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不信、すれ違う心

ヒメナ「イサはコーヒー派デスか? 紅茶派デスか?」

イサ「唐突になんだ?」

ヒメナ「ヒメナさんは紅茶派デス。だって、コーヒーって苦いじゃあないデスか?」

イサ「その苦味がコーヒーの醍醐味だろう?」

ヒメナ「スミマセン。ヒメナさんにはコーヒーの良さがわかりません」

 ヒメナとの心の距離が縮まらないまま、それでも何事もなかったかのように2人で旅を続けている。

 できれば、ヒメナのことをもっと知りたい。

 だが、俺にはそれを訊く資格はない。

 訊いたところで、ヒメナも答えてはくれないだろう。

 何一つ語ってくれない相手に心を開くことは不可能だ。

 一方的に心を開かせようとしても、ますます頑なに心を閉ざしてしまうか、信じることを止めてしまうだろう。

 だから、せめてヒメナからの信頼だけは失わないようにしようと、モヤモヤとした心を無理やり抑え込んだ。




「うわぁ。お店がいっぱいデスねェ」


 同じようなレンガ造りの建物が並ぶ街並みを見てヒメナが歓声を上げる。


 ここは、職人と工芸品の街エルノだ。

 その名の通り表通りに面したショーケースの中には職人自慢の品々が惜しげもなく飾られている。

 陳列された商品は店ごとに特色があり、見ていて飽きない。


「イサ、見てクダサイ! あそこのお店の商品、細工がとっても綺麗デス」


 銀細工の専門店なのか銀製品で埋め尽くされたショーケースをヒメナが指差す。


「あっ、あっちのお店もスゴいですヨ!」


 ウキウキとしているヒメナは、まるで今にも飛び跳ねそうだ。


「はしゃぐのはいいが、よく前を見て歩け。危ないだろう?」

「大丈夫デスヨ。子どもじゃあないんデスか、らっぁ!」


 注意したそばから、ヒメナが大きな音を立てて、顔面から盛大にころぶ。

 しかも、締め方が甘かったのか、ヒメナの背負っていたリュックからは荷物が飛び出すという悲惨な状況だ。

 おもわず、通行人達も足を止めてヒメナに注目する。


「ヒ、ヒメナ? ……生きているか?」


 顔面が真っ平らになってもおかしくないほど勢い良く転んだまま、ぴくりとも動かないヒメナに恐る恐る声を掛ける。

 もしかしたら、打ち所でも悪かったのかと心配して、助け起こそうとした時、ヒメナがうめき声を上げながら、のそのそと動き出した。


「うぅ。おでこが痛いデス」


 レンガ敷きの道にへたり込んだまま、ヒメナが両手で額を優しくさする。

 見ると、確かにヒメナの言う通り、額が少しれて赤くなっているが、問題はそこじゃない。


 ――何故、鼻は無傷なんだ?


 普通、顔面から転んだら、まず鼻を怪我するものではないのか?

 いったい、どんな器用な転び方をしたんだ?


「ぷっ!」


 俺と同じ事を思った奴がいたのか、足を止めてヒメナを見ていた通行人の1人が吹き出した。

 それにつられて、周りの人間達も一斉に笑い出す。

 一瞬で笑いの渦がその場を支配する。


「ヒメナ。大丈夫か?」


 笑いをかみ殺しながら、笑いの中心にいるヒメナへ手を差し出すが、ヒメナは俺の手を取ることなく自力で立ち上がった。


「だっ、大丈夫デス!」


 額だけでなく、顔中真っ赤にしながら、ヒメナが慌てて散らばった荷物をかき集める。

 そして、俺の手をつかむと、逃げるようにその場を去った。




「本当に、ここで良かったんデスか?」


 宿屋の一室で、背負っていた荷物をベッドに下ろしながら、ヒメナが尋ねる。

 あの後、俺の手を取り、人々の笑いの中心から逃げるように去ったヒメナは、いつにもまして素早く情報を集めて来た。

 そして、比較的評判の良かった宿屋をいくつか上げ、その中から俺がこの宿屋を選んだ。


「他の所に比べると少し料金が割増でしたケド」

「だが、ここ以外は表通りから外れた所にあっただろう」


 話しながら、自分の荷物を床に置くと、ベッドに腰を下ろした。

 当然だが、ヒメナが荷物を置いたベッドと、俺がいま座っているベッドは別物だ。


 この街は、職人と工芸品の街。

 つまり、工芸品を買いに来る客のために、宿泊施設も充実している。

 さすがに、注文してから数ヶ月~一年くらい掛かる場合は、一度故郷に帰って再度取りに来るほうが安く上がるだろうが、3日~7日くらいなら再度取りに来る時間と手間と交通費を考えれば、完成するまでエルノに滞在したほうが経済的だ。

