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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー3・4日目ーー
34/41

長い夜、イサの秘密

ヒメナ「イサ。秘密ってなんデスか?」

イサ「それをここで訊くのか?」

ヒメナ「だって、気になるじゃあないデスか」

イサ「それは、この後じっくり話してやる」

ヒメナ「疲れているので、できれば手短にお願いしマス」

イサ「……いい度胸だな」

「もう、すっかり夜デスねェ」


 旅館へと戻る道すがら、ヒメナが空を仰いでそう呟く。

 あれから事故現場に戻り、なんだかんだと治療や事後対応を手伝っているうちにいつの間にかすっかり日が落ちて暗くなってしまった。


「あとはこちらでなんとかするから。ありがとう、助かったよ」


 そうソルに促され、俺は中央広場でおとなしく待っていたヒメナを回収すると旅館へと向かう。


「あ、そういえばイサも何か食べたんデスか?」


 いきなり空を仰いでいたヒメナがくるりと振り向く。


「ヒメナさんはみんなに配られたパンとスープを頂きましたヨ。美味しかったデス」


 ソルが都市の上役に掛け合って、無料で食事が提供されることになり多くの人間が列を作ったが、その列にヒメナも混ざっていたらしい。


「俺もパンとスープをもらった。ちょうど一息ついた時、応急処置をしてやった怪我人の家族がわざわざ俺の分も持って来てくれたからな」


 そんなくだらない話をしながら、俺とヒメナは歩いた。

 疲れのためか、旅館へと向かう足取りは何故か重い。

 ふと見上げた空には満天の星が(はかな)げに(またた)いていた。


 旅館へと戻った俺達は、それぞれ別の特別室に入った。

 今夜ソルとリリィは診療所に泊まり込むらしいので2人から許可をもらい、俺はソルが、ヒメナはリリィが使っている特別室を使わせてもらうことになったからだ。

 特別室に戻った俺はこのまま寝てしまおうかとも思ったが、疲れているはずなのに何故だか目が冴えて眠れる気がしないので、仕方なく目についた荷物の整理を始める。

 手早く必要な物と不要な物を分け、順調に作業していた俺だったが、奥底にしまっていたある物を手にしたとたん、これまで順調だった動きが止まった。


 そういえば、あとで捨てようと思って奥底にしまっていたのをすっかり忘れていたな。

 手にした童話入りの紙の袋をジッと見つめる。

 ヒメナのためにと買った物だったが、結局渡す機会を失してそのままか。

 この本を買った時のこと、そしてその後の一連の流れを思い出して苦笑いする。

 その時、不意に外扉をノックする音が聞こえた。

 びくっと悪戯が見つかった子どものように緊張が走った俺の耳に、続けて遠慮がちなヒメナの呼び声が届く。


「あの~。イサ~。まだ起きてマスか?」

「ああ。今行く」


 俺は返事をすると、手にしていた童話入りの袋を再度荷物の奥底にしまい込み、ドアへと向かった。


「どうした? 何かあったのか?」


 ドアを開け、ひとり(たたず)むヒメナに声をかける。

 ヒメナは手燭など何も持っていなかったが、ふんだんに蝋燭を使った廊下は夜でも明るくはっきりとヒメナの顔がわかる。


「あの、スミマセン。もしかして起こしてしまいましたか?」


 口調はいつもと変わらないが、表情はいつもののほほ~んとした顔ではなく、どことなく陰があるように見える。


「いや。まだ起きていたから気にするな。それより、どうかしたのか?」


 俺の問いかけにヒメナが少し躊躇(ためら)いをみせる。

 そして、もじもじと恥ずかしそうにしながら上目遣いでこう言った。


「あの~、少しだけ中に入れてもらってもいいデスか? なんだか眠れなくて」

「それは誘っているのか?」

「えっ!?」


 おそらくそういう意味ではないとわかってはいたが、一応牽制の意味を込めて相手の反応を窺う。

 ヒメナは最初ぽかんとしていたが、すぐに自分の発言と俺の台詞の意味がわかったらしく、一瞬で顔が真っ赤に染まった。


「ちちちち違いますヨ! そういう意味じゃあないデス。ただ寝ようと目を閉じても今日の出来事が(まぶた)の裏に焼き付いていて、だからそのっ!」


 いつも大抵のことには動じないヒメナが珍しく慌てふためく。


「そ、それにイサが昼間言ってたじゃあないデスか。今晩ヒメナさんに話があるって! それなのに、あんな事故があって結局まだ聞けてなかったなァ~と思い出しまして。だから、その、けしてやましい気持ちで言ったわけではなくてデスね」

