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太平洋戦争の一幕

回天と言う棺桶

作者: 山中 孤独

 回天かいてんとは、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であり、最初の特攻兵器。

 (Wikipediaより参照)



 回天。

 通称・人間魚雷と呼ばれ、その戦果は今現在、殆ど無い。

 私は改めて黒いその魚雷の姿を見ることでゾッとした。


 その「黒い魚雷」は、まさしく、棺桶を連想させた。

 外から開けるには、専用の道具が必要と聞かされているが、その無愛想なところにも、どことなく悍ましい思惑を感じさせる。

 これを操縦するのは私みたいな、根っからの軍人ではなく、もっと頭のいい若い士官達だ。


 そして、私はこの「黒い魚雷」 を戦地に届けるのが役目だ。

 こんな戦果になら無いかもしれない特攻で死ぬのが怖くないのか、悲しくないのか、と聞きたいが、聞いたところで、一介の曹士になにかできる訳でもない。


 私は、自分の居場所である、潜水艦の操縦席へと座った。

 出撃まで残り8時間、目的地は沖縄。

 私は、「黒い魚雷」に乗って敵艦に突っ込んで行く彼等にどんな顔をすればいいのだろうか。


 

 

 「おい、なに寝てんだよ?」

 私は相方の声で目を覚ました。

 「あ、あぁ。考え事をしていたら、寝てしまったみたいだ。すまん」

 「俺が艦長だったら、鉄拳が飛んでるぞ?そろそろ、飯だからお前を探していたところだ。行こうぜ?」

 「今日の飯って何だったかな?」

 「さぁな、俺も知らん。行けばわかるだろ」

 「そうだな」

 私は彼にそう返すと、彼の後を追った。

 寝起きだからなのか、それとも死に行く彼等を見殺しにするという十字架の重さからなのか、自分の身体が重く感じた。

 

 

 

 ご飯は簡素なものだった。

 もちろん、簡素とは言え海軍のご飯だ。

 普通の家庭では、この御時世食えるような代物では無い。

 「ふぅ、食った食った。腹が減っては戦はできぬってね

 「私の分まで食うからだ。半分はとっただろ?」

 「何の話かなぁ?それより、そろそろ艦内に戻らないとな」

 見ると、出撃まで残り5時間であった。

 「そうだな」

 私は相方である彼とともに、潜水艦へと戻った。

 

 

 

 「よろしくお願いします」

 出撃まで残り1時間、艦長も含め乗員は全て準備を終え、出撃待ちであった。

 そこに、私たちの運ぶ「黒い魚雷」の搭乗員がやって来た。

 皆、どこか遠足に行くような、そんな嬉しそうな顔をしていたが、目は怖がっていた。

 私の見た、真珠湾の時の甲標的搭乗員と同じ目だ。

 艦長は一言、「私らが責任をもって海域まで送る」と返した。

 「黒い魚雷」の搭乗員は、更に嬉しそうに、でも目は益々怯えた表情で、「ありがとうございます」と答えた。

 私は自分がどんな顔をしていたかわからないが、彼等を死地に放り出すことへの後ろめたさからなのか、彼等を凝視することができず、操縦席で、計器の確認をしていた。 

 

 

 

 

 「出港!」

 艦長の指示とともに、私は艦を前進させる。

 私たちの後ろにも、4隻の潜水艦がいる。

 私たちは、5隻で沖縄に向かうことになっている。

 彼等は艦の後方で待機しているため何をしているか、私にはわからない。

 もしかしたら、人知れず怯えているのではないか。

 そう思いながら、私は操舵に戻る。

 沖縄までは、凡そ一日半。

 それまでは、交代で操舵することになっている。

 私は操舵に意識を集中させた。




 出港から、半日が経過した。

 私は彼等に近づく気にもなれず、時間を浪費していた。

 沖縄まで残り丸一日。

 鹿児島沖まで来ている。

 彼等はどんな顔をしているのだろうか。

 

 

 

