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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー1日目ーー
27/41

気まずい食卓、薬と旅と名前と

イサ「華麗なる変身を遂げた際、人並みに胸があったのはどういう芸当なんだ?」

ヒメナ「……なんだかんだ言いつつ、見るべきところは、ちゃんと見てたんデスネ」

イサ「さっきまで真っ平らだったところに膨らみができていれば、いやでも目につくだろう。それで、どうなんだ?」

ヒメナ「ふっ。女の子にはパッドという心強い味方がいるんデスよ。ちなみに3枚重ねデシタ」

イサ「3枚重ねて、あの……」

ヒメナ「そんな可哀想なものを見る目で、ヒメナさんを見ないでクダサイ!」

 蝋燭をふんだんに使い、夜でも明るい回廊を手燭なしで歩く。

 松明ではなく、蝋燭を使っているあたり、さすが高級旅館といったところか。

 俺が妙なところで感心していると、先ほど合流したリリィとヒメナが早くも夕食の話題で盛り上がっている。


「ねぇ、知ってる? この旅館の食堂で出してる鶏は、餌までこだわって育てた鶏を使っているんですって」

「それは凄いデスねェ。是非とも食べてみなければ!」


 まるで何事もなかったかのように、いつも通りの2人を、俺は複雑な思いで眺める。

 つい数分前、隣室を訪ねて、不機嫌を隠そうともしないリリィと、すでに服も靴も髪型もいつも通りの格好に戻っていたヒメナに、八つ当たりした件を謝罪した。

 リリィはまだ不満げだったが、ヒメナが快く許してくれたため「ヒメナちゃんがそう言うなら……」と、しぶしぶ許してくれた。


 ちなみに、諸々の原因になった童話の入った紙袋は、ひとまずソルの使っている部屋へ置いてきた。

 できれば、さっさと自分の荷物の中に放り込んでしまいたかったのだが、あいにく俺の荷物はリリィの部屋に置いてあり、せっかく収まったところに、再度火種を持ち込みたくなかったので、あとでリリィの部屋から自分の荷物を回収して、こっそり入れておくつもりだ。

 せっかくヒメナのために買った物だが、おそらくもう渡すことはないだろう。

 それにリリィには、折りを見て『あの日』のことを謝らなければ。

 そんなことを考えながら、俺は楽しそうに笑い合うヒメナとリリィの姿を眺めていた。


 食欲をそそる匂いが漂う食堂の入口につくと、給仕の案内で、俺達は大きな丸テーブルの席についた。

 席は俺から時計回りにソル、リリィ、ヒメナの順だ。

 それからほどなくして、白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルに乗り切らないほど、たくさんの料理が運ばれてきた。