「わかった。もういい」


 あまりにも必死で弁解するヒメナが面白くて苦笑しながら制止する。


「そうだったな。わざわざ来てもらってすまない。少し話をしようか」


 俺も疲れていたためすっかり忘れていたが、さすがにこのまま黙って別れるのも気が引けるし、せっかくヒメナのほうから話す機会を与えてくれたんだ。

 最大限利用させてもらおう。


 俺はヒメナを室内に招き入れると応接間の長椅子を案内した。

 ヒメナが長椅子に座ったことを確認してから、俺はテーブルを挟んで向かい側にある1人掛けのソファーに腰を下ろす。


「何か飲み物でも用意するか?」


 長話になると思い気を使ってみたが、ヒメナは少し俯いたまま首を横に振った。


「お気遣いありがとうございマス。だけど、大丈夫デス。それよりも話ってなんデスか?」


 取り繕うようにヒメナが無理やり作った笑顔を俺に向ける。

 その笑顔に引っかかるものを感じながらも、せっかくヒメナのほうから水を向けてくれたので、俺はゆっくりと口を開いた。


「そうだな。何から話そうか?」


 ここでヒメナと別れるつもりだということ。

 ソルにヒメナの今後の便宜を図ってくれるよう頼んでいること。

 今までのヒメナへの感謝の気持ち。

 伝えるべきことはきちんと頭に入っているのに、いざ言葉にしようとすると色々な思いが混ざり合ってなかなか上手く言葉にならない。


 ここはやはりこれまでの感謝から入るべきだろうか?

 だが、それだとあまりにも唐突過ぎる。

 かといっていきなり別れ話から入るのも変だし、何よりあとの話へ繋げづらい。

 なんとか、不自然にならないように話を持っていけないものだろうか。

 何かきっかけはないものかと無駄に視線をさまよわせる。

 その時ふと、例の童話が頭を(かす)めた。


 ――そうだ。まずあれを渡して、その後感謝へと繋げていけば自然な感じになるはずだ。


 俺はヒメナに一言断ると席を立ち、別室に置いていた荷物の奥底から例の袋を取り出した。

 そしてそれを持ったまま席に戻り、ヒメナへと手渡す。


「あの~。イサ、これって……」


 ヒメナが困惑した顔で俺を見る。

 どうやらそれがリリィと買い物に行った際の戦利品の中に紛れていた俺が買った本が入った袋だと気がついたらしい。


「言っておくが、中身はヒメナが想像しているような物ではないからな」


 ヒメナが何か言う前に先手を打つ。


「いいから開けてみろ」

「わかりましたヨ」


 俺に促されて、ヒメナがおそるおそる袋を開く。

 そして、中身を取り出した第一声が――。


「なんデスか、これ? なんか表紙に絵が描いてありマス」

「童話だ」


 不思議そうに表紙の絵を眺めるヒメナにそう説明する。


「子ども向けの物だが、字を覚えたばかりのヒメナにはちょうどいいだろう? 何か一冊読み切れば自信もつくし、それから少しずつ難しい本にも挑戦していけばいい」

「もしかして、ヒメナさんのためにわざわざ買って来てくれたんデスか?」


 目を丸くしたヒメナがまっすぐ俺を見る。

 そのまっすぐな視線に俺は気恥ずかしさを感じて目を逸らした。


「俺はただリリィの買い物があまりにも長くて退屈だったから、ほんの暇つぶしで入った古本屋で、たまたまそれを見つけただけだ。わざわざヒメナのために買いに行ったわけでは断じてないからな!」

「そうデスか」


 あまりにもあっさりとした返答に思わずちらりとヒメナの様子を窺う。

 すると――。


「それでも嬉しいデス。ありがとうございます。一生、大切にしマス」


 童話を胸に抱きながら、ヒメナが満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔は、美味しい物を食べた時にみせるこの世の幸福を独り占めしたような笑顔と匹敵するほどの輝きだ。

