お買い物、リリィ&ヒメナ+イサ
イサ「そういえば、ソルとリリィのことは『さん』付けで呼ぶくせに、どうして俺だけ呼び捨てなんだ? よく考えてみたら、自分の名前ですら『さん』付けで言うくせに」
ヒメナ「だって、言いにくいじゃあないデスか。イサさんって」
イサ「……まさか、それだけの理由か?」
ヒメナ「それ以外にどんな理由があるんデスか?」
イサ「いや。……気にしないでくれ」
俺はいったい、こんなところで何をやっているのだろう?
ルニガッセの表通りに軒を連ねる服屋の店先で、まるで他人事のようにぼんやりと考えながら、あれでもないこれでもないと商品を物色するリリィとヒメナを眺める。
ただでさえ気が重いというのに、目深に被ったフードが余計に重苦しさを増長させ、俺は何度目かわからないため息を吐いた。
――これというのもすべて。
俺は恨みがましい目をリリィへ向け、つい先刻旅館の特別室であったやり取りを思い出す。
「今夜の宿の心配もなくなったことだし、今度は私とデートしましょう。兄様とだけなんて狡いわ」
そう言ってリリィがヒメナを誘う。
「せっかく兄様が可愛い頭にしてくれたんだから、それに似合う服を買いに行きましょうよ」
その提案に、最初はあまりお金がないからと乗り気でなかったヒメナも、リリィの「それじゃあ、私の買い物に付き合ってくれる?」という言葉と「付き合ってくれたら、今ルニガッセで美味しいと評判の喫茶店のお菓子をごちそうするわ」という言葉にあっさりと手の平を返した。
それなら2人だけで仲良く買い物に行けばいいものを、リリィの奴が「重い荷物を持って、この白百合のような腕が折れたらどうしてくれるの?」なんてふざけたことをほざいて、この俺をあろうことか荷物持ちとして利用しようと画策する。
しかも、俺が断ろうとしたら「兄様の話を1人で心行くまで堪能したいと言うのなら、私はとめないわよ?」と脅す始末。
結局、荷物持ちと1人でソルの説教の2つを天秤にかけた結果、俺は今こうしてルニガッセの店先にいるわけなのだが――。
それにしても遅い!
遅すぎる!!
そんなに広くない店内で、たかだか服の1着や2着を選ぶのにどれだけ時間を費やせば気が済むんだ!?
時計がないから正確な時間はわからないが、体感的には1時間以上は経っているように思う。
苛立ちを抑えるため腕を組み、その場で足を踏み鳴らしていると、その様子を見たヒメナがすすっと俺の方へ近寄って来た。
そして例の、のほほ~んとした笑顔を浮かべて、目元辺りまでフードで隠れた俺の顔を見上げながらこうほざいた。
「イサ、退屈してマスか?」
――こいつ、殴ってやろうか!?
ヒメナののほほ~ん顔を見て本気でそう思ったが、八つ当たりはみっともないと理性を総動員させ、それはなんとか踏みとどまった。
そのかわり、俺は不機嫌さを隠さずにさっきから心の中で思っていたことを吐き出した。
「退屈に決まっているだろう。だいたいなんで服を買うだけでこんなに時間がかかるんだ?」
「そこはほら、女の子はいろいろとあるんデスヨ」
「意味がわからん」
吐き捨てるような俺の言葉に、いつもとは違う髪型のヒメナが困った様子で俺を見上げる。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに例ののほほ~んとした顔に戻ると、まるで先程のやり取りはなかったかのように、ヒメナがこう提案してきた。
「じつは、まだ服選びに時間が掛かりそうなんデス。そこでイサも少しその辺のお店をぶらぶらして来たらどうデスか? そのほうがイサも気が紛れていいと思うんですケド」
「……そうだな」
珍しく的確なヒメナの提案に、俺は『まだ掛かるのか?』という内心の不満を飲み込んで、ヒメナの気遣いを受けた。
