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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー1日目ーー
28/41

彼方の記憶、夢か現か幻か

ヒメナ「サブタイトルの『現』は『うつつ』と読みマス。これ、テストに出ますヨ!」

イサ「なんのテストだ?」

ヒメナ「突然デスが、ここで質問デス! 今、ここにいるヒメナさんは、夢か現か幻、どれでショウ?」

イサ「は? 現――現実だろう?」

ヒメナ「…………本当に?」

「これでよし!」


 ヒメナのために買った童話を、ここに来る前にリリィの部屋から回収してきた俺の荷物の中にしまい込む。

 俺には必要のない物だが、とりあえず、このまま奥底にしまっておこう。

 そして、ヒメナやソル・リリィ兄妹と別れて、ひとりになってから、ゆっくりと処分しよう。

 そう自分に言い聞かせると、俺は荷物を置いた寝室から応接間へ移動し、ゆったりとしたソファーの真ん中に腰を下ろした。

 ちらりと入口の扉に目をやるが、ソルが戻って来る気配は欠片もない。


 まあ、最悪今日は戻って来れないかもしれないと言っていたようだし、こんなに早く戻って来るわけがないか。

 そう思ったら、急に体から力が抜けて、そのままソファーで横になる。

 今日はあまりにも色々なことがあり過ぎた。

 どうやら気づいていなかっただけで、俺はそうとう疲れているらしい。


 ――駄目だ。眠い。


 ソルには訊きたいこともあったので、できればもう少し起きていたかったのだが、もう無理だ。

 俺は眠気と戦いながら、なんとか寝室まで行き、そのままベッドに潜り込んだ。

 意識が落ちる直前、俺は暗闇の中で膝を抱えてうずくまるヒメナの姿を見た気がした。



 ――――――。


 ――――。


 ――。



 ここは、どこだ?

 なんで俺はこんな山の中にいるんだ?


「イサ!!」


 状況把握をする間もなく、誰かが俺に覆い被さってきた。

 それは女性だった。

 俺に覆い被さる彼女の華奢な体の隙間から、彼女の長い琥珀色の髪が見える。

 そして、その奥にこちらに向かって駆けて来る肉食獣の姿が。


 一瞬で距離を縮めた獣は、血走った目をして、鋭い爪を振り上げ、それを振り下ろそうとした次の瞬間、突然バラバラの肉片へと姿を変えた。

 生暖かい雨が、俺の視界を赤く染める。


「人殺し」


 その声が、俺を赤い世界から引きずり出す。

 いつの間にか俺は、見知らぬ山の中から魔王城内へと移動していた。

 当然、肉片となった獣や、琥珀色の髪をした女性の姿は消えている。

 代わりに、鮮血に染まったリリィが俺の足元に倒れていた。

 現在のリリィではなく、あの日の――11年前の姿をしたリリィが。


「人殺し」


 また聞こえたその声に、俺はとっさに振り返った。

 そこにいたのは……リリィだった。

 現在の姿をしたリリィが、冷ややかな目で俺を見ている。

 いったい、どうなっているんだ……?


「人殺し」


 リリィが、今まで聞いたことのない冷たい声で俺を責める。


「違う! 俺は――」

「何が違うの? だって、ほら」


 そう言ってリリィが俺の足元を指差す。

 リリィの指の先を辿って行くと、そこに倒れていたのは……ヒメナだった。


「なんで、ヒメナが?」


 たしかにさっきまでは、そこに11年前のリリィが倒れていたはずだ。

 それなのに、なんでリリィがヒメナに変わっているんだ?

 なんでヒメナは血溜まりの中にいるんだ?

 なんで、ヒメナは目を閉じたまま、ぴくりとも動かないんだ?


