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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー3・4日目ーー
33/41

パレード開始、花と飴と悲鳴と

イサ「花はわかるが、飴と悲鳴というのはなんだ?」

ヒメナ「それはこの後わかりますヨ」

イサ「何故これから起こることがヒメナにわかるんだ?」

ヒメナ「あっ! …………それは、勘デス」

イサ「今『あっ!』って言っただろう。しかもなんだ。その後の妙な間は」

ヒメナ「なんのことデスか?」

「せっかくリリィさんに差し入れを持って行ったのに残念デス」


 そう言って肩を落として歩くヒメナを慰める。


「仕方がないだろう。たまたま人手が足りなくて往診の手伝いで出ていたのだから。それに差し入れのサンドイッチはソルに預けて来たから往診から戻ったらリリィに渡してくれるだろう」

「それもそうデスね。リリィさん、喜んでくれるといいんデスけど」


 今度はそわそわと気を揉むヒメナに思わず苦笑がこぼれる。

 ヒメナがいきなり診療所に寄るとか言い出すから何事かと思えば、昨日結果としてリリィを昼食抜きにしてしまったことに責任を感じて、今日は用意した昼食を渡しに行きたいということだったらしい。

 ヒメナのこういうさり気ない気遣いができるところは素直に尊敬する。


「でも、診療所の受付で『リリィという人はいませんよ』と言われた時はどうしようかと思いましたヨ」


 隣りを歩くヒメナが俺を見上げながら話しかける。


「ヒメナさん1人だとリリィさんの正式な名前が思い出せなくて大変でしたヨ。イサがいてくれて助かりマシタ」


 まあ、さすがに一度や二度聞いただけで、あの長い名前を完璧に覚えるのは難しいだろう。


「おかげでソルさんに差し入れを預けることが出来ましたし、ありがとうございマス」

「俺はリリィの正式名を言っただけだ。礼を言われるようなことはしていない」

「それでも、ありがとうございマス」


 俺を見上げながら、屈託なく笑うヒメナがふと思い出したように、疑問を口にした。


「そう言えば、イサがリリィさんの正式名を言った時、受付の人が『ルディさん』って言ってましたケド、ルディさんっていうのはリリィさんのことなんデスか?」

「ああ。屋敷や職場では『ルディ』という愛称で呼ばれているらしい」

「それじゃあ『リリィ』というのは?」

「『リリィ』は、もともとソルだけが呼んでいた愛称だ。だから、特別な思い入れがあるらしく、特別親しい相手にしかその愛称で呼ばせないと言っていた」


 昔、まだ俺とリリィが頻繁に遊んでいた頃のこと。

 どんな会話からこんな話になったのかは忘れたが、リリィがこう漏らしたことがあった。


「私ね。『ルディ』って呼ばれるのが大っ嫌いなの。だって『ルディ』って呼ばれる時は、怒られる時か兄様と比べられてイヤミを言われるか失望される時だけなんだもの」


 リリィは俺に家庭環境を話すことはなかったし、俺もリリィに訊いたりはしなかった。

 だが、その時いつも明るいリリィの顔が暗く(かげ)ったことはよく覚えている。


「だけど、そのことを兄様に言ったら、兄様は私に『リリィ』っていう新しい愛称をつけてくれたの。『リリィ』って呼ばれる時だけは、私は『一族の落ちこぼれ』でも『出来の悪い妹』でもない。ただのルディッサリリィになれたの。だから、イサには『リリィ』って呼んで欲しいのよ。私についてる余計な物を見ずに、ただ目の前にいる『私』だけを見て欲しいから」


 その頃のまっすぐな目は、今でも変わらない。

 まとわりつく影を物ともせず、しっかりと自分の足で立って、自分の信じる道を突き進む。

 強く、ただ前だけを見据えて。


 俺は不思議そうな顔をしているヒメナにこう切り出した。


「どうして、リリィが会ってすぐの自分に『リリィ』と呼ぶよう言ったのかわからないという顔をしているな」

「ハイ。だって、特別親しい相手にしか呼ばせないんデスよね?」

「そうだ。つまり裏を返せば、特別親しくなりたいと思った相手には『リリィ』と呼ばれたいと思うわけだ」

「でも、会ってすぐデスよ?」

「リリィには、何か思うところがあったのだろう。昔からリリィは自分の気持ちに正直だったからな」


 よく一緒に遊んでいた頃のリリィが脳裏に浮かび、懐かしさで口元が綻びる。


「リリィはあの通り、裏表のない人間だ。少しわがままなところはあるが、それでもじゅうぶん信頼に足る人物だということは俺が保証する。だからヒメナさえよければ、これからもリリィと仲良くしてやってくれないか?」


