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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ミニアル村~リズ村編
3/41

イサ、労働する

ヒメナ「働け、働け。馬車馬の如く働け!」

イサ「当然お前も、馬車馬のように働くんだろうな?」

ヒメナ「……モチロンデスヨ」

イサ「何故、目を逸らす?」

 空はこんなにも青く澄み、そよ風はこんなにも芳しい麦の香りを運んでいるというのに、何故俺はこんな格好で汗水垂らして労働に勤しまなければならないんだ?


「よくお似合いデスよ。その麦わら帽子」


 のほほ~んとした笑顔でほざく小娘の顔を殴ってやりたい衝動に駆られたが、相手は子供だと自分に言い聞かせ、グッと堪える。

 まんまと小娘の罠にはまった俺は、小娘のお古の麦わら帽子を被せられ、肩にはタオルを掛けられ、農作業用の格好をさせられた後、小麦畑まで連れて行かれた。


 ――こんな格好、アイツ等にだけは見せられないな。


 遠くを見つめ、ため息をひとつ吐く。

 リクには魔王としての心得を延々3時間説教され、その様子を見たカイが大爆笑することは容易に想像がつく。

 クウは……おそらく一瞥いちべつしただけで、すぐ自分の仕事に戻ることだろう。


「何をぼーっとしてるんデスか?」


 小娘のとがめるような言葉に、俺は現実へと引き戻された。


「ぼーっとしてても、仕事は終わりませんヨ?」

「……俺は何をすればいいんだ?」


 半ば投げ遣りな気持ちで、小娘の指示を仰ぐ。

 魔王であるこの俺が小娘の言いなりになるなんて非常に屈辱的だが、今は耐えてやる。

 どうせ1日限りのことだ。


「それじゃあ、あそこの袋を倉庫まで運んで下さい。誰にでもできる簡単な仕事デスヨ♪」


 思わず殴りたくような笑顔で小娘が示した場所には、白い袋が山のように積まれていた。


「……これは?」

「小麦粉デス」


 さも当然のことのように小娘が答える。

 その小娘の言葉で、俺はこの村の特産品が小麦だったことを思い出した。


「それで、袋詰めにされた小麦粉をどこに運べばいいんだ?」

「……さっき、倉庫に運んで下さいって言いましたヨ?」

「だから、その倉庫は何処にあるのかと訊いているんだ!」


 馬鹿にしたような小娘の言い方に、俺はつい強い口調で言い返していた。

 しかし、小娘はまったくひるんだ様子も無く、例ののほほ~んとした笑顔を浮かべて「あっちデス」と一つの方向を指し示す。

 だが、小娘の指差した方に視線を向けても倉庫らしき建物は見えなかった。


「倉庫なんて無いぞ?」

「そりゃあ、そうデスよ。ここからじゃ、見えませんカラ」


 ――だったら初めから、指で示すな!


 小娘と話していると、何故か調子が狂う。

 そのせいで、俺はますます不快な気持ちになっていく。


「心配しなくても大丈夫デスよ。私も一緒に運びますカラ」


 俺の心情に気づく様子もなく、小娘がのんびりとした調子で話す。


「それじゃあ、運びましょうか?」


 そう言うと小娘は、俺に小麦粉の入った袋を1袋手渡し、俺がそれを受け取ると、その上にさらにもう1袋をのせた。

 さすがに2袋も持つと、両腕にずっしりと重みを感じる。

 俺に袋を持たせた後、小娘は自分で1袋を抱きかかえ、立ち上がった。


「さァ、行きますヨ。ちゃんとついてきて下さいネ、ベロッチョ」


 ――ん? 何だ、ベロッチョって。


 このまま流してしまってもよかったが、何故か嫌な予感がして小娘に聞き返す。


「何だ? そのベロッチョって言うのは」

「何って……、貴方の名前(仮)デスよ」


 小娘が何でもないことのようにさらりと言ってのける。


「名前が無いと色々と不便デスからネ。便宜上、貴方のことはこれから『ベロッチョ』と呼ばせてもらいマス。別に構いませんヨね?」


 ――構わない…………ワケがないだろっ!!