「ヒメナ……?」


 片膝をつき、そっと触れたヒメナの頬は驚くほど冷たかった。


「だから忠告したのに」


 頭上から降ってきた声に反応して顔を上げると、そこには穏やかに微笑むソルの姿があった。


「可哀想に。あの時イサがすぐ別れてあげていたら、この娘はこんなにも早く命を散らすこともなかっただろうにね」


 可哀想と言いながら、ソルの表情はどこか愉快げだ。

 まるで、自分の忠告をきかなかった罰だとでもいうかのように。


「ねぇ、イサ。『力』を使って人を殺すのは楽しいかい?」

「違う! 俺は……そんなこと!!」

「楽しいに決まってるじゃない。だから、私のことも殺そうとしたのよね?」

「!!」


 否定したいのに、言葉が出て来ない。

 こんなにも思いが溢れているのに、声にならない。

 ただクスクスと笑い合うソルとリリィの声が、頭に響く。


 もうやめてくれ!


 耳を塞ぎ、目を閉じてうずくまる。


 もう何も聞きたくない。

 もう何も見たくない。

 ずっと、このままでいたい。

 このまま、殻に閉じ籠もっていたい。

 このまま、ずっと――――。


「…………本当に?」


 誰かの声が、堅固な殻のわずかな隙間から漏れ聞こえてくる。


「本当に、それでいいんデスか?」


 この声は――。


「ヒメナ!?」


 顔を上げると、いつもと変わらないヒメナの姿がそこにあった。


「ヒメナ。生きていたのか。……良かった」


 さっきまで血塗れで倒れていたはずのヒメナの姿が跡形もなく消えていることも、ソルとリリィが忽然と姿を消したことも、この際どうでも良かった。


「ヒメナ」


 俺は安堵の息を吐きながら、もう一度ヒメナに呼びかける。

 ヒメナはにっこり笑うと、俺に(きびす)を返して、魔王城の廊下をゆっくりと歩き出した。


「ヒメナ? どこに行くんだ?」


 去って行くヒメナに声をかけながら、立ち上がる。

 ヒメナはちらりと、俺が立ち上がったことを確認すると、急に走り出した。

 俺は慌てて後を追うが、何故かヒメナに追いつけない。

 それどころか、どんどん離されていく。

 そして、曲がり角で一瞬俺の視界からヒメナの姿が消えた。

 すぐに俺もヒメナが曲がった方向に折れたが、そこにヒメナの姿はなかった。


「ヒメナ?」


 念のため、次の曲がり角まで走り、その先の様子まで見たが、やはりヒメナの姿はなかった。


「ヒメナ? どこに行ったんだ?」


 よく見知った魔王城内を、ヒメナを探してさまよい歩く。

 そして気づくと、いつの間にか夜になっていた。


 変だな。

 ヒメナを探し始めてから、まだそんなに時間は経っていないはずなんだが。

 怪訝に思いながら、暗い廊下を歩いていると、どこからか話し声が聞こえてきた。


 誰だ?

 どこから聞こえてくるんだ?


 耳だけを頼りに、声のする方へ進んで行くと、廊下に走った一本の光の帯を見つけた。

 その光は、わずかに開いたドアの隙間から漏れ出た物のようだ。

 そして、話し声もその中から聞こえてくる。


 いったい、誰が話しているんだ?

 俺はそっとドアの隙間から中を覗いた。

 そこにいたのは、リクとカイだった。


「わかりました。それでは、しばらく様子を見てから決めるということで、よろしいですね?」


 リクがそう念を押す。

 ただし、その相手はカイではない。

 どうやら、俺の見ている角度からは見えないが、リクとカイの正面には他に誰かいて、リクの言葉はその誰かに向けられた物のようだ。

 普通に考えればクウなのだろうが、それにしてはリクや横で聞いているカイの態度がいつもと違う気がする。

 しかし、クウでないのなら誰が?

