吉佐雅臣の推論
雅臣は事務所で一日の事情聴取を終え、疲れ切った二人を出迎えた。口元に笑みを浮かべながら。訝しげな視線を二人が向けてくる。
結論から言うと、清掃員はシロだった。彼は挨拶で秘書がいる間に社長室を訪れ、その後も掃除の準備をしていたのを社員が目撃している。早くも手がかりが一つ潰されたわけだが、雅臣は意に介していない。
「随分上機嫌そうだねぇ雅臣クン。こちとらジリ貧なのに。」
「そうですよ雅臣先輩!早くも手がかりが一つ潰されたというのに!」
嫌味を含めた友則の言葉に、珍しく晴乃が同調する。
雅臣は口元がニヤつくのを抑えながら先ほどまで見つめていたパソコンの画面を無言で指差した。
「んーと…これは確か管理人に送ってもらった映像データかな?」
「…その通り。会社の入り口に置いてあった監視カメラのね。これが中々興味深い。」
その映像データは先ほどの事情聴取の折、管理人に雅臣が指示して送ってもらったものだった。
「どこがそんなに面白いんですか?」
後ろから覗き込んだ十津川からの問いかけに、雅臣はとうとうニヤリと笑った。が、
「言われてみればこの会社、美人多いね〜。」
友則が意を得たりといったしたり顔でそう言った途端、雅臣の顔からは表情が剥がれ落ちた。次の瞬間、友則の頭に落ちた制裁が小気味いい音を響かせた。
「いたた…晴乃ちゃん、そのハリセン、どこから出てきたの?」
「そんなことはどうでもいいんです。私は雅臣先輩に聞いたんです。」
頭を抑えながらもあくまで笑みを崩そうとしない友則を見下しながら十津川は言外に続きを催促してくる。
雅臣は再び笑みを浮かべながら、とある時間まで動画を巻き戻す。
「…具体的に言えば、この時間だ。」
先ほどまで微笑ましいやりとりを交わしていた二人が同時に画面を覗き込む。
そして、雅臣が興味を持った場面を見て、二人は同時に驚愕した。
「お、おい雅臣。どういうことだよ。清掃員が二人もいるじゃないか。」
友則に至っては口調が変わってしまうほどにショックだったらしい。
「…どういうことも何も、見てもらった通りだ。あれだけの部屋の掃除だぞ?一人で全部できるわけなんかない。担当者の名前が一人しかなかった時点でおかしいと思っていた。」
十津川は軽く顔面を蒼白にさせながら反論を重ねる。
「で、でも…じゃあ管理人さんが嘘をついていたって言うんですか?とてもそうは見えませんでしたが。」
友則はしきりに頷いている。
「…彼は嘘などついちゃいない。よくよく考えれば、彼は担当者は一人だったなんて言ってないんだからな。」
「でも…だとしたらなんで担当者を一人しか教えてくれなかったんだ?」
友則は納得できない様子だ。雅臣としてはそろそろ気付いて欲しいものなのだが。
「…彼はあまり記憶力がいい方ではないね。当日の記憶も曖昧だったみたいだ。だから彼は書面で担当者を教えてくれたんだろう。だが彼は本来鍵の管理者だ。その書面は鍵の貸し出し用の書類だったからね。わざわざ二人の名を書く必要はないはずなんだ。」
二人はようやく気付いた様子だが、すぐに再び思案顔に戻った。次に口を開いたのはようやくショックから脱した友則。
「でも…この映像のどこがそんなに興味深いの?清掃員が二人ってのがそんなに問題なのかい?」
雅臣はようやく本題に入れる、と少しホッと息を吐くと、少し長くなるが、と前置きをして話し始めた。
「…まず第一に、二人はカドタクリーニングに行って当日の担当者と話がしたい、と言ったはずだ。間違いないな?」
二人は食い入る様に耳をそばだてながら同時に頷く。
「…しかし、そこで出てきたのはこの書類に書いていた一人だけだった。映像で確認すれば当日清掃に訪れたのは二人。本来ならばその二人ともが出てきて然るべきだ。であるにも関わらず、もう一人は出てくるどころか話でも触れられていない。」
再び首肯。雅臣は一口水を含んで続ける。
「…つまり、彼らは鍵を借りる為に必要なのは一人の署名だけ、という事実を知った上で、もう一人の存在を故意にもみ消そうとしていると考えられる。」
十津川ははっと息を呑み、友則は目を見開きながらも口を挟む。
「ということは…もう一人は他人に見られちゃいけねえ後ろ暗いことをしていた…と考えるのが妥当だな。」
雅臣は満足気に頷いた。
「…その通り。友則にしては上出来だ。要するに、実行犯は二人。鍵を借りた方は目撃情報でアリバイを作り、もう一人は借りた鍵を利用して社内で何かをやらかした。それが俺の仮説。根拠は今の所ない。」
「た、確かに…。そもそも彼らには動機が見当たらないはずです。」
十津川は自信なさげにかぶりを振る。しかし友則は、なぜか不敵な視線をこちらに向けてくる。
「そりゃそうだけど、そんな不確かなことを雅臣が俺たちに言うなんてこたあねーでしょ?動機あたりにゃどうせ心当たりがあるんでしょうが。」
友則はとても楽しそうだ。雅臣もどんどんのってきた。
「…さすが友則。その通りだ。カドタクリーニングについては既にあらかた、集められる情報を集めてある。ここで新たに浮上してくる第三者、被害者と同じ系統の業種を専門としている企業だ。なんとびっくり、この両者の代表取締役は苗字が一緒だった。」
二人は改めて驚きを見せる。
「親戚筋のようだね。ちなみにこの企業は被害者とある大手企業を相手にとった取引抗争の真っ最中。これは偶然とは思えない。これが動機ではないかと俺は踏んでいる。」
「なるほど…上からの命令、ってわけ?」
「…うーん…その表現は適切ではないな。まああながち間違っちゃいない。どちらにせよ、当日鍵を使えてアリバイがないのはこの清掃員だけだ。これだけで疑うには十分足る存在だろう。」
3人は顔を見合わせると、同時に頷いた。




