ヒメナは街へ、イサは個室で
ヒメナ「ヒメナさんがソルさんと健全なデートを楽しんでいる間、イサはリリィさんといかがわしい行為に耽るというわけデスね」
イサ「いかがわしいのはお前の頭だ」
ヒメナ「はぐらかそうとしても無駄デスよ! この後イサがリリィさんとお医者さんごっこに興じるということは、ヒメナさんにはお見通しデス!!」
イサ「……その自慢気に突き出した指先、折ってやろうか?」
ヒメナ「そっ、それじゃあ、ヒメナさんはこれで! さらばデス!!」
ヒメナとソルが連れ立って出て行き、部屋には俺とリリィの2人だけが残された。
リリィは何かを言いたそうに俺の顔をちらちらと見ているけれど、きっかけが掴めないのか話しかけては来ない。
それなら、俺のほうからリリィに声をかけてやればいいのだろうが、俺も『あの事』があってから、なるべくリリィと関わらないようにして来たので、自分から話しかけたくはない。
その結果がこの重苦しい空気だ。
――気まずい。
この部屋の雰囲気に居たたまれなくなった俺は、我慢できずに立ち上がった。
「どうかした?」
急に立ち上がった俺を見上げて、リリィが不思議そうな顔をする。
俺はリリィの目をしっかりと見ながら、こう宣言した。
「もう十分だろう? 俺は出て行くぞ」
「え? ちょっ、待ちなさいよ!」
リリィがソファーから飛び起きるが、俺はかまわず廊下へ通じるドアへと歩いて行った。
しかし、ドアへ到達する前にリリィに捕まる。
「……手を離せ」
俺の腕に取り付いているリリィに言う。
「嫌よ」
「離せ」
「嫌っ!」
「いい加減にしろ! 怒るぞ?」
声を荒げた俺にリリィは一瞬怯んだようだったが、腕の力を緩めることはなく、すぐに毅然とした態度でこう言い返してきた。
「怒りたかったら、怒れば?」
まっすぐ、挑むような目が俺を射抜く。
「イサが怒ったところで、怖くもなんともないわ」
そう言うとリリィは艶やかな、それでいて意地の悪い笑みを浮かべた。
そしておかしそうに「ふふふ」と笑うと、挑発的な目を俺に向ける。
「それに、ここを出て行ったところで、ヒメナちゃんはこちらの手の内にあるのよ? 今から追いかけても、あの人混みから捜すのは無理でしょうね」
リリィのその言葉で、先ほどリリィがソルに送っていた謎の合図の正体がわかった。
――つまりヒメナは体のいい人質というわけか。
そういえば、昔からこの兄妹は大切なことほど言外で会話する癖があったな。
良く言えば、目と目で通じ合えるほど心が通い合っているのだろうが、俺としてはいつかこの繋がりを過信し過ぎて、取り返しのつかないことになるのではないかと危惧している。
まあ、それはともかくとして、今はリリィをどうにかしてあしらうほうが先だ。
「それがどうした? 俺がヒメナと一緒にいるのはただの成り行きだ。どうにでも好きにしろ」
こう言えば、ヒメナに人質としての価値なしと判断するだろうと踏んで、あえて冷たく吐き捨てる。
もちろん、リリィやソルがむやみに他人を傷つけるような人間ではないと知った上でのことだ。
それにリリィは珍しくヒメナのことを気に入っているようだし、手荒なことをするとは考えにくい。
「わかったら、その手を離せ」
冷たい視線をリリィに向ける。
しかしリリィは、意外そうな顔で俺をまじまじと見つめた後、何かを悟ったようににやっと笑った。
「そうなの? それじゃあ、仕方ないわね」
悪だくみを思いついた子どものような顔をしながら、リリィが俺の腕を解放する。
「……何を企んでいる?」
「企むなんて人聞きの悪いこと言わないで頂戴。ただイサが『好きにしろ』って言うから、好きにしようと思っただけよ」
リリィが楽しそうに笑う。
そして、艶のある唇がゆっくりと動いて、その内容を語る。
「私はただヒメナちゃんが戻ってきたら、私の知ってるイサの恥ずかしい話や失敗談を面白おかしく真偽織り交ぜて話して聞かせてあげようと思っただけよ」
――なんだと!?
しかも『真偽』ってなんだ?
『偽』ってなんだ?
それはもはや、脚色どころか捏造だろうが!
