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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ミニアル村~リズ村編
6/41

誕生、勇者ヒメナ

ヒメナ「私の勇者としての冒険が今、始まりマス!」

イサ「……呆れて言葉もないな」

ヒメナ「ヒメナさんの活躍を、乞うご期待下さい♪」

イサ「誰もお前の活躍なんて、期待していない」

 暗く、冷たい闇の中。

 誰かに手を引かれて歩いた。

 それが誰かも、どこに向かっているのかもわからず、ただ導かれるままに、歩いた。


 歩いて。

 歩いて。


 気づくと、闇の中に1人、置き去りにされていた。

 さっきまで、確かに誰かと繋いでいたはずの手が、むなしく宙をつかむ。


 孤独と、絶望と、恐怖。

 心が締め付けられ、その場から一歩も動けず、ただ泣いた。

 一瞬のような、永遠のような。

 そんな不確かな時間が緩やかに過ぎ去った後、温かい何かが頭に触れた。

 その温もりに思わず顔を上げる。

 そこには真面目そうな青年と、ニコニコした青年。

そして、無表情の少年がいて、3人とも戸惑ったような、でも心配そうな目をして、俺のことを眺めていた。

 その目がとても温かく感じて、俺は安心感から、さらに泣き出した。

 泣いている俺をなだめるように、温かい手が何度も何度も俺の頭をでてくれた。

 その温もりは、今でも俺の胸にある。



 ――――――。


 ――――。


 ――。


 心地良い眠りから、ゆっくりと覚醒していく。

 だが、夢の余韻よいんに浸る間もなく俺を襲ったものは……。


「起っきろ~」


 ――殺気!?


 反射的に体をおこし、ベッドの上で身構えると間髪入れずに、さっきまで俺が寝ていた場所に何かが倒れ込んできた。


 ――何なんだ?いったい。


 状況が飲み込めず、身構えた状態で固まっていると、ベッドに突進してきた物体がのそのそと動き出した。

 四つん這い状態になった謎の物体と目が合う。


「あっ。オハヨ~ゴザイマス」


 四つん這いの体勢のまま、相変わらずの、とぼけた笑顔で、小娘がのほほ~んと俺に挨拶する。


「……何をやっているんだ? お前は」

「何って、朝になったから起こしに来たんデスよ。………………………………チッ、あと2秒寝てれば腹の上に華麗にダイブできたのに」


 前半の猫なで声とは打って変わって、後半の黒い発言は小声のうえ、早口で一気に吐き出した。


「……何か言ったか?」

「いえ。何も言ってませんヨ?」


 小娘のたぬきっぷりに俺は呆れ果てて、何も言う気にならなかった。


「あっ、そこの台に水の張った桶を置いていますカラ、顔を洗ったら隣りの部屋に来て下さいネ。朝食が用意してありマス」


 不自然に話題を変え、自分の言いたいことだけ言うと、小娘はそそくさと隣室へ去って行った。


 ――まるでコマネズミだな。


 小さいくせにすばしっこくて、ちょこまかとよく動く。

 小娘が姿を消したドアを眺めながら、そんなことを考えていたが、すぐにこんなことを考えている場合ではないと思い直し、とりあえず小娘の言うように顔でも洗おうとベッドから降りる。