「ちょっと頼み過ぎちゃったかしら?」

「いえいえ。大丈夫デスヨ。いざとなれば、すべてヒメナさんのお腹の中に収まりますカラ」


 そんな冗談なのか本気なのかわからない話で盛り上がりながら、和やかに食事が進んでいく。

 そして、テーブルの上から皿が半分ほど消えたあたりで、ヒメナがふと思い出したかのように、ソルへ話を振った。


「そういえば、ソルさんって赤緑の医療団の薬師でしたよネ?」


 さっきまでかぶりついていた骨付き鶏のせいで、唇をテカテカと光らせながら、ヒメナが訊ねる。


「そうだよ。それがどうかしたのかい?」


 いきなり話を振られても、慌てた様子はなく、ソルがにこやかに応対する。

 それを見てヒメナものほほ~んと笑うと、そのまま質問をぶつけた。


「コロリ虫の特効薬を赤緑の医療団が作ったという噂を聞きましたが、本当なんデスか?」

「……本当だよ」

「それじゃあ、いくつか問題点があって、一般にはほとんど出回っていないというのも?」

「本当だよ」


 ソルがにっこりと笑う。

 だが、その目は鋭い光を放っていた。


「だけど、ヒメナちゃんはどこでその話を聞いたのかな? そのことは、べつに秘密にしているわけじゃないけど、大々的に公表しているわけでもないんだけどね」


 表面的には穏やかに話し合っているようにしか見えないが、さっきからピリピリとした空気が肌を刺す。

 リリィもそのことに気づいているようだが、直接諍いが起こっているわけではないので、とめることもできず、心配そうにソルとヒメナの顔を交互に見ている。

 しかし、とうのヒメナは鈍いのか、図太いのか、平然とした顔でソルとの会話を続ける。


「カズンの町で、小耳に挟んだだけデスよ」

「カズンっていえば、良質な薬草の産地として有名よね! 赤緑の医療団とも付き合いがあるし」

「そうだね。だけど、たまたま通りかかっただけの旅人が、たまたま小耳に挟めるような場所で、たまたま誰かがコロリ虫の特効薬の話をしていたなんてことがあるのかな? それに、小耳に挟んだだけにしては、ずいぶん詳しく知っているみたいだけど?」


 不穏な空気を打ち破るため、すかさずリリィがフォローを入れるが、その努力はすぐにソルの笑顔の圧力の前に消えた。

 一触即発な中、ヒメナがいつもの通りの緩い空気をまといながら、のほほ~んと答える。


「そうなんデスよ。たまたまタイミングが良かったんでしょうネ」


 その瞬間、とぼけた顔のヒメナと、笑顔のソルの間に、見えないはずの火花が見えた。


「そうなんだ。ヒメナちゃんは情報屋としても、やっていけるんじゃないかな」

「イエイエ。ヒメナさんなんて、とてもとても」


 相変わらず、表面的には和やかに会話を楽しんでいるようにしか見えない2人のやり取りを見ているうちに、俺の頭には自然と『狐と狸の化かし合い』という言葉が浮かんでいた。


 それにしても、いつの間にこの2人は、こんな険悪な関係になっていたんだ?

 初対面時、ソルはともかく、ヒメナのほうはソルに好意を抱いていたように見えたのだが……。


 考えられるとしたら、リリィの策略により2人で街へ出掛けて行った時に何かがあったのだろう。

 よく考えたら、街から戻って来た後のソルとヒメナ2人きりの会話は、リリィも俺もドア越しに聞いただけで、直接話している現場を見たわけではないから、その時は、このピリピリした空気に気づかなかったのかもしれない。

 しかもその後、なんだかんだあって、2人の様子に気を配っている余裕もなかったからな。

 その時俺は、ふとソルが『2人で出掛けた時にヒメナちゃんの人となりを知った』と言っていたことを思い出した。

 つまり、2人で出掛けた時に、互いの人となりをはっきりと知ることができるような出来事が起こったわけだ。


 ――何があったのか、知りたいような、知りたくないような……。


 俺があれこれ思案していると、突然ヒメナから流れ弾を食らった。


「それにヒメナさんがカズンで小耳に挟んだ情報は、あくまで赤緑の医療団がコロリ虫の特効薬を作ったということだけデス。その特効薬に問題点があるとか、一般にはほとんど出回っていないということは、全部イサから教えてもらったんデスヨ」


 いきなり矛先を向けられ、一気にソルとリリィから注目を浴びた俺は、とっさにヒメナへと視線を泳がす。

 しかし、そこには涼しい顔をして、のほほ~んと笑うヒメナがいた。

 しかも、そのとぼけた面には、はっきりと「え? ヒメナさん何かマズいことを言いマシタか?」と白々しく書いてある。


 ――こいつ、明らかに確信犯だ。


 もしかして、俺が八つ当たりしたことに対する仕返しのつもりなのか?

