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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ミニアル村~リズ村編
5/41

前途多難、ヒメナの決意

イサ「何なんだ? 決意って?」

ヒメナ「それはこの後お話ししますヨ」

イサ「ずいぶんと勿体ぶるんだな」

ヒメナ「まァ、たいした話じゃないんですケドね」

イサ「……おい」

 食事が終わり、小娘がテーブルの上に置かれた食器を片付け始める。

 その様子を少し眺めていたが、特にするべき事も見当たらなかったため、ベッドルームに戻ろうと席を立とうとした瞬間、突然小娘が「あっ!」と奇声を発し、俺はそのままの状態で固まる。

 すると小娘は食器を抱えたまま、俺の方へ向き直り首を傾げた。


「そういえばイサって、これからどうするつもりなんデスか?」


 そう言うと小娘は抱えていた食器をごく自然にテーブルに戻し、再度俺の前の席に腰掛けた。

 どうやら、俺とじっくり話し合いたいことがあるらしい。


「もし、もう少しミニアル村に滞在するつもりなら、私の方から村長むらおさに話しておきますヨ」

「必要ない。明朝立つ」

「……そうデスか。何かアテでもあるんデスね。それならいいんデスヨ。心配して損しちゃいました♪」


 小娘がにこにこと笑顔を向ける。

 だが俺には、小娘の言わんとしていることがまるで理解できない。


「何の話だ? 『アテがある』とか『心配だ』とか」

「いやデスね。決まってるじゃないデスか」


 口元を手で隠し、ぐふぐふ笑うと、悪戯を思いついた子供のような顔で、一言こう言った。


「お金デスよ。お・か・ね♪」


 ――お金?


「ほらっ、イサって無一文じゃないデスか。これからどうするつもりなのかな~と思ってたトコだったんデスヨ」


 笑顔の小娘とは対照的に自身の顔が引きつっていくのがわかる。


 ――金のことなんて、すっかり忘れてた。


 そもそも今日俺が小娘にいいようにこき使われていたのも、元はといえば金が無かったせいだというのに。

 ようやく小娘のいわんとしていることが理解できた俺は、必死で頭をフル回転させる。

 ほとんど城から出ることのなかった俺には、こんな田舎に知り合いはいない。

 かといって、このミニアル村から魔王城のある王都ルノオンまでは、かなり距離がある。

 路銀無しでは、到底辿り着くことができないだろう。


 ――とりあえず金が無いことには、自力で城へ帰るのは不可能だな。


 そこまで考えた俺は次の案を練る。

 おそらく手紙のひとつでも書けば、すぐに城にいるあの3人の誰かが翼竜で迎えに来るだろうが、自分で城を出てきた手前そんなみっともない真似ができるかっ!

 何としてでも、自力で帰らなければ!!