 俺が頼むと、ヒメナは一瞬驚きの表情を見せ、すぐに面白そうに笑い出した。


「それ、リリィさんにも同じことを言われましたヨ」


 今度は俺が驚く番だ。


「本当にイサとリリィさんは仲良しなんデスね。お互いがお互いのことを思い合っているのがよくわかりマス」


 その言葉で、また俺とリリィの関係について言及するつもりかと身構えるが、どうやらヒメナは別のことを考えていたらしく、遠い目をしながらぽつりと呟いた。


「ヒメナさんにもそんな相手がいれば良かったんですケドね……」

「え?」

「イエ。なんでもないデス」


 のほほ~んとした顔に戻ったヒメナが、いつもの調子でおどけてみせる。


「そんなことより、イサとリリィさんの両方から同じ頼み事をされるなんて、ヒメナさんモテモテで困っちゃいマス。でもまァ、ヒメナさんを選んだのはお目が高いと思いますヨ」

「自分で言うな」


 ヒメナの気持ちを察して、あえて何も触れずに流す。

 それに安心したのか、ヒメナは相変わらずのほほ~んとした笑みを浮かべながら、しばらく俺と不毛な会話を楽しんだ。


「あっ! こんなことを言い合っている場合じゃあないデス。早く行かないと、そろそろパレードが始まりますヨ」


 ハッとしたヒメナが慌てて駆け出す。


「ホラ。イサも早く行きまショウ。いい場所が取られちゃいマスよ!」

「わかったから、ちゃんと前を向いて走れ。転ぶぞ」


 俺は表通りに向かって走るヒメナに声をかけると、マントのフードを目深に被り直してから、ヒメナのあとを追った。



「うぉぅ! 凄いデス!!」


 目の前をゆっくりと通り過ぎていくパレードを眺めながら、ヒメナが何度目かわからない言葉を口にする。

 パレードは中央広場から表通りをぐるりと一周して、また中央広場に戻るというルートを辿るらしい。

 そのため、表通りには道の左右に人垣が切れ間なく続いている。

 俺達もその人垣の一部だ。


「イサ。ほらあれ見てクダサイ! 凄いデスヨ」


 そう言って、目を輝かせて子どものようにはしゃいでいるヒメナを見れただけでも来た価値があったと、自然に笑みが零れる。


「あっ! イサ、花籠が来ましたヨ」


 頬を紅潮させたヒメナが嬉々として差し示したのは、色とりどりの花で飾られた大きな山車(だし)だった。

 2頭の馬に引かれた山車の頂上には、零れ落ちるほど大量の花が入った大きな籠が鎮座しており、その両側には若い娘が1人ずつ控えている。

 その娘達が籠の花を沿道に集まった人々に撒くと、そのたびに歓声が沸き起こる。


「イサ~。花乙女達、綺麗デスねェ」


 花乙女というのは、山車に乗っている若い娘のことだろう。


「花乙女の撒く花を地面に落ちる前に掴むことができれば恋が叶うそうデスよ。もうじき目の前を通過しますカラ、イサも挑戦してみてはどうデスか?」

「結構だ。せいぜい頑張ってくれ」


 俺への誘い文句でも言っていたので、ヒメナは花を取るつもりなのだと思っていたが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「えっ? ヒメナさんは興味ありませんヨ」