「それじゃあ、俺はその辺を見て来るから。適当な時間になったら、またここに戻って来ればいいな?」
「ハイ。また後で」
そう言って手を振り、店内へと戻って行くヒメナの姿を見てから、俺は人と喧騒に溢れたルニガッセの街中へと紛れていった。
――さて、どこに行くか。
あとでまた服屋まで戻ることを考えると、あまり遠くへは行かないほうがいいだろう。
しかし、この辺の店はどこも似たり寄ったりで、たいして興味を引くような場所はない。
しかも表通りに面しているため、どの店もそれなりに賑わっており、わざわざ混雑した店内に入ってまで商品を見たいという気は起きなかった。
俺はしばらく人の流れに従って歩いていたが、だんだんとこみ上がってくる人混み独特の不快感に堪えきれず、たまたま目についた横道へと飛び込んだ。
そのまま俺は横道を進んで行く。
表通りに比べると道幅は狭いし、どことなく薄汚れているような気がするが、さっきまでの人混みはどこに行ったんだというほど、人はまばらで静かだ。
並んでいる店も、店内に客はほとんどおらず、なんだか暗く感じる。
大きな街ほど明暗がはっきりと分かれるというが、ここはまさにその典型だな。
だが、この辺りの店はどこも表通りでは商いが出来ないであろう怪しげな代物を売っている所が大半なので、それなりにバランスはとれているのかもしれない。
そのままさらに横道を進んで行くと、少し道幅の広い開かれた通りに出た。
さすがに表通りほどではないが、先ほどまでの細い横道に比べると、そこここに人影が見える。
それにどうやら、辺りをざっと見た感じでは、ここらの店で扱っている商品は服や雑貨、食料品など、ごく一般的な物のようだ。
正直、俺の興味を引く物はない。
このまま来た道を引き返そうかとも思ったが、さすがに服屋に戻るには早すぎるし、せっかくここまで来たのだからもう少しこの辺りの店も見てみようと思い直して、俺は開かれた通りを散策することにした。
ありふれた店が並ぶ通りを進んで行くと、ふとある店が目に留まった。
――本屋か。
平積みされた本が店先からはみ出し、しかもその本は遠目からでもわかるほど損傷が激しい。
どうやらここは古本を扱う店のようだ。
正直、こんなところに俺の興味を引くような書籍があるとも思えないが、これ以上歩き回るのも面倒だし、とりあえずここなら時間が潰せるだろうと考え、俺は古本屋の店内に足を踏み入れた。
その瞬間、埃っぽくてカビ臭い、古い本独特の臭いが鼻につく。
思わず右手を鼻に持っていく。
だが、その臭いにもすぐに慣れ、改めて店内を見回した。
店内は狭く、本棚と本棚の間は人ひとりが通れるほどの隙間しかない。
それなのに床の上には所々、本棚に納まりきらなかったのであろう本達が、高々と詰まれており、通路を塞いでいる。
どうやら掃除もあまりしていないらしく、床に詰まれた本の上には埃が積もっている。
店の奥にあるカウンターには誰もおらず、しかも奥に行くほど薄暗い。
おそらく、店の者はカウンター内に見えている扉の奥にでもいるのだろうが、こんな調子できちんと商売が成り立っているのかと、他人事ながら心配になる。
しかし、それは俺が口出しすることではないので、気を取り直して、入口近くの本棚へ目を向ける。
――予想はしていたが、これは酷いな。
日に焼けて変色していたり、背表紙に書かれた題名が消えかけているのは想定の範囲内だが、まさかジャンル別にすらなっていないとは……。
なんで『経済学入門』の隣りに『今日のお料理100選』があるんだ!?
しかも、その隣りには『美味しい鉱石』なんていう、内容すらよくわからん物まであるし。
本当にこの店は商売をする気があるのだろうか?
