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村娘、勇者になる

 女の子はみんな『特別』に憧れる。



──他の子よりも『特別』可愛くなりたい。


──気になるあの人の『特別』になりたい。



 みんなそんな願望を持っている。もちろん私もそうだ。


 いや、そうであった。




  誰がこんな『特別』を求めただろうか。

 

 いや、求めていない。




✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿




 私は、しがない村娘だった。別に村長の娘とかそんなのでもない。普通の両親から産まれた、普通の村娘だった。ただの村娘だった。大事なことだからもう一度言おう。しがない普通のただの村娘だった。


 しかし、私は本当に普通の村娘であったが、私の村はちょっと普通ではなかった。


 私の村には見た目からしてすごくボロ......じゃなくて、すごく歴史のある神殿がある。それはもう本当に古い。壁はほとんど崩壊しているし。屋根も半分くらいしかないし。


 だけども、この神殿の真ん中には何故なのか、


 魔法使いや騎士やらとパーティーを組んで、魔王とかを倒しちゃって、英雄とかになっちゃって最終的にはお姫様とかと結婚しちゃって、逆玉の輿に乗っちゃう方達の必須アイテム……



 勇者の剣がある。



 先代の勇者が魔王討伐の帰りに「もう必要ないしー、邪魔だしー、とりあえずここに置いとくか」ってなカンジで神殿の床に差したら抜けなくなって「まあ、別にいっかー」ってことでそのまま放置していったらしい。勇者の剣の扱い、そんな雑でいいの?


 そんな訳でうちの村に勇者の剣は、誰にも抜かれることなく200年くらい放置されていたのだが、つい先日あっさりと抜けた。



 他ならぬ私の手によって。



 力自慢の屈強な男達でも抜けなかった剣だが、勇者に憧れる可愛い可愛い甥っ子に「アンナもやってみて!!」と言われ、軽く力を込めて引っ張ると抜けてしまったのだった。


 それからはもう「新しい勇者が現れた!」と村は大騒ぎ。気がついたら私は数日分の食料と少しのお金が入ったリュックと地図を持たされ、村の外に立っていた。


 どうしてこうなった?


 持たされた地図を見ると赤い印のついている場所がある。おそらくこの場所に魔王城があるのだろう。勇者として魔王を倒しに行ってこいということらしい。いやいや、無理だって。ただのしがない村娘に何が出来るっていうの。剣なんか扱うどころか触ったことすら無かったのに。


 後ろにある村の門は固く閉ざされている。つべこべ言ってないでさっさと行けということらしい。私はため息をついた。そもそも魔王なんて存在が本当に居るのかも疑わしいのだ。世界は実に平和なのである。


 しかし、魔王を倒さない限り私は村へは帰れないし、本当に魔王が居たとしても倒せる気もしない。そもそも魔王に挑んで死にたくない。もう、魔王城で住み込みの使用人として雇ってくれないかな。雑用とかなら役に立つよ、私。たぶん。


 そんなことを考えながら、とりあえず歩いていると何か柔らかいものをぎゅむっと踏んだ。びっくりしてちょっとジャンプしちゃったのはご愛嬌だ。後ずさって恐る恐る下を覗き込む。潰れたスライムがピクピクと小刻みに震えてるのが目に入った。間違いなく私のせいである。その証拠に頭?にはくっきりと私の足跡がついていた。っていうか、なんでこんな道のど真ん中にスライム? 


「うわっ!」


 潰れたスライムが私に向かって大きくジャンプをしたのを慌てて避ける。私のすぐ横に着地したスライムは、「さぁ、かかってこいや」とでも言わんばかりに左右に大きく体を揺らしている。


 普段なら大慌てで逃げるところではあるが、今の私には勇者の剣がある。今なら勝てるかも!と少し気の大きくなった私は腰にある勇者の剣を抜こうとして、やめた。


 スライムは色によって、その性質が変わる。例えば青スライムであれば、熱を奪う性質を持っていて、その体液は熱冷ましなどに使われている。このスライムの色は赤。赤スライムの体液は体温を上げてくれるため、冬には重宝される。しかし、それは何倍も何倍も体液を薄めれば、という話である。


 薄められていない原液をその身に取り込めば、どこでも構わず服を脱いでしまいたくなる衝動にかられるという恐ろしい効果を発揮する。身体が熱くて熱くてどうしようもなくなるのだ。


 私が勇者の剣でこのスライムを真っ二つに斬ったとして、何らかのアクシデントによって、体内にスライムの体液が入ってしまったとする。すると、こんな道のど真ん中で真っ裸になるという、うら若き乙女にあるまじき所業を犯してしまう可能性があるのだ。


 剣は抜けない。


 そうなるともう、剣を抜かずに鞘に入れたままスライムを倒すしかない。まぁ、何とかなるでしょ。だってこれ、勇者の剣だし! 意を決し、両手で持った剣を大きく振り上げる。女は度胸よ!って2軒隣りのおばちゃんがよく言ってたし。


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺち。


 全くダメージを与えられていない気もしなくもない。それでもめげずに剣で叩き続けているとスライムもだんだんイラッとしてきたのか、さきほどよりも勢いよく私に飛びかかってきた。スライムに感情があるのか知らないけどね!


