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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー1日目ーー
21/41

愛くるしさが魅力、その名もヒメナ

イサ「このサブタイトルはなんだ?」

ヒメナ「ほらっ。前章ではヒメナさんの出番がまったくありませんでしたカラ、ここらで再度ヒメナさんの魅力をアピールしておこうかと思いマシテ」

イサ「サブタイトルを私物化していいと思っているのか?」

ヒメナ「思ってマス!」

イサ「……言い切ったな」

 リリィがお茶を淹れると言うので、俺は最初に通された応接間へ移動した。

 応接間のソファーに深く腰掛け、先ほどまでのリリィとの会話を思い出しながら物思いに耽っていると、淹れたての紅茶のいい香りが漂ってきた。

 そしてほどなく、リリィが現れた。


「はい。おまちどおさま」


 そう言うとリリィはティーカップが2つのった銀製の盆をソファーの前にあるガラステーブルの上に置いた。

 そしてティーカップの1つを俺の前に、もう1つのティーカップを俺の正面の席へ置くと、リリィは当然のようにその席に座った。


「冷めないうちにどうぞ」


 そう言うとリリィは優雅な手つきで自分の前に置いたティーカップを手に取り、そのまま口元へ運んだ。

 それを見て、俺も目の前に置かれたティーカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。


「どう? お味は」

「なんというか……普通だな」


 可もなく不可もなく、不味くはないが美味くもない、ある意味絶妙の味加減だ。


「そう……。やっぱりそうよね」


 俺の正直な感想をきいて、てっきり怒り出すかと思ったが、どうやらリリィ自身も自分の淹れた紅茶の味がいまいちだと思っていたらしい。


「邸でメイドに淹れてもらうお茶と何が違うのかしら? 茶葉の量? お湯の温度? 蒸らす時間とか?」


 独り言を口にしながら、眉間に皺を寄せて、リリィが紅茶を一口、また一口と味わっていく。

 飲み進めていくうちにだんだん顔が険しくなっていくリリィを目の当たりにして、俺はその矛先が自分へと向かないうちに別の話題をリリィに振った。


「そういえば祭りの期間中、赤緑の医療団からルニガッセに派遣されるのは、医師が数名のはずだよな。それなのになんで、元医師とはいえソルが来ているんだ?」

「うん? ……ああ、そういえばそのことについては話してなかったわね」


 リリィが持っていたティーカップをテーブルに戻して、俺と向き合った。

 先ほどまでの険しい表情から一転して、まるで呆れて脱力しているかのような微笑を浮かべている。


「実はね、本当だったらここには私と兄様じゃなく、別の人間が来るはずだったのよ。でも本来ここに来るはずだった2人の医師のうち1人が『祭り』の前日に全治1ヶ月の怪我をしちゃってね。本人は大丈夫だって言い張ってたんだけど、その言葉を鵜呑みにして無理させて、怪我を悪化させるわけにはいかないでしょ?」


 やれやれといった感じでリリィが両手を左右に軽く広げて、ため息を吐いた。



「まあ、そういうわけで、急遽代わりを探す羽目になったわけよ。だけど、あまりにも急なことだし、声をかけた数人からは『都合がつかない』と断られたわ。かといって、本来派遣するはずだった者より技術の劣る者を送るわけにはいかないじゃない!? そんなことをすれば、赤緑の医療団の名に(きず)が付くわ! それで仕方なく、私が直々に来たってわけ。ちなみに私は本来派遣されるはずだったもう1人の人間と来るつもりだったけど、私のことを心配した兄様がそのもう1人と交代して一緒に来てくれたのよ」


 たしかにソルのことだから、リリィを心配してというのは嘘ではないだろうが、突然リリィと5日間同じ時間を過ごさなければならないという拷問をうけることになった『もう1人』を気の毒に思ってというのもあるのだろうな。

 5日間も仕事をしつつ、リリィのお守りもしろと言われたら、俺なら御免(こうむ)る。


「でもね、いくら兄様が一緒とはいえ、やっぱり気乗りはしてなかったのよ。……でも、来て良かったわ」


 そう言うとリリィは俺を見て、嬉しそうに「ふふふ」と笑った。


「こんなところでイサに会えただけでも驚きなのに、まさか女の子と一緒にいて、しかも公衆の面前で人目もはばからずにじゃれ合い出すんだもの。本当に驚いたわ」

「ちょっと待て! 誰がいつそんなことをした!?」

「してたじゃない。先に声をかけてた私の存在を忘れて、ヒメナちゃんと楽しそうに。……ああ、そういえば、あの時はごめんなさいね。邪魔しちゃ悪いなぁとは思ってたんだけど、あんまりにも2人の遣り取りが面白くて、笑いを我慢できなかったのよ。本当にごめんなさい」