ため息を吐きつつ、ただ本棚に詰め込まれただけの本の背を左から右へ読み流していく。
わざわざしゃがむのは面倒だったので、見るのは目線の高さにある棚とせいぜいその上下くらいだ。
そして3つ目の本棚を見ている時、ある本に目が留まった。
「なんだ?」
他の本に比べ、やたら薄いその本を手に取り、ページを繰る。
パラパラとページをめくっていき、俺はそれが子供向けの童話だと知った。
「童話か」
鼻で笑い、その本を本棚に戻そうとした時、ふと俺の脳裏にヒメナの顔がよぎった。
そういえば、ヒメナは最近字を覚えたばかりだよな。
当然これまで本なんて読んだことはないだろうし、初めて読むのなら、こういう子供向けの物のほうがわかりやすくていいかもしれない。
本棚に戻しかけていた童話を再度手に取り、パラパラとページをめくる。
思った通り、1ページ当たりの文字量は少なく、文章も簡潔でわかりやすい。
それと子供向けに書かれた物だから、難しい単語や表現も一切ない。
これなら文字を覚えたばかりのヒメナでもなんとか読めるだろう。
――よし!
手にしている本を閉じ、そのままカウンターへ持って行こうと足を一歩踏み出したところで、はたと気づく。
――なんで俺がヒメナのために、こんな物を買ってやらなければいけないんだ?
たしかにヒメナに字を教えたのは俺だが、それはあくまで俺の好意からであって、わざわざこんな物を買ってまでヒメナの学力向上に協力する謂れはないはずだ。
そう思い直した俺は手に持っていた童話を本棚に戻したが、その時この本をやった時のヒメナの喜ぶ顔が浮かんできて、再度同じ本を手に取った。
――結局買ってしまった。
紙の袋に入れてもらった童話を小脇に抱えながら、古本屋の前の通りを歩く。
あの後何回も童話を手にとっては戻しを繰り返していた俺は、いつの間にか奥の部屋から店主が出て来ていたことにも気づかなかった。
自分が不審な目で見られていることに気づいた時の居たたまれなさは、到底言葉では表せない。
――まあ、買ってしまった物は仕方がないか。
あの居たたまれない空気から逃れるために、思わず購入してしまったが、きっとヒメナは喜んでくれるだろう。
口元が綻ぶのを感じながら、俺は足早にヒメナとリリィの待つ服屋へと向かった。
「もう! 遅いわよ、イサ。どこまで行ってたのよ?」
服屋まで戻ると、すでに買い物を終えたらしいリリィとヒメナが店先で待っていた。
足元には、大きな紙袋が2つ置かれている。
「……悪い」
あまりに理不尽なリリィの言い草に若干の不満を抱いたが、それを口にすると間違いなく倍になって返ってくるので、俺は言葉を呑み込んだ。
「気にすることありませんヨ。ヒメナさん達も、ついさっき買い物を終えたところデス。たぶんまだ5分も経ってないと思いマスよ?」
腰に手をあて、仁王立ちのリリィの隣りで、ヒメナがのほほ~んと笑う。
「たとえ5分でも、私は待たされるのが大っ嫌いなのよ」
人を待たせるのはいいが、自分が待たされるのは嫌って、本当にワガママだよな。
一度ソルに「これ以上リリィを甘やかすな」と言ってやったほうがいいかもしれない。
「まァまァ、もういいじゃあないデスか。機嫌を直して、次の店に行きまショウ」
今、リリィをなだめるヒメナの口から、到底聞き流せない単語が聞こえてきたのだが……。
「ちょっと待て! なんだ、『次の店』って!?」
「え? そのまんまの意味ですケド」
あいかわらずとぼけた顔で、ヒメナが答える。
「そのままって。もう買い物はすんだのだろう?」
足元の紙袋を目視しながら言うと、リリィが口を挟んできた。
「何言ってるのよ? 服を買ったら、次はその服に合う鞄や靴やアクセサリーを買うに決まってるでしょ」
「は?」
「ほらっ。早く持って!」
リリィが足元の大きな紙袋を2つ、無理やり俺に押しつける。
「それじゃ、次の店に行きましょう」
そう言うとリリィは、ヒメナと楽しそうに会話をしながら歩き出した。
俺はその後ろ姿を眺めてため息を零すと、大きくてかさばる紙袋を持つために、小脇に抱えていた袋入りの童話を紙袋の中に入れ、2人の後を追いかけた。




