ちょっとお茶でも、約束のお菓子
ヒメナ「イサって、リリィさんに何か弱みでも握られてるんデスか?」
イサ「答える義理はない」
ヒメナ「あ! もしかして夜這いでもして、返り討ちにあったんデスか? それとも逆に据え膳を喰わずに恥を掻かせたトカ?」
イサ「……前々から思っていたが、お前はどこでそんな知識を仕入れてくるんだ?」
それから、リリィとヒメナは何軒もの店を梯子し、そのたびに俺の持つ荷物の量がどんどん増えていった。
ちなみに今、俺の両手には紙袋が10個と箱が5個のっている。
「それじゃ、今度はどの店に行きましょうか? ヒメナちゃんは行きたいところある?」
このうえ、リリィはまだどこかに行く気らしい。
俺は心の中で『そういう台詞は、この両手いっぱいの荷物を見てから言え』と悪態づきながら、何があろうとも金輪際リリィとだけは買い物に行くまいと固く誓った。
「そうデスねェ~」
リリィの質問に小首を傾げたヒメナが俺のほうをちらっと見る。
そしてすぐリリィにこんな提案を出した。
「あの、少し休憩しまセンか? ヒメナさん、喉が渇いちゃいました」
そう言って、ヒメナがはにかむ。
どうやらヒメナは、俺に気を遣ったようだが、どうせなら「そろそろ帰りませんか?」くらい言って欲しかった。
しかし、リリィの次の言葉で、どうしてヒメナが「帰ろう」と言い出さなかったのかを理解した。
「それじゃあ、どこかでお茶でもしましょうか? あっ。そういえば、例の美味しいお菓子を出す喫茶店がこの近くにあるわ。せっかくだし、そこに行きましょう!」
そういえば、そんなことを言っていたな。
むしろ、あの食い意地のはったヒメナがお菓子をごちそうになるまでは、絶対に帰るわけがない。
――もしかしてヒメナは、あたかも俺のことを気遣って休憩しようと言ったように見せかけて、実は自分が目当てのお菓子を食えるように、上手くリリィを誘導しただけなのではないだろうか?
そんな疑念が湧き起こってきたが、とりあえず今はそんなことより、少しでも休みたい。
こうして俺達は、それぞれの思惑を胸に、例の喫茶店へと向かった。
最近人気の喫茶店というだけのことはあり、店内はほぼ満席状態だった。
客は若者が大半を占めており、どうやら友達や恋人と一緒に来ているようだ。
俺達は幸いにも、少しも待たされることなく、2階のテラス席へと通された。
丸テーブルを囲うように3つの椅子が置かれたそこは、明るく開放的で、爽やかな風が人いきれで火照った体に心地良い。
「気持ちいいわね」
「ハイ。いい天気で良かったデスね」
リリィとヒメナもテラス席が気に入ったらしく、嬉々として席に着く。
俺が持っていた荷物をすべて床に置き、椅子に座ると同時に、店員がメニュー表を持って来て「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」と言うと素早く去って行った。
「これがメニュー表デスか?」
ヒメナが興味津々で丸テーブルの上に置かれたメニュー表へ手を伸ばす。
そして表紙に書かれた文字を穴があくほど見つめる。
「め……に……ゅ……。あっ! ちゃんとメニューって書いてありますヨ」
にこにこと笑いながら、ヒメナがメニューという文字を指差す。
「へぇー。ヒメナちゃんって、字が読めるのね」
リリィが感嘆の声を上げる。
しかし、すぐに自分の失言に気がついたようで、慌てて言い足した。
「あ! 別にヒメナちゃんのことを馬鹿にしたわけじゃないのよ? ただ、ヒメナちゃんって田舎の出だって聞いてたから……。ほらっ、田舎のほうじゃ読み書きできない人も多いっていうし」
言葉を重ねれば重ねるほど泥沼にはまっていくリリィを見かねて、ヒメナが助け舟を出す。
「気にしないでクダサイ。実際、ヒメナさんもつい最近まで、まったく読み書きができなかったんデスヨ」
にこにこ顔のヒメナが、リリィに言葉を続ける。
「ずっと読み書きができなかったんですケド、そのことを知ったイサが親切に教えてくれたんデス。おかげさまで、今では自分の名前も書けるようになったんですヨ♪」