 その答えが出る前に、カイの言葉が俺の思考を遮る。


「ずいぶんと残酷なことをするんですね」


 皮肉混じりのその言葉にリクが噛みつく。


「たしかにあの歳で親元から引き離すのは可哀想だと思うが、『力』が覚醒してしまった以上、あのまま放って置くわけにはいかないだろう!?」

「そうですね。あの日、山で獣に襲われなければ……なんて思ったところで仕方のないことですしね。でも残酷だと言ったのは、そのことではありませんよ」


 一度言葉を切り、カイが皮肉に笑う。


「いずれ殺すつもりなら、下手な同情心で生かすより、今すぐ殺してあげたほうがあの子のためです。もともと『力』が覚醒しなければ、母子もろとも獣に喰われて落としていた命ですし」

「まだ、殺すと決まったわけではない! 魔王としての素質があれば――」

「一緒ですよ。魔王としての素質がないから殺す。魔王としての素質があるから飼い殺しにする。どこが違うんですか? 自分なら御免ですね。はじめから決められた道を、ただなぞるだけの人生なんて」

「それは貴様の勝手な主観だろう!」

「それなら貴方の言っていることは、ただのエゴですね」

「なんだと!?」

「やる気ですか?」

「そこまでだ!」


 鋭い男の声が、リクとカイの口論を制止する。

 クウの声ではない。

 だが、聞き覚えのある声だ。

 いったい、これは誰の声だった……?


「双方の言い分はよくわかった。どちらの意見にも納得すべき点はある。だからここはひとつ、クウの意見も聞いてみないか?」


 リクでもカイでもクウでもない男の提案に、リクとカイは渋い表情を浮かべながらも、ゆっくりと自分達の後ろに目を向ける。

 俺からは姿が見えなかっただけで、ここにクウもいたのか。

 つまり、今この部屋の中には4人の人間がいるわけだな。

 リクとカイとクウ。

 そして、謎の男。


「クウ。クウの意見を聞かせてくれないか?」


 謎の男が、さっきの鋭い声とは打って変わって、優しい声音でクウに話しかける。

 やはり、この声には聞き覚えがある。

 もう少しで出てきそうなんだが……。


 駄目だ。

 思い出せない。


「…意見…ですか?」


 謎の男に促され、クウが独特の口調で淡々と話し出す。


「…ずっと…ひとりぼっちで…孤独で…悲しくて…苦しくて…生きているのが…つらかったです。…だけど…生きていたから…魔王様に…会えた。…リク…カイ…2人も…仲間が…できた。…だから…あの子も…この先…いっぱい…悲しいことや…苦しいことが…あるかも…しれません。…だけど…生きていれば…幸せなことも…きっと…あります」

「決まりだな」


 クウの意見を聞いて、謎の男が結論を出す。


「あの子については、しばらく様子を見る。カイも、それでいいな?」

「……魔王様のお心のままに」


 魔王様?


 ああ、そうだ。

 この声は、先代の魔王の声だ。

 それは間違いない。

 だが、何故かすっきりしない。

 俺が思い出そうとしていたものとは、何か違う気がする。


「では、3人ともいろいろ忙しいとは思うが、これからはあの子の世話もよろしく頼む」

「すみません。その前にひとつ確認させて下さい」


 先代魔王の言葉をカイが遮る。


「もし、あの子が故郷や母親を恋しがって、ここから逃げ出そうとした時はどうするんですか? 連れ戻すんですか? それとも、不適格として処分するんですか?」

「カイ! 何も今、そんなことを決めなくてもいいだろう」

「いえ、大事なことです。最初に方針をはっきりさせておかなくては、後々また揉める原因になります」


 諌めるリクにカイが噛みつく。

 そしてまた2人の口論が始まるのかと思いきや、そんな隙を与える間もなく、即座に先代魔王がカイの質問に答えた。


「そのことなら心配は要らない。何故なら、あの子には帰る場所も迎えてくれる家族も、すでにないからだ。それはあの子もわかっている。だからこそ、あの子は俺の手を取ったんだ」


 その瞬間、ずっと頭の中で引っかかっていた何かが弾けた。


『こんなところにいたのか』

『一緒においで』

『ここに君の居場所はもうない。それは君もわかっているんだろう?』

『君がここにいたら君のお母さんは不幸になるんだ。お母さんの幸せを望むのなら――さあ、おいで』


 そうだ、思い出した。

 この声は、俺を魔王城に連れて来た人物の声だ。

 この声の主に手を引かれて、俺はここにやって来た。


 でも、どこから?