 全然悪びれた様子もなく、リリィが形だけの謝罪を口にする。


「できればもう少し2人の遣り取りを見ていたかったんだけど、残念だわ」


 リリィが肩を(すく)めてみせる。

 そして間をもつように、いまいちな味の紅茶で喉を潤すと、静かにティーカップを戻し、再び口を開いた。


「だけど、本当に来て良かったわ。……久しぶりにイサの笑った顔が見れたし」


 そう言って俺に向けられたリリィの微笑には、何故か安堵の色が見てとれた。


「今日ね、久しぶりにイサに会って、驚きもしたけど、それ以上に楽しそうに笑うイサを見て、私ね、ホッとしたのよ。心底ホッとした」


 まるで何かを思い出すかのように、リリィの紫紺の瞳が遥か遠い過去へと向けられる。


「初めて会ったばかりの頃のイサは、すごく泣き虫で、些細なことでよく泣いてたわね。よく泣いて、よく怒って、そして、よく笑ってた。……それなのに、いったいいつからかしら? イサが笑わなくなったのは」

「……」

「イサから笑顔が消えて、いつも不機嫌そうな顔か無表情でいることが多くなって。無理してるんじゃないかって、ずっと心配してた。だから今日、イサの楽しそうな笑顔を見て、心底ホッとしたし、嬉しかったのよ。まるであの頃に戻ったみたいで」


 懐かしそうに目を細めた後、リリィが何かを思い出したのか、すぐに茶目っ気たっぷりな目を俺に向けた。


「そういえば、イサとは長い付き合いだけど、まさかこんなに手が早いとは知らなかったわ」

「なんの話だ?」


 いきなり変えられた話題についていけず、俺はとりあえず疑問を返し、紅茶へと手を伸ばした。

 するとリリィは芝居がかった様子で、こんな爆弾発言をしやがった。


「何って、ヒメナちゃんのあのお腹…………イサが孕ましたんじゃないの?」

「ぶほっ!」


 俺は思わず、飲んでいた紅茶を噴き出した。


「そんなわけあるか!!」


 げほげほとむせながら、それでもそう叫ばずにはいられなかった。


「あれはたんなる食べ過ぎだ! なんてとんでもない誤解を」

「ぷっ! アハハハハ」


 俺が必死の釈明をしているというのに、突然リリィが笑い出した。


「リリィ?」

「あー、ごめんなさい。ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、イサがあまりにも取り乱すものだから、つい面白くて」

「……おいっ」

「だって私は医師よ? お腹の出方で妊娠してるのかそうでないのかくらいわかるわよ」


 たとえそうだとしても、この世には言っていい冗談と悪い冗談があるだろう。

 もういい歳なんだから、そろそろ大人の分別というものを身につけてくれ。

 しばらく冷ややかな視線をリリィに送っていたが、いっこうに気づかず笑い転げている様に我慢できなくなって、つい文句が口をついた。


「いいかげん、笑うのはやめろ」

「だって、面白いものは面白いんだから仕様がないでしょ?」


 リリィが堂々と開き直る。


「それじゃあ、もし私が『イサ。私、お腹に赤ちゃんができたの。貴方の子よ』って言ったら、イサはあそこまで取り乱してくれた?」

「……身に覚えがないうえに、物理的に不可能なことを言われても、取り乱すわけがないだろう?」

「つまり、ヒメナちゃんの件に関しては身に覚えがあったと認めるわけね?」

「違う!」

「ほら、また。ヒメナちゃんのことになるとすぐムキになる」


 そう言うと、リリィの笑い声が部屋中に響き渡った。


「いいじゃない。人を好きになるのは素敵なことよ」

「だから、違うと!」

「はいはい。わかってるわよ。イサの理想は『清楚で可憐。楚々とした美しさの中にも凛とした強さを秘めた女性』だものね。そんな相手と巡り会えるといいわね。一生無理でしょうけど」