 軽く部屋を見回すと、小娘の言った通り小さな台の上に、水の入った桶が置いてあった。

 その横には、きちんと折り畳まれたタオルも用意されている。


 ――小娘にしては気がいているじゃないか。


 それだけは誉めてやっても良いなと思いながら、洗顔を済ませ、身支度を整えて、小娘の待つ隣室へと向かった。

 ドアを開けると、食欲を誘う匂いが鼻孔びこうかすめ、テーブルの上に所狭しと並べられた大量の料理が視界に飛び込んできた。


「もぅ、遅いデスよ。早く食べましょう♪」


 すでに椅子に座り、食べる準備万端の小娘が、待ちきれないといった様子で俺に声を掛ける。

 その声に後押しされるように、俺も椅子に座る。

 座る際、一瞬残り3脚ある椅子のうちどこに座ろうか悩んだが、昨夜のことを踏まえ、あえて小娘の前の席に座った。

 どうせどこに座ろうが、小娘の方が俺の正面に座り直すだろうし、これから数日とはいえ一緒に旅をしなければならない以上、つまらないことで小娘の機嫌を損ねたくはない。

 そう考えての選択だ。


「それじゃあ、いっただきま~す!」


 両手を合わせて元気よく呪文を唱えるヒメナを真似て、俺も同じ動作をする。


「……いただきます」


 俺が呪文を唱え終わると同時に、小娘は次々と口に食べ物を運び、そのたびに幸せそうな笑みが溢れる。

 まるで、一口ごとに幸せを噛みしめているかのように。


 何故か小娘から目が離せなくて、俺はしばらく幸せそうに食事する小娘のことを見ていた。

 その視線に気づいたのか、食事に夢中になっていた小娘がふと視線を上げる。

 視線と視線がぶつかった。


「…………食べないんデスか?」


 口の中の物をごくんと飲み込んだ後で、小娘が不思議そうに訊ねてきた。

 まさか、小娘のことを眺めていて食事するのを忘れていた、なんて言えるわけもなく、ふいっと小娘から視線を逸らし適当に言い繕う。


「いや。……ただ、朝からこの料理の量は多すぎないかと思ってな」


 言いながらテーブルの上を流し見る。

 テーブルの中央にはバスケットに入った(おそらく小娘手製の)パンが置かれており、その周りを囲むように野菜や豆類を使った料理が隙間なく並べられている。

 2人分とはいえ、さすがにこの量は多すぎだろう。


「仕方ないじゃないデスか。昨夜、急に魔王退治に行くことが決まったんデスから」


 はぁと呆れたように息を吐き、小娘が続ける。


「魔王退治に行くと、長い間家をけなければなりません。だから、生物なまものは食べきっておかないと腐ってしまうんデスよ。でも、せっかくの食材を腐らせてしまったら勿体無いじゃないデスか? 仕様がないから今、家にある食材をすべて使って料理を作ったんデス」


 のほほ~んとした笑顔で小娘がのんびりと答える。


「それに朝は、しっかり食べないと体力保ちませんヨ? だからとりあえず、食べれるだけ食べて下さい。残ったらヒメナさんが全部食べてあげマス」


 ――お前、普段からどれだけ食べているんだ?


 目の前に置かれた大量の料理を目にして思ったが、言葉には出さず小娘に勧められるがまま、料理に手を伸ばす。

 用意された食事は、量こそ多いが、質素な物ばかりだ。

 特に肉と呼べる物は、サラダの中に入ったハムの切れ端くらいしかない。

 たしかにこんな食事ばかりだったら、肉が食べたいと何かに八つ当たりしたくなる気持ちもわかる。

 だが、八つ当たりされる俺(魔王)にとっては迷惑この上ない。

 そんなことを考えながら、食事を終えた。


「ふぅ。お腹いっぱいデス」


 互いに「ごちそうさまでした」と呪文を唱えた後で、小娘が大きく膨れた腹をさすりながら、至福の笑みを浮かべた。

 俺が食べた量は、せいぜい全体の3分の1。

 しかし、テーブルに残っているのは、からっぽになった皿だけだ。


 ――こいつ、本当に全部食べやがった。


 いったい、あの小さくて細い体のどこにあれだけの料理が入ったんだ?