 わざわざ振り返り白々しい笑顔を向ける小娘に、俺は怒りを抑えて簡潔に答えた。


「断る」


 何が悲しくて、そんな珍妙な名で呼ばれなければならないんだ?

 ただでさえこんな小娘にいいように使われて気分が悪いというのに、冗談じゃない!


 ベロッチョと呼ぶことを否定され、小娘が不機嫌そうに口を尖らせる。


「それじゃあ、貴方のことは何て呼べばいいんデスか?」


 その言葉で気づいた。

 俺が自分の名すら小娘に告げていないことを。


 ――さて、どうしたものか。

 こんな田舎の村まで魔王の名が知れ渡っているとは考え難いが、万一知られていたら色々と面倒なことになる。

 考え込んでなかなか返事をしない俺に、痺れをきらした小娘が最後通告をする。


「答えないということは、ベロッチョと呼ばれても良いってことデスね?」

「……イサ、だ」


 返事を急かされ、偽名を考える間も無かったため、仕方なく俺は愛称のイサと名乗った。


「え? イサダ?」

「イ・サ。これから俺のことはイサと呼べ。それ以外の呼び名は一切受け付けないからな」


 とぼけた小娘に二度と珍妙な名で呼ばないよう釘をさす。


「ハイハイ、わかりましたヨ。イサって呼べばいいんデスね?」


 小娘が口を尖らせ、不満げに吐き捨てる。

 その後でぼそっと「ベロッチョの方が可愛いのに」と呟いたが、その言葉は聞かなかったことにした。


「無駄話はこのくらいにして、さっさと行きますヨ!」


 不機嫌なまま、小娘がきびすを返し、よたよたと歩いて行く。

 俺は何も言わず、重い袋を抱え蛇行しながら前を歩く小娘の後を追った。


 ――――――――――――。


 ――――――――――。


 ――――――――。



 ――暑い!!


 あれから炎天下で休みなく働かされ、すでに口の中はカラカラだ。

 初めは顔や首筋を伝う汗が気になって仕方がなかったが、今はまったく気にならない。

 いや、汗を気にする余裕もない。

 仕事柄、体力には自信があったが、太陽の下で延々と作業するのは、思った以上に精神的疲労が激しい。

 ふと天を仰ぎ見ると、空の青さが目にしみた。


 ――何故俺がこんなことをしなければならないんだ?