 こんなことなら、最初から素直にヒメナへの土産だと言って渡していれば良かった。

 そうすれば、ヒメナに八つ当たりすることも、ヒメナを傷つけることもなかったのに。

 ずきんとする胸の痛みを隠しながら、俺は努めて平静を装い、ヒメナに言わなければならない言葉を伝えた。


「気に入ったのなら何よりだ。ヒメナには世話になったしな。最後にせめてもの礼だ」

「えっと……。最後ってどういうことデスか?」


 ヒメナの顔からさっきまでの輝きは消え、引きつった笑顔に変わる。


「最後って。それじゃあ、まるでもう会えないみたいじゃあないデスか?」

「そうだ。ヒメナとはここでお別れだ」


 ヒメナとの別れはギトカでも経験している。

 その時のヒメナは飄々(ひょうひょう)としていて、笑顔で短い別れの言葉を交わしただけで、あっさりと俺の前から姿を消した。

 だから、てっきり今回も同じような反応をするとばかり思っていたのに。


「どうしてデスか?」


 ヒメナは俺の言葉に目を見開くと、そう呟いた。

 俺が贈った本をぎゅっと抱きしめ、一瞬で陰った顔をゆっくりと伏せる。


「ヒメナさんが役立たずだからデスか? だからイサも、ヒメナさんがいらないんデスか?」

「いったい何を?」

「今日、ヒメナさんは何もできませんでした。リリィさんはいち早く動いて、その後もずっと怪我人の治療をしていたのに。それなのに、ヒメナさんは何もできませんでした。みんな役立たずは必要ないんデス。だからイサもヒメナさんがいらないんデス」


 俯いているため表情は見えないが、今にも泣き出しそうなヒメナの声。

 それにこの台詞。

 その時、不意にギトカで酔っ払ったヒメナが俺に零した言葉を思い出した。


「みんなヒメナさんのことが邪魔なんデス」

「みんなヒメナさんのことが嫌いなんデス」

「役に立たなくなったら、みんなヒメナさんのこと捨てるんデス」


 そして今の言葉。


「みんな役立たずは必要ないんデス。だからイサもヒメナさんがいらないんデス」


『みんな』と言った。

『イサも』と言った。

 以前も今も必ず対象は複数だ。


 そうしたら、ヒメナがなんでも小器用にこなすのもわかる気がした。

 最近はあまり言わなくなったが、以前よく何かした後で「褒めてくれてもいいんデスヨ」とか「もっと褒めてクダサイ」とか言っていたのも単なる軽口ではなく、『自分の存在を認めて欲しい』『自分の居場所が欲しい』という切なる気持ちからだったのかもしれない。


 俺は俯いて小さくなったヒメナを改めて見つめた。

 この小さな身体で今までどれほどの苦難を味わってきたのだろう?

 このまま労って優しくしてやりたい。

 だがそれをしてしまうと、ヒメナは同情されたと思うだろう。

 憐れみでは、ヒメナの心には届かない。

 俺は差し出してしまいそうになる手をぎゅっと握り締めると、心を鬼にしてヒメナを突き放した。


「思い上がるな」


 酷い言葉を浴びせられ、小さくなったヒメナがますます小さく縮こまる。

 その様子に心が痛むが、ここでやめてしまっては意味がない。

 大切なのはその場限りの優しさではなく、心の拠り所を作ってやることだ。

 覚悟を決めた俺は大きく息を吸い込むと、ヒメナに酷い言葉を浴びせ続けた。


「リリィはすぐに動けたのに自分は何もできなかったって? そんなことは当然だろう。今回のことはリリィが幼い頃から医学を学び、たゆまぬ努力を続けた結果なのだから。簡単な医学の知識すらないヒメナがリリィと同じように動けるわけがない」


 小さく俯いたままの無言の背中にさらに追い打ちを掛ける。


「先程のヒメナの言葉は、これまでのリリィの努力をすべて否定し侮辱したも同然なんだぞ。わかっているのか?」

「……ヒメナさんは、そんなつもりじゃぁ……」

「どんなつもりだろうと、リリィの努力を軽んじたことは事実だろう?」


 消え入りそうなヒメナの反論をばっさりと切り捨てる。

 そして、小刻みに身体を震わすヒメナにある事実を伝えた。


「それにヒメナは自分を役立たずだと言ったが、それならあの場にいたリリィ以外の人間は、俺も含めてすべて役立たずということになるぞ?」

「そんなことありませんヨ!」


 思わず顔を上げたヒメナは潤んだ瞳を手の甲で拭うと、童話を抱きしめながら、まっすぐ俺を見た。


「だってイサはあの時、パニックになった人達を一瞬で落ち着かせたじゃあないデスか。その後も的確な指示を出して、怪我人の手当てもして……。ヒメナさんとは全然違いマス」