 たしかに、ずいぶんあっさり許したとは思っていたが、こういうことだったのか。

 キッとヒメナを睨みつけるが、ヒメナはどこ吹く風といった風情でまったく効果はない。


「……べつに秘密ではないのだろう?」


 ため息をひとつ吐くと、俺はヒメナを追及することを諦め、自分へと向けられる非難の視線の弁明に努める。


「俺はただ、コロリ虫の特効薬についての話題をヒメナから振られて、知っていることを話しただけだ。特に『口外するな』とも言われていなかったしな」


 俺の言い分を聞いたソルは、にっこりと笑ってこう答えた。


「そうだね。たしかに『口外するな』とは一言も言っていなかったね」


 どこか含みのあるソルの笑顔。

 その笑顔を見て、俺の背中を冷たい汗が伝う。


「そのことについては、完全にこちらの不手際だ。済まなかったね。だからイサも、今度からはあまり口外しないようにしてくれるかな?」

「ああ……」


 物腰は柔らかいのに、有無を言わせぬ圧力に、俺は素直に頷いた。

 これで、この話は終わったと思った瞬間、例によってヒメナが余計な口を挟む。


「でも、どうしてあんまり口外したら駄目なんデスか?」

「余計な不満を生まないためよ」


 さっきの険悪な雰囲気は御免とばかりに、いきなりリリィが割って入る。


「コロリ虫の特効薬は長期保存ができないのよ。だから大量に作り置きすることができないの。しかも咬まれてから24時間以内でないと、薬の効果がないし」

「だから、コロリ虫に咬まれてから24時間以上経った患者には、僕達赤緑の医療団でも治療することはできないんだよ。でも、そんなこと普通の人は知らないし、説明したところで信じてくれないんだ。『特効薬があるのに使ってくれなかった』『見殺しにされた』ってね」

「だから、コロリ虫の特効薬についてはあまり口外しないようにしているのよ。もともと特効薬のことを知らなければ、余計な期待を抱かずに済むでしょう?」


 黙ってリリィとソルの説明に耳を傾けていたヒメナが、神妙な顔で頷く。


「そうデスね。わかる気がしマス。……期待が裏切られると、つらいデスよね」


 しんみりとした空気がヒメナを包む。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの、のほほ~ん顔に戻った。


「いつか諸々の問題点が解消されて、コロリ虫の特効薬のことを堂々と口外できるようになればいいデスね」


 緩い空気を身にまとったヒメナがにこにこと笑う。

 それにつられてリリィも微笑む。


「そんな日が来るといいわね」

「来るさ。そのために、僕達赤緑の医療団の薬師達は日夜研究をしているのだから」


 この後は特に険悪な雰囲気になることもなく、食事が進んでいった。

 そして、あらかた料理を食べ終えた頃、ナプキンで口を拭いたソルが、まだ食事中のヒメナににっこりと話しかけた。


「そういえば、ヒメナちゃんは王都まで何をしに行くんだい?」


 その一言で、俺は飲んでいた赤ワインが気管に入り、盛大にむせた。

 リリィやヒメナ、ソルまでが心配してくれるが、今はそんなことに構っている余裕はない。

 もし、ヒメナの旅の目的が魔王(俺)を倒すことだと2人に知れたら、かなりまずい。

 特に、ヒメナに良い感情を持っていないソルには――。

 俺は心配する3人に大丈夫だと伝えると、話題を変えるためヒメナに話しかけた。


「ヒメナが今食べているレモンパイ、美味しそうだな」

「ハイ。美味しいデスよ。イサも食べマスか?」

「ああ」


 正直、それほど欲しかったわけではなかったが、話の流れでつい肯定してしまう。

 するとヒメナは何を思ったのか、レモンパイを一切れ掴むと、身を乗り出して俺のほうへそれを突きつけてきた。


「ハイ♪ あ~ん」


 ――は?


 これは……どうすればいいんだ?

 まさか、このまま俺に食えとでも?


 まるで金縛りにでもあったかのように、俺は身じろぎひとつできないまま、突きつけられたレモンパイを穴があくほど見つめる。


 ――これを食べるのか。


 ごくりと喉が鳴る。

 そして、もう一度逡巡した後、覚悟を決めた俺はそれにかぶりついた。

 ソルとリリィからの突き刺さるような視線が痛い。


「どうデスか? 美味しいデスか?」

「ああ」


 本当は味なんてさっぱりわからなかったが、とりあえず無難な返事をしておく。


「それじゃあ、もう一口いりマスか?」

「いや! もう十分だ」


 思わず、即答してしまう。


 ――これ以上、あんな辱めを受けてたまるか!