「いいだろう。夢ぐらいみても」


 俺の周りには、こんなの(リリィ)やあんなの(ヒメナ)しかいないんだから。

 それにさっきの言葉、そっくりそのままリリィに返してやる。

 リリィの理想は昔からずっと変わらず『兄様』で、しかも絶対外せない条件が『兄様より私を愛してくれる男性』ときた。

 そんな男、世界中探したっているわけないだろう。

 一万歩譲って、ソルそっくりの奴はどこかにいるかもしれないが、ソル以上にリリィを愛してくれる男なんているはずがない。

 ソルはなぁ、リリィが欲しいと言えば、夜空の星さえ本当に取って来かねないんだぞ。


「別に夢ぐらいみてもいいけど、そろそろ現実にも目を向けたほうがいいんじゃない?」

「リリィもな」


 辛辣な言葉の応酬に場の空気が凍る。

 しばしの沈黙の後、先に動いたのはリリィだった。

 おもむろに飲みかけの紅茶に手を伸ばすと、カップの中味を一気に飲み干して、勢い良くソファーから立ち上がる。


「私、ちょっと(おもて)を見て来るわ。そろそろ兄様達も戻って来る頃だと思うから」


 そう言うとリリィは、飲み終えたティーカップをガラステーブルの上に置いたまま、部屋を出て行った。

 静寂を取り戻した部屋にひとり取り残された俺は、とりあえずわずかに残ったぬるい紅茶を飲み干す。


「……やっぱり、いまいちだな」


 (から)になったティーカップを見つめながら、リリィの顔を思い浮かべた。


『あの事』があってからずっと気まずくて避けてきた俺に、まるで一緒に遊んだ幼い頃のように自然に接してくれたリリィ。

 そのことに俺は、心のどこかで安堵した。

 しかし、それと同時に罪悪感に苛まれる。

 たとえリリィが許すと言ったとしても、俺はこの先ずっとリリィに負い目を感じてしまうだろう。

 自嘲気味に笑い、(から)のティーカップをガラステーブルの上に置いた時、ふとあることを思い出した。


『私ね。ずっとイサに言わないといけない、でもずっと言えなかったことがあるの』


 そういえば結局、リリィから聞いていないな。

 まあ、これまで知らなくても支障はなかったわけだし、別にかまわないか。

 ふぅと一息ついてソファーにもたれかかった瞬間、廊下へと通じているドアが勢い良く開く。

 反射的にドアへと目をやると、相当慌てた様子のリリィが血相を変えて飛び込んで来た。


「どうしたんだ? リリィ」

「イサ……」


 戸口で荒い呼吸を整えてから、リリィが珍しく困惑の表情を浮かべて俺に近づいて来た。


「ねぇ、イサ。私どうしたら良かったと思う? やっぱり声をかけるべきだったかしら? でも、私にはあのドアを開ける勇気はなかったわ」

「ちょっと待て。頼むから順序よく、落ち着いて話してくれ。なんのことかさっぱりわからん」

「……じつはね」


 そう言ってリリィが語ったことをまとめると、この部屋を出て(おもて)の様子を見に行ったところ、旅館の人からすでにソルとヒメナが戻って来ていることを聞かされ、おそらく2人はソルが使っている部屋のほうにいるのだろうと思い、隣りの特別室を訪ねたら、ドアの閉まった奥の部屋から2人の話し声が聞こえたけれど、声をかけられずに戻って来たということらしい。


「それで、どうして声をかけられなかったんだ?」


 リリィの性格からして、話が盛り上がっているから邪魔をしないようにということは考えにくい。

 それに、それだとリリィが血相を変えて部屋に戻って来た理由の説明がつかない。

 俺が当然の疑問を投げかけると、リリィは何かを言いかけた後、おもむろに俺の腕を引き、無理やり俺を立たせた。


「ここで説明するよりも、実際に聞いてもらったほうが手っ取り早いわ。一緒に来て」


 リリィは俺の腕をがっしりと掴むと、半ば強引にソルが使っているという隣りの特別室へと俺を連れて行った。


 ソルが使っている特別室の応接間は、リリィが使っている部屋の応接間よりもやや狭いようだが、それでも十分な広さがある。

 それに内装もリリィが使っている部屋とほぼ一緒だ。

 しかし、そこにヒメナとソルの姿はなかった。


「イサ。こっちよ」


 リリィが声を(ひそ)めて、怪訝な顔をした俺を奥の部屋へと誘導する。

 そして、ぴたりと閉ざされたドアの前で立ち止まった。


「この中に2人がいるのか?」


 いちおう傍らのリリィに尋ねたが、ドアの向こうからわずかに話し声のようなものが聞こえるので、ほぼ間違いないだろう。


「うん、たぶん。いるのはいる……と思うんだけど」

「それなら、ノックして声をかければいいだろう?」


 いまいち歯切れの悪いリリィに痺れを切らした俺が、閉ざされたドアを叩くため右手を上げると、リリィが慌てて止めに入った。


「ちょっ、ちょっと待って! その前にドアに耳をあてて、中の会話を聞いて頂戴」

「なんでそんなことを……」

「いいから!」


 小声で怒鳴るという器用な芸当を披露するリリィの迫力に押され、俺は言われた通りドアに耳をあてて中の会話を盗み聞いた。


「や、やっぱり恥ずかしいデス」

「じゃあ、やめておこうか?」

「ん~。でも、せっかくデスので……。やっちゃってクダサイ!」


 ――何をやっているんだ、こいつらは!?