 しかし、自力で帰るには金が必要という、この事実……。


 ――まさに八方塞がりだな。


 眉間にしわを寄せ、今後の行方について思案していると、急にの抜けた声が耳に入ってきた。


「さっきから顔色がどんどん悪くなっていますケド、大丈夫デスか?」


 思考をいったん停止して意識を現実に戻すと、小娘が首を傾げて俺のことを見つめていた。


 ――そういえば、すっかり小娘の存在を忘れていたな……。


 俺の前に座っている、不思議そうな顔の小娘に改めて視線を向ける。


 ――今、俺が頼れるとしたら、この小娘だけか。


 柱に吊されたランタンの炎が舞い遊び、俺の視界を揺らす。

 他に知り合いも、アテも無い。

 ここは恥を忍んで、この小娘に金を用立ててもらうほか手がないことは、十分承知している。

 だがこの小娘にこれ以上、借りは作りたくない。

 俺の理性と感情がせめぎ合っていると、ぼそっと小娘が呟いた。


「まさか、自分が無一文だってこと、忘れてたんデスか?」

「うっ……」


 いきなり小娘に核心を突かれ、言葉に詰まる。


「そうなんデスか? そうなんデスね!?」


 俺の様子で、先ほどの自分の言葉が正しいと確信した小娘が身を乗り出して、一気にまくし立てる。


「はァ……。信じられませんヨ! そんなに詰めが甘くて、よく今まで生きてこられましたネ。ある意味、尊敬しますヨ」


 わざとらしく息を吐き、生暖かい目で俺を見つめる。


 ――今すぐこのふざけた横っ面を張り倒してやりたい。


 だが小娘を敵に回すのは得策では無いと判断し、思わず握り締めた拳を必死に押しとどめる。

 そんな俺の心の葛藤にも気づかず、小娘が薄く笑いながら話を続ける。


「とりあえず今の状況を確認すると、イサは文無しで、アテもなく、まとまったお金が必要、と。これで合ってマスか?」

「……ああ」


 小娘の言葉にイラッとしながらも反論できず、声を殺して一言答えた。

 すると、小娘がニヤリと含みのある笑みを浮かべて、こう切り出してきた。


「簡単にまとまったお金が手に入る方法がひとつだけあるんですケド、聞きたいデスか?」


 その表情を俺は見たことがある。

 何か悪巧みを考えている時の小娘の顔だ。


 ――限りなくイヤな予感がする。


 だが、ほかに手立ては無さそうだし、背に腹はかえられない。


「……何だ? 言ってみろ」

「聞きたいのなら、素直に聞きたいと言えばいいじゃないデスか……」


 やれやれといった感じで軽く首を左右に振ると、小娘は『簡単にまとまったお金が手に入る方法』を俺に提案した。


「その髪を売ればいいんデスよ」


 俺の髪を指しながら、小娘がにっこりと笑う。


「髪を……売る?」

「はい! さっきも言ったと思いますケド、黒髪は珍しいデスし高値で売れると思いますヨ♪ 見た感じ、量も質も十分デスし、長さもそれなりにありますしネ」


 嬉々とした様子で小娘が話を続ける。


「でも、ある程度大きい街まで行かないと良い買い手が見つからないと思いますヨ。この辺りで大きい街といえば……ギトカになりますかネ?」


 ギトカといえば、この辺りの物流の拠点だな。

 それに王都ルノオンへの通り道にある。


「少し遠いですケド、徒歩でも……まァ、2~3日もあれば着きますヨ!」


 にこにこしながら小娘が一気に喋った。

 だがこの食えない小娘が、これだけで終わるわけがなかった。

 一息ついた後、ようやく先ほど思いついたであろう悪巧みを、俺に切り出してきた。


「そこで提案なんですケド……」


 そこでいったん言葉を切り、挑発するような目を俺に向ける。


「私と取引しませんか?」

「……取引?」

「はい!」


 挑発的な目をしたまま、小娘が表情だけ笑ってみせる。


「私、売買するときの交渉がとっても上手なんデスよ。だから私に任せてくれれば、イサの髪を相場よりも高値で売りさばいてあげますヨ。そのかわり、売値の半額は手数料として私が頂きマス」

「……ふざけるな!」


 思わず叫んでいた。


「誰がそんなふざけた話に同調するか!!」

「……悪い話じゃないと思いますケド?」


 俺の態度にされた様子もなく、小娘が平然と言って退ける。


「よく考えてみて下さい。ミニアル村からギトカまで2~3日はかかるんデスよ? その間、飲まず食わずで歩き続ける気デスか? 万一、辿り着けたとしても、イサじゃあ、百戦錬磨の商人相手に太刀打ちできませんヨ。どうせ安く買い叩かれるに決まってマス!」


 きっぱりと言い放つ小娘の態度は気に食わないが、小娘の言うことも一理ある。


「私と取引するというのであれば、ギトカまでの旅費は私が出してあげマス。もちろん、無理にとは言いませんケド、また行き倒れても私のような親切な人が助けてくれるとは限りませんヨ?」


『私のような親切な人』というくだりは無視するとして、他は確かに小娘の言う通りだ。

 俺には、髪の相場なぞわからんし、この辺りの土地勘もない。

 おまけに金もない。

 売値の半額を寄越せというのは、ぼり過ぎだと思うが、ここは小娘の言う通り『取引』をした方が得策かもしれない。


「わかった。その取引に応じよう」


 頭の中で損得勘定を行い、ひとまず小娘の提案をうける方向で考えがまとまった。


「良い選択デス」


 小娘が例の、のほほ~んとした表情を浮かべながら、上から目線で物を言う。


「本当にイサは運が良いデスよ♪ ちょうど私も、近々魔王を退治しに旅立とうと思ってたところですカラ」


 飄々(ひょうひょう)と小娘が言い放つ。


 …………ちょっと待て!

