召喚する人される人
突然、目の前が真っ白に光ったと思ったら、数秒後、そこには先ほどまでとはまったく違う光景があった。
「なっ……」
綺麗な女の子だった。
腰のあたりまでゆるく伸ばされた金髪。透き通るように白く、なめらかな肌。伏せられた瞳を彩る睫毛までもが、精巧な芸術品のように美しい。
服装も、どこか西洋のお姫様を思わせるような、クリーム色を基調としたふんわりとしたドレス。華美になりすぎないようにか、レースやフリルなどがいくらか抑え目なのは好感が持てた。
物語からそのまま抜け出してきたような、そんな少女は、ただじっと目をつむって佇んでいる。
もう一度言う。
とてつもない美少女だ。
そんな、見るからにやんごとない感じの少女の目が開かれ、隠されていた翠玉を思わせる瞳が、何回かぱちぱちとまたたく。そうして、茫洋としていた視線がついに俺を捉えた。
「……お初にお目にかかります。わたくし、ヴァレス王国第二王女、リスティアーラ=ゼム=アイリスフォン=ヴァレスと申します」
「は、はぁ、どうも……」
どうにも曖昧な返事をしつつ、今さらながらに周りを見る。
少し前まで、俺はいつも通りの自分の部屋にいたはずなのだが。
大学が休みだったので昼過ぎまで寝て、起きたら適当にスマホをいじって、それに飽きたらあくびをひとつ。で、なんか飯でも食おうかと考えていたらこの状況だ。
まるで、自分がどこか知らない世界に迷い込んでしまったかのような。
その最たる例である目の前の少女が、再び口を開いた。
「混乱されているようですね、無理もありません。今回、突然このような事態になってしまったこと、そのすべての原因と責任は我が国、ひいてはわたくしにあります」
真摯な瞳がこちらをまっすぐに見据えてくる。
「こちらの勝手な都合で、まったく関係のないあなたを巻き込んでしまったことは申し訳なく思っております。さらには――」
「あー、ちょい待ち。えーと、リスティアーラさん、だっけ?」
放っておけばいつまでもつらつらと語っていそうな彼女に呼びかける。
そろそろ俺も落ち着きたい。
「言いにくければリスティ、と。そうお呼びください」
さすがに初対面の、それも正真正銘の(本人曰く、だが)お姫様であるらしい女の子を気軽に呼び捨てにするのはいかがなものだろうか。
そう、思ったのだが。
「リスティアーラさんは」
「リスティ、とお呼びください」
「リスティアーラ」
「リスティ」
「…………」
「…………」
「リスティ」
「はい、なんでしょうか」
嬉しそうに笑うんじゃねーよ可愛いなチクショウ。
まあ、本人がいいっていうなら気にしないほうがいいか。正直、俺としてもそっちのが楽ではある。
「とりあえず、真っ先に訊きたいことがあるんだが」
「なんなりと。あなたにはその権利があります。わたくしにわかる範囲ならば、なんでも答えましょう」
「そうか、じゃあ訊くが――お前、何しにきたの?」
もう一度、周りを見る。
紛うことなく、俺の部屋だ。
六畳一間。貧乏学生にはふさわしいだろうが、間違っても一国の王女様とやらがいていい場所ではない。
敷きっぱなしの布団。積み上げられた本やゲーム。あたりに散乱する衣服。
それらに交じって、優雅でたおやかな金髪碧眼の美少女が微笑んでいるのである。
いったい何の冗談なのかと言いたい。
「それには、深い理由があるのです」
一転して、悲しそうに目を伏せるリスティ。美人はどんな表情でも美人だというが、本当にそうなんだな。
思わず見とれる俺の前で、リスティは気を取り直したように顔を上げた。
「あなた……ええと、そういえば、名前をお訊きするのを忘れていました。失礼ながら、教えていただいてもよろしいでしょうか」
「……彰。繰宮彰だ」
「では、アキラ様とお呼びしても」
「好きにしろ」
正直、いろいろと怪しすぎるとは思う。
どうして言葉が通じるのか、とか。そもそも嘘を言っているのではないか、とか。
が、何もない場所から突然彼女が現れたのも本当なのだ。
現代日本ではありえないことだろう。少なくとも、俺が知る限りそんな技術はまだ見つかっていないはずだ。