内心の動揺を悟られないよう、平静を装ってリリィに尋ねる。
「……ちなみに具体的には?」
「そうねぇ」
目をきらきらと輝かせたリリィがうきうきとして答える。
「昔はすっごい泣き虫だったこととか、8歳にもなって1人で着替えが出来なかったこととか、お気に入りのぬいぐるみがないと夜眠れなかったこととか、あと私のイチ押しは」
「もういい! 止めろ」
「えぇー。まだまだあるのに」
残念そうな声の割にはにやにやと面白そうに笑っているリリィを見て、一発殴ってやりたい衝動に駆られたが、すぐにそんな気は失せてしまった。
殴った後が怖いというのもあるが、もしまた『あんな事』になったらと思うとぞっとして、反抗する気もどこかへ行ってしまう。
「……俺の負けだ。大人しくリリィの言うことを聞こう」
全身から力を抜き、出口へと向けていた体をリリィのほうへ向ける。
「ソルにヒメナを連れ出してもらったのは、人質にするつもりだけでなく、俺に話があったからでもあったのだろう?」
「……鋭いわね」
リリィが苦笑しながら、俺に尋ねる。
「どうしてわかったの?」
「あれだけわかりやすい態度をとられたら、誰だってわかる」
「そう」
ふふふと自嘲気味に笑うと、リリィが紫紺の瞳でまっすぐ俺を見据えた。
「私ね。ずっとイサに言わないといけない、でもずっと言えなかったことがあるの」
リリィの真剣な眼差しから、その言葉がいかに言いづらく重要なことであるかが推察できる。
いったいどのような言葉が飛び出すのかと、俺は緊張して身構えた。
しかしリリィは何度か口を開きかけては閉じ、なかなか語ろうとはしない。
そして、とうとう緊張の糸が切れたらしい。
「あー! やっぱり無理!!」
リリィが頭を抱えて叫んだ。
「だって、まさかこんなところでイサに会うとは思わないじゃない!? 私にだって心の準備というものがあるのよ! ……そういうわけだから、この件についてはまた後日ということでいいかしら?」
「……俺は別に構わないが」
「ありがとう」
ほっとした表情でリリィが笑いかける。
それでさっきまでの緊張した空気が穏やかなものに変わった。
しかし、一息ついたのも束の間、リリィが晴れ晴れとした顔で俺に迫って来た。
「それじゃあ、一区切りついたところで、そろそろイサとヒメナちゃんの出会いについて聞かせてもらおうかしら? あと、なんでイサが供も連れずにこんなところにいるのかもね」
――そうきたか!
なんだかんだで、このままうやむやにしてしまおうかと思っていたが、さすがにそうはいかないか。
しかも適当な作り話では納得しないであろうことは、火を見るより明らかだ。
どうにかして、肝心な部分をごまかしたまま、リリィを納得することができるように話をまとめなければ!
「……俺にも心の準備をする時間が欲しいのだが」
とりあえず、時間を稼ごう。
さすがにリリィも先程のことがあるし、駄目とは言わないだろう。
そう俺が目論んだとおり、リリィはあっさりと受諾した。
「いいわよ。ゆっくり心の準備をするといいわ」
だが、この後に続きがあった。
「その間、私はイサの健診をしておいてあげるから」
「は?」
「だってイサ、私が主治医になった2年前から、忙しいとか色々理由付けて、結局一度も定期健診受けてないでしょ!? こっちは忙しい中、わざわざ時間を割いて出向いてあげてるっていうのに!」
顔は笑っているが、明らかにリリィの目は笑っていない。
「ちょうどいい機会だから、この際徹底的に診てあげるわ。こっちにいらっしゃい」
「いや、俺は!」
「まさか、イヤとは言わないでしょうね?」
まるで捕らえたネズミをいたぶって遊ぶネコのように、リリィが楽しそうな様子で俺を見る。
「そんなこと言えるわけないわよね? もともとイサは寝食忘れて仕事に没頭するタイプだったけど、定期健診を受けていないここ2年間は、それに輪をかけて不摂生な生活をしていたってこと、私が知らないとでも思ってた?」
もしかしたら、俺は自ら地雷を踏みに行ってしまったのかもしれない。
そう後悔したところで、後の祭りだが。
「それじゃあ、反論もないことだし、奥の部屋に行きましょうか?」
有無を言わさずに、リリィが俺の腕を引いて、奥の部屋へと連れて行く。
そして、連れて行かれた先は、大きなベッドのある部屋だった。
「ここは……寝室か?」
「そうよ。ちょっとベッドにでも座って待ってて。今、用意するから」
そう言うとリリィはベッドの脇に置いている大きくて重そうな鞄を開けて、中身を探り出した。
