事件解決
翌日、一同はまたオフィスの社長室に集まっていた。友則が呼び出しをかけたのだ。犯人が分かった、今回が最後だ、と言って。葉山さんと副社長は不思議そうな顔で、永野刑事は期待の眼差しを持って友則のことを見ていた。ちなみに雅臣は本日も事務所で待機体制だ。そこで最初に口を開いたのは葉山さんだった。
「支倉先生。犯人が分かった、というのは一体どういうことなんですか?清掃員が怪しいのではなかったのですか?」
副社長も頷く。友則は申し訳なさげに答えた。
「ええ、最初はそう思っていたんですがね、真相はもっと複雑だったみたいです。昨日になってようやく情報が出揃ったんですよ。」
「彼らが犯人ではないというのはどういう根拠があるのですか?」
永野刑事が待ちきれないように質問を発すると、友則はゆっくりと口を開いた。
「それでは聞いていただきましょう。長くなりますがよろしいですか?」
友則の問いかけに全員が頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「この件でまだ誰もあまり重要視していないのは、凶器です。永野刑事の話では、被害者に刺さっていたナイフには被害者以外の指紋は確認されなかった。間違いないですか?」
友則からの確認に永野刑事はゆっくり頷く。永野刑事の肯定を確認した友則は続ける。
「もし犯人が被害者を刺し殺したとすれば、指紋を残さない方法は手袋を着用することです。無論返り血も服につくでしょう。そんな恰好で会社内を移動すれば既に逮捕されているはずだ。必ずどこかで着替える必要があるでしょう。その後の処分も重要だ。彼らは会社を出る時に掃除用具以外を持っていませんでした。社内のゴミにもそれらしき物はありませんでしたし、残念ながら彼らが犯人である可能性は薄いと判断しました。」
3人は納得の表情で頷く。友則はまだまだ続ける。
「それでは真犯人は誰か…私は正直勘違いをしていたようです。当日、犯行をするのに実は鍵なんて必要ないんですよ。」
「「「えっ!?」」」
友則の発言を聞いた3人は驚きの声を同時に発した。
「これは盲点でしたよ。自分の意志で開錠するためには、鍵は確かに必要です。しかし、社長が内側から開けたとしたらどうでしょうか。」
「し、しかし…どうして社長は自分を殺そうとしている相手を部屋にいれたのですか?」
副社長が顔面を蒼白にして問いかけた。
「簡単なことですよ。社長は最初、その人間が自分を殺そうと思っているとは知らなかった。この時点で犯人は、普段社長室に出入りしてもそんなに違和感がない、社長から信頼を得ている相手だという事になります。」
「では、どうやって密室を作り出したのですか?入るのに鍵が必要でも、出る時には鍵が必要なはず。」
永野刑事が発した質問にも、友則は淀みなく答えていく。
「最初から密室などではなかったのですよ。だって、犯人は秘書が遺体を発見した時、まだ室内にいたのですから。」
友則が話す新たな情報に、葉山さんが反駁する。
「し、しかし、こんな広い室内のどこに隠れる場所が…。」
言葉が途中で途切れたのは、心当たりがあるからだろう。
「あるじゃないですか。数人は隠れることができそうな大きな机が。もしそうだとしたら、社長が入り口付近に倒れていたのも説明がつきます。扉を開けたとき、目に入るのは社長が倒れている姿。普通なら急いで連絡をしに部屋から出て行くでしょう。社長室には電話がありませんからね。無論、鍵をかける手間も惜しんで。」
そこで意を得たり、といった風に永野刑事が手を打った。
「その隙に犯人は部屋を出た、ということですね。」
友則はおもむろに頷く。
「ええ、そしてトイレに逃げ込んだのでしょうね。そこで手袋と服を替えて、騒ぎに便乗してその場を離れた。ところで副社長。あの日は昼の一度以外、騒ぎがあるまで執務をしていらしたのですよね?」
副社長は急な名指しに面食らった。
「え、ええ。そうですが。」
友則は一気に語気を強めた。
「そうですか。おかしいですね。先ほど社員に聞いた話では、殺害時刻の頃にトイレから出たところを目撃されていますが。」
副社長は一気に動揺を見せる。
「え?…ああ。そう言えばもう一度トイレに行ったような…。すいません、記憶違いでした。」
「記憶違い、ですか。事件のショックで記憶が混濁していたのかも知れませんね。」
「きっとそうだと思います。」
「ちなみにその社員は副社長がそこそこ大きなバッグを持っていたと言っていました。なんでその時バッグを持っていたのでしょうねぇ。近くに副社長室があるのですし、わざわざバッグをトイレに持ち込む必要はないと思いますが。」
葉山さんと永野刑事の副社長を見る目つきが戸惑いから疑いに変わっていく。
「はっきり申し上げます。私はあなたが犯人だと疑っております。それに副社長であり、息子であるあなたなら、社長に疑われずに部屋に入れたでしょう?」
「き、詭弁だ!!根拠はどこにあるというんだ!?」
副社長は目の色を替えて抗議する。その様子を見ると、友則はさらなる情報を重ねる。
「ちなみにこれは別の話なのですがね、昨日うちの事務所に新しい依頼客がやって来たんですよ。犯行当日、河川敷で焚き火をしていた輩がいたそうで。その人物はこんな物を落としたらしいんですよ。」
十津川は友則に指示され、昨日渡されたブレスレットもどきを取り出した。
「そ、それは副社長の…!」
葉山さんは一気に目を見開いた。
「やはりそうですか、副社長がなくしたブレスレットというのは。壊れていたというのは本当だったのですね。ちなみにうちの助手がこの部屋でこんなものも見つけていたんですよ。」
友則がポケットから取り出したのは、朱色のビーズ。一回目の訪問の時、雅臣がこっそりくすねた物だ。
「おそらくこのブレスレットの破片なのでしょうね。社長の抵抗を受け、壊れたのでしょう。つまり、副社長はあの日、執務をしていたと言っていますが、確かにこの部屋に入っている。焚き火をしていたのは血がついた手袋と服の焼却。そうですよね。」
一気に部屋を静寂が支配する。副社長の顔は血の気を失い、葉山さんの唇はわななき、永野刑事は黙って副社長を見つめる。突如、副社長は観念したように顔を伏せた。
「…………ああ、そうだ。私が殺した。」
葉山さんは声にならない悲鳴をあげる。
「っ!?そんな…副社長…どうして…。」
副社長は嘲りを浮かべながら、真相を語り始めた。
「あの親父が悪いんだ…。ある日急に呼び出され、何事かと思えば、私には会社を継がせないなんて言い出しやがった。私は今まで!ずっとこの会社に自分を捧げてきた!副社長に上り詰めたのだってコネじゃない!それを急に!秘書に社長職を継がせるだと!?冗談じゃない!だから殺した!遺書を書かれる前にな!そうすれば…跡取りであり副社長の俺が必然的に社長の座に就ける!」
葉山さんは呆然としている。まさか自分が殺害の動機に関わっているとは思わなかったのだろう。無理もないことだった。
「ハァ…ハァ…これで満足だ。逮捕すればいい。死刑にでもなんでもすればいい!どうせ私なんてもう先がないのだからな!」
エキサイトする副社長を前にして、永野刑事はあくまで冷静だった。
「…………柴田真史。殺人の容疑で逮捕する。」
手錠を乗り出す永野刑事に、柴田真史は抵抗することなく手を差し出した。