「そうデスか? それじゃあ、残りはヒメナさんがいただきますヨ」


 そう言うと、ヒメナはなんの躊躇いもなく、さっき俺が口をつけた箇所にかぶりついた。

 もぐもぐと美味しそうに食べているヒメナのテカテカ輝く唇が、やたら色っぽく見える。


「ねぇ、兄様。もしかして、私達お邪魔だったかしら?」


 悪意を含んだリリィの声で正気に戻った俺は、とっさにソルとリリィへ視線を走らせる。

 リリィがニタニタと笑いながら俺を見ていることはなんとなく予想できたが、ソルまでもが困ったような呆れたような顔で静かに俺を見守っている。


「なんだ? 言いたいことがあるなら、はっきりと言え」

「べつにー。ただじゃれ合ってるイサとヒメナちゃんの邪魔をしたら悪いと思っただけよ。ね、兄様」

「そうだね」


 すると俺達の会話を聞いていたヒメナが、突然のほほ~んとした顔で話しかけてきた。


「3人とも仲良しデスねェ。少し羨ましいデス」


 その一言で、ヒメナが俺達の視線を集める。


「ヒメナさんにも、そんなふうになんでも言い合える友達がいれば、少しは何かが違っていたのかもしれませんネ。――そしたら、少なくとも、ミニアル村を出て魔王退治に行こうとは思わなかったでショウね♪」


 空気が重くなるのを感じたのか、後半部分はわざと明るくおどけてみせる。

 確かに、ヒメナのその心遣いは立派だと思う。


 だがな。

 よりにもよって、俺が辱めを受けてまで隠そうとしたことを、なんでさらりと話すんだ!?

 ごまかすにしても、もっとほかに話題はいくらでもあっただろう!


「へえ。まさかヒメナちゃんが王都ルノオンへ行く目的が魔王退治のためだったなんて驚きだなあ」


 声の調子は普通だが、どこからか冷気を感じる。

 しかし、冷気のもとを確認したら、凍ってしまうかもしれないので、あえてそれから目を逸らす。


「できれば、どうして魔王退治に行こうと思ったのかも聞かせて欲しいな。リリィも気になるだろう?」

「え!? ……そうね。私もぜひ聞きたいわ」


 いきなりソルから話を振られて少し慌てていたが、リリィもソルの意見に賛同する。

 おそらくリリィにしたら、前半の深刻そうな部分を下手に突っ込むよりもいいだろうとの判断だろうが、今はその気遣いすらも恨めしい。

 だが、それよりも――。


 俺はすべての元凶へ恨みがましい目を向ける。

 しかし、とうのヒメナは自分の発言のまずさに気づくこともなく、のほほ~んとした顔で、ソルとの会話を続ける。


「魔王退治に行こうと思ったきっかけデスか? それなら簡単デスヨ。お肉が買えなくてムキィー。あ! 魔王退治に行って左団扇でウッハウハ~♪ と、まァこんな感じデス」


 得意顔で胸を張るヒメナと、目が点になるソルとリリィ。


「えっと……。兄様。今の意味、わかった?」

「え? うーん……?」


 互いに顔を見合わせて、首を横に振る。


 まあ、そうだろう。

 事情を知っている俺ですら、意味がわからなかったからな。


「それで、ミニアル村を旅立ったわけなんですケド、ひとつだけどうしても気になることがあるんデス」


 意味がわからず、顔を見合わせたままのソルとリリィを置き去りにして、ヒメナがひとりで勝手に話を進めていく。


「魔王といえば、各地から美女を(さら)ってハーレムを築くのが、世の常識じゃあないデスか!? それなのに、ヒメナさんを狙わないなんておかしいデス!」


 おかしいのは、お前の頭だ。

 あと、それはどこの世界の常識だ?


「それでよく考えてみたら、魔王が娘を拐ったという噂は一度も聞いたことがないんデスよ」


 まあ、そうだろうな。

 そんなことは、歴代の魔王だってしたことがないだろうし。

 だいいち、女を拐ったところでなんの得があるんだ?

 拐ってきた以上、衣食住の最低限の保障はしなければならないわけだろう?