「それは診療鞄か?」
俺はリリィに言われた通りベッドに腰掛けたが、どうにも落ち着かなくてリリィに声をかける。
「なんでこんなところにそんな大事な物を置いているんだ?」
「ここに置いとくのが一番効率的だからよ」
目線は鞄の中へ落としたまま、リリィが答える。
「祭りの始まる直前にルニガッセに来たんだけど、それからはもう想像を絶する忙しさでね。祭りの初日からずっと診療所のほうに詰めてて、ここへは寝に来るだけだったのよ。だから深夜に急患が出た場合、すぐ駆けつけられるように診療鞄をここに置いてるの。わざわざ診療所まで道具を取りに行くのは大変だし、時間がかかちゃうから」
「そんなに忙しいのなら、何故ソルと2人で街中を歩いていたんだ?」
『2人して診療所に詰めていれば、俺と会うこともなかっただろうに』と心の中で呟く。
するとリリィが顔を上げて、血走った目を俺に向けた。
「何故? それはね、祭りが始まってから今まで、ずーーっとろくに寝ることも休むことも出来ずに、働いてきたからよ! やっと、やっと少し患者数が落ち着いて来て『今日くらいゆっくり休んで来て下さい』って診療所にいるルニガッセの医師にも言われたから、休むために旅館へ向かってたのよ。そしたら、その途中でイサに会ったってわけ。……これで、納得してくれたかしら?」
そう言って「ふふふ」と笑うリリィは、完全に目が据わっていた。
正直、物凄く怖い。
このリリィを相手にするぐらいなら、1人で魔物を100匹倒すほうがまだマシだと思えてくる。
俺が何も言えずにいると、リリィはまた鞄へ目線を落とし、中から聴診器を取り出した。
「それじゃあ、イサ。そこに座ったままでいいから、上だけ脱いでくれる?」
俺に愚痴をこぼして少しは気が済んだのか、俺を見るリリィはいつも通りの顔に戻っている。
せっかく直ったリリィの機嫌を損ねないように、俺はベッドに腰掛けたまま、素直に上の服を脱いだ。
リリィは俺の正面へ来ると両膝を付き、上体を起こした状態で俺の健診を始めた。
俺には医学の心得がないのでリリィが何を調べているのかはわからないが、聴診器で音を聴いたり、首回りや胸の辺りを触診したりしている。
そして、目や喉の奥まで調べ終わると、リリィが聴診器を外しながら立ち上がった。
「もういいわよ。お疲れ様」
そう言うとリリィは、数歩歩いてサイドテーブルの上に聴診器を置くと、その場で大きく伸びをした。
さっきまでの真剣な顔とは違って、緊張がとれ、楽な表情をしている。
「あっ、一応結果を伝えとくわね。残念なことにずいぶん不摂生な生活をしてたわりには、どこをどう調べても健康体だったわ」
「それがなんで残念なんだ?」
俺が脱いであった衣服に袖を通しながら言うと、リリィは肩をすくめてみせた。
「だって、イサが調子に乗るでしょ? これだけ不摂生な生活をしてても健康なんだから、これからも定期健診を受ける必要はないし、生活態度を改める気もないって」
ハァと大きく息を吐くと、リリィが足早に俺の正面へ歩いて来た。
そして両手を腰にあてると、いまだベッドに座ったままの俺を鬼のような形相で見下ろした。
「いい? 確かに今回は、どこも悪いところがなかったかもしれないわ。だけどね、それはたまたま運が良かっただけよ。体に異常を感じてからじゃ、手遅れの場合だって少なからずあるんだからね。わかったら、これからは定期健診をちゃんと受けて、生活態度も見直しなさい! 魔王業なんて身体が資本のようなものなんだから」
「リリィ! 声が大きい」
「え?」
「だから、誰が聞いているかわからないだろう?」
俺が寝室の入口のほうへ目線を向けると、リリィも自分の失言に気づいたのか口元を手で隠した。
「ごめんなさい。うっかりしてたわ」
キョロキョロと周囲に視線をさまよわせた後で、リリィが謝罪の言葉を告げた。
「今までイサと『外』で会ったことなんてなかったから、つい」
「いや、俺こそ悪かった。いきなり大声を出して」
俺はベッドから立ち上がると、肩を落としてうなだれているリリィの頭を撫でた。
――変わっていないな、リリィは。
8歳の時、初めて会った時から何も変わらない。
我が儘で勝手でちょっと意地悪で、だけどその分、一途で意志が強くて負けず嫌いで、そして曲がったことが大嫌いだった、あの頃と。
俺の脳裏にリリィとの思い出が甦る。
初めて会った時、自分が何を言ったのかは覚えていないが、いきなりリリィに怒鳴られたことは覚えている。
たしか「あんた何様なのよ!? 私の兄様に命令しないで!」だったかな?