「ひぎゃぁぁぁっ!!!」


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺち。


「来ないでぇぇぇ!!」


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺち。


「お前、勇者……か?」


 不意に聞こえた驚いたような声に、ハッとする。そうだ。私は勇者なのだ。何を怯えることがある? 私は目をカッと開き声の主の方へ、バッと顔を向けた。そして叫ぶ。




「助けてくださいっっ!!」




✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿




 スライムは声をかけてきたお兄さんの魔法によって、あっさりと燃えて灰になった。


「ありがとうございました! お兄さん強いんですね!」

「お前は……本当に勇者……か?」

「えぇ。まぁ、一応?」


 やけにゆっくり話すお兄さんの視線が私の腰にある勇者の剣に注がれている。お兄さん、私が勇者であるということを疑ってらっしゃいますね? 大丈夫です。お兄さん。私もずっと疑っております! 


「スライム……に、負ける……勇者」

「負けてませんよ! 引き分けです! 引き分け!」

「そうで……あった、か……?」


 そうで……あり、ました……。


 いけない。つい話し方を真似してしまった。お兄さんが可愛らしく、こてんと首を傾げたが、勇者としてこれだけは譲れない。


「引き分けです!」

「……そう、か」


 私の反論にさして気にした風も無く頷いたお兄さんが無言で去っていこうとしたので、慌てて腕を掴んで止める。


「待ってください! 行かないでください!」

「なぜ、だ……?」

「いいですか! お兄さん! 私はか弱い村娘なんです!」

「勇者……で、あろう……?」


 お兄さんが勇者の剣を見て何を言っているだと言わんばかりの表情をする。いや、まぁそうなんですけどね?


「勇者だけど、ただの村娘なんです! お察しの通り激よわなんです! このままじゃ私、魔王城に着く前に死んじゃいますって!」


 お兄さんだってさっきまで私が本物の勇者かどうか疑ってたじゃないですか! 何を「そうであろうな」とか呑気に頷いてくれちゃってるんですか! 絶対に逃がすものか、とお兄さんの腕を掴む力を強くする。お兄さんの腕は私の生命線でもある。


「いいですかお兄さん! 旅は道連れって言うでしょう? そういう訳だから! さぁ、しゅぱーつ!」


 しかし、お兄さんの足はピクリとも動かない。え? 嘘でしょ? 全力で腕を引っ張ってるのに。っていうかお兄さん痛くないの?


「いや、だ。共に……行きた、く……ない」

「なんでですかー!!」


 お兄さんはその質問には答えずに、私の顎を片手でガッ!と掴んだ。そしてお兄さんの顔がゆっくりと近づいてくる。やだ、お兄さん他に類をみないレベルの美形ですね。私、鼻血とか出てない? 大丈夫?


「魔王城に、行き……どうする、つもりだ……?」


 私が鼻血の心配をしているのを全く知らないであろうお兄さんは、まぁ、知ってたら普通に発狂ものだけど。じゃなくて、真剣な顔をしていたので、いけないいけないと私も顔を切り替える。



「働かせて貰うんです!」



 お兄さんが呆気に取られたような顔をする。やだ、お兄さんそんな表情も素敵ですね。って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。両手をぎゅっと握りしめて、気合いを入れる。気分は魔王に挑む勇者だ。いや、まぁお兄さんは魔王じゃないし、私は魔王に挑むとかとんでもないレベルの激よわ勇者なんだけどね。こういうのってほら、雰囲気じゃん?


「よく考えてください! どう見ても魔王とか倒せそうな感じしないでしょう!? 掃除婦でもなんでもいいんです! 何ならお嫁さんとかでも!」


 力を入れすぎて私の結婚願望がちらっと顔を出してしまった。私の嫁発言に驚いたのか私の顎を掴んでいたお兄さんの手が外れる。いや、違うな。驚いてるんじゃなくて引いてるだけだった。


「よめ、か……?」

「はい!」


 もう既にドン引きされてるし、失うものなど何も無い! 開き直った私は元気よく頷いた。するとお兄さんが何故か声をあげて笑い始めたのだ。お兄さんどうしたの? 情緒不安定? ひとしきり笑って満足したらしいお兄さんは、機嫌良さげに頷いた。


「気、が……変わった。よかろう、共に…行って……やろう」

「ほんとですか!?」


 何故か急に一緒に行ってくれる気になったらしい。何が面白いのかも分からないけど。まさか私の結婚への必死さ? いや、結果オーライってことで、深くは考えまい……。


「無事に……たどり…着ければ、お前を、魔王の……嫁に、してやる……」


 何と気前のいい! いや、違うよ? 別に魔王と結婚したい訳じゃないよ? まぁ、お兄さんがどうしてもっていうなら、してやってもいいけどね! っていうか、

 

「お兄さんは魔王とお知り合いでしたか」

「知って、おる……。誰よりも、な……」


 そう言ってお兄さんはニヤリと笑った。やだ、お兄さん悪そうなお顔も素敵ですね! こうして私のお見合い……じゃなかった、魔王討伐の旅は幕を開けた。



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