 有り得ない現象を目の当たりにして、しばし考え込んでいると、俺より先に小娘が動き出した。


「さてと。私はこれから旅の支度をしますカラ、イサは自分の荷物を持って5分ほど外で待ってて下さい。あっ、先程の食事代はツケときますネ」

「ちょっと待て! あんな質素な食事で金を取る気か!? しかも、何故俺が外で待たなければならないんだ?」

「私、最初に言いましたヨね? タダ飯食えるほど、世間は甘くないって」


 にんまりと小娘が不敵に笑う。


「それに、女の子には他人に見られたくない物が色々とあるんデス。そこんとこは気を利かせて下さいヨ」


 文句があるんなら言ってみろ、と言わんばかりの強気な態度で、小娘が俺に偽りの笑顔を向ける。


「わかったら、さっさと出て行って下さいヨ。時間の無駄デス」


 まるで犬でも追い払うように、しっしっと手で俺を追い払う。


 ――この小娘、いつか殴る。


 握りしめた震える拳を『小娘の相手なんてするな。時間の無駄だ』と自身に言い聞かせ、必死に抑える。


「……わかった。外で待ってるから早く支度しろよ」

「りょ~かいデス」


 へらへら笑いながら、右手を額に当て、敬礼してみせる小娘を見てさらにイラッとしながらも、小娘の言う通り自分の荷物を取ってきてから、外へ出た。


 まだ朝早いためか、外は空気が冷えて澄んでいる。

 近くの家々からは香ばしいパンの匂いが漂ってくるが、外に人影はない。

 おそらく、ほとんどの家ではこれから朝食をとるのだろう。


 ――どれだけ早く俺を叩き起こしに来たんだ? あの小娘は。


 ますます俺の中での小娘の評価が下がっていくのを感じながら、腕を組み、ドアのそばの壁にもたれかかって、小娘が出て来るのを待った。



 5分経過



 10分経過



 15分経過


 ――――――――。


 ――――――。


 ――――。


 ――。


 遅い!!

 何が『5分で支度する』だ!?

 初めから出来もしないことを口にするな。


 ――あと5分待っても出て来なかったら、怒鳴り込んでやる。


 俺の怒りが頂点に達した頃、慌てた様子で小娘が家から飛び出してきた。


「お、お待たせしました! 思いの外、支度に手間取ってしまいました!!」

「遅い!! どれだけ人を待たせたと思っ……」


 小娘ので立ちに、俺は絶句したまま、二の句が継げなかった。

 小娘がちゃっかり着替えていることについてはこの際、目をつぶろう。

 いや、そんな些細な変化には構っていられない。

 それよりも、問題なのは……。


 ――何なんだ? あの背中の荷物は!?


 小娘の背中には、ワイン樽でも入れているのかと問いたくなるほど、巨大で重そうなリュックが背負われている。


 いったい、何が入っているんだ?


 そもそも、何でそんなリュックを持っているんだ?


 疑問は尽きないが、それよりもさらに疑問なのが……。


 改めて、小娘の出で立ちに意識を戻す。

 背中には馬鹿みたいに巨大なリュック。

 そして何故か、頭には鍋。右手にはフライ返しが握られている。


「本当にお待たせ致しました。さァ、張り切って行きましょう!」


 フライ返しを天高く掲げたあと、何事もなかったかのように小娘が歩き出す。


「ちょ、ちょっと待て!」


 歩き出した小娘を慌てて呼び止める。

 珍妙な格好をした小娘が道行く人に好奇の目で見られるのは一向に構わないが、同行する俺まで同じ目で見られるのだけは御免だ。


「何デスか?」


 例の、のほほ~んとした顔で小娘が振り返る。

 その態度に、小娘の奇妙な出で立ちに気を取られ、忘れかけていたさっきまでの怒りが再度込み上げてきたが、これ以上時間を無駄にするまいと努めて平静を装った。


「……色々と言いたいことはあるが、まずはその鍋とフライ返しの説明をしてもらおうか?」


 はっきり言ってこの2点については、まったく使用目的がわからない。

 だが、小娘は「何でわからないの?」と言いたげな目を俺に向けてこう言った。


「説明しろって言われても……。単なる装備品デスよ?」

「は? 装備品!?」


 俺の耳がおかしくなったのだろうか?

 それとも、いつの間にか『装備品』の意味が変わったのか?

 頭の中が疑問符で満たされている俺に、小娘がさらに言葉を続ける。


「ハイ。これが防具で、こっちが武器デス」


 左手で頭の鍋を示した後、右手のフライ返しを高々と掲げる。

 鍋が防具というのは1万歩譲ってわからなくもないが、何故フライ返しが武器になるんだ?