あれは衝撃的だった。
おそらく俺には命令したという意識はなかったはずだ。
何故なら、俺にとって人を使うことは、息をすることと同じくらい普通のことだったから。
その後も、俺はリリィから色々なことを学んだ。
着替えを始めとした日常生活の基本行動に木登りやかけっこといった遊び、そして何より人との係わり方を。
時には、罵りあったり、取っ組み合いの喧嘩をしたこともある。
でもだからこそ、悪意のある言葉は凶器になり、相手を叩いたら自分の手のひらも痛むことを知った。
相手を許すということも、繋いだ手の温もりも、相手を思いやるという気持ちも、すべてリリィが教えてくれた。
もしリリィと出会っていなければ、俺は独善的で傲慢な為政者になっていたかもしれない。
少なくとも、他人の気持ちを慮るという思いすら抱かなかっただろう。
色々と酷い目にもあわされたが、俺にとってリリィは、唯一友と呼べる大切な存在だ。
できることなら、あの頃のように無邪気に笑いあいたい。
しかし、それはできない。
たとえリリィが俺を許したとしても、俺が自分自身を許せない。
今でも『あの事』が澱となって、俺の胸に残っている。
それでも俺は心のどこかで、久しぶりに会ったリリィがあの頃と変わらない笑顔で接してくれたことにホッとした。
自分で自分が許せないといいながら、あの頃と同じままのリリィの態度に安堵した。
「ちょっと! いつまで人の頭を撫でてるのよ?」
咎めるような鋭いリリィの言葉で、俺はハッと我に返った。
そして、リリィの頭からサッと手をのけた。
どうやら俺は回想に耽っていた間、無意識のうちにリリィの頭をずっと撫でていたらしい。
「……悪い」
「もう! ちょっと私より背が高くなったからって生意気なのよ。昔は私のほうが背が高かったのに!!」
リリィが両手を腰に当てて口を尖らす。
しかし、すぐにその表情は柔らかく綻んだ。
「なんてね。本気にした? いくら私でもこんなことくらいで怒ったりしないわよ」
ふふふと笑いながら、リリィが俺の顔を見上げる。
そして茶目っ気たっぷりな紫紺の瞳を俺に向けて、こう切り出した。
「そろそろ聞かせてもらえるかしら。もう十分、心の準備はできたでしょ?」
――ああ、やっぱり忘れていなかったか。
正直、まったく頭の整理をする余裕なんてなかったが、これ以上時間を稼ぐのは無理のようだな。
リリィの有無を言わさぬ圧力に押された俺は仕方なく覚悟を決めた。
俺は長くなるからと、リリィにベッドに腰掛けるよう勧め、俺自身もベッドに腰を下ろした。
先程までいた応接間に戻っても良かったのだが、それだとどうしてもリリィと向き合う形に座らなければ不自然になる。
リリィに真っ正面から見つめられて、平然と偽りを口にできるほど、俺は器用な人間ではない。
「それじゃあ、聞かせてくれる?」
隣りに座ったリリィが俺の方に顔を向け、穏やかな声で本題を話すよう促す。
俺はリリィの横顔をちらりと見て、ひとつ深呼吸すると、ここ1ヶ月ちょっとの出来事を語った。
何があって城を飛び出したのか。
その後、気の向くままに各地を転々として、手持ちの金が尽き困っていた時に助けてくれたのがヒメナだったこと。
そのヒメナから様々なことを聞かされ、魔王城へ帰る決心をしたこと。
ヒメナとは一度別れたがすぐに再会し、目的地が同じだったことからまた一緒に旅をするようになったこと。
そして王都ルノオンへ向かう道中、ルニガッセに立ち寄り、ソルとリリィに出会ったこと。
路銀が尽きて行き倒れていたところをヒメナに救われたということと、ヒメナの過去など私的な話は省いたが、それ以外については忠実に話したつもりだ。
「……解せないわね」
話を聞き終えたリリィが難しい顔で、そう呟いた。
「何がだ?」
「だって、あの過保護な3人組がなんの理由も無しにイサを追い詰めるようなことをするとは思えないんだもの。絶対、何かウラがありそうね」