 今さらりと、とんでもないことを言わなかったか?


「……魔王を退治するとか聞こえたんだが、俺の聞き間違いか?」

「聞き間違いじゃないデスよ? 私は明日から『勇者』になるんデス!!」


 ガッツポーズをしながら小娘が堂々と宣言する。

 これまでにも、小娘の発言や思考回路には奇怪な点が多々あったが、今回のは、ずば抜けて酷い。

 もはや、突っ込みどころすらわからない。


「……明日から『勇者』になるっていうのは、どういう理屈なんだ?」


 とりあえず、一番気になったことを訊ねてみる。

 何故、それが一番気になったのかと問われても、自分でもわからないが。


「……何言ってるんデスか? 古今東西、魔王を退治するために旅立つ人のことを、人は『勇者』と呼ぶんデスよ! つまり、私も魔王退治のために旅立ったそのときカラ『勇者』になるわけデス!! わかりましたか?」


 小娘から自信満々に自分の持論を披露されても、俺には小娘の得意満面な面を殴り飛ばしてやったらすかっとするだろうな、という感想しか出てこなかった。


「……何で魔王退治に行こうと思い立ったんだ?」


 内心、まさか「思いつきで」とか言わないだろうなと思いながら「勇者ヒメナ……良い響きデス」と1人陶酔している小娘に再度問いかけた。


「……よくぞ訊いてくれました!」


 さっきまでのうっとりとした表情が一気に険しくなり、小娘が鋭い眼光を俺に向ける。


「私が魔王を退治しようと思ったわけ。それは……」


 一拍おいて飛び出した答えは、俺の想像を遥かに超越していた。

 ヒメナの出した答え。

 それは――。


「お肉が食べられなかったからデス!!」


 ――は?


 突拍子もない小娘の回答に俺は目が点になる。

 どういう公式を当てはめれば、魔王退治と肉が食べられないことがイコールで繋がるんだ?

 いくら考えても、俺には解答を導き出すことができなかった。


「……魔王退治と肉が食べられないことの関連性について簡潔にべろ」


 答えをきくということは、俺が小娘に負けたようでしゃくさわるが、小娘の思考回路を理解できる者なんてこの世には存在しないのだから、これ以上考えても時間の無駄だと無理矢理、自分自身を納得させる。

 小娘は険しい顔をしながら、ゆっくりと語った。


「最近、各地でこれまで出現しなかった場所に魔物が出るようになったんデス。そのせいで、これまで使っていた道が使えなくなって大きく迂回しないといけなくなったり、冒険者や用心棒を雇ったりしないといけなくなったせいで、いつもの倍近く物資の運搬費が掛かるようになったんデスよ!」


 語気を強め、バンッと両手でテーブルを叩く。


「運搬費が掛かるから在庫は出したくない。そんな売り手の足下を見て、商人達は商品を安く買い叩くし、逆に塩とかの生活必需品は無くなったらイヤでもみんな買うから値上がりするし、もぅやってられませんヨ!!」


 小娘が怒りをあらわにしながら、さらに話を続ける。


「ミニアル村は貧しい村ですケド、小麦を収穫できるこの時期だけは少し財政が潤って、ちょっとだけ贅沢ができるんデス。それなのに魔物のせいで、今年はお肉が食べられなかったんデスよ!! 私のささやかな楽しみを奪った魔物が憎い。だから、魔物の総大将である魔王をぶっ倒しに行くんデス! 食べ物の恨みは恐ろしいってことを骨身に刻んでやりますヨ!!」