「へぇー。そうなの? ……イサがねぇ」
ヒメナの言葉を聞いたリリィが、にやにやと笑いながら俺を見る。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「べっつにー」
にやにやとからかうように答えると、リリィがヒメナへと向き直る。
「とりあえず、まずは飲み物を注文しましょう。ヒメナちゃんは何にする?」
リリィがメニュー表を指差すのを見て、ヒメナが持っていたメニュー表を開く。
「そうデスねェ~」
そう言って笑顔でメニュー表に視線を落とすヒメナの顔が、何故かだんだんと強張っていく。
そしてパタンとメニュー表を閉じると、明らかな作り笑いを浮かべて、リリィへと手渡した。
「すみません。じつはまだ文字をすらすら読めないんデス。このままだと日が暮れてしまいそうですカラ、ヒメナさんの代わりに注文を頼んでもいいデスか?」
「……ええ。いいわよ」
わざといつも通りの明るい声で、リリィがヒメナからメニュー表を受け取る。
「ヒメナちゃんは冷たいのと温いの、どっちが飲みたい? あと、何か嫌いな物とかある?」
「できれば、冷たい物が飲みたいデス。嫌いな物は特にアリマセン」
「そう? じゃあ、私が適当に決めちゃってもいいかしら?」
「ハイ。お願いします」
ヒメナの了承を得て、リリィがメニュー表へ目を通す。
「あ。イサは飲み物、冷たいのと温いのどっちがいい?」
まるでヒメナに訊いたついでのように、メニュー表から目を離さずリリィが俺に尋ねる。
そして俺が「冷たいほう」だと答えると、何が飲みたいのかとは一言も訊かず、店員を呼び、勝手に俺の分まで注文した。
それからほどなく、店員がまったく同じ物が入ったグラスを3つ運んで来て、俺達の前にそれぞれ置いていった。
俺は自分の前に置かれた薄い桃色の液体が入ったグラスを凝視しながら、リリィに詰め寄った。
「……おい、リリィ。俺はたしかに冷たい飲み物が欲しいと言った。だが、なんでよりにもよってイチゴミルクなんかを選んだんだ!?」
イチゴミルクといえば、子供が飲む物というイメージだ。
まあ、だからといって成人男性が飲んではいけないということもないが、なんというか、こう、気恥ずかしい。
それに心なしか、周囲の客達に見られているような気がしなくもないが、それは目立つ容姿のリリィを見ているのだと、無理やり自分を納得させる。
「だって、なんだか無性にイチゴミルクが飲みたかったのよ。1人分だけ違うのを頼むのは面倒だし。それにイサだって、別に嫌いじゃないでしょ? 子供の頃は、よく2人で飲んでたじゃない」
「いや。たしかに嫌いではないが……」
「だったら、いいでしょ。何か問題ある?」
「……いや。もういい」
これ以上、リリィと揉めても得るものは何もないと判断して、早々に折れた。
その時、俺とリリィのやり取りを静観していたヒメナが不意に口を挟んだ。
「あの~。今更こんなことを訊くのはあれなんですケド、イサとリリィさんって恋人なんデスか?」
「は?」
「えっ?」
あまりにも突飛な質問に、俺とリリィがほぼ同時にヒメナの顔を見る。
「2人とも仲良しデスし、互いのことをよく知ってるみたいでしたカラ、てっきりそうかと。違うんデスか?」
横っ面を張り倒したくなるような笑顔で、ヒメナがのんびりと話す。
それを聞いて、全力で否定しようとした俺の言葉を遮るように、リリィの笑い声が響いた。
「アハハハハ。ないないないない。そんなこと、あり得ないから!」
腹を抱えて笑いながら、リリィがはっきりと断言する。
「だいいち、イサは私のタイプじゃないもの。私の理想はもっと高いのよ。だから、これ以上笑わせないで! あー、お腹が痛い」
「言っておくが、それは俺の台詞でもあることを忘れるなよ?」
腹を抱えて笑うリリィに冷たい視線を送る。
するとヒメナの口から、ある意味もっともな質問が飛び出した。
「それじゃあ、イサとリリィさんはどういう関係なんデスか?」
――俺とリリィの関係?