だからまずは、彼女の狙いがなんなのか。それを探っていく必要があるだろう。
その一歩としての、さっきの問いだったのだが。
「つかぬことをお訊きしますが、アキラ様は『勇者召喚』というものをご存知でしょうか?」
「まあ、一応は」
暇つぶしでたまに読んでいたネット小説で、かなり人気のあるジャンルだった。
読んで字のごとく、異世界から異世界へと勇者――まあ、召喚された時点では普通の人、っていうパターンが多いが――を召喚する。そして召喚された彼らは、同時に得た強大な力を武器に、仲間を見つけたりハーレムを作ったり、はたまたドラゴンや魔王と戦ったり、華々しく、それこそまさに勇者のような活躍をしていく。
辛く苦しいことが多い現代。せめて物語の中では楽しく、強くありたいという願望の表れなのだろう。
今の俺の状況は、その勇者召喚モノの冒頭によく似ている。
……なぜか、召喚者であるはずのお姫様が逆にこっちの世界に召喚されてしまっているが。
その理由が、今本人の可憐な唇から紡がれようとしていた。
「それならば話が早いですね。実は、我が王国では代々王族の成人の儀として、その勇者召喚を行うのですが」
ずいぶんと傍迷惑なことだな、おい。
っていうか王族ってけっこう数多いよな? 勇者溢れるんじゃ。
そんな俺の疑問が顔に出ていたらしく、リスティは言う。
「勇者召喚といっても、呼び出した者の成人の儀が終われば、きちんと元の世界に送り返させていただきますから、その点については心配ありません。中には、お互い憎からず思うようになり、そのままこちらで暮らすようになった方もいるようですけれど」
あ、普通に帰れるのね。そのへん、小説では結構ブラックゾーンだったりするからな。
「そもそも成人の儀とは、自らが呼び出した勇者様とある程度の旅をして、見聞を広めるということなのです。どれだけ優れた人物を呼び出せるか、ひいては、王族としてどれだけ力を付けたのかを確認し、世間に示すために。その結果が、次代の王へとつながっていくのです」
なるほどな。リスティの持って回った言い方をあえて直球にすると、ようは跡継ぎを決めるための試験みたいなものってわけだ。
もちろん、勝手に呼び出される方としちゃたまったもんじゃないだろうが、それでも比較的良心的な部類ではあるようだ。
最悪、召喚されて即奴隷堕ち、なんていうコースも読んだことがあるし。
「そしてつい先日、わたくしも無事に齢十六を迎え、このたびこうして成人の儀を執り行うことになったのですが……」
リスティの表情が曇る。
さて、お姫様はなぜ俺のような冴えない男のもとにやってきてしまったのか。
その答えが、ついに明かされる。
「わたくし、その……噛んでしまいまして……」
「は?」
「儀式自体は滞りなく進みました。そしていよいよ最後の段階、いざ勇者召喚の呪文を唱え、宣言を――というところで、本来『我、これを以って召喚の意を宣誓す』というところを『我、これを以って送還の意を宣誓す』と言ってしまって……お恥ずかしいですわ」
そうかん……送還、ね。
一転して、頬に手を当てて、いやんいやんと身をくねらせるリスティ――もとい、アホの子。
つまりこれはあれか?
本来なら、俺がリスティの世界に呼び出され、チートでハーレムでうふふあははだったはずが、リスティのドジっ娘属性のせいで逆に彼女が俺の世界に召喚されてしまったと。
いや、まあ、俺とて健全な青少年であるからして、そういう願望がないとは言えないわけだ。うん。
そして、
「……ちなみに訊くが、お前、元の世界に帰れたりするの?」
「さあ……前例がないのでなんとも……」
首をかしげつつ、そう答えるリスティ。
やがてぱぁっと表情を輝かせると、ぽむ、と両の手のひらを合わせた。かわいい。
「アキラ様、こちらの世界に魔法があれば帰れます!」
「なるほど」
しかし、アホの子である。残念な美少女なのである。
もちろん、魔法なんかあるはずがない。
つまり、彼女は帰れないわけで。
「結婚しよう」
「……へ?」
一国の王女様から住所不定無職へと華麗なジョブチェンジを遂げたリスティの肩をぽん、と叩きながら、俺はこれから先の生活が慌ただしくなることを想像していた。