 落とした視線から溢れ出る涙。

 それを無言で拭うヒメナに、俺はヒメナが気づいていない真実を淡々と伝える。


「それを言うなら、ヒメナだって診療所まで応援を呼びに行っただろう。何もしていないわけではない」

「それは……。イサに言われたカラ」

「そうだ。俺はあの時、ヒメナなら誰よりも早く確実に応援を呼んできてくれると思った。そして、ヒメナは俺の期待に応えてくれた」


 ヒメナが物言いたげに俺を見る。

 不安と疑心の混じった目で。

 その視線に気づかない振りをして、俺は話を続ける。


「いいか? 本当の役立たずというのは、自分に与えられた役割を全うしようともせず、それを恥とも思わない人間のことだ。確かにヒメナは怪我人の治療をするという点では、戦力にならなかったかもしれない。だが、ヒメナはヒメナに与えられた役目を立派に果たしたんだ。力が及ばなかったことを悔いることはあっても、恥じることなどひとつもない」


 大きく見開かれたヒメナの目がうるっと光る。

 その光はそのまま瞳から零れ落ち、ヒメナの頬を濡らす。


「アレ? どうしてデスか? 涙が出て……」


 それ以上は言葉にならなかった。

 静かな部屋の中にヒメナの嗚咽(おえつ)だけがわずかに響く。

 身体を丸め、なるべく声が出ないように唇を噛みしめてでもいるのか、声を押し殺して泣く様はずいぶん痛々しい。

 思わず手を伸ばしそうになるが、すぐに気づいて自分の方へ引き寄せる。

 ヒメナの涙の理由が何であれ、1人で乗り越えなければ意味がない。

 俺は何もせず、ただ黙ってヒメナの涙がとまるのを見守っていた。

 


「あの、すみませんでした。子どもみたいに泣いたりして。恥ずかしいデス」


 少し目を腫らしたヒメナがはにかむように笑う。

 その表情はどこかすっきりしたように見える。


「ありがとうございました。やっぱりイサは優しいデスネ」

「俺は何もしていない。それに優しいのはヒメナのほうだろう?」


 俺はきょとんとするヒメナに今日の昼間ヒメナが迷子を保護しているところを見かけたことを説明した。


「えっ! みみみみみ見てたんデスか? どどどどどどこからデスか!?」


 完全に動揺した様子のヒメナが顔を真っ赤にする。


「何も恥ずかしがることはないだろう? 俺が見かけた時はちょうど迷子の親が見つかったところだったが、その後残ったもう一人の迷子がぐずった時、祭りで拾った飴をやっていたな。あれだけ食べるのを楽しみにしていたのに」

「……違いマスヨ」


 ヒメナがボソッと呟く。


「ヒメナさんは全然優しくなんてないデス。だって、ヒメナさんはヒメナさんのために迷子を慰めていたんですカラ」

「どういう意味だ?」

「泣いている子どもを見ると、かつての自分を思い出すんデスヨ。迷子をかつての自分と重ね合わせて、あの時自分がして欲しかったことを今の自分がしているだけなんデス」


 一呼吸おいて、ヒメナが吐き捨てる。


「ただの自己満足デスヨ」


 自嘲に満ちたその言葉に俺はヒメナの心の闇が思いのほか根深いことを知った。

 ヒメナの心はまだ完全に闇から解放されてはいないのか。


「ヒメナ」


 俺はヒメナの名を呼ぶと、しっかりとヒメナの目を見て話し出した。


「自己満足の何が悪い?」

「えっ?」

「この世に頭のてっぺんから足の爪先まで善意の塊で出来ている人間なんて存在しない。自己満足? 結構じゃないか。大切なのは相手がそれをどう受け止めたかだろう?」

「でも……」

「迷子達は家族とはぐれ不安でいっぱいだった時にヒメナに声をかけてもらってきっと嬉しかったと思う。一緒に家族を探してくれて心強く思っただろう。少なくとも俺の目には、迷子がヒメナに感謝していたように見えたぞ」

「……本当に、そう思いマスか?」


 瞳の中でヒメナの感情が揺れ動く。

 その不安定な目をしっかりと見据えながら、俺ははっきりと断言した。


「ヒメナは役立たずなんかではない。何故ならヒメナは救っただろう? 迅速に応援を呼んできてたくさんの怪我人の命を。迷子達の不安な心を。それにかつての自分自身を。もう一度言う。ヒメナは役立たずではない。だからもう自分を卑下するのはやめろ」