 敵艦隊がいると推定される海域まで、残り二時間。

 ちょうど 彼等を送り出すまでは私が主だって操舵することになった。

 ここからは、潜望鏡による索敵を行いつつ、速度を落とし、隠密に行動することが要求される。

 もちろん以前として、彼等と会話することは無かった。

 彼等は何を思っているだろうか。

 

 

 

 「敵艦隊、発見!」

 潜望鏡で索敵をしていた見張員が、敵艦影を捉えた。

 「浮上!これより回天による特別攻撃を行う」

 「浮上します!」

 私は艦首を上げて海面へと向かう。

 遂に彼等と会話することは無いだろう。

 彼等はこれから、棺桶に入るのだから。

 

 

 

 「敵艦隊に捕捉される前に出撃する。これより搭乗開始!」

 「了解!」

 艦長の指示で、彼等は棺桶に入る。

 と、一人が艦長に何か話している。

 「わかった。少しだけだ」

 「ありがとうございます」

 何の許可をとったのだろうか、そう思った私を彼は驚かせた。

 彼は私のもとへ来た。

 「あ、あの、これから出撃する私のことを送り届けて頂き、ありがとうございました」

 「いえ、これが仕事ですから」

 「失礼は承知です。は歴史に名前を残す突撃ができる自信がありません。なので、貴方に回天のことを後世に伝えてほしいのです。お願いできませんか?」

 彼は唐突にそう言った。

 私は口をパクパクさせながら驚くしか無かった。

 きっと、物凄い間抜けな顔をしていただろう。

 しかし、彼はそんなことお構い無しの真剣な表情で、私を見つめていた。

 私は目をそらして言った。

 「私は、一介の曹士です。私なんかが務まるとは思いません」

 「貴方はずっと私たちのことを考えていてくれていました。違いますか?」

 「……」

 私は黙りこむしかなかった。

 本当にその通りだった。

 「貴方は私たちがこの潜水艦に乗り込む以前から、今までずっと私たちのことを考えていてくれたんですよね。私はそれでも充分ですが、やはり回天のことを後世に伝えてほしいと思います。お願いされてくれますか?」

 私は彼のこぶしが震えていたことに気がついた。

 そこから、彼が死ぬことを怖がっているのを見てとった。

 それでも、特攻で死ななければならない彼は、せめて自分の名前を残したいと考えているのだ。

 私はそれを断るが酷に思えた。

 だから私は、私にできる最大限のことをすると心に決めた。


 「引き受けましょう。私は回天を送り出したことを後世に伝えます。だから、安心して行ってください

」 「あ、あぁ。ありがとう。これで安心して永久とわの眠りにつくことができます」

 「失礼ですが、お名前は?」

 「山本修一、と言います」

 「私は武藤弘といいます。修一さん、御武運を」

 「弘さん。さようなら」

 彼はそう告げると、回天と言う棺桶へと乗り込んでいった。

 

 回天は全機、出撃して行った。

 それから、十数分後、軽巡の近くで水柱が一本上がったと、見張員は報告した。

 それが、彼のものとは限らない。

 しかし、それはなんとなく彼のものだと思った。

 



 私は、その後も、回天を二度送り出した。

 回天を棺桶にして、死んだ彼は死ぬ間際、何を考えていたのかは私にはわからない。

 しかし、私は回天と共に死んでいった士官たちを忘れてはいけないと思う。

 彼等に罪は無いのだから。

 

 私の願いはただひとつ、特攻と言う愚かなことに対する批判より、死を恐れず特攻していった者への賛辞を送る人が増えると嬉しい。


 回天の存在を知っている日本人は、いったい何人残っているでしょうか。

 作者は回天に乗って死んでいった、若い士官たちを忘れてはいけないと思います。

 しかし、回天を知らない人間は世の中に溢れています。

 きっと、駅前の街頭インタビューで、

「回天をご存知ですか?」と聞けば、殆どの方は、

 (「なにそれ、美味しいの?」という反応をするでしょう。


 これを読んでくださった方は、回天のことを一度、調べて頂きたいと思います。

 そして、機会があれば、人と話しているとき、回天についての話題を振って頂きたい。

 難しいのは百も承知ですが、きっと、それが多くの人に回天のことを知ってもらうための第一歩になると作者は考えます。

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