 そのため、エルノの宿屋は連泊を基本とした構造になっており、1階が食堂、2階以上が客室の所が多い。

 ちなみに食堂だけの利用も可能なので、必ずしも宿泊している宿屋の食堂を利用する必要はないが、宿泊客には何らかのサービスがあるので、よほど『食』に対してこだわりがなければ、余所で食事をする意味はない。


「イサ。ここの食堂はガレットが人気らしいデスよ。色々な具材から自分で好きなトッピングを選べるそうデス。楽しみデスネ♪」


 声を弾ませながら、ヒメナがベッドに座って荷物の整理を始める。

 相変わらず『食』に対するヒメナの情報収集能力の早さに舌を巻きながら、自分も荷物の整理を開始した。

 それから、ものの数分後、ヒメナの短い悲鳴が上がる。


「無い! 無いデス」


 さっきの弾んだ声とは対照的に、ヒメナの声には焦りがにじんでいる。


「どうかしたのか?」


 見ると、ヒメナの顔はさっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように青く染まっていた。


「無いんデスっ。確かに、ここに入れていたんですケド……」


 顔面蒼白のヒメナがリュックの中をがさごそと掻き回す。

 とうとうリュックを逆さまに振って、中身をすべてベッドの上に出すが、やはり探し物は見当たらないらしい。


「よく探したのか? 何かの間に挟まっていたりはしないか?」

「見ましたケド、無かったデス……」


 今にも泣き出しそうなヒメナ。

 どうやら無くした物は、よほど大切な物らしい。


「どこかに置き忘れたとか、落とした覚えはないのか?」


 そう声を掛けた時、ふと赤くなったヒメナの額が目に入った。


「もしかしてあの時、落としたのではないか? さっき転んでリュックの中身をぶちまけていただろう」

「あっ!」


 ヒメナが飛び上がる。


「そうかもしれません! ヒメナさん、ちょっと見て来マス」

「1人で大丈夫か?」

「ハイ! まだ明るいデスし、すぐ戻ってきますヨ。イサはゆっくりしててクダサイ」


 慌てて部屋から飛び出して行くヒメナを俺はそのまま見送った。

 ヒメナの言う通り、外はまだ日が出ているし、転んだ場所もここからそれほど離れていない大通りだ。

 ヒメナ1人でも問題はないだろう。



 宿に残った俺が荷物の整理を終え、ふと窓の外に目線をやると、橙色の西日が俺の目を眩ませる。

 どうやら、じきに日暮れらしい。


 ――遅いな。


 荷物が散らかったまま放置された(から)のベッドを眺める。

 明るいうちに出て行ったヒメナが未だ戻らないことに、一抹の不安を覚えた俺は、ヒメナを探しに行くためフード付きのマントへ手を伸ばした。

 その時、ドアをノックする音がして、俺の返事を待たずヒメナが無言で入って来る。

 俯いたまま、肩を落として、とぼとぼと力なく歩くヒメナの様子だけで、結果は訊かなくてもわかった。


「見つからなかったのか?」


 俺の問いかけに、俯いたままのヒメナが力なく頷く。

 普段のヒメナからは想像できない落ち込みように、俺はかける言葉がなかった。

 しばしの沈黙のあと、居たたまれなくなった俺は慰めるつもりでヒメナに声を掛ける。


「その、……無くした物はそんなに価値のある物だったのか?」

「……その物自体に価値はアリマセン。ただ――」

「そうか。それなら残念だが、諦めて新しい物を買ったらどうだ? 幸いにもというべきか、ここは職人と工芸品の街だ。探せば、似たような物があるだろう?」


 ヒメナが勢い良く顔を上げる。

 揺れる焦げ茶色の瞳が俺をまっすぐ射抜き、唇が何かを訴えかけるように何回か開くが、声になることはなく、最終的にぎゅっときつく結ばれた。

 そして次の瞬間、何事もなかったかのようにいつも通りのほほ~んとした笑みを浮かべたヒメナがそこにいた。


「それもそうデスね。無くしたのは残念ですケド、見つからないものはどうしようもアリマセンし。あっ! そういえば、そろそろお腹が空いてきましたネ。下の食堂へ行きショウ」


