行き倒れ、その名もイサ
イサ「……もう少しどうにかならなかったのか? このサブタイトル」
ヒメナ「そうデスか? 我ながら良い出来栄えだと思いますケド」
イサ「お前が付けたのか!!」
何故だろう?
頭がぼんやりとして、視界が霞む――――。
夢を見た。
まだ子供の頃の。
城に連れて来られてすぐの、寂しくて泣いてばかりいた頃の夢を。
だが、不思議と辛い思い出じゃない。
泣いている俺の頭を撫でてくれた、優しい手を思い出すから。
それが誰なのかは、覚えていないけれど。
――あの手の主は、いったい誰だったんだろう?
夢の余韻に浸りながらゆっくりと瞼―マブタ―を開く。
ぼやけた視界が段々はっきりしてきて、最初にはっきりと映ったものは…………………………………………見知らぬ女の顔、だった。
「!!!」
「あっ。オハヨ~ゴザイマス」
思わず飛び起きると、俺の顔を至近距離から眺めていた女が、のほほ~んとした表情でこうほざいた。
「私は貴方の命の恩人のヒメナさんデス。謝礼金なら只今絶賛受付中ですヨ♪」
――何なんだ? この頭のネジが2、3本外れていそうな女は!?
この世に謝礼金をせびる『命の恩人』がいたことに衝撃を受けながらも、目の前の女を観察する。
背丈は低い。150センチ位だろうか?
焦げ茶色の瞳に、栗色の髪。
年齢は12~13ってところか。
女、というよりも少女といった方が正しいか?…いや、こんな失礼なガキ、小娘で十分だ。
「おい、小娘」
ベッドから上半身を起こした状態のまま『命の恩人』に声を掛ける。
『命の恩人』は俺の言葉に表情を歪め、口を尖らせた。
「私はもう15歳の立派なレディーです。小娘じゃ、アリマセン! それに、私にはヒメナという名前があります。今度、小娘って呼んでも返事しませんカラネ」
ぶー、と頬を膨らませる仕草は子供そのものだ。
――どこにレディーがいるんだ?
内心そう思ったが、これ以上目の前の相手の気分を害するのは得策では無いと判断しそれを口に出すことはしなかった。
かわりに至極最もな疑問をぶつけた。
「ここは何処だ? 何故俺はここにいる? さっきお前は俺に何をしようとしていたんだ? 答えろ」
「……それなら私だって訊きたいデスヨ。何で貴方があんな所に倒れてたのか。怪我は無いみたいデスし、この様子だと病気で倒れてたワケでもなさそうですケド」
相変わらず口を尖らせて、素っ気なく言い返す小娘の言葉に、何か引っ掛かる物があった。
――倒れていた? 魔王である、この俺が?
信じたくないが、意識が無いうちに見覚えの無い場所まで連れて来られていたことを考えると、どうやら俺が倒れていたことは事実らしい。
いったい、何故俺は倒れていたんだ?
その疑問を解決するため、俺は城を飛び出してからの出来事を思い出す。
魔王城を飛び出したのが約1ヶ月前。
売り言葉に買い言葉で、着の身着のまま出て来たため無一文だった俺は、まず城下町で身につけていた衣服と装飾品(魔王たる者、いつ来訪者が来ても慌てないよう、普段からきちんとした身なりをするようにと、リクが口うるさく言うため着用)を売り、その金で安物の衣服とある程度の大きさのバッグと護身用の剣、水や食料、地図やコンパスやランタン等旅に必要な物を買い揃えた。
その後は、特に当てもなく、気の向くまま各地を放浪し、気が付けば路銀が底を尽き……。
尽き………………。
尽き…………。
尽き……。
……思い出した。
何故俺が倒れていたのかを。
だが、そんなことが言えるか!
魔王たるこの俺が路銀が尽き、空腹で倒れていただなんて、口が裂けても言えない!!
「どうかしたんデスか? 急に顔色が悪くなりましたヨ?」
「な、何でも無〔ぐぅー〕」
――何故このタイミングで腹が鳴る。
怒りと恥ずかしさで一気に顔を真っ赤に染めた俺に、小娘がのほほ~んとした笑顔を向ける。
「なァんだ。お腹が空いてたんデスか。それならそうと早く言って下さいヨ。ちょっと待ってて下さいネ」
そう言うと、小娘はドアの向こうへ消えて行った。
……最悪だ。
あんな小娘にこんな失態を知られるなんて俺の人生は終わった。
ベッドに腰掛けた状態のまま、うなだれる。
いっそのこと、あの小娘の口を封じて、何もかも無かったことにしてしまおうか?