「ありがとうございマス」


 ヒメナが穏やかに微笑む。


「イサがそう言うのなら、ヒメナさんも信じてみようと思いマス」


 微笑んだヒメナの瞳から一粒の涙が零れ落ちる。

 そこには無力で泣いてばかりいた、かつての子どもはもういない。


「だから、教えてクダサイ」


 零れた涙を拭い、ヒメナが真剣な眼差しで俺をまっすぐ射抜く。


「ヒメナさんが役立たずでないのなら、どうしてイサは急にヒメナさんと別れようと思ったんデスか?」


 まっすぐな、どこまでもまっすぐなヒメナの心が俺の胸へと突き刺さる。


「イサは気まぐれでそんなことを言うような人じゃあないデス。何か理由があるんですよネ? その理由を教えてクダサイ。そうでないと、ヒメナさんは納得デキマセン!」


 ヒメナの主張はもっともだ。

 俺が逆の立場だったら、きっとヒメナと同じように思っただろう。

 だが、本当のことを話すわけにはいかない。

 ヒメナから目を逸らして沈黙を貫く俺をヒメナの無言の視線がチクチクと刺す。

 しかし、この気まずい空気に耐え切れなかったのか、ヒメナが先に口を開いた。


「イサは優しいからヒメナさんを慰めてくれただけで、本当はヒメナさんが役立たずだから一緒にいるのが嫌になったんデスか?」

「違う!」


 思わずそう叫んでいた。

 視線と視線がぶつかる。


 ――ああ。この目に嘘はつけない。


 目が合った瞬間、瞬時にそう悟った。

 逃げることなどできるわけがない。

 まるで何もかも見透かしたような、このまっすぐな瞳から。

 俺はごくりと生唾を飲むと、しっかりとヒメナを見据えて口を開いた。


「ヒメナは何も悪くない。これは俺の一方的なわがままだ」

「つまり、イサはもうヒメナさんと一緒にいたくないってことデスか?」

「そうではない。ただこれ以上一緒にいればヒメナに危害が及ぶかもしれない。だから……」


 言葉を濁した俺にヒメナがさらに深く追及してくる。


「危害というのは具体的にどういうことデスか?」

「……俺と一緒にいることによって怪我をしたり、最悪死んでしまう場合もあるということだ」

「答えになってないデス。ヒメナさんが知りたいのは、どうしてそんなことになるのか、その理由と原因デス」


 ヒメナに嘘はつけない。

 だが、すべてを話すわけにはいかない。

 しかし、曖昧な表現でごまかすこともできそうにない。

 しばし考え込む。

 その間、ヒメナは律儀に黙って俺の回答をじっと待っていた。



「どうして俺が赤緑の医療団創始者の直系であるソルとリリィの2人と親しくしているのか疑問に思ったことはないか?」


 考えた末に出て来た言葉がこれだった。


「普通なら自分か家族が赤緑の医療団の関係者でもない限り、赤緑の医療団の人間と個人的に親しくなることは難しい。それなのに、どうして赤緑の医療団の関係者でもない俺があの2人と個人的な付き合いがあると思う?」


 ヒメナは何も答えない。

 ただ目が「それが今の質問とどう関係があるんデスか?」と雄弁に語っている。

 俺は薄く笑うと、ヒメナの無言の質問に答えた。


「赤緑の医療団はある『力』とそれを使うことによる肉体への影響について長年研究してきた。俺が赤緑の医療団創始者の直系であるあの2人と付き合いがあるのは、その『力』を俺が持っているからだ」

「『力』デスか?」

「ああ。この『力』は遺伝性のものらしい。ただ必ず親から子へ受け継がれるわけではなく、孫や曾孫の代になって現れることもあるとか。ソルが言うには『力』の因子は必ず遺伝するが、それが『力』となって表面に出て来るには個人の資質や育成環境が大きく起因しているのではないかということだ」