そういえば、改めて訊かれると返答に困るな。
そう思いリリィを見ると、リリィも困惑の表情を浮かべて、俺を見ていた。
現在の俺とリリィの関係は一言でいうと『魔王と魔王の主治医』だ。
だが、ヒメナにそんなことを言うわけにはいかないし、かといってほかに適切な言葉が浮かばない。
一応、幼少時からの知り合いだから、幼なじみと言えないこともないが、出会った経緯を突っ込んで訊かれたら、上手く答えられる自信がない。
まさか、もともと魔王の主治医候補だったソルが次期魔王に決まった俺の元へ挨拶に訪れた際、同い年だからいい話し相手になるでしょうとリリィを連れて来たのが出会いだとは言えないしな。
俺があれこれ考えていると、リリィが先に口を開いた。
「『どういう関係』か。……なかなか難しいわね」
苦笑いしながら、リリィがヒメナへ視線を投げる。
「たぶん、感覚的には家族に近いと思うわ。だけど、家族とは微妙に違う。かといって、友達とか親友とか、ましてや恋人でもないし、好きか嫌いかと訊かれたら好きだけど、恋愛の好きとは違う。……本当、なんて言ったらいいのかしらね」
ふふふ、とリリィが笑う。
そして、艶やかな笑みを浮かべたまま、ヒメナを真剣な眼差しで見つめた。
「人の気持ちを言葉にするのは難しいわね。だけど、これだけは自信を持って言えるわ。私にとってイサは『とても大切な存在』だって。……これで納得してくれる?」
最後は茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせる。
そんなリリィの様子を見て、ヒメナがちろっと俺を見る。
「イサもリリィさんと同じ考えデスか?」
「うん? ……まあ、そうだな」
「そうデスか」
少し何かを考えているような素振りをみせたが、すぐにいつもののほほ~ん顔に戻ってお礼を言う。
「よくわかりました。ありがとうございマス」
そう言って、にこっと笑ったヒメナが「ところで」と、いつの間にか膨らみをなくしていた腹をさすりながら、こう切り出した。
「そろそろ、このお店自慢のお菓子を頂きまセンか? ヒメナさんのお腹は、もういつでも大丈夫デスヨ!」
「そう? それじゃあ、頼みましょうか」
「ハイ! ちなみにどんなお菓子なんデスか?」
「タルトよ。フルーツがいっぱいのってて、ほど良い酸味が美味しいらしいわ。あ、イサもいる?」
「いや。俺はいい」
リリィの話を聞いて、よだれを垂らしながら恍惚の表情を浮かべているヒメナを生暖かい目で見ながら、リリィの誘いを辞退する。
「そう? まあ、無理にとは言わないけど……」
そう言うとリリィは店員を呼び、フルーツタルトを2つ注文した。
そして、運ばれてきたタルトを2人ともぺろりと平らげてしまうと、さらに追加で焼き菓子を注文し、最後に生クリームたっぷりのケーキを完食した。
はっきり言って、見ているだけで胸焼けがする。
それに、リリィはともかくヒメナはつい数時間前に腹がはち切れるほど買い食いしていたはずだが、なんでまたこんなに食べることができるんだ?
まるで、伸縮自在の風船のような腹だな。
「ふぅ。美味しかったデス。ごちそうさまでした」
「本当。美味しかったわね」
満足そうに笑い合うリリィとヒメナの前には、まるで舐めとられたように綺麗な皿が所狭しと並んでいる。
俺がその光景を唖然として見ていると、リリィが突然「あっ」と声を上げた。
「ヒメナちゃん。口元にクリームがついてるわよ」
「え!? どこデスか?」
指摘されたヒメナが慌てて口を拭うが、リリィの指示が悪いのか、ヒメナの理解力が悪いのか、なかなかクリームをとることができない。
しばらくヒメナとリリィの様子を黙って見ていたが、延々続く同じやり取りに痺れを切らして、2人の会話に割って入った。
「もう、いい加減にしろ」
そう言うと、俺はハンカチを取り出してヒメナの横まで歩いて行った。
「ほら、こっちを向け。拭いてやる」
「え!? ……でも、悪いデスヨ。ハンカチが汚れちゃいマス」
「ハンカチは汚すための物だ。気にするな」
それでも、ヒメナはまだ何かを言いたそうにしていたが、問答無用で口を拭う。
「まったく、余計な手間をかけさせるな」
「しゅ、しゅみましぇん」
「しゃべるな。拭きづらいだろうが!」
「ふ、ふぁい」
まずは例のクリームを取り、ついでに口まわりの汚れも拭ってやった。
「よし。いいぞ」
ハンカチの汚れた部分を内側に折りこみ、ポケットにしまう。
すると、ヒメナが俺の袖口をつんつんと掴んだ。
どうかしたのかと顔を向けると、ヒメナがほんのりと頬を染めて上目遣いで俺を見ていた。
「あの、ありがとうございマス」
とくん、と心臓がひときわ高く飛び跳ねたのが自分でもわかった。
それに心なしか、はにかんだヒメナの笑顔がいつもより可愛く見える。
いやいや!
