火に油、とでも言わんばかりに男の怒りは豪華の如く燃え上がっていき、ソラに詰め寄るや否やその胸ぐらを掴み上げた。
「てめえ!なんだその態度は!!!
それでも医者かよ!!!?」
「これでも医者だ、なんか文句あるか?」
売り言葉に買い言葉、とでも言わんばかりにソラは不機嫌に言葉を発する。
だが只でさえ怒りが有頂天に達している者に対してそんな言葉をぶつけたらブチ切れられるのは確実…
男は眉間に血管を浮き上がらせ、怒りに任せたままソラを地面へ叩きつけた。
「っぐ!」
胸ぐらを掴まれていたのでろくな受け身も取れず、ソラはその体にモロに衝撃を受けてしまった。
男はそんなソラを見下しながら「二度とくるか、こんな所!!!」と捨て台詞を吐き、そのまま何処かへ行ってしまった…
「…痛い」
叩きつけられた時の痛みが抜けず未だ床に寝転がる。
痛む体とは別に彼の頭は冷静に働いており、今回の客との一悶着により出た損害について計算していた。
壊れた椅子代、ヘコんだ壁の修繕費…冒頭でぶちまけられた医療器具もきっと幾つか破損してるだろう、それも含めて合計金額は…
(あぁ、頭が痛い…)
打った訳でもない頭が今度は痛み出し、ソラは考えることをやめた。
都心から北へ20kmの場所に位置する町「アヴローラ」
寂れても栄えてもない普通の町に、彼は旅医者としてやってきた。
旅医者というのはその名の通り旅をしながら偶然辿り着いた町や村で医者として活動したり薬を販売したりしている者達を指し、彼もまた偶然辿り着いた町で医者として活動していたのだが…
「今回の事で評判も下がっただろうし、明日にはこの町からおさらばした方がいいな」
あまり、上手くは行ってないようだ。
それもそのはず、彼の異名は「成金医師」
自身の治療と引き換えに多額の医療費を請求することで有名な、いわゆる「闇医者」と呼ばれるものだった。
それに加え、彼の人柄の悪さのせいで患者とは喧嘩の耐えない日々…もっぱら旅費は常日頃から癖のように作っている薬代で賄っている。
「…片付けるか」
体の痛みが引いたのかソラは立ち上がり、ぐちゃぐちゃにされた部屋の片付けを始めたのだった。
かなりの長話になると思われるので起・承・転・結でわけさせていただきます。