 どこにそんな無駄金があると思っているんだ。

 もし俺がそんなことのために予算を作れと言ったら、カイに「は? ふざけてるんですか? 張っ倒しますよ?」と一笑に付されて終わるな。

 俺がそんなことを考えている間にも、ヒメナが持論をさらに熱く語る。


「そこで、賢いヒメナさんは考えたわけデスよ。拐わないのではなく、拐いに行く必要がないのではないかと」


 そこでいったん言葉を切り、ヒメナがいつになく真剣な顔を俺達に向ける。

 そして、全員の意識が自分に向いていることを確認してから、重々しく口を開いた。


「つまり、魔王は男好きなんデスよ!」


 ……おい、こら。

 誰が男好きだって?


 したり顔のヒメナに軽く殺意が湧く。


 それと、そこの兄妹。

 笑いを噛み殺した努力は買うが、まったく同じ仕草をするな。

 2人とも口元を押さえていても、肩が震えているぞ。


 明らかに異様な空気が漂う中、調子に乗ったヒメナはそれに気づくことができず、さらに熱弁を振るう。


「きっと、魔王退治に来た勇者の中から好みのタイプを選んでるんデスよ。そして、地下牢か何かに閉じ込めて、あんなコトやこんなコトをやっているに違いアリマセン! なんてイヤらしい!!」

「ぷっ! アハハハハハ。もう駄目! 我慢できない!! 男、男好きって! アハハハハ」


 ヒメナの、斜め上を行く思考回路に、リリィが我慢できずに噴き出す。


「いったい、何をどうすればそんな考えになるの? 有り得なさすぎて、逆に面白いわ!」


 腹を抱えて笑うリリィに、ヒメナが怪訝な顔で尋ねる。


「どうして、有り得ないって言い切れるんデスか? まるで、魔王のことをよく知っているみたいデスよ?」


 ヒメナの鋭い突っ込みに、リリィの笑い声がぴたりとやむ。


「それは……えーと」


 リリィの目が泳ぐ。

 そして、助けを求めるように俺の顔をじっと見つめてきた。

 しかし、そんなすぐに名案が浮かぶはずもなく、自然と目がソルへと向く。

 ソルは少し困ったような表情をしていたが、特にリリィのフォローをする気はないらしく、静観を決め込んだ様子だ。

 おそらくソルにしてみれば、ヒメナの目的(魔王退治)を知った以上、リリィの失言によって俺の正体がばれようが、上手く誤魔化せようが、どちらでも構わないのだろう。

 むしろ、自分の目の届くところで決着がついて欲しいと思っているのかもしれない。

 俺が視線をリリィに戻すと、リリィも助け舟がないことを悟ったらしく、腹をくくってヒメナと対話する態勢に入った。


「実はね、私の知り合いに魔王と会ったことのある人がいて、その人から色々と話を聞いたのよ。ほら! 私って、仕事で色々なところに行くでしょう? だからいろんな人からいろんな話を聞けるのよ。それで話を聞いて、勝手に魔王のイメージを作ってたものだから、ついついそんな発言をしちゃったのね。私自身は、まったく、これっぽっちも、魔王と面識はないのよ?」


 何もフォローができなかった俺が言うのもあれだが、もっとマシな言い訳は思いつかなかったのか?

 最後、強調し過ぎていて、逆に怪しいぞ。

 ……それでも、ふだん実直なリリィにしては頑張ったほうか。

 半ば、諦めの境地で事の成り行きを見守る。

 しかし、俺の予想に反して、ヒメナはリリィの嘘臭い作り話に突っ込むことなく会話を続けた。


「そうなんデスか。いろんなところに知り合いがいるなんて凄いデスねェ」


 のほほ~んとした笑顔で、のほほ~んとした空気を醸し出しながら、ヒメナがのんびりと答える。

 本来なら、ここは突っ込まれずに良かったと喜ぶべきところなのだろうが、相手が相手だけに何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

 そもそも、俺ですら怪しいと感じるくらいなのに、ヒメナが話の怪しさに気づかないわけがない。

 何か考えがあるのか?

 それとも野生の勘で、これ以上踏みこめば自分の身に危険が及ぶと、本能的に察知したのだろうか?