「は?」

「ヒメナさんのお目当ては、あっちデス!」


 ヒメナの指差した先は、花籠を載せた山車の後方。

 山車から少し離れた所を歩く4人の乙女達だった。

 4人の乙女達は皆、揃いの衣装を着て、腕にはとうで作ったらしき籠を提げている。

 そして、籠の中から何かを取り出し、それを花乙女同様、沿道の人々にばらまいた。

 宙を舞うそれは――。


「あの飴を食べると、来年の祭りまでの一年間幸せになれるんだそうデスよ。ちなみに飴の種類は、全部で5種類あるそうデス」


 たしかに言われて目を凝らすと、撒かれているのは包み紙の両端を捻られた飴玉だとわかる。

 赤や青や黄色など、さまざまな色をした包み紙が陽光を浴びてキラキラと輝きながら宙を舞うさまは、まるで光の粒が降ってきたようだ。


「それでは、ヒメナさんは飴を取りに行って来ますカラ、イサはこの辺にいててクダサイ」

「わざわざ取りに行かなくても、すぐこの前にも来るだろう?」

「それじゃあ、全種類の飴が手に入らないかもしれないじゃあないデスか。目指すは全種類ですヨ」


 フンッと気合いを入れると、ヒメナは人垣の間をするするとくぐり抜けていった。


 ――色気より食い気か。


 すぐに見えなくなったヒメナの後ろ姿を見送りながら、俺は1人で納得する。

 まあ、じつにヒメナらしいな。

 何故か顔が緩む。

 だが、すぐに気を取り直して、フードをさらに深く被る。

 パレードに夢中で誰も俺の黒髪など気に留めないだろうとは思うが、万一のためだ。

 しかし、思った以上に人の熱気が凄い。


 ――暑いな。


 身体にじんわりと汗が(にじ)む。

 少し人混みから離れて休憩したいところだが、その間にヒメナが戻って来たら困惑するだろう。

 それにヒメナはともかく、俺は一度ここから抜けたら、人混みを掻き分けて同じ場所まで戻って来られる自信がない。


 ――さて、どうするか?


 このままでは、人の熱気でのぼせてしまいそうだ。

 かといって、今更フード付きマントを脱ぐのも気が進まない。

 俺がぐだぐだと非生産的なことを考えていると、不意に後ろからマントがくいくいと引っ張られた。


「なんだ、ヒメナ。ずいぶんと早かったな」


 てっきりヒメナが全種類の飴を手に入れて、喜色満面で戻って来たのかと振り向いたが、そこにいたのは予想もしていない人物だった。


「ヒメナちゃんじゃなくて、ごめんなさいね」


 そう言ってリリィが悪戯っぽく笑う。

 往診の帰りなのか、長い深紅の髪をひとつに束ね、手には重そうな診療鞄を提げている。


「何か用か?」

「そんな邪険に扱わなくてもいいじゃない。私だって長居するつもりはないわ。長話は昨日で()りたし」


 遠い目をするリリィを見るに、どうやら昨日のことをさんざんソルに(しぼ)られたらしい。


「それにしてもこの人混みの中で、よく俺がわかったな」

「さっきそこでヒメナちゃんを見かけたのよ。人混みの中をぴょんぴょんと飛び跳ねてたからすぐにわかったわ。ヒメナちゃんがいるなら、イサもこの辺にいるんじゃないかと思って探してみたら、案の定、人混みで熱気の充満したこの空間に、ひとりだけしっかり着込んで暑苦しそうな格好をした人がいたってわけ。ヒメナちゃんとは別の意味で目立ってたわよ」


 リリィが呆れたような目を俺に向ける。


「それにしても、その格好暑くないの?」

「暑いに決まっているだろう」

「だったら、脱げばいいじゃない?」

「そんなことは俺の勝手だ。それよりも用件はなんだ?」

「用件っていうか、たいしたことじゃないんだけど」


 そう前置きすると、リリィは本当にどうでもいいことを話し出した。


「往診の帰りにたまたま見かけたから、せっかくだし一声掛けていこうと思っただけよ」

「まさか、それだけか?」

「そうよ」


 けろりとリリィが言ってのける。


「だから最初に言ったじゃない。長居するつもりはないって」


 そうだな。

 たしかにそう言っていたな。

 だが、誰がその一言でこんなくだらない用件だなんて推測できるんだ?


「それにもうお腹ペコペコだし、早く診療所に報告しに戻って食事に行きたいのよ。昨日はお昼を食べられなかったから、今日こそはお腹いっぱい食べてやるわ」

「昼食といえば、ヒメナがリリィへの差し入れを診療所に持って行っていたぞ」

「本当に!? 何々?」

「サンドイッチだそうだ。ソルに預けてあるから、あとでヒメナに食べた感想を聞かせてやってくれ」

「もちろんよ。その後、ぎゅっと抱きしめて100万回頬ずりしちゃうわ。もう、ヒメナちゃん大好き!」


 ――それはどんな拷問だ?