 暑さで頭が、ぼーっとする。

 考えがうまくまとまらない。


「大丈夫デスか?」


 その声で我に返ると、小娘が俺の顔を覗き込むようにして見ていた。


「……少し休憩にしましょうか? 私も疲れたなァと思ってたところなんデスよ」


 そう言うと小娘は、まだ何も返事をしていない俺の腕を引っ張って、近くの木陰まで連れて行った。


「まァまァ、座って下さいヨ」


 小娘に促され、俺は木の幹を背もたれにして地面に座り込んだ。

 その斜め横に小娘も座り込む。

 陽向ひなたにいるよりはだいぶましだが、喉の渇きは治まりそうにない。


 ――何か飲みたい。


「おい、何か飲み物……」


 我慢できず傍らにいる小娘に声を掛けると、小娘は今まさに水筒の中身をコップに移し替え飲もうとしている最中だった。


 ――どこに隠し持っていたんだ? その水筒。


「…………イサも飲みマスか?」


 呆気にとられている俺に、コップの中身をすべて飲み干した後で小娘が尋ねる。


「……ああ」


 暑さと疲れと呆れでこれ以上何も答えられなかった。

 小娘は「はいはい、わかりましたヨ」とのほほ~んとした笑顔で言うと、水筒の中身をコップに注ぎ、それを俺に手渡した。

 俺はひったくるように小娘からコップを奪うと、中身を一気に飲み干した。

 冷たいお茶が喉を、スーッと通り抜けていく。

 それから、さらに2~3杯ほど小娘からお代わりし、ようやく人心地がついた。

 すると今度は、流れ出る汗が気になりだして麦わら帽子を傍らに置き、肩に掛けたタオルで額の汗を拭う。


 ――何だって俺が、こんなことを。


 小娘と遭遇してから何度思ったかわからない台詞を心で呟きながら、タオルで汗を拭っていく。

 タオルで汗を拭っていると、急に突き刺さるような視線を感じ、汗を拭く手を止めて目線をそちらに向ける。

 見ると、小娘がじーっと俺のことを見つめていた。


「……人が汗を拭いている姿が、そんなに珍しいか?」

「違いますヨ! ……私はただ、髪を見てただけデス」


 小娘がきっぱりと言い切る。


「だって黒髪なんて、すっごく珍しいじゃないデスか!? レアですよ? レア! 漆黒の髪なんて、私初めて見ましたヨ!!」


 うっとりとした表情で、小娘がやや興奮気味に話す。


 そう言われてみれば、魔王城からミニアル村に来るまでの間に俺と同じ黒髪の奴は、一人も居なかった。

 だいたい茶系、たまに赤や灰の奴がいたくらいだ。

 そういえば、町や村の中を歩いているとやたら視線を感じることが多く、何故かたちの悪い相手に絡まれることも多かったが、それは俺が黒髪だったせいか。

 ずっと城に籠もっていたから、俺は自分の髪色が珍しいことも知らなかった。


「いいデスねェ。黒髪。……売ればきっと良い値が付きますヨ」


 よだれを垂らさんばかりに俺(の髪)を注視する小娘の姿が、獲物を狙う肉食獣と重なる。


 ――そういえば最初に意識が戻った時も、小娘は俺のことをじーっと見てたな。


 そう思い至った俺は、ある恐ろしい考えに行き着いてしまった。


 ――いや、さすがにそこまでは……………………………………やるかもしれない。この小娘なら。


 せっかく汗を拭き取ったばかりだというのに、首筋を嫌な汗が流れていく。

 もしもあの瞬間俺が目を覚まさなければ、小娘は間違いなく俺の髪を切って売るつもりだったに違いない。

 この小娘なら、それぐらいのことはやりかねない。


 ――やはり油断ならない。この小娘。


 未だに俺の髪がいくらで売れるのかと想像して、不気味な笑みを浮かべている小娘を睨みつける。

 だが、幸せそうに笑う小娘にはあまり効果がなかった。

 それどころか「イサって目まで黒いんデスね」「セットだとどれくらいで売れますかネ?」とまで言い出す始末。


 ――髪はともかく、目は無理だろう。


 小娘の戯言ざれごとに心の中で反論するが、当然小娘には伝わらない。

 小娘は「私の髪も珍しい色だったら、伸ばして売るのに」と愚痴ぐちをこぼしながら、日に焼けて傷んだ自分の栗色の髪を指でいじっていた。

 その指先には、小さな切り傷がいくつもあり、短く摘まれた爪の間には白い粉が挟まっている。

 おそらく、小麦粉だろう。

 小麦粉の袋を運んだ時に付いたのか、朝パンを作った時に付いたのかは知らないが、そのことに小娘がまったく気づいていないのは、毎日のように小麦粉が爪に入り込むような仕事をしているからなのだろうか?


 ――俺は今日だけでいいが、小娘は毎日こんな重労働をしているんだよな。


 それを思うと、少しは小娘に好感を抱ける……かもしれない。


「さァ、休憩は終わりデス。この後もきりきり働いてもらいますヨ!」


 しばしの休息の後、小娘が立ち上がり俺を急かすように両手をパンパンと叩く。

 仕方なく俺も、傍らに置いていた麦わら帽子をかぶり直し、仕事を再開するために立ち上がった。

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