リリィが難しい顔のままで考え出す。
だが、俺はリリィの言い分に気になる点があったので、それをリリィにぶつけた。
「別にあいつらは過保護ではないだろう?」
「はぁ!?」
リリィが素っ頓狂な声を上げて、俺の顔をまじまじと見つめる。
「それ、本気で言ってるの?」
信じられないとでもいうような表情のリリィが、やや興奮した様子で言葉を続ける。
「あいつらが過保護じゃなかったら、いったい誰を過保護って言うのよ!? 特にあの頭の固そうな融通のきかない」
「……リクのことか?」
「そうそう! エンリクォーツ。たしかそんな名前だったわ」
「……普通にリクでいいだろう?」
「私はあいつらが嫌いなのよ。なのになんで『リク』なんていう可愛らしい愛称で呼ばないといけないのよ?」
話していくうちに、だんだんとリリィの言葉に熱がこもっていく。
「あいつ、エンリクォーツはね、ちょっとでもイサが汚い言葉を遣おうものなら、その言葉をイサに吹き込んだのは私だと決めつけて、わざわざ文句を言いに毎回私んちまで来やがったのよ! 『イサ様が貴女みたいに下品になったらどうしてくれるんですか!?』って。それじゃあ、何? 私が下品だって言いたいわけ!? ……あー、今思い出しても腹が立つ!!」
だが、俺の周りでそういう言葉を遣いそうなのはリリィしかいないのでは?と思ったが、怒りの形相で拳を握り締めるリリィを見て、俺はその思いを喉の奥へと呑み込んだ。
「しかも、あいつが帰った後は、両親からも怒られ、教育係からも怒られ、本っ当さんざんだったわ! 絶対あいつ、私のこと嫌いよ。まあ、私だってあんな奴に好かれたくなんてないけどね」
そう吐き捨てるとリリィは、このほかにもいかにリクが無茶苦茶なことを言ってきたか、実際のエピソードを交えながら熱く語った。
リリィの口から語られた話は、俺が初めて知ることばかりだった。
例えば、リク達があまり俺を城の外に出したがらなかったこと。
例えば、リリィと一緒に俺を外遊びに連れて行ってくれたソルが、あとで苦情を言われていたこと。
例えば、外遊びで俺が小さな傷ひとつでも作って帰って来たら、3人(おもにリク)からさんざん非難されていたこと。
たしかにこれだけ聞けば、リリィがあいつらを過保護というのも頷ける。
「それにね。イサは知らなかったかもしれないけど、昔私とイサが兄様に連れて行ってもらってた遊び場は空からしか行けない場所にあったのよ。つまり翼竜を持っていない一般の人達は立ち入れない場所だったってわけ。言ってみれば、城の外であって、城の中も同然の場所だったってことよ。それなのに、そこに連れ出すのすらなかなか許可が取れなくて大変だったって兄様が言ってたわ」
「わかった。もういい」
長々と続くリリィの過保護主張に、いい加減うんざりしてきた俺はリリィの話を途中で制止した。
「それよりも、さっきリク達が俺を追い詰めたのは何かウラがありそうだと言っていたが、そのことについてリリィの考えを聞かせてくれないか? それとここ最近の魔物の活発化についても聞きたい」
そう言って隣りに座ったリリィへ真剣な眼差しを向けると、リリィも今までの怒りを抑えるように大きく深呼吸をして、真剣な表情で俺を見た。
「魔物の活発化については私達にもわからないの。でも話を聞いた限りでは、イサが魔王城を飛び出したことと無関係とは思えないわ」
「それは俺も同意見だ。時期的に見てもな。だがそれにしては、魔物達の反応が早過ぎないか?」
「うーん。そうね、まるでそうなることがわかってたみたい。……ちょっと待って。もしかしたら! だからイサを」
何か閃いたのか、大きく開かれたリリィの目が輝いている。
「何かわかったのか?」
「わかったっていうか……これはあくまで私の考えなんだけど」
そう前置きしてからリリィがゆっくりと口を開いた。
「さっきイサが『魔物達の反応が早過ぎる』って言ってたじゃない。でも誰かが故意に噂を広めていたとしたら、そんなに不自然なことでもないでしょ?」