そんな考えが脳裏を掠める。
だが、(認めたくはないが)あの小娘が俺の『命の恩人』ということは紛れもない事実だ。
仮にも『命の恩人』に、恩を仇で返すような真似は出来ない。
そんな事をすれば、魔王であるこの俺の名に疵を付けることになる。
それだけは、何としても避けなければ!
どうしたものかと、周囲を見回す。
狭い部屋だ。
木で造られた、小屋のような家なのだろう。
ただでさえ狭い部屋に家具が押し込まれさらに狭さを強調し、開かれた窓からは強い光が差し込み、今が昼間だと教えてくれている。
――まぁ、いい。
少し悩んだ後、俺は開き直ることにした。
ここがどこかは知らないが、この部屋の様子からして、どうせ田舎の村だ。
こんな辺境の地に住んでいる小娘に会うことなんて、今後一切無いだろう。
今、この場さえ耐え忍べば、それですべてが終わる。
幸いなことに、俺の素性は知られていないことだし。
無理矢理自分自身を納得させる。
それを待っていたかのようにドアが開き、能天気な声が耳に届いた。
「お待たせしました。朝の残りですケド、どうぞお上がりなさいナ」
上から目線で話掛けながら、運んできた食事をテーブルの上に並べる。
――何で俺が残り物なんぞを食わなければならないんだ!?
だが、絶妙のタイミングで腹が鳴り、仕方なくベッドから椅子に移動し、目の前に置かれたパンを千切って口に運んだ。
「!」
「どうデスか? 美味しいデスか?」
正直、味についてはまったく期待していなかったが、思いのほか旨い。
「それ、私のお手製なんデスヨ♪」
得意満面な小娘の口から、とんでもない言葉が飛び出して来た。
――今、なんて言った?
お手製とか聞こえたんだが、気のせいか?
「朝作ったんで、ちょっと固くなってるカモしれませんが、お味はナカナカの出来だと思うんデス。どうデスか?」
瞳をキラキラさせて俺を眺める小娘の様子から、さっきの言葉が俺の聞き違いでないことがわかる。
「まぁ……。腹が減ってたら何でも旨く感じるからな」
小娘が作ったものを素直に褒める気持ちにはなれず、こんな台詞を言っていた。
「そうデスか…」
残念そうな小娘を尻目に、俺は小さなパン2つと野菜の切れ端だけの水のようなスープを一気に平らげた。
粗食だが、少しは腹の足しになったようで、腹の虫がようやく収まった。
これでやっと本題に入れる。
俺は、改めて小娘と向き合った。
「先程も訊いたが、ここは何処なんだ?」
「ミニアル村デスよ」
少し不機嫌そうに、小娘が答える。
――ミニアル村?
俺は記憶を総動員させて、ミニアル村の情報を引き出した。
たしかミニアル村は、西方にあるかなり田舎の村だ。
特産品は小麦。
だが、この村の小麦が特に良質ということもなく、実際この村が無くなっても誰も困らないだろう。せいぜい、しばらく小麦の値段が高くなる程度だ。
その程度の価値しかない、取るに足りない小さな村。
「今朝、天気が良かったので散歩してたら、村外れに倒れてる貴方を見つけたんデスよ。そこで心優し~いヒメナさんは、行き倒れてた貴方を拾って介抱してあげたんデス。あ、ついでに傍に転がってたバッグも持って来てあげましたヨ」
そう言うと小娘は、さっきまで俺が寝ていたベッドの足下を指差す。
その指先を目で追っていくと、確かに見覚えのあるバッグがそこにあった。
俺が無言で立ち上がり、ベッドの脇にあるバッグの中身を確認し始めると、背後から小娘が抗議する。
「そんなことしなくても、何も盗ってませんヨ!」
だが、その後でボソッと「金目のモノなんて何も無かったし。……チッ!」と舌打ちが聞こえた。
舌打ちに思わず振り返ると、小娘はまるで何事も無かったかのように例の、のほほ~んとした笑顔を浮かべていた。
「どうデスか? 足りない物は無かったデスか?」
あまりの白々しさに一言「ああ」と言うのがやっとの俺に、またもや小娘が爆弾発言をする。
「そうデスか。……それじゃあ、働いてもらうしかないデスネ」
「は?」
「『は?』じゃ、ありませんヨ! 働かざる者、食うべからずデス。自分が食べた分はきっちり働いてもらいマス。タダ飯食えるほど、世間は甘くないんデスよ」
にんまりと不敵に笑う小娘を見て、俺は大変な奴にとんでもない借りを作ってしまったことを、深く後悔した。