断っておくが、普段からヒメナのことを可愛いと思っているわけではなく、いつもに比べたらまだマシだというだけで、特に他意はない。
……というか、そもそも俺は、誰に対してこんな言い訳じみたことを言っているんだ?
俺か?
俺自身か!?
「……甘酸っぱいわね」
からかうようなその声で、俺は一気に冷静さを取り戻した。
そして声の主へと視線を向けると案の定そこには、にやにやとしながら俺達を眺めているリリィが座っていた。
「なんのことだ?」
そう言って睨むが、リリィは涼しい顔で軽く流す。
「さあ?」
「あっ! 最初に食べたタルトのことデスか? たしかにあれは甘酸っぱくて美味しかったデス」
とんちんかんなヒメナの言葉に、リリィがのっかる。
「本当に、甘酸っぱくて美味しかったわね。あのタルト」
「ハイ! ……あ、思い出しただけでよだれが」
「垂らすなよ?」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。ヒメナちゃんがよだれを垂らして、イサに怒られないうちに」
クスクス笑いながら、リリィが立ち上がる。
「そうデスネ。行きまショウ」
リリィに倣って、ヒメナも慌てて席を立つ。
「あ、イサ。荷物忘れないでよ?」
「わかっている」
そう言いながらも、内心は『またあの量を1人で持つのか』とうんざりしながら、座席付近の床に置かれた紙袋と箱の山に視線を落とす。
その時ふと、当たり前過ぎて今まで気にも留めなかったあることが無性に気になり出し、俺は思わずリリィに確認を取った。
「なあ、リリィ。ここに来るまでに色々な物を買ったみたいだが、まだ金は持っているんだろうな?」
よく考えてみれば、リリィは仕事のためにここへ来ているわけだから、もともと現金はあまり持って来ていないはずだ。
最初から仕事の前後に買い物をする予定だったのなら話は別だが、今回リリィは代役として急遽来ることになったわけだから、前々からそんな予定が立てられるとは思えない。
それなのに、リリィはさっきからぽんぽんと買い物をして、さらにここでもヒメナと2人で何皿も菓子を食べていた。
これはどう考えても不自然だ。
俺が訝しんでいると、リリィは艶やかな笑みを浮かべて、にっこりとこう言い切った。
「そんな物、持ってるわけないじゃない」
あまりにも堂々としたリリィの態度に、俺は開いた口がふさがらなかった。
「だったら、ここの支払いはどうするつもりなんだ? 言っておくが、俺は払わんぞ」
「失礼ね。もともとイサにたかる気なんか無いわよ」
俺の言葉を一笑に付し、リリィが自分の首にかけられた銀の鎖を手繰り寄せ、服の中に隠してあった金の指輪を胸元から取り出した。
「心配しなくても、これを使うから大丈夫よ」
そう言って、リリィが銀の鎖に通された金の指輪を指でつまみ、俺に見せる。
――その指輪は!? まさか……。
「あの~、リリィさん。ずっと気になってたんですケド、その指輪はいったいなんなんデスか? 他のお店でも、その指輪を見せるだけで、なんでも買えましたし」
ヒメナの言葉で疑惑が確信へと変わる。
「おい、リリィ。公私混同という言葉を知っているか? 職権乱用という言葉を知っているか?」
「相変わらず、イサは真面目ねえ」
からからとリリィが笑い飛ばす。
そして挑発的な目をして、妖艶に笑った。
「いいじゃない。使える権利を行使して何が悪いの?」
――こいつ、開き直りやがった!
