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夜の街へ、ヒメナを探して

ヒメナ「この章には、やや暴力的な表現が含まれマス。閲覧は自己責任でお願いしマス」

イサ「……前にもあったな。こんな展開」

ヒメナ「また『警告するほどの内容ではない』デスか?」

イサ「まあ……」

ヒメナ「いいデスか? 今のご時世、過剰になりすぎるくらいで、ちょうどいいんデスヨ!」

イサ「世知辛いな」

 夜のエルノは、思っていたよりも明るい。

 もちろん、それは街灯の多い表通りだけだろうが、それでも十分有り難い。


 こんな時間帯にも関わらず、まばらだが人通りがあることにも驚いたが、少し考えたら昼間店から離れられない職人達が自由に活動できるのは、店を閉めた夜の間だけだと気づき、1人納得する。


 先ほどから、やけに明かりの点いた店が多かったのは、この街に住んでいる職人向けの店だったのか。


 おそらく、工芸品を買いに来た客向けの昼間開く店と職人向けに夜間開く店とで、きちんと()み分けができているのだろう。

 しかし、今はそんなことに感心している暇はない。

 俺は宿屋の女従業員にもらったメモを頼りに、自警団の詰所へと急ぐ。


 自警団の詰所は、割とすぐに見つかった。

 職人街と同じレンガ造りで、想像よりも立派な建物だ。

 俺は迷いなく、自警団の扉を叩く。


「誰かいないか?」

「はいはい。今行きますよっと」


 中から返答があり、数秒後開かれた扉から30代半ばくらいの垂れ目の青年が顔を出す。


「何? どうかした?」

「……人を探している」


 垂れ目男の馴れ馴れしさに苛立ちを感じつつも、なんとか堪えて用件を伝える。

 ヒメナの特徴を聞いた垂れ目男は、首を傾げつつ、記憶を思い出すかのように目線を左上へと向けた。

 そして、何かが引っかかったらしく「あっ」と小さく呟くと、頭を掻きながら軽い口調で俺に話しかける。


「もしかしたら、あの子かなぁ? 落とし物を探してるとか言ってたけど。たしか名前はヒ……ヒナノ。いや、ヒメカ? うーん。なんか違うなぁ」

「ヒメナか?」

「そう! たしか、そんな名前だったよ。あー、スッキリした」

「それは良かった。それでヒメナはいつ、ここに来たんだ?」


 清々しい笑顔を浮かべる垂れ目男の横っ面を張り倒したい衝動に駆られるが、それを必死で押し殺し、垂れ目男に先を促す。

 話の続きを促された垂れ目男が、あいかわらず苛つく口調で俺の要望に答える。


「あれはいつ頃だったかなぁ? ――たしかまだ明るかったから日暮れ前だったとは思うけど」


 日暮れ前ということは、夕食前に1人で探しに行った時だな。

 さすがヒメナ。

 自力で自警団の情報を手に入れていたのか。

 しかし、なんで自警団の詰所に行ったんだ?


「それにしても、わざわざ自警団の詰所まで拾得物として届いていないか確認に来るなんて、落とし物はよっぽど大事な物なんだねぇ」


 俺の疑問が聞こえたとした思えないタイミングで、垂れ目男が正解を口にする。


「それで、ヒメナはその後どうしたんだ?」

「うーん。たしか『もし落とし物が届けられたら知らせて欲しい』って言って、自分の名前と今夜泊まる宿屋の場所を書いたメモを渡して、しょんぼりと帰って行ったと思うけど。俺はその時たまたまそばで聞いてただけで対応したのは、今巡回に出てる別の人間だったからなぁ」


