初戦闘、ヒメナの実力
ヒメナ「ヒメナはレベルが上がった。攻撃力0、防御力0、素早さ10、卑怯度50上がった。特技『目潰し』『遁走』を覚えた」
イサ「……とりあえず、どこから突っ込もうか?」
ヒメナ「『目潰し』は大変危険な行為デス。絶対に真似しないでクダサイ」
イサ「お前が言うな!!」
俺と小娘はギトカを目指して、ミニアル村から続く一本道をひたすら進む。
「この道を進んで行けば、ギトカに着くんだな?」
地図も見ず、俺の2メートルほど前方を先々と進んで行く小娘に声を掛ける。
「ハイ。ギトカまでは途中まで一本道ですカラ、とりあえず今は道なりに行けば間違いないデス」
振り返り、自信満々に小娘が答える。
「お前はギトカに行ったことがあるのか?」
「ないデスヨ。でもギトカの近くまでは行ったことがありますカラ」
だから大丈夫デス、と胸を張る小娘に少し不安を覚えたが、ここは土地勘のある小娘の言葉を素直に信じようと決めた。
だが、その選択はすぐに間違いだったと気づいた。
「近道をしましょう」
いきなり小娘が道から外れた雑木林を指差しながら、こう切り出した。
雑木林は意外と広範囲に広がっており、鬱蒼としている。
見るからに何かがいそうな雰囲気だ。
「さっき『道なりに行けば間違いない』とか言っていたはずだが?」
「言いましたヨ? でも道なりに行くよりも、この雑木林を突っ切ったほうが早いんデスよ」
この後の小娘の説明を要約すると、距離的には雑木林を通り抜けるのが一番早いが、雑木林には木が密集していたり、段差があったりして荷馬車が通れない箇所があるため、道は雑木林を避けて大きく迂回している。
だから身軽な今の状態なら、道なりに行くよりも雑木林を通り抜けたほうが時間が短縮できるということだった。
「だが、雑木林には魔物や獣がいるんじゃないのか? それなら道なりに行くほうがいいのでは?」
俺としては、距離的に近くても魔物や獣と戦わなければならないのなら、道なりに行くのと時間的には大差ないのではないかという意味で発した言葉を、小娘は別の意味で捉えたらしく、拳で自分の胸を叩く仕草をした。
「心配いりませんヨ。滅多に魔物や獣と遭遇することなんてありませんカラ。もし遭遇しても、ちゃ~んとヒメナさんが守ってあげマス」
胸を張り、小娘がそう豪語する。
「それじゃあ…………突撃~!!」
いきなり叫びながら駆け出したかと思ったら、次の瞬間小娘の姿は雑木林へと消えて行った。
「俺が言いたかったのは、そういう意味ではなくて……」
すでに聞かせる相手が消え、無価値になってしまった言葉だけが、空しくこぼれ落ちる。
俺はそれだけをその場に残し、仕方なく小娘の跡を追った。
絶対に次の村か町に着いたら、小娘の首に掛ける縄を購入してやると決意して。
外から眺めていた時は何かいそうな不気味な感じがしたが、雑木林の中は案外明るくのどかな感じだった。
確かにこれなら小娘の言うように、魔物と遭遇することも少なそうだ。
俺は先に突っ込んで行った小娘を捕獲すると、コンパスで方角を確認しながら道無き道を進んで行く。
そうして10分ほどが過ぎた頃、俺は小娘の言葉がどれほど役に立たないかを実感した。
『滅多に魔物や獣と遭遇することなんてない』
そういう触れ込みだったはずの雑木林で敵意剥き出しの魔物と遭遇した瞬間に。
「イサは下がってて下さい!」
威勢よく言うと小娘は、手近に落ちていた木の枝を拾い上げ、それを魔物へ向けた。
現れた魔物の見た目は猪に似ているが、大きさは猪の倍くらいある。
しかしこの魔物は、魔物の中でもかなりランクが下の…はっきり言って雑魚だ。
この程度の魔物なら、魔物退治を生業にしている者でなくても、ちょっと腕のいい猟師なら難なく倒すことができるだろう。
――まずはお手並み拝見といくか。
俺は小娘より下がり、傍観を決め込む。
「てぇーい!」
小娘が意味不明な奇声を発しながら、一気に魔物と距離を詰め、手にしていた枝で殴りかかった。
次の瞬間、バキッという音がきこえたかと思ったら、何故か小娘が俺の方を振り返り、こうほざいた。
「……折れちゃいマシタ」
「危ない! 後ろ!!」
俺の声に反応し、小娘が背後から突進してきた魔物を間一髪で避けた。
「あっ、危ないじゃないデスか!? 背後から襲うなんて、卑怯デスよ!!」
地面にひれ伏した無様な姿で、小娘が魔物相手に叫ぶ。
だが、俺から言わせると戦闘中、敵に背を向ける方が悪い。
――こいつ、あんなに偉そうなことをほざいておきながら、実は戦闘経験がまったく無いんじゃないだろうな!?