「すみません。もう少しわかりやすく説明してもらえマスか?」

「例えば……そうだな。『力』を花に、『力の因子』を種に置き換えるとわかりやすいか?」


 俺は顔中に?マークを浮かべたヒメナに説明を続ける。


「ある植物から種を3つ採取したとする。そのうち1つは鳥に食べられ、1つは粉々に砕かれ、1つは土に埋められたとすると、発芽する可能性のある種はどれだと思う?」

「それはもちろん、土に埋められた種デス」

「そうだな。採取した段階ではまったく同じ可能性を持っていても、その後の環境次第で発芽できるかどうかが決まる。それに発芽しても、途中で枯れたり、虫や動物に食べられたりしたら、花は咲かない。つまり育成環境と外的要因、この2つが上手く噛み合わさった時のみ『力』を使えるということだ。どうだ? わかったか?」

「なんとなくわかったような、わからないような……」


 難しい顔をしたヒメナが眉間にシワを寄せて考え込む。

 そして、これ以上考えても埒が明かないと悟ったのか、話題を次へと移した。


「つまり、イサは何らかの『力』を持っていて、赤緑の医療団はその『力』を研究しているわけデスね? でも、それがどうしてヒメナさんに危害が及ぶかもしれないっていうことと関係があるんデスか?」


 真っ正面から俺を射抜くヒメナの視線に俺は深呼吸をすると覚悟を決めて、かつて俺がリリィにしてしまった過ちを語り始めた。


「そうデスか。そんなことが……」


 俺が『力』でリリィに大怪我を負わせ、リリィには今も当時の傷痕が残っていることを説明すると、これまで黙って真剣に話を聴いていたヒメナがぽつりとそう呟いた。


「今でこそ、ほぼ完璧に『力』を制御できるようになったが、当時はまだ未熟で『力』が不安定でな。……いや。言い訳はよそう。俺がリリィを傷つけてしまったことは事実だからな」

「今の説明を聴いて、なんとなく納得がいきましたヨ」


 神妙な顔をしたヒメナが1人で何度も頷く。


「だけど、今の説明だけだと不十分デスよね?」


 さっと顔を上げたヒメナが、完全に油断していた俺の隙をつく。


「さっきイサは『ほぼ完璧に力を制御できるようになった』って言ってましたケド、それならどうして急に『力』のことを気にし出したんデスか?」

「それは……」

「それに、そもそもイサの『力』ってどんなものなんデスか?」


 直球なヒメナの質問に言葉を詰まらせる。

 しかし、ここまできて『力』を隠し通すことは難しい。

 そう判断した俺は、両手を組み合わせると口を開いた。

 首を絞められているような酷い息苦しさを感じながら――。


「俺には手で触れることなく周囲の人や物を切り裂くことができる。それが俺の『力』だ」


 努めて穏やかに話す。

 しかし、対照的に心臓が早鐘となって胸を突き続ける。


 ヒメナの反応が怖い。

 次に俺を見るヒメナの目が怖い。

 その目の中に『恐怖』や『嫌悪』が映っていたら……。


 脳裏を過ぎる初陣の日の光景。

 口々に「化け物」と叫び、俺に石を投げつける村人たちの姿。

 肌を刺すような悪意に満ちた視線。


 組み合わせていた両手に自然と力が入る。

 だが、このまま逃げるわけにはいかない。

 俺は意を決すると、まっすぐにヒメナの顔を見た。

 ヒメナは頭がついていかなかったのか、ぽかんとしたまま何度も瞬きを繰り返す。

 ようやく頭が働き出したのか少しずつ瞬きの回数が減り、そしていつもののほほ~んとした笑顔を俺に向けて、こうのたまった。


「それがイサの『力』デスか? お肉を適当な大きさに切り分ける時とか便利そうデスネ」


 ……いやいやいや。

 おかしいだろう!?

 何故今までの話を聞いていて、この台詞なんだ?


「ヒメナ。俺の話を聞いていなかっただろう?」

「失礼な! ちゃんと聞いてましたヨ」


 ぶぅとヒメナが頬を膨らませる。


「それなら何故そんな台詞が出て来るんだ?」


 俺は平静を装いながら、ヒメナをまっすぐに見据える。


「俺がその気になれば、今この場で指一本触れることなくヒメナを細切れにすることだってできるんだぞ。普通、気味が悪いとか怖いとか思うものだろう?」

「どうしてデスか?」

「どうしてって……」

「だってイサはそんなことしないじゃあないデスか」


 妙にきっぱりとヒメナが言い切る。


「何故そう言い切れるんだ?」

「だって、もしイサがヒメナさんを細切れにするつもりなら、これまでいくらだって機会はあったじゃあないデスか。今、こうしてヒメナさんが生きていることが何よりの証拠ですヨ」