「それに請求は本部じゃなくて、邸の方へ来るようにしておいたから、何も問題はないわよ」
「当たり前だ! 経費で落とせるわけがないだろう」
「だったら、いいじゃない。固いことは言いっこなしよ」
アハハとリリィが笑い飛ばす。
だが釈然としない俺が口を開きかけた時、絶妙のタイミングでヒメナが割り込んできた。
「あの~、それでその指輪は結局なんなんデスか? イサは知っているみたいですケド」
「ああ、これ?」
リリィが再度、首からさげた金の指輪を指で摘み上げる。
「これはね。赤緑の医療団の中でも、正式な治療班の人間だけがもらえる指輪なの。赤緑の医療団の印と輪の内側に持ち主の名前が彫られてるから、簡単な身分証代わりになるのよ」
「へェ~、勉強になりマス。ところで『正式な』ということは、正式じゃあない赤緑の医療団の方もいるってことデスか? それに治療班ってなんデスか?」
「赤緑の医療団は大きく分けて、治療班と技術班の2つに分かれるの。治療班は患者を直接治療する医師や薬師のことで、技術班は治療班が使う医療機器の開発や改良をする職人や研究者のことよ」
リリィの説明を聞き、ヒメナが何度も大きく頷く。
「それじゃあ、リリィさんやソルさんは治療班なんデスね」
「ええ、そうよ。それでさっき言ってた『正式な』っていう意味なんだけど、ヒメナちゃんも知っての通り、赤緑の医療団といえば、この国だけでなく他国でも高度な医療技術を持つ集団として、その名が知られているわ。でも、だからこそ赤緑の医療団の人間が一度でも中途半端な知識や技術で医療行為を行えば、評判はあっという間に地に落ちる。一度失った信用はもう二度と元には戻らないわ。だから赤緑の医療団では、独自に試験を設けているの」
「試験デスか?」
「ええ。まず入団試験っていうのがあって、それに受かったら、次は職業別に正式採用試験があるから、それに受かれば晴れて正式な赤緑の医療団の人間として認められるの。正式に認められるまでは、赤緑の医療団の名を使っての医療行為は一切禁止されてて、違反すれば永久追放よ」
「それは……。なかなか厳しいデスね」
「まあね。でも、そこまで徹底しているからこそ、今の赤緑の医療団があるのよ。ちなみに入団試験には受かったけど、正式採用試験にはまだ受かっていない場合は『見習い』として扱われるわ」
さらにリリィの説明は続く。
「それで、なんでこの指輪を見せるだけで買い物ができるのかっていう質問についてなんだけど、治療班の人間は現地で医療品や医薬品の調達をしないといけない場合があるからよ。もちろん、医療品や医薬品が足りなくなったら、本部に連絡して送ってもらうことはできるけど、突発的な事故で大量の怪我人が出た場合とかは、そんなの悠長に待ってられないでしょ? だから医療品と医薬品に限り、指輪を見せることで信用取引ができる仕組みになってるの。
どう? 便利でしょ」
そう自慢げに話すリリィの横で、ヒメナが不思議そうな顔をする。
「さっきの説明で何かわからないことでもあった? あっ、もしかして信用取引がわからなかったとか?」
「いえいえ。信用取引ってあれデスよね? 先に商品をもらって、代金はあとで払いマスっていうことデスよね」
「まあ、だいたいそんな感じね。それじゃ、なんでそんな不思議そうな顔をしてるの?」
「ヒメナさんの聞き違いでなければ、さっきリリィさんは指輪で買えるのは治療で使う物だけって言ってましたよネ?」
確認するようにヒメナがリリィを顔を覗き込む。
「だけど、これまで買った服とか鞄とかは治療に使う物じゃあないデスよね? それなのに、どうして買えたんデスか?」
「それは私の持っている指輪が特別だからよ」
胸元で揺れる指輪を指で遊ばせながら、リリィが優美に笑う。
「どう特別なのかは実際に見てもらったほうが早いわね」
そう言うとリリィは遊ばせていた指を首の後ろに伸ばし、銀鎖のチェーンを外すと、鎖ごと金の指輪をヒメナに手渡す。
一応俺は、リリィの軽はずみな行動を制止したが、簡単に流された。
「うわァ~。これが赤緑の医療団の指輪デスか」
俺のことを気にしつつも、どうやら好奇心には勝てなかったようで、ヒメナがリリィから渡された金の指輪(銀の鎖付き)を受け取り、感嘆の声を上げる。
「結構重いデスね。もしかして本物の金デスか?」