「ね。声をかけづらいでしょ?」


 俺はドアから耳を離して、なんとも言えない表情のリリィを見つめた。


「ここは、なんの部屋なんだ?」


 怪しい会話が聞こえたドアを指で示すが、リリィは小首をかしげて一言こう言った。


「さぁ?」

「『さぁ?』って、なんでリリィも知らないんだ?」

「だって、こっちの特別室は兄様が使ってるんだもの!」


 リリィが子供のように拗ねてみせる。


「さっきも言ったと思うけど、こっちはね、祭りの初日から忙しくて、ここへは寝に来るだけだったのよ? 兄様が使ってる部屋に押しかけて楽しくおしゃべり……なんて時間はなかったのよ!」


 話していくうちに興奮してきたのか、だんだんリリィの声が大きくなっていく。



「それなのに。それなのに! 私がこっちの部屋の間取りを知ってるわけないじゃない!?」

「わかった! 俺が悪かった。だから少し声を抑えてくれ」


 興奮しているリリィをなんとか宥めようとした時、不意に禁断の扉が開いた。

 反射的に俺とリリィがドアのほうを見ると、そこにいたのは――。


「何か声がすると思ったら……。2人して何をしているんだい?」

「ソル!」

「兄様!」


 俺とリリィが同時に、わずかに開いた禁断の扉から顔を覗かせた人物の名を呼んだ。

 名前を呼ばれたソルは不思議そうな顔をしながらも、俺達に微笑を浮かべる。



「まあ、何があったのかは知らないけど、とりあえず中に入ったら?」


 そう言うと、わずかな隙間しか開いていなかったドアを全開にして、俺達を部屋の中に招き入れた。

 少しためらいつつ、足を踏み入れたその部屋は、どんなコートやドレスでも入りそうな立派なクローゼットと、その傍らには全身が映る大鏡。

 そして、少し離れたところにある化粧台には、見覚えのある女が座っていた。


「あ、イサ。リリィさんも。もう、お話は終わったんデスか?」


 見る者を脱力させてしまうような、のほほ~んとした笑顔でヒメナが俺達に近寄って来る。

 だがその姿に、俺はなんだか違和感を感じた。


 ――何かがいつもと違うような?


 そんな俺のもやもやは、リリィの次の一言で一気に吹き飛んだ。


「あら? ヒメナちゃん、さっきと髪型が変わってるわね。可愛いー!」


 リリィの台詞を聞いて改めてヒメナを見ると、たしかに先ほどソルと出て行った時とは違う髪型になっていた。

 いつもはそのまま垂らしている髪を全部上げ、頭の上で丸く束ねている。

 そのため、首回りがすっきりして見え、いつもと印象が違うように感じたのだろう。


「ありがとうございマス。こんな髪型にするのは初めてだったので、少し恥ずかしかったんですケド、思い切ってやってもらって良かったデス」


 ――ん?