「今まではそうでも、いつ俺の気が変わらないとも限らないぞ」

「イサは理由もなくむやみに人を傷つけるような人間ではありませんヨ」

「だが、リリィに大怪我をさせた」

「それは『力』が不安定だったせいデスよね? だからリリィさんもイサのことを許したんじゃあないデスか?」

「どうして許したとわかる?」

「そうでないと、イサとあんなふうに接したりはしませんヨ」

「それでも『力』でリリィを傷つけた事実は変わらない。それにほぼ完璧に『力』を制御できるようになったとはいえ完全ではない以上、同じ過ちを繰り返してしまう可能性はある。そして次の犠牲者はヒメナかもしれないんだぞ? 俺が怖くはないのか?」


 ヒメナが難しい顔をして考え込む。

 そしてしばしの沈黙の後、パッと顔を上げたヒメナは戸惑っている俺を正面から見据えるとこう言った。


「それじゃあ、イサはヒメナさんのことが怖いデスか?」


 一瞬言葉の意味が分からず、ぽかんとする。


 ――いったい、ヒメナは何を言い出すんだ?


 訳が分からず呆気にとられている俺に、ヒメナがさらに言葉を投げかける。


「前にも言ったことがあると思いますケド、ヒメナさんは赤ん坊の時にミニアル村の近くに捨てられていたんデス。こんな話をしたことを覚えてマスか?」

「ああ。覚えている」


 そもそも忘れるはずがない。

 その時の会話がきっかけで、俺は自分の意思でヒメナと一緒に旅をしようと心に決めたのだから。


「そうデスか」


 そう言うと、ヒメナはまっすぐに俺の目を見た。

 真剣そのものな眼差しで。


「つまりヒメナさんにも自分自身が何者なのかはわからないんデス。だから、ヒメナさんの身体の中には大悪党の血や、もしかしたら大量殺人鬼の血が流れているかもしれないんデスよ」

「そんな馬鹿な」

「どうしてそう言い切れるんデスか? 可能性はゼロじゃあないデスよ?」


 ヒメナがゆっくりと諭すように言葉を紡ぐ。


「可能性がゼロじゃあない以上、否定はできまセン。もしかしたら、いつか犯罪者の血が(うず)いて人を殺してしまうことだってあるかもしれまセン。そんなヒメナさんのことがイサは怖くないんデスか?」

「ヒメナがそんなことをするはずがないだろう」

「どうしてそう言い切れるんデスか?」


 ――どうして? そんなこと決まっている。


 出会いからこれまでのヒメナとの思い出が、俺の中で鮮明に甦る。

 行き倒れていたどこの誰かもわからない俺を介抱し、食事を振る舞い、なんだかんだ言いつつ旅費の工面までしてくれた。

 俺が悪目立ちしそうになった時は、機転を利かせて周りの意識を俺から逸らしてくれた。

 無知から酷い言葉をヒメナに投げつけた時も、俺が誠心誠意謝るとヒメナは笑って許してくれた。

 体調が悪いと言えば気を使って、麦粥や果物を用意してくれた。

 迷子が泣いていたら、あやして一緒に親を探してやっていた。

 それも、すべてごく自然に。

 そんなヒメナが誰かを故意に傷つけるようなことをするはずがない。

 たとえ、その身体の中にどんな血が流れていようとも。


「だって、ヒメナはヒメナだろう?」


 素直に思ったことを口にする。


「たとえ、ヒメナの実親がどんな人間であろうと、そんなことは関係ない。ヒメナはヒメナなのだから」

「そうデスね。そしてイサもイサです」


 ヒメナがにっこりと笑う。


「たしかにイサはリリィさんを傷つけてしまったかもしれません。でも、それはヒメナさんの知らない過去のイサです。ヒメナさんの知っているイサは、ヒメナさんのために怒ってくれて、叱ってくれて、慰めてくれて、褒めてくれて、読み書きを教えてくれて、殴ったり蹴ったりせず、ヒメナさんの言い分もきちんと聞いてくれる、優しい人間デス。そんな人を怖いと思うわけありませんヨ」