 怒りでうっすら涙を浮かべながら、小娘が確固たる決意を見せる。


 ……なるほど。

 こういう些細な動機で魔王退治に行こうという馬鹿者が多いから、俺が苦労していたわけか。

 小娘の言葉で、魔王城での目まぐるしい日々が走馬灯のように脳裏を過ぎって行く。

 まるで、波打ち際で延々と砂の城を作り続けるような、果てのない魔王としての仕事。

 魔王城へ帰れば、それを永遠に続けなければならない。

 そう思うと、このまま遠くへ行ってしまいたい誘惑に駆られるが、それは魔王としての俺の誇りが許さない。

 俺は魔王になるべく育てられた。

 だから魔王としての生き方しか知らない。

 逆にいえば、魔王でなくなった俺には何の価値も無い。

 魔王であることが俺の誇りであり、生きている意味そのものだ。


 しみじみと在りし日の思い出に浸っていると、ガタンと音がしたのでとっさに注意をそちらに向ける。

 するとさっきまで俺の前の席で、怒りに涙をにじませていた小娘が椅子から立ち上がり、例ののほほ~んとした表情で俺を見下ろしていた。


「まァ、話はこのくらいデス。だいたいの事情はわかりましたか?」

「ああ」


 途中からどうでもいい話題に変わっていたので、適当に相槌を打つ。


「それは良かったデス」


 そう言うと小娘は中断していた食器の片付けを再開し始めた。

 俺は特にすることがなく、少しの間小娘が片付けいる姿をなんとなく眺めていたが、無駄なことをしていることに気づき席を立った。

 その音が聞こえたのだろう。

 俺に背を向けて作業していた小娘が振り返って言った。


「これが終わったら私は行きますカラ、くれぐれも火の始末だけはちゃんとして下さいネ!」


 その言葉に俺は首をひねる。


「行くって……。ここがお前の家じゃないのか?」

「私の家デスよ?」


 ――どうして小娘の発言は毎回、意味不明なんだ?


 なんだか永遠に、この小娘とは話が噛み合う気がしない。

 相性が悪いのか?

 さらに首をひねって考え込む俺に、小娘が言葉を続ける。


「この家、ベッドがひとつしかないんデスよ」


 手早く片付けを終え、俺の方に歩いてきながら小娘が話す。


「だから私は今夜、村長の家に泊めてもらうことにしたんデス。あっ、心配しなくても、夕食の前にお願いに行って、すでに了承は頂いてますヨ」


 俺を見上げながら、小娘がにこっと笑いかける。

 だがその後ですぐニヤリと黒い笑みを浮かべて、こう言い添えた。


「もしイサが『どうしても1人で眠れない』と言うのなら、優しいヒメナさんが寝るまで添い寝してあげてもいいデスよ? もちろん、添い寝代は頂きマス。子守歌付きなら、さらに料金割増デス♪」

「可及的速やかに俺の目の前から消えてくれ」

「想像通りの回答、ありがとうございます」


 俺の冷ややかな視線を物ともせず、小娘が愉快そうに笑う。


「それじゃあ、私行きますネ。明日の朝起こしに来ますカラ、それまでにちゃんと旅支度を整えておいて下さいヨ?」


 そう言うと小娘は、すたすたとドアに向かって歩いて行った。

 出て行く際「何度も言いますケド、くれぐれも火の始末だけはきちんとして下さいヨ? もしうっかり不始末で私の家を燃やしたら、どこに逃げようが地の果てまで追い掛けて、身ぐるみ剥いで、骨の髄までしゃぶり尽くしてやりますヨ?」と再度念を押すと、ようやく小娘は俺の目の前から消え去った。


 小娘が本当に戻って来ないかと警戒して、俺はしばらく小娘が消えて行ったドアをじっと眺めていたが、いくら経っても小娘が戻って来る気配はなかった。


 ――これでやっと、静かになったな。


 ほぅと安堵の息を漏らす。

 これでようやく安心して、くつろぐことができる。

 考えれば、今日この家のベッドで目覚めた時から、ずっと緊張したままだった気がする。


 ――今日はよく眠れそうだな。


 ずっと緊張をいられ、慣れない作業を強制的にやらされたんだ。これで眠れないわけがない。

 そう思うと、なんだか急に眠気が襲ってきたが明日のことを考え、睡魔と戦いながら荷物の整理だけは済ませる。

 最後に小娘の捨て台詞を思い出して火の始末をしてから、俺はとこについた。


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