俺の脳裏に、これまで小娘の吐いた大言壮語の数々が過ぎっていく。
もし、戦闘経験も無くあそこまで豪語できたのだとしたら、よっぽどの馬鹿か自信家のどちらかだな。
あるいは、両方か。
――とりあえず、どちらにしろ助けてやったほうがいいんだろうな。
小娘がどこで野垂れ死のうが、まったく興味はない。
だが、俺の髪を高値で換金してもらうまでは、小娘に死なれては困る。
俺は仕方なく、小娘のほうにしか注意が向いていない魔物相手に剣を抜こうとした。
しかし、小娘の放った一言で柄に触れていた手をそのまま戻す。
「こうなったら奥の手デス」
――まだ何か、考えがあるのか?
もうしばらく様子を見ることにした俺は、小娘の動作を観察する。
小娘は両手で砂を握りしめると、そのまま立ち上がり、興奮状態の魔物に向かって大声でこう叫んだ。
「さァ、来いデス!」
小娘の声に刺激されたのか、魔物が一直線に立ちはだかる小娘に向かって突進していく。
「てぃやぁ!」
小娘が両手に握っていた砂を、土煙を上げまっすぐ突進してくる魔物に向かって投げつけた。
まともに砂が目に入った魔物は呻き声をあげ、左右に頭を振る。
――さっき『背後から襲うのは卑怯』とか言っていたくせに、自分は目潰しなんて卑怯な手を使うんだな。
ある意味感心していると、すごい形相の小娘が駆け寄って来て、俺の腕を引っ張る。
「なにをぼぅとしてるんデスか!? 早く走ってクダサイ!!」
「は?」
「いいから早く!」
小娘に腕を引っ張られ、訳がわからぬまま走る。
魔物の姿が見えなくなったところで、今度は木に登るよう小娘に指示される。
「早く登ってクダサイ!!」
「はぁ?」
「いいから早く!」
切羽詰まった必死の形相の小娘に圧されて、しぶしぶ木に登る。
俺が登った後で、小娘も同じ木にするするとよじ登ってきた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「しっ!」
小娘が下の様子を気に掛けながら、人差し指を口にあて、静かにしろというジェスチャーをする。
――下に何かあるのか?
俺も下に目をやると、さきほどの魔物が殺気を放ちながら近寄って来るのが見えた。
どうやら魔物は体の構造上、自分の目線より上は見えないらしく、きょろきょろしながら、俺達が登っている木の根元を何度も行ったり来たりしている。
木の上にまできこえてくる荒い鼻息が、魔物の怒りが尋常でないことを示している。
――まあ、あんなことされれば当然か。
ほんの少し魔物に同情しながら、哀れみを込めて見下ろす。
あいかわらず魔物は懲りずに、同じ所をぐるぐると回っているだけだ。
そうして何も変化がないまま、無駄に時間が流れていった。
初めは小娘が魔物の頭上から何か攻撃でも仕掛けるつもりかと思ったが、結局何もしないまま魔物が諦めて去って行くのを黙って見ていた。
「ふゥ。やっと行きましたネ」
小娘が安堵の声を漏らす。
「さァ、あの魔物が戻って来ないうちに、さっさとこの雑木林を抜けてしまいましょう!」
そう言うと小娘は猿もびっくりするほどの素早さで、滑るように木から降りた。
俺はため息を吐くと、木を伝って降りるのも面倒で、そのまま木から飛び降りた。
多少高さはあったが、このくらいなら楽に着地できる。
無事に着地すると、目の端にぽかんと口を開け、突っ立っている小娘の姿が映った。
「……何を呆けている?」
「イサって、意外と身軽だったんデスね」
心底驚いた様子で、小娘が独り言のように呟く。
――『意外と』は、余計だ!
こいつ、俺のことを馬鹿にしているのか?