「……武器というのなら、せめて包丁くらい持ったらどうだ?」

「何言ってるんデスか!? フライ返しの方が色々と便利なんデスよ?」


 俺の提案を即却下して、小娘がフライ返しの性能を頼みもしないのに語り出した。


「フライ返しは本来の使い方は勿論のこと、殴られればそれなりに痛いデスし」


 たしかにまともに当たれば、それなりには痛いだろうがせいぜい痣ができる程度で、殺傷能力はほとんど0だな。


「しかも! フライ返しならもれなく巨大ゴキちゃんも退治できちゃいマス♪」


 …………は?


「どうデス? 色々使えてお得な感じがしまセンか?」

「……」


 思いがけない言葉に一瞬思考が停止したが、すぐに言葉の意味を理解して、小躍りしている小娘の両肩をがしっと掴む。


「まさかお前、俺に食わせた料理も虫を殺したような不衛生極まりない調理器具を使って作ったんじゃないだろうな?」

「……洗えば平気デスよ」


 あからさまに俺から目を逸らし、聞き取れるぎりぎりの音量で小娘がぼそりと呟く。

 これが我慢の限界だった。


「ふざけるなっ! 平気なわけがないだろう!?」


 小娘の肩を前後に激しく揺さぶる。

 俺の剣幕に、さすがの小娘もマズいと思ったのか、肩を揺さぶられた状態で必死に弁明をする。


「じょっ、冗談デス。嘘デス。まだ未遂デス。だから、落ち着いてクダサイ」


 少し怯えた様子の小娘が、うるんだ瞳を俺に向ける。


「『まだ』ということは、いずれはするということだな?」

「ちっ、違いますヨ! 金輪際絶対しまセン!!」


 うるうるとした瞳で弁明する小娘。


「だから、怒らないでクダサイ。ね?」


 ――こいつ、卑怯だ。


 これで許してやらなければ、まるで俺が悪者みたいじゃないか。


「……仕方がない。この話はこれで終わりにしてやる」


 小娘の肩から手を放し、視線を逸らす。


「本当ですか? ありがとうございます!!」


 嬉しそうな声がしたかと思ったら、次の瞬間「ふっ。チョロいもんデス」とこれまで幾度も聞いたドス黒い声が聞こえた。


 そうだった。

 こいつはこういう奴だったな。

 見え透いた泣き真似に引っ掛かった自分が腹立たしい。


 ――この小娘相手に情けをかける必要はないな。


 そう認識を新たにし、少々手荒く接することに決めた。


「話が済んだところで、これは没収だ」


 そう言いながら、素早く小娘からフライ返しと鍋を奪う。


「なっ、何するんデスか!? 返して下さい!」


 すぐに小娘が俺から装備品(?)を取り返そうと手を伸ばしぴょんぴょん跳ねるが、俺の頭上高くに掲げられた装備品(?)に触れることすらできなかった。


「イサは私に丸腰で魔王と戦えっていうんデスか?」


 しばらく無駄に足掻いた後、小娘が俺を睨みつけながら言った。

 しかし、小娘に睨まれても怖くも何ともない。

 ため息を吐きながら小娘の質問に答える。


「誰もそんなことは言ってないだろう。丸腰で戦うのが嫌なら途中の村や町で、きちんとした装備品を買え」

「……なるほど。そんな方法もあったんデスね。まったく気づきませんでしたヨ」


 いや。これくらいのこと、子どもでも5秒もあれば考えつくだろう。


 ――こいつ、やっぱり頭のネジが2~3本外れているんじゃないのか?


