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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー3・4日目ーー
32/41

祭りの最終日、イサとヒメナの想い

ヒメナ「イサ。ヒメナさんの作った夕食、どうでしたか?」

イサ「ああ。美味しかった。見た目も綺麗だったしな」

ヒメナ「良かったデス。飾り切りを頑張った甲斐がありましたヨ」

イサ「あとパンも美味しかったな」

ヒメナ「あのパンはヒメナさんの自信作なんデスよ。気に入ったのなら、また作ってあげますネ」

イサ「……ああ。楽しみにしている」

 ――いよいよ、今日が祭りの最終日か。


 窓から賑わう街の様子をぼんやりと眺めながら、俺は1人で感慨に耽る。

 ルニガッセに着いてから、今日でまだ3日目なのに色々なことがありすぎて、まるで何年も経ったかのように錯覚してしまう。

 それぐらい密度の濃い数日だった。

 俺はそっと目を閉じて、この数日間に起こった出来事を思い返す。


 2人で食べた揚げパンの香りと美味しそうにかぶりつくヒメナの笑顔。

 ソルとリリィとの突然の出会い。

 無理やり付き合わされた買い物に、ヒメナの華麗なる変身。

 そして、俺を思うソルとリリィの気持ち。


 方法は違うが、ソルもリリィも俺のことを考えてくれているのは痛いほどわかる。

 だからこそ俺は昨夜ソルに、1日早いがヒメナとは別れると決めたこと。ヒメナには世話になったので、できれば俺と別れた後、新しい生活基盤が出来るまでは面倒をみてやって欲しいということを伝えた。

 しかし、ソルの答えは否だった。

 理由を問い質す俺にソルは「どうやら僕はヒメナちゃんに信用されていないみたいだからね」と苦笑しながら、ヒメナを屋敷の住み込みメイドに誘った時のことを話してくれた。


 ――まさか、すでにヒメナがソルの誘いを断っているとは計算外だったな。


 ソルから誘われた屋敷の住み込みメイドの件をヒメナに訊いた時「秘密デス」とか曖昧なことを言っていたから、てっきり返事は保留状態なのかと思っていた。

 とりあえずソルには、俺がヒメナを説得するからそしたら面倒をみてやって欲しいと頼み了承をもらったので、あとはヒメナをどう説得するかだな。

 ふぅとため息をついたその時、特別室のドアがノックされ、続けてヒメナの呼び声が俺の耳に届いた。


「イサ。ちょっといいデスか?」

「ああ。開いているぞ」

「それじゃあ、失礼しマス!」


 元気よく入ってくるヒメナに目を向けて声をかける。


「どうかしたのか?」

「あの~。少し早いんですケド、よければお昼を一緒に食べに行きませんか?」


 いつもののほほ~んとした笑顔を浮かべているヒメナからは、昨日のことを気にしている様子は微塵も窺えない。

 まあ、今朝会った時もいつもと変わらない様子でソルやリリィと一緒に食事をしていたから、当然といえば当然か。


「それは構わないが、まだ昼食には早くないか?」


 ヒメナを見習って、俺もいつも通りに振る舞う。

 ちらりと確認した部屋の時計は、まだ11時を少し過ぎたところだった。


「実は、お昼からパレードを見に行こうと思ってるんデスヨ♪」

「パレード?」

「ハイ! 今朝、朝食をみんなで食べてる時にリリィさんが言ってたじゃあないデスか」


 嬉々としたヒメナの言葉を聞いて、俺はそういえばリリィがそんな話をしていたなあと思い出した。

 まったく興味のない話だったから、完全に聞き流していた。


「なんでも、楽隊がいたり、大勢の人が色とりどりの煌びやかな衣装で踊ったりするらしいデス。それに山車(だし)から()かれる花を地面に落ちる前に掴むことができたら、恋が叶うんだそうですヨ」