 狂喜乱舞するリリィに冷ややかな視線を送る。


「それじゃあ、私そろそろ行くわ。ヒメナちゃんにもよろしくね」


 ウインクをしてリリィが背を向けた瞬間、突然何かが割れるような大きな音が響いた。

 とっさに音のした方へ目を向けると、さっき俺の目の前を通り過ぎて行った山車がバキバキと音を立てながら、バランスを崩して沿道の人垣に倒れ込んでいくところだった。

 おそらくは一瞬のことだったのだろうが、山車がバランスを失い横転するその間、まるでそこだけ時間の流れが遅くなったかのように細部の動きまで克明に見えた。

 そしてすべての動きが止まった時、ようやく思い出したようにあちこちから悲鳴が上がり、馬の狂ったような(いなな)きがそれを(あお)る。

 さっきまでの歓声が悲鳴の渦へと変わり、恐怖と混乱がこの場を支配する。

 そんな誰もが突然の出来事に冷静さを失っている中、いち早く駆け出したのはリリィだった。

 深紅の髪を振り乱し、診療鞄を大事に持ちながら、騒ぎの中心へと急ぐ。


「道をあけて! 怪我人は!?」


 そんなリリィの叫びも大勢の怒声と悲鳴に掻き消える。

 誰もが我先にと逃げ惑い、ぶつかった誰かが倒れても助けることもない。


「痛い!」

「押さないで!」


 そんな悲痛な叫びがあちこちから聞こえてくる。

 このままでは、怪我人が増える一方だ。


 ――どうすればいい?


 その時、誰かに押されたのか前面に倒れ込んだヒメナと同じ年頃の少女が俺の目に飛び込んできた。

 少女は冷静さを失った集団の中で起き上がることもできず、ただ両手で頭を守りながら体を小さく丸めている。

 その少女にヒメナの姿が重なる。


「動くな!」


 気がつくと、自然と口から飛び出していた。

 ハッとして周りを見ると、よほど大声を上げていたのだろう。

 逃げ惑っていた人々が驚きで硬直している。


 ――今しかない。


 直感的にそう感じた俺はフード付きマントを脱ぎ捨てた。

 まずは注目を集めないことには話にならない。


「皆落ち着け。冷静になれ。深呼吸をして、周りをよく見ろ。これ以上、怪我人を増やすな!」


 こういう時は、だらだらと話すより、短い言葉で簡潔に話すほうが効果がある。

 俺は大きく息を吸い込むと、現在最良と思われる指示を飛ばした。


「まずは馬を落ち着かせろ! 落ち着いたら馬小屋に連れて行け!」


 俺の指示で数人の男が馬に駆け寄る。

 それを確認した後、今度は横転した山車の方へ視線を移し、山車の側にしゃがみこんでいる深紅の髪へ向かって声を掛けた。


「リリィ。状況は?」

「死者はゼロ。ただし3人が倒れてきた山車の下敷きになってるわ。このままだと治療も出来ないし危険な状態よ。あと重傷者が2人に軽傷者が多数。薬も包帯も不足してるし、私ひとりじゃ手が足りないわ」


 それだけ報告すると、リリィはすぐに怪我人の治療に戻った。


「聞いての通りだ! すぐに山車の下敷きになっている3人の救出を行ってくれ。あと、応急処置のできる者は軽傷者の治療に当たってくれ。それ以外の者は、速やかに安全な場所まで移動をしてくれ。ただし慌てず走らず冷静にな」