 俺があれこれ考えていると、やはりというか、にやりと笑ったヒメナが「ところで……」とリリィに話し掛けた。


「リリィさんの知り合いに、魔王の弱点を知っている方っていまセンか?」

「弱点?」

「ハイ! 知り合いの多いリリィさんなら何か聞いたことありまセンか? あっ、弱点じゃあなくても、ちょっと苦手だなァと思うような物でも構いませんヨ」


 にこにこしながらリリィに話しかけるヒメナから、その情報収集能力の高さが垣間見えた。

 人間はひとつのことに集中すると、それ以外への注意が散漫になる。

 まず、リリィの失言について追及し、相手の調子を崩すとともに、リリィの意識を『魔王とリリィの関係性』について集中させる。

 そして、一度リリィの言い分を受け入れることでリリィを安心させ、隙を作る。

 そこですかさず、別の切り口から新たな質問をぶつける。

 この際、留意すべき点は、最初の質問よりやや難易度を下げることだ。

 さらに、リリィだからこそ頼りにしているとアピールし、最後に弱点ではなく、ちょっと苦手な物でもいいと、妥協したように見せかける。

 誰だって、頼られて嫌な気持ちはしないし、妥協までしてくれた相手に対して、何も答えないのは心苦しく思うだろう。

 しかも、最初の質問に嘘をついたという負い目もある。

 普通に質問した時よりも、はるかに高確率で情報が引き出せるはずだ。

 まさにリリィの性格をついた見事な作戦だな。

 だがな、リリィだってヒメナの意図に気づかないほど、馬鹿ではないだろう。

 そもそも俺に弱点なんて――。


「そうね。あえて言うなら『耳』かしら?」


 リリィ!

 いきなり何を言い出すんだ!?

 俺が思っていた以上に馬鹿だったのか?


「えっ? 耳……デスか?」

「そうそう! 特に右耳が弱いらしくて」


 リリィ。

 頼むから、もう黙ってくれ!


 ……いや、まだ黙らないでくれ。

 ソルの誤解を解いてから黙ってくれ!

 先ほどとは違った意味で、ソルの視線が痛い。


「ほら! よくいるじゃない? 耳元で話されるとくすぐったいっていう人。ああいう感じよ」

「なるほど。つまり魔王の右耳近くで囁けばいいんデスね!」

「それよりも息を吹きかけたほうが効くと思うわよ?」


 そうだな。

 子供の頃、リリィに騙されて右耳に息を吹きかけられたことがあったが、あの時は本気で殺意を覚えたからな。

 あの日のリリィの笑い声を、俺は一生忘れない。


「そうデスね! 忘れないようにあとでメモしておきマス。色々話してくれて、ありがとうございました」



 ヒメナがぺこりとリリィに頭を下げる。

 どうやら、一連のリリィとヒメナの会話を聞いて、ソルの誤解も解けたようだし、ようやく一段落着いたと思った瞬間、躊躇いがちに誰かが声をかけてきた。


「あの、ご歓談中のところ失礼致します。赤緑の医療団の医師、ルディッサリリィ様とソルトリアリンクス様でいらっしゃいますか?」


 声の主は、見事な口髭を蓄えた初老の男性だった。

 男の身なりや立ち居振る舞いから察するに、どうやらこの旅館の人間で、しかもかなり上の立場の者のようだ。

 そんな人間がわざわざ声をかけて来るなんて、何かよほどのことがあったのだろう。

 しかも、リリィやソル個人ではなく、赤緑の医療団の医師に用があるということは、診療所でなんらかの問題が起こったと考えるのが妥当だ。

 そして当然、リリィも同じ考えに至ったらしく、不機嫌な顔を隠そうともせず、嫌々聞き返す。


「確かに私達が赤緑の医療団の医師だけど、いったいなんの用なの?」

「はい。じつは先ほど、診療所から使いの者が来られまして、お二方に直接お伝えしたいことがあるとのことで、受付でお待ち頂いております。申し訳ございませんが、受付までご足労願えますか?」