 ここに来る前、俺はどこにいたのだろう?

 思い出そうとすると、頭が痛む。

 俺は痛む頭を手で押さえ、意識を集中させるため、目を閉じた。


 なんだろう?

 頭の奥で音がする。

 腹に響くような重低音だ。

 ゆっくりと目を開けると、そこには何故か風車小屋がそびえ立っていた。


 えっ?


 訳がわからず、周囲を見回すと、そこには広大な農地が広がっていた。


 どこだ?

 ここは。


 こんな片田舎の村なんて、俺は知らない。

 知らないはずなのに、なんで俺はこの風景を見て懐かしいと感じているのだろう?


 俺は改めて、目の前にそびえ立つ風車小屋を見上げた。

 青い空を背にゆっくりと回る巨大な風車。

 風車の回転に合わせて響く重低音。

 先ほど頭の奥で聞いた音はこれだったのかと、ひとり納得しながらも、目はひたすら回転する風車を見つめる。


 何故だろう?

 俺は以前にもこうして、回転する風車を飽きもせず、ずっと眺めていたような気がする。

 そして、風車が茜色に染まったら、帰らないとって――。


 帰るって、どこに?


 答えはわからない。

 わからないまま、青空はいつしか茜色へと姿を変え、俺の身体は自然とどこかへ向かって歩き出した。

 細い一本道をまっすぐ進み、村外れにぽつんと立つ小さなレンガ造りの家の前で、俺の身体は歩みを止めた。

 もちろん俺はこんな家なんて知らない。

 知らないはずなのに、何故か俺には確信があった。

 この家の扉を開けると、中にはひとりの女性がいて俺を出迎えてくれるはずだと。


 俺は深呼吸をひとつすると、小さな家のドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。

 その瞬間、中から美味しそうな匂いが漂ってきて、続けて奥から女性が顔を出す。

 少し癖のある長い琥珀色の髪。

 ほっそりとした華奢な身体。

 そして、温かい笑顔。


「おかえりなさい、イサ」


 何故か懐かしさで胸が一杯になる。

 こんな女性、知らないはずなのに。


「すぐに食事の支度をするから、座って待ってなさい。今日はご馳走よ」


 そう言って微笑む女性には、まだ少女のようなあどけさが残っている。

 おそらく年齢は20歳前後。

 多く見積もっても25歳にはなっていないだろう。


「どうしたの? いつまでもそんなところに突っ立ってないで、早く入ってらっしゃい」


 女性に促され、俺は戸惑いながらも、家の中に足を踏み入れた。

 一歩、家の中に入ると、俺の身体は自然とテーブルに向かい、いくつかあるイスのうち、どれに座るのか迷うこともなく着席した。

 そしてほどなく、琥珀色の髪の女性が次々とテーブルに料理を運んで来た。

 数々の美味しそうな匂いが食欲をそそる。

 最後の一皿をテーブルに置くと、そのまま女性は俺の正面の席に座った。


「お待たせ。さあ、頂きましょう」


 許可が出たので、まずはシチューを一口。


「美味しい」


 口の中に広がる、素朴で温かい味。

 でも、それ以上に懐かしい味。

 俺は噛み締めるように何度もシチューを味わい、ライ麦パンやコロッケ、フライドポテトや肉団子を夢中で平らげ、最後に焼きたてのワッフルを口いっぱいに頬張った。

 そんな俺の様子を女性はただにこにこと嬉しそうに眺めていた。


 それから「また風車を見に行ってたの?」「イサは本当に風車が好きね」など他愛のない話をしたあと、もう遅いから寝るように言われた俺は、隣室にあるベッドで仕方なく横になった。