 それから一呼吸おいて、俺はある名前を呼んだ。


「それからヒメナ。いるか?」

「ハ、ハイ!」


 元気のいい返事とともに、ヒメナが避難する人の波からぴょこんと飛び出してきた。

 どうやら、ヒメナに怪我はないらしい。

 俺は内心で胸をなで下ろすと、ヒメナに指示を出した。


「今すぐ診療所へ行って応援を呼んで来てくれ。場所はわかるな?」


 わざわざヒメナを指名したのは、誰かが行くだろうと思って結局誰も診療所へ応援を呼びに行かなかったという事態を防ぐためだ。


「ハイ、行って来マス!」


 大きな返事とともに、まるで弾かれるようにヒメナが駆け出して行く。

 その後ろ姿を見送ったあと、俺は避難する人々へ声を掛けて誘導し、倒れた山車の下敷きになった3人を救出しようとしている現場へと向かった。


 なんとか1人目を救出できたところで、ヒメナが呼びに行った応援がタイミングよく到着した。

 当然ながら、その応援の中にはソルの姿もある。

 俺はソルにこれまでの経緯を話すと、今後の指揮をすべてソルに任せた。

 どこの誰だかわからない俺よりも、身元がしっかりしていて信用も信頼もあるソルのほうが適任だと冷静に判断したからだ。

 それにソルなら、この都市の上役にも顔がきくだろうから、色々便宜を図ってもらえるはずだ。

 そうソルに伝えると、俺は人手が足りない軽傷者の手当てに加わった。


「これでいい。あとはなるべく動かさず患部を冷やしておけ。ただこれはあくまで応急処置だからな。できれば早めにきちんとした医師に診てもらえ」


 混乱の最中転倒し足首を捻挫した老女の患部を細長く切り裂いた布で固定してやると、老女とその家族が俺に頭を下げてお礼を言ってきた。

 俺はそれを簡単に受け流し、その場を後にする。


 ――これであらかた軽傷者への応急処置は済んだか?


 歩きながら周囲に目を配る。

 表通りに立ち並ぶ建物へ背中を預けるように座り込んでいる怪我人達には皆腕や足に包帯や布が巻かれている。

 それを確認して、俺はやっと一息ついた。


 ――あとはソルやリリィなど本職に任せるか。


 まだ忙しそうに治療をしているこの都市の医師達を後目(しりめ)に中央広場まで来た俺は大きく伸びをした。

 さすがに続けて何人もの相手に応急処置を施すと疲れた。

 少しでも疲れを軽減させるために深呼吸をする。

 数回それを繰り返し、少し頭がすっきりしてきたところで、ふとヒメナのことを思い出した。


 ――そういえば、ヒメナはどこに行ったんだ?


 たしか診療所に応援を呼びに行かせて、ソル達を事故現場まで連れて来たところまではいたよな?

 そのあと姿を見てないが、いったいどこにいるんだ?

 まだ興奮が収まらない様子の民衆や疲れて座り込んでいる人々の間を縫うようにヒメナの姿を探す。

 ヒメナに怪我がないことは応援を呼びに行かせた時点でわかっているのだから、心配する必要はないはずだ。

 それなのに、どうして俺はヒメナの姿が見えないだけで、こんなにも不安な気持ちになるのだろう?

 自分の気持ちが理解できないまま、俺は自然と大勢の民衆の中から栗色の髪の少女だけを目で追う。



 ――いた!


 だが、何をやっているんだ?

 探し始めてから10分程経って見つけたヒメナは、両側に幼子2人を従え仲良く手を繋いで歩いていた。

 どこから連れて来たんだ? その子ども達は。

 状況が飲み込めず、とりあえずヒメナに声を掛けるため近寄って行こうとした矢先、ヒメナと手を繋いでいた2人の子どものうち1人が突然ヒメナの手を振り払って猛然と駆け出した。

「ママー!」と呼ばれた女性が振り返り、駆け寄って来た子どもを抱き上げる。

 そして、子どもと少し会話した女性はヒメナに何か話し掛けたあと何度も頭を下げながら去って行った。

 その間、母親に抱かれた子どもはニコニコと笑いながら、遠くなっていくヒメナにずっと手を振っていた。

 ヒメナもそれに応えるように笑顔で手を振り返す。


 ――もしかして、迷子を保護してやっていたのか?


 すると突然、残されたもう1人の子どもが火がついたように泣き出した。

 おそらく自分と同じ迷子が母親と再会するところを目の当たりにして、感情が高ぶったのだろう。

 周囲にいた人達が何事かと注目する中、ヒメナは子どもと同じ目線になるよう腰を落とすと、頭を撫でながら何やら優しく子どもに語りかけている。

 そして、子どもが落ち着いたのを見計らって、ポケットから両端を捻られた色鮮やかな包み紙を取り出し、それを子どもに手渡した。


 ――あの包み紙は!


 遠目からでもわかる。

 食べると一年間幸せになるという触れ込みのあの飴玉だ。


 ――あんなに気合いを入れて『目指すは全種類デス』なんて言っていたのに。


 あれだけ楽しみにしていた飴玉をなんの躊躇もなくあげることができるのかと軽く衝撃を受ける。

 もちろん言ってみれば、たかが飴玉ひとつだ。

 だが、ヒメナの『食』に対する並々ならぬ執着心を知っているだけに、ヒメナの優しさが心に響く。

 飴玉を食べて笑顔になる子どもとそれを見守るヒメナを遠目から眺めたあと、俺は(きびす)を返してその場を去った。

 俺も今の自分にできる精一杯のことをやるために。

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