「そうよ」
リリィの簡潔な返答にヒメナが、ほぅと息を吐く。
「そんなことよりもヒメナちゃん。その指輪を見て、どこか違和感を感じない?」
「違和感……デスか?」
珍しく眉間にしわを寄せて、ヒメナがまじまじと自分の手のひらにのった、小さな指輪を見つめる。
「指輪の内側に文字が彫られていますケド、これはさっき言ってましたヨね?」
「ええ、私の名前よ。『ルディッサリリィ』って書かれてるでしょ? それよりも、見て欲しいのは赤緑の医療団の印のほうよ」
「印デスか? 特に変わったところは……あっ!」
突然目を見開いて、ヒメナが短く叫んだ。
「これ、太陽と月じゃあアリマセン!」
目を白黒させて、ヒメナがリリィの指輪を注視する。
「太陽の部分が星になってマス。それに横向きの三日月もなんだか、ぶよぶよしていて……これは翼、デスか?」
「翼、ね。確かにそう見えなくもないわね」
ふふふとリリィが笑う。
そして微笑を浮かべながら、指輪に刻まれた印について語り出した。
「その印は、赤緑の医療団の基になる組織を作った人物の信念を形にした物なの。そしてこの印こそが本来、赤緑の医療団の正式な印だったのよ」
「え!? それじゃあ、太陽と月の印はいったいなんなんデスか?」
「それはもともと、この正式な印を簡略化した物よ。だけど、簡略化した印のほうが広く世間に知れ渡ってしまったから、今では簡略化した印のほうを赤緑の医療団の正式な印として使ってるの」
さらにリリィが続ける。
「だけど、もともと印に込められた『想い』を忘れないために、今でも限られた一部の人間は、この昔の印を使ってるのよ」
「へェ~」
「それで、だいぶ脱線しちゃったけど、なんで治療に必要ない服とかを指輪で買えたのかって話に戻るわね」
そう言うとリリィは、ヒメナの手から指輪(銀の鎖付き)を摘み上げ、慣れた手つきで胸元に吊した。
指輪がリリィの胸元でキラキラと揺れる。
「さっきも言った通り、この指輪は限られた人間しか持てない特別な物なの。だから普通の指輪と違って利用範囲が限定されないのよ」
「つまりリリィさんの持っている指輪は、医療用品以外にも使えるということデスね?」
得心がいったという表情で、ヒメナが確認を求める。
「そういうこと!」
「だからといって、本来の利用目的を逸脱した使い方をするのはどうかと思うぞ?」
ここまで沈黙を守ってきたが、我慢できずに口を挟んだ。
リリィとヒメナの視線が一斉に注がれる。
「もともとは緊急時、迅速に医療品を集められるよう考案されたシステムだろう。それを使えるからと、軽々しく私物購入に利用してもいいと思っているのか?」
咎める俺をじっと見つめると、リリィは腰に手をあて、毅然とした態度でこう言い切った。
「思ってるわよ」
一気に緊張した空気を感じ、おろおろするヒメナが視界の端に映ったが、今はそれよりもリリィのほうが先決だ。
「そうやってすぐ開き直るのは、リリィの悪い癖だぞ?」
「……イサこそ、わかってるの? 特権っていうのはね、使ってこそ価値のある物なのよ」
つんと顎をそらして、リリィが挑むような目で俺を睨めつける。
「それに特権を与えられているってことは、そのぶん他の人より責任と義務を背負っているということよ。……たまには羽目を外したっていいじゃない」
最後に一瞬、リリィの表情が憂いを帯びたように見えたが、すぐにいつものあっけらかんとした笑顔に戻った。
「それに悪いことをしてるわけじゃないんだから、別にいいじゃない。人生は一度きりしかないのよ? 楽しまなきゃ!」
楽しそうな笑い声を立てるリリィに、俺はすっかり毒気を抜かれ、何も言えずに立ち尽くすほかなかった。
「そういうわけだから、このあと買い物後半戦に行くわよ!」
「ちょっと待て! なんでそういう流れになるんだ?」
「ヒメナちゃん、ついてらっしゃい!!」
「ハイ!」
「あ、イサ。ちゃんと荷物忘れずに持って来て頂戴よ?」
「いや。だから、俺の話を聞け!」
しかし当然ながら、俺の叫びが、あのワガママでマイペースな女2人組の耳に届くはずもなく、俺は2人が買い込んだ大量の荷物とともに1人取り残された。
容赦なく突き刺さる周囲からの哀れみの視線を一身に浴びながら、俺は大量の荷物を抱え上げ、足早に店を去った。