 リリィに褒められてはにかみながら答えるヒメナの言葉に、俺は何か引っかかりを覚えた。

 なんか、さっきも似たような台詞を聞いた気がする。


「なあ、ヒメナ。もしかして、さっきソルにも同じようなことを話してなかったか?」

「え? 言いましたケド。それがどうかしたんデスか?」

「……いや。なんでもない」


 そう答えたが、胸中は複雑だった。

 密室で紛らわしい会話をするなと言うべきなのか、それとも変に深読みして邪推した己の心の汚れを恥じるべきなのか。

 どちらが正しいのか、俺にはわからない。


「え!? ……それじゃあ、さっき『痛い』とか『もっと優しくして下さい』とか言ってるのを聞いちゃったんだけど、あれは何してたの?」


 横からリリィが口を挟む。

 おそらくリリィはこの会話を聞いて、慌てて俺を呼びに来たのだろう。

 たしかに密室でこんな話し声が聞こえてきたら、邪推するなというほうが無理だよな。


「何って、ソルさんに髪を()かしてもらってたんデスヨ。でも毛先が絡まってたらしく、なかなか(くし)が通らなくて大変デシタ」


 俺やリリィの勘違いを知る由もないヒメナが呑気に答える。

 のほほ~んとしたヒメナの様子に安心したのか、脱力したリリィが思わず本音をこぼした。


「なーんだ。もう! 脅かさないでよ。心臓に悪いわ」

「それで2人して、ドアの前でこそこそと話していたのかな?」


 穏やかだが、どこかひんやりとしたソルの声に、俺は背筋が寒くなる。

 見るとリリィも顔から血の気が引いていた。


「ち、違うの兄様! 誤解よ!!」

「リリィ、あとで少し話があるからそのつもりで。それとイサも」


 そう言って、ソルがにっこりと俺達に笑いかけた。

 ソルの笑顔におののく俺とリリィ。

 事態が飲み込めず、1人だけ首をひねるヒメナ。

 このままでは、確実に恐ろしいことが待っている。

 なんとかこの場を回避しなければ!

 何かこの場を離れるいい口実はないものかと思案していると、珍しく空気を読んだヒメナが助け船を出す。


「あの~、お話が盛り上がっているところ恐縮なんですケド、そろそろヒメナさん達お(いとま)しますネ」

「え!? どうして?」

「実は今日泊まる宿がまだ決まってないんデス。早く探さないと、最悪街中で野宿をしなければなりまセン」


 そういえば、今日の宿泊場所を(ヒメナが)探している最中にソルとリリィに会って、そのまま流れでここに来たのだったな。

 色々あって、そんなことはすっかり忘れていたが、ここはヒメナの言葉にのっておくか。


「そういうわけだから、俺達はこれで失礼させてもらう。悪いな、ソル」


 ヒメナを伴って、足早にその場を立ち去ろうとしたが、納得していない人物が1人、俺の腕を掴み引き止める。


「ちょっと待ちなさいよ! 1人だけ逃げる気? そんなの絶対許さないんだから!!」


 痣ができるほど強く握られた腕から、リリィの必死さが伝わってくる。


「それに今頃探したって、この街の宿屋はすでに満杯よ。この時期に泊まろうと思ったら、せめて半年前には予約を入れとかないと」


 獲物を狙う肉食獣のような目を向けながら、リリィが勝ち誇ったかのように言い放つ。

 正論を言われ、ぐうの音も出ない俺に代わって、ヒメナが悲鳴にも似た叫び声を上げた。


「そんな! それじゃあ、ヒメナさん達は今夜街中で野宿決定デスか!?」


 さめざめと泣き真似をしてみせるヒメナに、リリィがいかにも良い人ですといわんばかりの笑顔で俺とヒメナにこんな提案を持ちかけてきた。


「心配することないわよ。泊まるところがないのなら、ここに泊まっていけばいいわ」

「えっ、いいんデスか!?」

「勿論よ。……私も道連れがいたほうがいいし」

「道連れ?」

「あ、ヒメナちゃんのことじゃないから。安心して頂戴」

「ふざけるな! だいたいこの特別室はルニガッセ側が赤緑の医療団のために用意した部屋だろう。部外者を勝手に泊めてもいいと思っているのか? 公私混同もいいところだぞ」


 このまま黙っていたらリリィのペースにのせられそうだったため、俺は思わず2人の会話に割って入った。

 しかしリリィは動じることなく、眉を寄せてため息をつく。


「相変わらず、頭が固いわね。イサは」

「そういう問題ではないだろう」

「まったく。仕様がないわね」


 やれやれといった感じでリリィがソルの方へ顔を向ける。


「兄様。イサとヒメナちゃんが私達と一緒にここを使えるよう、ルニガッセ側に話をつけてきて頂戴」

「まったく、リリィは……。わかったよ」


 ――甘っ!


 そこはむしろ公私混同するなとリリィを(いさ)めるべきところだろう。

 わがままを助長させてどうする!?


「ありがと、兄様。――そういうわけだから、安心してここに泊まっていくといいわ。ね、イサ」


 そう言ってリリィが含みのある笑みで俺を見る。


「いや、俺は」

「イサ~。ここは素直にお言葉に甘えましょうヨ」


 ヒメナが俺の袖を引っ張り、潤んだ瞳で訴えかけてくる。


「ヒメナさん、野宿は嫌デス」

「そうよ。イサはよくても、ヒメナちゃんまで巻き込むつもり?」


 なんだ。この多勢に無勢感は?

 まるで俺ひとりが悪者みたいな空気になっているんだが。


 結局、俺はここに泊まれる利点と居たたまれない空気に負け、仕方なくリリィの提案を呑んだ。


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