 だが、すぐに眠れるはずもなく、俺は薄暗い部屋の中、意味もなく寝返りをうったりして、なんとか眠れるよう努力する。

 しかし、そんな努力も虚しく、目がすっかり部屋の暗闇に慣れた頃、ギィーとドアの開く音がして、小声で俺を呼ぶ女性の声がした。


「イサ。もう寝たの?」


 返事をしたほうがいいのか迷っていると、女性はそのまま部屋の中に入って来て、ベッドで寝ている俺の顔を覗き込む。

 そして寝たふりをしている俺の髪を、右手で優しく撫でた。


「イサ。可愛いイサ。大好きよ」


 愛おしそうに何度も何度も髪を撫でる。


「貴方が生まれてきてくれて、私はとっても幸せだったわ。ありがとう、イサ」


 俺は今更、本当は起きているとは言えず、寝たふりを続ける。


「このまま貴方と一緒に、静かに暮らしていたかった。できることなら、大人になった貴方の姿が見たかった」


 俺の髪を撫でていた手が、頬へと移動する。


「いつか貴方も好きな人と結婚して、子どもが生まれて――そんな平凡で幸せな夢をずっと見ていたかった」


 両手で俺の顔を包み込む。


「あの日、山へ山菜採りになんて行かなければよかった。そうすれば、獣に襲われることも、イサの『力』が目覚めることもなかったかもしれないのに。それなのに……」


 俺の顔に熱い雫がぽたりと落ちる。

 そして聞こえる、静かな嗚咽。


「ごめんなさい。イサ」


 俺の顔を包んでいた女性の両手が、ゆっくりと下へ移動していく。


「私のことは、許さなくてもいいから――!!」


 次の瞬間、女性の全体重が俺の首一点にかかる。


 苦しい。

 息が……。


 反射的に、自分の首にかけられた女性の手を引き剥がそうともがくが、物凄い力で押さえ込まれていて、びくともしない。

 この華奢な女性のどこに、こんな力があったのだろうか。


「くっ……」


 敵わないとわかっていながら、少しでも苦しみを和らげようと、女性の手に自分の指をかける。

 しかし効果はなく、むしろますます首を絞める力が強くなる。


 俺はこのまま死ぬのか?

 苦しさのあまり溢れた涙が目尻から流れていく。


 もう意識が……。

 最後の力を振り絞って開いた瞳に映ったものは、俺の首を絞めている女性の泣き顔だった。

 涙で歪んだ俺の視界と同じくらい、苦しみと悲しみに歪んだ女性の表情。

 その表情を見た瞬間、俺の中で何かが閃いた。

 俺はこの光景を知っている。


 そうだ。

 思い出した。

 彼女は俺の――――。




「……サ。…イサ。イサ!」


 はっと目を覚ますと、まず視界に飛び込んできたものは蝋燭の灯りに照らされたソルの顔だった。


「ソル。……戻って来たのか」


 身体をベッドから起こしながら、ソルに話しかける。


「ついさっきね。それより、寝ているところを起こしてしまってすまなかったね。本当は起こすつもりなんてなかったんだけど、ずいぶんと(うな)されているようだったから。――余計なお世話だったかな?」

「いや。助かった」


 そう言って、何気なく顔に手をやると、指先に冷たい感触がした。

 蝋燭の薄明かりの中、自分の指先を見ると、わずかに濡れている。


 ――もしかして、俺は泣いているのか?


「……何か冷たいものでも飲むかい? 頭がすっきりするよ」


 おそらく、ソルも俺の涙には気づいているのだろう。

 だが、あえてそれに触れるようなことはしない。

 だから、俺もいつも通りに答える。


「ああ。そうだな、頼む」


 そして、ソルが飲み物を取りに行っている隙に、俺は素早く両目の涙を拭い去った。

 涙の理由はなんだったのか。

 目覚める直前、バラバラだったパズルのピースがすべてはまったような気がするのに、もう思い出せない。

 そもそも、俺が見ていたものは、ただの夢だったのだろうか?

 現実に起こったことではなかったのだろうか?

 いったい、どこまでが夢で、どこまでが現実だったんだ?

 それとも、すべては俺の深層意識が見せた幻だったのかもしれない。


 俺は、ソルが淹れてきた冷水を受け取ると、一気にあおり、再度横になった。

 しかし、その後眠りにつくことはなかった。

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