 そう言って、頭を下げる初老の男性の頼みを無下に断るわけにもいかず、リリィは大きなため息を吐くと、しぶしぶ席を立った。


「ごめんなさい。少し席を外すわ。行きましょう、兄様」


 俺とヒメナに断りを入れると、リリィはソルを促して初老の男性とともに去って行った。

 立ち去って行く3人の後ろ姿を見送ると、ヒメナは何事もなかったかのように、まだ皿に残っている料理に手を伸ばした。


「イサ。ここに残っている料理って、ヒメナさんが食べてしまってもいいと思いマスか?」


 そう言いながらも、ヒメナの右手にはしっかりとフォークが握られている。


「明らかに食べる態勢に入っているだろうが!」と突っ込むことすら面倒だった俺は、適当に返事をする。



「勝手にしろ」

「それでは、遠慮なく。いただきます!」


 ヒメナのフォークが軽やかに舞う。

 一口食べるごとに至福の笑みを浮かべるヒメナを眺めながら、俺はひとりグラスを傾ける。

 芳醇な赤ワインを愉しんでいた俺は、ふとあることを思い出し、一心不乱に食べ続けているヒメナに疑問をぶつけた。


「そういえば、ソルと2人で出掛けた時に何かあったのか?」

「何か、と言いマスと?」


 フォークを口にくわえたまま、ヒメナがきょとんとする。

 どうやら、本当に何も思い当たることがないらしい。

 だが、何事もなかったのなら、ヒメナの態度が変わった説明がつかない。

 俺は少し考えた後、質問を変えた。


「ソルから、何か個人的なことを訊かれたり、言われたりしなかったか?」

「ハイ。言われましたヨ」

「本当か!? 何を言われたんだ?」

「ソルさんのお邸で住み込みのメイドとして働かないかって誘われマシタ。ちょうど人手不足で困ってたそうデス」


 ヒメナがのほほ~んと答える。


 なるほど。

 ヒメナがこの話に乗ってくれば、ソルは労せずして俺とヒメナを引き離すことができるし、その後もヒメナを監視しやすいというわけか。

 まさに一石二鳥の案だな。


「それで、ヒメナはどう返事をしたんだ?」

「それは……秘密デス」


 料理をすべて完食し、ヒメナが満足げな顔で口の汚れをナプキンで拭く。

 そして、俺に視線を向けると、唐突に話の流れを変えた。


「まァ、そんなことはどうでもいいじゃあないデスか。それよりも、ヒメナさんからもひとつ質問があるんですケド、いいデスか?」


 そう言うと、ヒメナは俺の返答を待たずに質問をぶつけてきた。


「どうしてソルさんとリリィさんの名前は、あんなに長いんデスか?」

「……は?」


 予想すらしていなかったヒメナの質問に、俺は言葉に詰まる。


「何か由来とか意味があるんデスか?」

「俺が知るか。そういうことは本人に直接きけ」

「だって、本人には訊きづらいじゃあないデスか」

「それなら訊くな」

「でも、気になるんデスよ!」

「がっかりさせるようで悪いんだけど、そんなにたいした理由はないわよ。それでもよければ聞く?」


 俺とヒメナの会話に突然、頭上から降ってきた声が割って入る。

 見上げるとそこには、にっこりと笑うリリィが立っていた。


「リリィさん!? いつからそこにいたんデスか?」

「リリィひとりか? ソルはどうした?」

「兄様なら、診療所へ向かったわ」


 俺の問いかけに答えながら、リリィが席に着く。


「やっぱり診療所で、ちょっとしたトラブルがあったみたいなの。それで、どちらかひとりに戻って来て欲しいってことだったから、兄様に行ってもらったわ。トラブルの内容も、私よりも兄様向けだったし」


 ハァ、とリリィが大きくため息を吐く。


「あ、それで兄様からイサに伝言なんだけど、いつ戻れるかわからないから、部屋は勝手に使ってくれて構わないって。最悪、今日はもう戻って来れないかもしれないから、自分の帰りを待たず、先に寝ててくれって。はい。これ、部屋の鍵」


 そう言うと、ポケットから取り出した銀色の鍵を俺に差し出した。


「あと、部屋にはちゃんと鍵を掛けて寝るようにって。もし戻って来るのが遅くなったら、受付で予備の鍵を借りるからって言ってたわよ」


 ――ソルは、俺のことをいくつだと思っているんだ?