「そんなことをして、そいつにどんなメリットがあるっていうんだ?」
「さぁ? そこまではわからないわよ。でも、噂を広げた人物がいるとすれば、その犯人は自ずとわかるわ」
足を組み、顔にかかった深紅の髪を耳にかけると、リリィは艶やかに笑った。
「まず、噂を撒いてからそれをすみずみにまで浸透させるには、ある程度時間がかかるものなのよ。それなのに、イサが城を飛び出して数日も経たないうちに、各地で魔物達の動きが活発化したということは、犯人は事前に下準備をしていた可能性が高いわね。例えるなら、幾重にも重ねた薪に油をかけて、後は火種ひとつでいつでも燃え上がるようにしていたんじゃないかしら?」
「それで、犯人は誰なんだ?」
「事前にいくら下準備をしていても、イサが城を出て行かないことには、すべて無駄になるでしょ? そう考えると、犯人はあいつらしか考えられないわよね」
リリィの『あいつら』という複数形で俺の脳裏にあの3人の顔が浮かぶ。
リリィは俺の微妙な表情の変化で、自分と同じ人物を思い浮かべていると察したらしく、俺の返答を待たずに言葉を続けた。
「たぶんイサも私の言いたいことはわかってると思うけど、私はイサの行動をある程度誘導できた人物、つまりエンリクォーツ、ポストルリカイ、クウピュールロスカの3人が犯人だと思うわ」
あくまで仮定の話をしていたはずだが、リリィの目は確信の色に満ちていた。
しかし、たしかに魔物達に噂を流した人物がいるとすれば、リリィの話は筋が通っている。
「なんでリク、カイ、クウの3人が共犯だと思うんだ?」
「だってあいつらは初代魔王の時代から現在まで、ずっと魔王に仕えて来たんでしょ? だったら、他のことはともかく魔王関連のことだけは互いに相談してると考えるのが自然じゃないかしら。それに誰か1人が勝手なことをしたら、他の2人が黙ってないと思うわよ」
「でもそれなら何故あいつらは、俺が城を飛び出すよう仕向け、あまつさえ魔物達に魔王不在の噂を流して、この国の秩序を乱すような真似をするんだ?」
俺は素直にリリィへ疑問を投げかけた。
「しかも、魔王という絶対的な秩序を失ったにしては魔物達による人間への被害が少なすぎることを考えると、あの3人がある程度魔物達を抑えていると考えられる。すると自分達で魔物が暴れるよう仕向けておいて、一方では秩序を守ろうとしていることになるんだが、矛盾してないか?」
「うーん」
腕を組んでしばらく唸っていたリリィだったが、突然ベッドから立ち上がり雄叫びを上げた。
「んあぁーー! もう無理!!」
直立不動の体勢でリリィが頭を掻きむしる。
そしておもむろにベッドに座っている俺へ視線を向けると、掴み掛からん勢いで俺の正面へ回った。
「理由なんてね、あいつらを直接締め上げればいいのよ。それが一番手っ取り早いわ」
「まだ3人が犯人だと決まったわけではないだろう」
「たとえ犯人じゃなかったとしても、何かは知ってるでしょ? どっちにしろ締め上げればいいのよ」
「……リリィの最後は力業でなんとかしようとするところ、俺は嫌いではないぞ」
「それ、喧嘩売ってるの?」
「まさか」
どんな方法であれ、現状を打破するために最初の一歩を踏み出せるところは、リリィの長所だと思う。
行動に移す前に、その行動によって起こり得る危険性を考えこんでしまう俺には到底真似できないことだ。
それが羨ましくもあり、危うくもある。
けれど、その危うさはソルが傍で支え中和しているため、リリィの短所には成り得ない。
互いに足りない点を補い、支え合える。
ソルとリリィは、そんな最適な関係なのだろう。
「まあ、いいわ。これでこの話は終わりにしましょ」
リリィがにっこりと笑う。
「なんか喉渇いちゃったわね。お茶淹れてあげるからイサも飲むでしょ?」
そう言うとリリィは俺の返事も聞かず、お茶を淹れに別室へと向かった。