 目をキラキラとさせて楽しそうに話していたヒメナが、ふと思い立ったかのように俺に提案する。


「よかったら、イサも一緒にパレードを見に行きませんか? きっと楽しいデスよ」


 パレードか。

 まったく興味はないが、ヒメナがこんなに楽しみにしているのなら、最後にひとつくらい思い出を作ってもいいかもしれないな。

 どうせ、明日には別れるのだから。


「そうだな。たまにはそういう物を観に行くのも悪くないかもな」

「そうデスか。残念デス。それじゃあ、ヒメナさんは1人で行ってき……えっ!? イサも行くんデスか?」

「なんだ? 自分から誘っておいて、その態度は。俺に断って欲しかったのか?」

「違いマスよ! だって、てっきり、イサは『興味がないし、人混みに行くのは嫌だ』って言うと思ってましたカラ。ちょっと驚いただけデス!」


 俺の意地悪な言葉に、慌てふためきながら、必死で言い訳をするヒメナがなんだか酷く愛らしく見える。

 俺の口元が緩んだのを見たヒメナが上目遣いで確認するように訊ねる。


「あの、本当にヒメナさんと一緒にパレードを観に行ってくれるんデスか?」


 俺を見上げるヒメナの目には若干疑いの色が見て取れるが、俺が肯定してやると一気にそれは喜びの色に変わった。


「本当デスか? 嬉しいデス。約束ですヨ♪」


 そう言って、目を輝かせて小躍りしているヒメナは年相応の15歳の少女にしか見えない。


 ――とてもソルから聞いた少女と目の前の少女が同一人物だとは思えないな。


 俺は複雑な思いで、無邪気に喜ぶヒメナを眺めながら、ソルの語った言葉を思い返した。


「ヒメナちゃんに住み込みメイドとして僕やリリィの暮らす屋敷で働かないかと打診したんだけど、きっぱりと断られたよ。僕としては下心もあったから、かなり破格の条件を提示したんだけどね」


 そう言って苦笑するソル。


「僕から破格の条件を聞かされた時、ヒメナちゃんは驚きはしたけど、喜ぶ様子は微塵も見せなかったよ。ただ、それまで見せたことのない真剣そのものの目を、じっと僕に向けてね。まるで、心の中まで見透かされているかのような錯覚に陥ったよ」


 静かな声で穏やかに語るソルの顔から、段々と笑みが消えていく。


「僕の目をじっと見つめたあと、ヒメナちゃんはこう言ったよ。

『ソルさん、知ってマスか? うまい話を持ちかけてくる人間には、この世に二通りの人間しかいないんデスよ。1人は自分自身も別の誰かに騙されている人間。そして、もう1人は初めから目の前の相手を騙そうと近づいて来る人間デス。だからせっかくのお誘いですケド、このお話はお断りさせてもらいマス』

 ――とても、15歳の女の子の台詞とは思えないよ。これまであの娘は、いったいどんな人生を歩んで来たんだろうね」


 ソルの憐れみを帯びた言葉が、俺の頭の中で無常に響く。

 普段の、のほほ~んとした様子を見ていると忘れそうになるが、捨て子で庇護者のいないヒメナがこれまで辛酸をなめ、多大な苦労をしてきたことは想像に難くない。

 だからこそ、すぐにあんな言葉が出てきたのだろう。

 しかし、本来ならもっと性格が歪んでいてもおかしくはないはずだ。

 それなのに、ヒメナはいつも笑っている。

 のほほ~んと。それこそ、普段はつらい過去を感じさせないくらい、いつも明るく笑顔を絶やさない。


 俺はずっと『強さ』とは何物にも屈しない『力』のことだと思っていた。

 だが、ヒメナを見ていると、こんな『強さ』もあるのだと気づかされる。

『力』ではなく『心』の『強さ』。

 どんなに辛くても苦しくても、その中で小さな幸せを見つけ、笑顔で感謝することができる。

 それがヒメナの『強さ』。


 俺はいまだに嬉しさで飛び跳ねているヒメナを優しく見守る。

 大人びた顔と年相応の幼さを合わせ持ったヒメナを。

 そして明日別れても、この出会いを、そこで培った想いを、決して無駄にはしないと心に刻んだ。

 そのために、今の俺にできることは――。


「なあ、ヒメナ。俺からもひとつ頼みがあるんだが、いいか?」


 うきうき気分のヒメナにそう声をかける。


「なんデスか?」

「今夜、夕食の後にでも、少し時間をくれないか? ヒメナに話したいことがある」

「それは構いませんケド、別に今話してもらってもいいデスよ?」

「いや。どうしても今夜話したいんだ」

「そうデスか? それじゃあ、今夜聞きマス」


 不思議顔のヒメナに約束を取り付ける。

 さすがに、この場で水を差すような話をするのは野暮というものだろう。

 それに、そう簡単にヒメナが俺の説得に応じるとも思えない。

 話し合いが白熱し、つい時間を忘れてパレードを見逃したなんてことがあったら、せっかくの思い出が台無しだ。

 ソルの屋敷で働く件は、今日一日たっぷりと楽しんだ後で、ゆっくりと話し合うほうがいいだろう。


「では、今夜。忘れるなよ?」

「忘れませんヨ。それより早く食事に行きまショウ。食事の後、パレードを見に行く前に少し寄りたいところがあるんデス」

「寄りたいところ?」

「ハイ! よければイサも一緒に行きませんか?」

「どこへ行くんだ?」


 俺の問いにヒメナが満面の笑みで答えた。

「診療所デス」と。

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