 俺が鍵を受け取ると、リリィはヒメナのほうへ顔を向けた。


「お待たせ、ヒメナちゃん。それでさっきの続きなんだけど、それでも私達の名前の由来を知りたい?」

「ハイ。教えて頂けるのでしたら、ぜひ」

「そう? それじゃ、簡単に説明するわね」


 この後語ったリリィの話を要約すると、赤緑の医療団の前身となる組織を作った人物がソルやリリィの先祖で、その先祖には当時、自分の残りの人生すべてを捧げてもいいと思うほど崇拝していた人物がいたらしい。

 そして、その崇拝していた人物の名前が少し長かったため、それにあやかって我が子にも長い名前を付けたことがすべての始まりとのこと。

 それ以降、一族の人間は我が子に長い名前をつけるのが暗黙の了解となり、現在に至るらしい。


「でもね。つけるほうはいいかもしれないけど、長ったらしい名前をつけられたほうは堪ったもんじゃないわよ!? 書類一枚に署名するくらいならたいしたことないけど、それが何十枚、何百枚、何千枚になってご覧なさい。自分の名前を書くだけで、腱鞘炎になるわよ!」


 リリィの熱い主張を聞き、俺の脳裏に魔王城の執務室に天高く積み上がった書類の山が浮かぶ。


「確かに。あれは大変な作業だよな」


 以前の、書類に延々と署名していく自分の姿をしみじみと思い出す。


「そう! そうなのよ!! イサならこのツラさをわかってくれると思ってたわ」


 握手を求めて差し出されたリリィの手を握り返すと、激しく上下に揺すぶられた。

 その横でヒメナが不思議そうな表情を浮かべている。


「あの~。どうしてイサならリリィさんのツラさがわかるんデスか?」

「え? だってイサの名前もじゅうぶん長いでしょう? …………もしかして、ヒメナちゃん。『イサ』が愛称だってこと、知らなかったの?」


 ヒメナの反応を見て、リリィが気まずそうに俺の様子をそうっと窺う。

『ごめんなさい! まさか知らないとは思わなくって』

 そう目で訴えかけてくるリリィに『言ってしまったことは仕方がない。気にするな』と、こちらも目で返事をする。


「『イサ』って、本当の名前じゃあなかったんデスね。どうしてヒメナさんに言ってくれなかったんデスか?」


 ヒメナが笑顔を作りながら、俺に話しかけてくる。

 無理に作った不自然な笑顔は、酷く歪んで見えた。


「……言う必要がないと思っただけだ」


 おそらく、今のヒメナに適当なごまかしは通用しないだろうと感じた俺は、なるべく率直に答えた。


「……どうしてヒメナさんに、嘘ついてたんデスか?」

「嘘を言った覚えはない。俺は名前を訊かれたから『イサと呼べ』そう言っただけだ」

「それじゃあ、今ヒメナさんがイサの名前を訊いたら、イサはちゃんと本当の名前を教えてくれるんデスか?」

「それは……できない」

「どうしてデスか?」

「それも、言えない」

「……そうデスか」


 ヒメナが力無く俯く。

 一瞬、泣いているのかと思ったが、顔を上げたヒメナは笑っていた。

 いつかのように、口元をきつく引き結び、目を不自然に見開いて、笑っていた。

 俺は、この表情を知っている。

 これまでも、何度か目にしてきた。

 そう。

 これは、ヒメナが本当に悲しくて、だけど、涙を見せまいと我慢している時の表情だ。


「それじゃあ、ヒメナさんはこれまで通り『イサ』って呼びマスね。あっ、一応言っておきマスが、ヒメナさんの名前は『ヒメナ』デスヨ。それ以上でも、それ以下でもないデス」


 無理に明るく振る舞おうとしているのが、痛々しい。

 だが、ヒメナに何も応えてやれない自分には、どうすることもできない。


 その後も続くヒメナの空元気に、リリィがたまらず解散宣言を出し、俺はソルの部屋、リリィとヒメナはリリィの部屋にそれぞれ引き上げた。

 からっぽになった皿に、後味の悪さを残して。

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