 垂れ目男が困ったように頭をポリポリと掻く。


「本来ならもう巡回から戻ってる時間なんだけどね。中で待っとく? たぶん、そろそろ巡回に行ってる2人も戻って来ると思うけど」


 俺はその提案を丁重に断ると、もしヒメナがここへ来たらすぐに宿屋へ知らせてくれるように頼み、夜の街へ取って返した。


 眠らない街。

 夜でも明るく、人が活動しているこの街は、そう形容するのに相応しい。

 俺は、そんな街のある場所を目指して全力疾走する。

 途中、目深に被ったフードを剥ぎ取りたい衝動に駆られるが、街灯が多い表通りでは、すれ違った人間の髪色がはっきりと認識できるほど明るいので、なんとか思いとどまった。


 ――たしか、この辺だったはず。


 目的地に着いた俺は足を止め、全力疾走して乱れた呼吸を整える。

 ここは昼間、ヒメナが盛大に転んで荷物をぶちまけた場所だ。

 一応、周囲に目を配り店構えなどを確認した後、間違いがないことを確信する。

 しかし、いくら見渡してもヒメナの姿はない。

 てっきり、まだこの辺りで落とし物を探していると思っていたのだが、当てが外れて肩をおとす。


 そもそも冷静に考えてみたら、砂漠に落とした一粒の砂を探しているわけではあるまいし、一時間もあればあらかたこの辺りの捜索は終わるだろう。

 それでも見つからないということは、別の場所で無くしたか、誰かが持ち去った可能性が高い。

 だからヒメナは、一縷(いちる)の望みをかけて、自警団の詰所へ落とし物が届けられていないか確認に行ったのか。


 とりあえず、このままここにいても仕方がない。

 もしヒメナが誰かに落とし物を拾われたと考えているのならば、今頃は情報を集めているはずだ。

 まずは、この周辺でこんな時間でも賑わっている店を中心に当たってみるか。

 こんな夜遅くに女の子が1人で出歩いていたら悪目立ちするし、誰かがヒメナのことを覚えているかもしれない。


 そう結論づけた俺は早々に現場を離れて、灯りのついた飲食店を中心に片っ端から探していく。

 飲食店を中心に探しているのは、ヒメナのことだから話を聞くついでに、ちゃっかりと料理までご馳走になっているのではないかと思ったからだ。


 ――ここも空振りか。


 5件目の店から出て来た俺は、肩を落として天を仰ぐ。

 街の眩しい灯りが夜空の小さな明かりを呑み込んで、頭上にはただ暗闇だけが広がっている。

 唯一、夜空を照らしていたはずの月も、今は雲に隠れて、その輝きを失ったままだ。


 ハァと深いため息が口から零れ落ちる。

 ヒメナの行方は依然としてしれない。

 ヒメナの目撃証言は数名から得られたが、目撃してからかなり時間が経っており、あまり参考にはならなかった。

 ただひとつだけ収穫があったとすれば、どうやらヒメナは『物』ではなく『人』を探していたらしいということだけだ。


 ヒメナが探していたという人物。

 そいつが誰かわかれば、かなり有力な手掛かりになる。

 しかし、その人物の特徴はあまりにもありふれたものだったらしく、俺にその話を聞かせてくれた男もヒメナの言っていた特徴をはっきりとは覚えていなかった。

 それなのに、ヒメナはまだその人物を探し続けているのだろうか。


 ――そんなに、大事な物だったのなら、どうして俺にそう言わなかったんだ?