そう思ったら、なんだか腹が立ってきた。
「そういうお前は、弱い魔物一匹倒せないくせに、よく人のことを守ってやるとか魔王退治に行くとか言えたものだな?」
怒りで少々、きつい言い方になる。
すると、小娘も負けじと言い返してきた。
「『魔物一匹倒せなくて』って言いますケド、丸腰で魔物と戦えるわけないじゃないデスか!? それにちゃんとイサの盾になって守ってあげマシタし、とやかく言われる覚えはありませんヨ!」
ぶぅと頬を膨らませ、口を尖らす。
「それに賢いヒメナさんは、ちゃ~んと魔王退治の秘策を考えてありますカラ、大丈夫デス」
「秘策?」
思わず聞き返してしまったが、どうせロクな考えでないことは明白だ。
そんな俺の胸中も知らず、小娘がしたり顔で、くだらない『秘策』とやらを語り出した。
「ヒメナさんの魅力で魔王を骨抜きにしてやるんデスヨ。どうデス? 完璧な計画だとは思いまセンか?」
「……」
想像以上の『秘策』に言葉すら出てこない。
こんな小娘の色香に迷う男なんて、この国どころか世界中捜してもいないだろう。
それなのに堂々と言い切れるあたりが、大物というか、神経が図太いというか、馬鹿というか……。
「はっきり言うが、無理だ。無謀だ。身の程を知れ」
「なっ、なんてことを言うんデスか!? よく見て下さいヨ! この愛くるしさを!! どこからどう見ても『完璧』じゃあないデスか!?」
胸に手をあて、口を尖らせながら、小娘が抗議する。
「お前……鏡を見たことがないのか?」
「失礼な! 鏡くらい見たことありますヨ」
「なら、頭か目が悪いんだな。それとも両方か?」
俺の言葉に小娘が奇声を発し、地団駄を踏む。
そして、ひとしきり俺に背を向けた状態で暴れた後、唐突に振り向いて、こう吐き捨てた。
「ふん。ヒメナさんの魅力がわからないなんて、つまらん男デスよ」
さらに人を見下すような、得も言われぬ絶妙の作り笑いが、不快感を増幅させる。
……何故だろう?
今、無性に目の前の小娘を細切れにして、豚の餌にしてやりたくなった。
しかし、今はまだ、その欲求を実行するわけにはいかないため、握り拳を作り、耐えた。
それでも怒りで、拳が震える。
「まァ、イサごときにヒメナさんの魅力をわかれと言うのも酷というものデスか」
勝ち誇ったように笑うと小娘は、踵を返して歩き出した。
次の瞬間、俺は遠ざかっていく小型リュックに向かって、無意識に手を伸ばした。
そして、つい先程まで握り締められていた拳で、小娘の背負っているリュックを掴んだ。
「!? ……何するんデスか? 放して下さいヨ」
いきなりリュックを掴まれ、バランスを崩しそうになった小娘が、首だけ後ろに向けて、不愉快そうに言った。
「あんまり俺を怒らせるなよ? 小娘」
力任せに小娘を引き寄せる。
そして、急に後ろに引っ張られ、とっさにバランスを崩さないよう後退してきた小娘の頭を逆の手で掴んだ。
「俺にも我慢の限界というものがある。よく覚えておけ」
手に力を込めながら、念を押す。
「きっ、肝に銘じときマス!」
「その言葉、忘れるなよ?」
そう言うと俺は、小娘の頭を掴んでいる手から力を抜いた。
「とりあえず、早くここを抜けるぞ」
「あ、あの~。その前にデスね、ヒメナさんの頭から手を放して頂けると嬉しいナ~、なんて……」
小娘の言う通り俺の手は、まだ小娘の頭を掴んだままだ。
「お前を野放しにすると、ロクな目に遭わないことは、さっき学習したからな。お前の首につける縄を購入するまでは、このままだ」
「そんな! 命の恩人に対して、どんな仕打ちデスか!? ヒメナさんは、今まさに競り市に連れて行かれる家畜じゃないんデスよ!!」
なんとか俺の手から逃れようと、小娘が上半身をよじる。
俺も振り解かれまいと、再度頭を掴む手に力を込める。
「痛い! 痛いデス!!」
「だったら、暴れるな」
しばらくそんなやり取りを繰り返した後、ようやくおとなしくなった小娘を引きずり、俺はやっと雑木林から抜け出すことができた。