 笑顔のヒメナが大事そうに俺の贈った童話を胸に抱く。


「それに、イサの側にいようがいまいが生きている限り、常に危険はつきまとうものデス。今日の祭りの事故のように」


 事故の瞬間を思い出したのか、ヒメナが目を伏せる。

 しかし、すぐに気を取り戻し、真剣な眼差しを俺へと向ける。


「どこにいても誰といても常に危険と隣り合わせなら、ヒメナさんは自分のいたい場所にいたいデス」


 ヒメナのまっすぐな想いから目が逸らせない。


「ヒメナさんはイサと別れたくありまセン。だけど、もしイサがこれ以上ヒメナさんといたくないというのなら、それは仕方のないことデス。ただ、ヒメナさんのためとかの理由なら納得できません。はっきりと『もうヒメナと旅をするのが嫌になった』と、そう言ってクダサイ。そうじゃあないと、ヒメナさんは納得できないデス!」


 何か言うために口を開く。

 たった一言。

 ヒメナの望む通り「もうヒメナと旅をするのが嫌になった」と、そう告げるだけでいい。

 ただそれなのに、どうして言葉が出て来ないのだろう?

 何度も言いかけ、そしてすぐに口を閉じる。


 ――ダメだ。こんな心にもないこと、俺には言えない!


 正直な気持ちでヒメナをまっすぐに見る。

 辛抱強く俺の言葉を待っているヒメナの目には確固たる意志が宿っている。

 この眼差しに嘘はつけない。

 俺は深呼吸をすると、素直な気持ちでヒメナと向き合った。


「俺もヒメナとこのまま旅を続けたいと思っている。だが、俺といるせいでヒメナに何かあったら、俺はきっと自分自身を許せない。それに――」


 これまでのヒメナの言葉に嘘はないと思う。

 だが、俺の『力』を目の当たりにしても、今と同じ気持ちで同じ言葉がはたして言えるだろうか?


 ヒメナのことを信じていないわけではない。

 しかし、人の気持ちは変わるものだ。

 その時、俺を見るヒメナの目に(おそ)れや恐怖が宿っていたら、俺はきっと耐えられない。


「イサの人生がイサだけのものであるように、ヒメナさんの人生もヒメナさんだけのものデス」


 俺の心の葛藤を察知したのか、これまで沈黙を保ってきたヒメナが口を開いた。


「ヒメナさんは自分でイサと一緒にいることを選択しました。もし、その選択の先に何があるとしても、それはヒメナさんが自分で選んだ道デス。後悔はしません」


 ヒメナがきっぱりと言い切る。


「イサがヒメナさんの人生に口出しする権利がないように、ヒメナさんにはイサの選ぶ道を決める権利はありまセン。だけどイサには、ヒメナさんの選んだ道を信じて欲しいんデス」


 真っ正面から向き合うヒメナの真摯(しんし)な瞳。


「ヒメナさんはイサのことを信じマス。だからイサもヒメナさんのことを信じてクダサイ」


 まっすぐにぶつけられたヒメナの本心からの言葉に心が揺れる。

 どうすればいいのかなんてわかり切っている。

 俺の回答次第でこの先のヒメナの運命が決まることも理解している。

 それでも俺は――信じてみたい!

 ヒメナを。

 今のヒメナの本心を。


「ヒメナを信じよう」


 もう少しだけ。

 せめて、ヒメナが俺から自分の意志で離れて行くまでは、もう少しこのまま旅を続けたい。

 たとえそれでヒメナに恨まれることになったとしても。


「ヒメナ、もう少しだけ俺に付き合ってくれるか?」


 せっかく苦言を(てい)してくれたソルには悪いが、俺は少しだけ自分の気持ちに正直に生きたい。

 リリィが言ってくれたように、初めから諦めて全部手放さずに、すべてを受け入れて自分に正直に生きてみようと思う。

 いつか、ヒメナの気持ちが変わってしまうまでは。


「もちろんデス」


 ヒメナが笑顔で俺に返事をする。


「当初の予定通り、旅の最終地点は王都ルノオンでいいんデスよね?」

「ああ、そうだ」


『何事もなければ』と心の中でそっと付け足す。


「それでいつ()つんデスか?」

「ああ。明朝には出立しようと思っている」

「明朝!?」


 ヒメナが勢いよく立ち上がる。


「どうしてそんな大事なことを先に言わないんデスか! ヒメナさん、今から荷造りして来マス」


 俺が贈った童話を抱えてヒメナが慌ただしく部屋から出て行く。

 その風圧でゆらゆらと揺れる燭台の明かりが頼りなげに室内を照らす。

 些細なことで揺れ動くその様は、まるで今の俺の心情を表しているかのようで、酷く滑稽(こっけい)だった。

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