 ヒメナがあまりにもいつも通りに笑うものだから、俺は気にも留めなかった。

 この時、ヒメナがどんな気持ちで言葉を飲み込んでいたのかを。



 夕食には少し早い時間だったからか、食堂は比較的空いており、注文した料理が次々と運ばれてくる。

 ヒメナが事前に調査していた通り、オススメのガレットは特に美味しかった。

 ヒメナもいつものように幸せそうな笑みを浮かべながら料理に舌鼓を打つ。

 何もかもがいつも通りだったから、食事を終えて部屋へ戻る途中、ヒメナがこんなことを言っても疑うことはなかった。


「ヒメナさんはちょっと寄る所があるので、イサは先に部屋へ戻っていてクダサイ」

「どこへ行くんだ?」

「レディーにそんなこと聞くもんじゃあアリマセン」

「……わかった。先に戻っているぞ」


 俺は素直に背を向けると、部屋へと向かった。


 部屋に戻った俺は、荷物を整理した時に買い足さなければならないと思った物を忘れないうちにメモする。

 その後、剣や道具の手入れに没頭し、気づけばすっかり夜も更けていた。

 窓から覗く夜空には下弦の月がぼんやりと浮かんでいる。


 ――そろそろ寝るか。


 手入れしていた道具を片付け、ふと顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、散らばったままの荷物と空っぽのベッドだった。


「ヒメナ?」


 思わず、口をついて出る。

 そして固まっていた思考が一気に動き出した。


「ヒメナ!? どこだ?」


 顔から血の気が引いていくのがはっきりとわかる。

 ぐるりと部屋中を見渡すが、狭い部屋に隠れられるような場所はない。

 そもそも夕食の後から、俺はヒメナの姿を一度も見ていない。

 つまり夕食後に別れたきり、ヒメナはまだこの部屋に戻って来ていないということだ。


 俺はフード付きのマントをひっつかむと、部屋を飛び出す。

 そしてまず、夕食を食べた一階の食堂。

 次に、トイレとシャワー室を調べた。

 もちろんトイレとシャワー室の中は、事情を話して女性従業員に確認してもらったが、利用者はいなかったらしい。


 ――いったい、どこに行ったんだ?


 宿屋の中はくまなく探したが、ヒメナの姿はどこにもなかった。

 一瞬、他の宿泊客の部屋に連れ込まれたのではないかという考えが浮かんだが、すぐにそんな物好きはそうそういないと思い直す。

 それに、もし無理やり部屋に連れ込まれそうになったら、誰だって抵抗するだろう。

 しかし俺が聞いた限りでは、言い争う声や不審な物音を聞いた人間は1人もいなかった。

 つまり、ヒメナは自分の意志で宿屋を出て行ったことになる。


「あの……」


 宿屋の廊下で、これまでの情報を整理していた俺に誰かが声をかける。

 声の主を見ると、先程トイレやシャワー室の確認を頼んだ女性従業員だった。


「まだ見つからないんですか? ……その、お連れ様は」


 20歳前後くらいの若い従業員が心配そうに訊ねる。

 おそらく先程ヒメナの説明をする時、12~13歳くらいで栗色の髪をした少女と伝えていたため、ヒメナの年齢を勘違いしているのだろう。

 しかし、訂正するのも面倒なので、そのまま話を続ける。


「ああ。宿屋にはいなかった。どうやら外に行ったみたいだな」

「外って……。こんな遅くに?」


 従業員の女が窓の外に目を向ける。


「これからこの辺りを探してくるつもりだ。もし入れ違いでヒメナが戻ってきたら、部屋でおとなしくしているように伝えておいてくれ」


 そう言い残して、さっさと立ち去ろうとした俺の背中に慌てたような声が投げかけられた。


「ちょっと待って下さい!」


 俺が振り返ると、女はエプロンのポケットからメモとペンを取り出し何かを書くと、そのメモを俺に手渡した。


「これは?」

「そこに書いた場所は自警団の詰所なんです。常に誰かはいますし、交代で巡回もしてますから、まずはそこに行ってみて下さい。何かわかるかもしれません」


 自警団とは、村や町など独自で有志を募って作られた組織で、主にその町の治安を守ることを目的としている。

 自警団の規模は各町村で異なるが、エルノの街ではいつも誰かが詰所にいるということを鑑みると、それなりに大規模な組織らしい。


「そうか。気遣いに感謝する」


 自警団の詰所の場所を書いたメモを受け取ると、俺は踵を返して外へと向かった。

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