「そうと決まれば早速片づけてきますネ」


 そう言って差し出された両手にフライ返しと鍋を返してやる。

 それらを受け取った小娘はそのまま方向を変えて、自宅に向かった。

 その背中に向かって、声を掛ける。


「ついでに背中のリュックの中身も片づけてこい。そんな巨大なものを背負って旅なんて無理だぞ」

「え~、でも必要な物しか入ってませんヨ?」


 困り顔で小娘が振り向く。


「そんなわけないだろう。だったら俺が要る物と要らない物に仕分けてやるから、家に戻っていったん中身を全部出せ」


 こんなことなら、小娘の言い分なんぞ無視して、初めから見張っていればよかった。

 この段階ですでに機嫌の悪かった俺だが、この後小娘が発言した一言で、さらに機嫌が悪くなった。


「そんなこと言って、さてはヒメナさんの替えの下着を見るつもりデスネ?」

「……」


 俺は無言で小娘に近づくと、片手でがしっと小娘の頭を掴み、そのままぎりぎりと力を込めていった。


「痛い! 痛いデスよ!? 指が、指が食い込んでマス!」

「……これ以上、ふざけたことを抜かすと、潰すぞ?」

「ふ、ふん。そんなこと言ったって、ヒメナさんは暴力には屈しませんよ!」


 俺は無言のまま、さらに力を込めた。


「ぎぃぃやぁおぅ!! ……あ、なんか急にヒメナさん、荷物を小型軽量化したくなりました!」


 さっき「暴力には屈しない」と言った舌の根の乾かぬうちに、あっさりと態度を翻す小娘。

 俺は呆れつつも、小娘の頭を掴んでいる手から少し力を抜いた。


「……ずいぶん見事な手の平返しだな?」

「そんなに褒められると照れちゃいマス」


 俺の皮肉にも動じず、しれっととぼけてみせる小娘の神経の太さに改めて感心するとともに、苛立ちも覚える。

 だが、ここで小娘を痛めつけていても、事態は何も変わらないので、仕方なく手に込めていた力を完全に抜き、小娘を自由にした。


 それから俺は「頭がイカみたいに変形したら、どうしてくれるんデスか」とぶちぶち文句を言っている小娘を家の中に引きずり込み、巨大リュックの中身を出させて、さくさくと仕分けた。

 小娘は「必要な物しか入ってない」とほざいていたが実際は、巨大リュックの中にさらに中型と小型のリュックが入っていたり、何故か盥―タライ―と洗濯板があったり、異臭を放つ封をされた壺が密かに詰め込まれていたりと、とにかく不必要な物が大半を占めていた。


「まったく。余計な手間を掛けさせるな」

「あんまり怒ると体に悪いデスよ?」


 俺が必要だと判断した少量の荷物を小型リュックに移し替えながら小娘がのほほ~んと応える。


「誰のせいで怒っていると思っているんだ? ……とんだ時間の無駄遣いだ」

「まあまあ、いいじゃないデスか。急ぐ旅でもないデスし」


 そう言うと小娘は荷物を詰め終えた小型リュックを背負った。


「それに、あんまり時間ばかり気にしてたら、そのうち今日の空の色さえわからなくなりますヨ」


 にっこりと小娘が微笑む。


 ――こいつはまた意味不明なことを。


「勇者ヒメナ、今こそ魔王退治に旅立ちマス!!」


 誰に向けたものかわからない宣誓をすると、小娘は元気良くドアを開けて第1歩を踏み出した。

 小娘は振り返りもせず、ただずんずんと先に進んで行く。

 俺はその背中をゆっくりと追う。


 ふと空に目をやる。

 雲ひとつない青い空。

 青さが目に染みる。

 その時、何故か先ほどの小娘の言葉が頭をぎった。


『あんまり時間ばかり気にしてたら、そのうち今日の空の色さえわからなくなりますヨ』


 そういえば最近、空をじっくりと眺めたことなんてなかったな。

 ずっと政務に追われ、空を見るゆとりすら忘れていたことに気づく。


 ――心をなくした状態で、いったいどれほどのことができるというのか。


 ただ魔王として、がむしゃらに生きてきた。

 魔王でない俺には、何の価値もないような気がして。

 だから限界を超えるまで仕事に明け暮れていたのかもしれない。

 仕事をしている間だけは、自分が価値ある存在だと安心することができたから。


 ――もしかしたら、俺には余暇を楽しむという心が欠けていたのかもしれないな。


 そのことに気づいたきっかけが小娘の言葉だったというのは気に入らないが、何か大事な物を思い出せた気がする。


「イサ~。何突っ立ってるんデスか? 置いて行きマスヨ!」


 小娘の呼び声に我に返る。


「うるさい! 叫ぶな!!」


 どうやら俺は空を見たまま、長考していたらしい。

 自身に対して苦笑しながら、元気に片手をぶんぶん振り回している小娘の元へ歩を進める。


 こうして、俺と小娘の旅が始まった。


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