 その時、ヒメナの顔がふと頭に浮かぶ。

 俺に何かを言おうとしては、都度ためらい言葉を飲み込んだ夕食前のヒメナの表情が。


 ――ヒメナは言わなかったんじゃない。言えなかったんだ。


 俺が「諦めろ」と、「似た物を探せばいい」と、そう言って耳を貸さなかったから。

 だからヒメナは、俺に話すことを諦めていつものように笑って本心を飲み込んだ。



「馬鹿だな。俺は」


 いつもはお喋りなヒメナが、本当に辛い時や悲しい時に自分から助けを求めたりしないとわかっていたのに。


 思わず自嘲する。


 いつだってヒメナは、俺の言葉を聞いてくれた。

 助けてくれた。

 心に寄り添ってくれた。

 それなのに俺は、ただヒメナの優しさに甘えていただけだ。


 何故、俺はあの時ヒメナの話を最後まできちんと聞いてやらなかったのだろう。


 いや。

 その前に、最初ヒメナが探しに行くと言った時、どうして一緒について行ってやらなかったのだろう。

 そうすれば、ヒメナが俺に黙ってこんな夜遅くにこっそり出て行くこともなかっただろうに。


 次から次へと後悔が押し寄せて来る。

 後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。



「よし!」


 自己嫌悪に陥りそうだった自分に活を入れる。

 まずは一度、宿屋に戻ろう。

 有力な情報はないし、ヒメナを探し始めてから大分時間が経っている。

 もしかしたら、入れ違いになったのかもしれない。

 それに、自警団から何か情報が入っている可能性もある。

 俺は、(はや)る気持ちを抑えて足早に宿屋への道を急いだ。


 他の建物と同じくレンガ造りの宿屋にたどり着いた俺は、ドアベルのついた扉を開けて中に入った。

 食堂になっている一階は、木製のイスとテーブルが等間隔に配置されている。

 さすがにこんな夜更けだと客もまばらだ。


 ――とりあえず、宿屋の人間をつかまえて話を聞くか。


「戻って来たんですね。よかった!」


 入口付近でフロア全体を見渡す俺に気づいたのか、エプロンをつけた女従業員が駆け寄って来る。

 その女の顔には見覚えがあった。

 先ほど、ヒメナを探しに行く俺に自警団の詰所の地図を書いて渡してきた、あの従業員だ。


「ヒメナは? 戻っているのか?」


 思わず、目の前で俺を見上げる女従業員の肩を()する。


「はい、戻られていますよ。たまたま巡回中の自警団が保護して、ここまで送ってくださったんです」


 その言葉でようやくホッと胸を撫で下ろす。


「それで、ヒメナは今どこだ? 部屋か?」

「いえ。怪我の治療が終わった後、そのまま治療した部屋で休んでいます」

「怪我?」


 俺の表情が曇ったのを見て、慌てて女従業員が言葉を付け足す。


「あっ、怪我といっても命に別条はありませんから!」

「『命に別条はない』って、そんなに酷い怪我をしているのか!?」

「あっ、いえ! そういう意味では……。ただ少し、驚かれるかも」


 歯切れの悪い女従業員が「とりあえず、お連れ様の所に案内しますね」と曖昧な笑みを浮かべながら、俺を誘導する。


 本来なら客は入れないであろうカウンター内に入ると、そこからさらに奥へ通じる通路を進む。

 おそらく、ここは従業員専用通路なのだろう。

 目についたドアには『物置』や『更衣室』といったプレートが掛けられていた。


 迷いなく進んでいた女従業員の足が『休憩室』というプレートが掛かったドアの前で止まる。

 小さく3回ノックをすると、女従業員が室内へ声を掛けながらゆっくりと『休憩室』のドアを開いた。

 そして俺が入りやすいように、ドアを開いた状態で固定する。

 俺が中に入ると、女従業員は静かにドアを閉めて、奥に置かれた三人掛けのソファーへ向かった。


「大丈夫ですか? 起きられますか?」


 女従業員の気遣うような優しい声音に、ソファーで横になっていた人物がのそのそと起き上がる。


「ハイ。大丈夫デス」


 そう答えて顔を上げた栗色の髪の少女を見た俺は、思わず息を呑んだ。


 一目でわかるほど赤く腫れ上がった左頬。

 切れた唇からはまだ少し血が(にじ)んでいる。


「どうしたんだ? その顔」


 思わず零れ落ちたその言葉をヒメナがへらへら笑いながら、すかさず拾った。


「そんなに酷いデスか?」


 言いながら、自分で腫れた左頬を触り、痛みに顔をしかめる。


 そんなヒメナを気遣うように、女従業員が三人掛けソファーの前のローテーブルに用意された水盆から濡れたタオルを取り出し、ヒメナの腫れた左頬にあてがう。


 女従業員に礼を言うと、ヒメナは患部を濡れタオルで冷やしながら、俺と向き合った。


「でも、見た目ほど酷くはないんデスヨ」

「十分酷いだろう。いったい何があったんだ?」


 この顔の腫れかたは明らかに誰かに殴られたものだ。

 しかもよく見ると、髪はボサボサで、服も土や砂で薄汚れている。

 心配する俺の様子に気づいたのか、ヒメナがいつもののほほ~んとした笑顔を俺に向けて言った。


「大丈夫デスよ。ちょっと殴られただけですカラ。このくらいなら慣れてマス」


 その瞬間、俺は自分の体温が一気に上昇して、血液が逆流するような熱い感情に支配された。


「そんなことより、これを見てクダサイ。ほらっ、ちゃんと取り戻したんデスヨ」


 俺がどんな心境になっているかなんて気づかずに、ヒメナがニコニコと笑いながら、無地の巾着袋を右手で高々と掲げる。


「良かったデス。無事に返ってきて。ちょっと怪我しちゃいましたケド、これはいわば名誉の負傷というやつで――」

「へらへら笑うなっ!」


 我慢の限界だった。


「何をへらへら笑っている? 何が名誉の負傷だ? 下手をすれば殺されていたかもしれないんだぞ!?」


 激情に任せて、怒りをぶち撒ける。

 それでも怒りは収まらず、むしろ沸々と湧き上がっていく。

 俺はやり場のない苛立ちを固く握りしめると、今にも泣き出しそうなヒメナを一瞥(いちべつ)して、(きびす)を返した。


「イサ……」

「少し頭を冷やしてくる」


 背中に投げ掛けられたヒメナの弱々しい声に、俺は振り向くことなく答える。


「ヒメナは先に部屋へ行って休んでいろ。俺もしばらくしたら戻る。――それと、怒鳴って悪かった」

「……」


 背後からヒメナの視線を痛いほど感じるが、今ヒメナの痛々しい姿を見たらなんとか保っている正気が失われそうで、俺はそのまま前だけを見て進んだ。

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