改めて、初めまして
ヒメナ「イサ、大変デス!」
イサ「どうした!?」
ヒメナ「深紅の髪の素敵なお2人に囲まれて、ヒメナさん鼻血を噴きそうデス!!」
イサ「……勝手に噴いていろ」
ヒメナ「ぶはぁ!!」
リリィに強制連行された先は、ルニガッセで1、2を争う高級旅館だった。
その旅館は、高級と称されるに相応しい豪奢な、それでいて下品にならない程度に雅な外装をしていた。
内装も手が込んでいて、よく見ないとわからないような細かな場所にも、美しい細工が施されている。
当然、掃除も行き届いており、リリィ達が使っているという特別室に向かう途中の廊下はすべて鏡のように磨き上げられ、窓枠には埃ひとつ無かった。
そのあまりの豪華さに傍らのヒメナは言葉もなく、あんぐりと口を開けて、左右をきょろきょろと見回している。
「さっ、ここよ。入って」
そう言ってリリィが、重厚感のある扉を開けて俺達を招き入れる。
その誘いのままに室内へ足を踏み入れると、まずあまりの広さに驚かされた。
扉を入ってすぐの部屋で最初に目についたのが、ちょっとしたお菓子をのせた脚の低いガラステーブルと、向かい合う形で置かれた大きくゆったりとしたソファーだった。
そのことから、おそらくこの部屋は応接間にあたるのだろう。
この部屋だけでもかなりの広さがあるのだが、どうやらさらに奥にも複数部屋があるらしい。
さすがは高級旅館の特別室といったところだな。
「この特別室は私が使ってるの。兄様は隣りの特別室を使ってるわ」
にこやかに話すリリィの言葉で、何室もあるこの広い特別室をそれぞれ一部屋ずつ使用していることがわかった。
「まあ、立ち話もなんだし、座って話しましょうか?」
そう言うとリリィは、真っ先に応接間のソファーに腰掛けた。
その後で俺やヒメナにもソファーを勧める。
俺は少し迷ってから、リリィとは対角の位置に座った。
そしてヒメナは俺の隣りでリリィの正面の席に、ソルはリリィの隣りで俺の正面の席に、それぞれ腰をおろした。
「それじゃあ、まずはその娘を紹介してもらえるかしら?」
足を組み、艶やかな笑みを浮かべながら、リリィが俺の隣りに座っているヒメナへと視線を送る。
そのリリィの傍らにいるソルも、ヒメナに注目している。
「彼女はヒメナといって……その、訳あって一緒に旅をしている」
リリィの言いなりになっているようで癪だが、このまま黙っていて、ヒメナに余計なことを言われるよりはマシだと判断し、とりあえず肝心の部分をぼかして、簡単に説明した。
「ヒメナです。初めまして」
リリィとソル、2人に見つめられて、頬を赤く染めたヒメナがやや落ち着かない様子で挨拶をする。
その姿が微笑ましく映ったのか、リリィがヒメナに優しく笑いかける。
「初めまして。貴女、ヒメナっていうの? 可愛い名前ね。ヒメナちゃんって呼んでもいい?」
「ハイ! もちろんデス」
「ありがとう。私はルディッサリリィよ。よろしくね」
リリィが差し出した手をヒメナが握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そう言って笑顔でリリィと握手をかわすヒメナからは、先ほどまでの緊張感はまったく感じられなかった。
リリィは見た目こそ高嶺の花といった感じで近寄りがたい雰囲気があるが、口を開けばその印象はがらりと変わる。
どうやらヒメナも直接リリィと言葉を交わし、その人柄がわかって緊張がほぐれたようだ。
握手の後は、たわいない話で盛り上がっていたが、ヒメナがふと何かを思い出したように口を挟んだ。
「あの~、ひとつだけ言わせてもらってもいいデスか?」
「いいわよ。何?」
「さっきヒメナさんの名前を可愛いって褒めてくれましたケド、それは間違いデス。ヒメナさんは名前だけじゃあなく、すべてが可愛いんデス」
そう言って、得意気な顔でヒメナが胸を張る。
――こいつ、調子にのってやがる。
リリィやソルを前にして、その台詞を言えた根性だけは褒めてやる。
しかし、リリィは唐突過ぎる言葉に目が点になり、ソルに至っては肩を震わせて笑いを押し殺しているぞ。
呆れ顔で傍らに座るヒメナに目をやると、ヒメナはさすがというべきか、いつもののほほ~んとした笑みを浮かべて、余裕しゃくしゃくの様子だ。
「おい……」
「アハハハハ!」
俺の言葉を遮って、リリィの笑い声が部屋中に響き渡る。
「本当に面白い娘ね」
目尻の涙を指で拭いながら、リリィがヒメナと向き合った。
「そのふてぶてしいところも気に入ったわ。私のことは心安く『リリィ』って呼んで頂戴」
――えっ!?
「ハイ! それじゃあ、これからはリリィさんとお呼びしマス」
優雅に微笑むリリィと何も知らずにのほほ~んと笑うヒメナ。
そして、俺と同様に驚いた様子のソル。
――珍しいこともあったものだな。
『リリィ』という愛称は、もともとソルだけが使っていた呼び名だ。
そのためか『リリィ』という愛称は彼女にとって特別なものらしく、よほど親しい間柄か、よほど気に入った人間にしか、呼ぶことを許さない。
もっと言えば、俺は自分とソル以外に彼女を『リリィ』と呼んでいる者を1人も知らない。
「あの~、リリィさん」
リリィに相当気に入られたことにも気づいていないヒメナが呑気に会話を続ける。
「さっきから気になってたんですケド、リリィさんの隣りにいらっしゃる素敵な男性は誰なんデスか?」
ヒメナのもっともな質問に、リリィがこともなげに答える。
「ああ、そういえばまだ紹介してなかったわね。私の兄様よ」
「初めまして。リリィの兄、ソルトリアリンクスです」
いきなり水を向けられたにもかかわらず、表面上は穏やかな表情を作り、ソルがヒメナに笑いかける。
「ソルと呼んで下さい。どうぞ、よろしく」
「あ、ハイ! よろしくお願いしマス。ヒメナさんのことは、ヒーちゃんでもヒメっちでも、お好きなように呼んで下さい」
頬を赤く染めたヒメナと握手を交わした後で、ソルがにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、僕もリリィと同じように、ヒメナちゃんって呼ばせてもらおうかな?」
「どうぞ! むしろ、ぜひお願いしマス」
無事にそれぞれの自己紹介が終わり、その後は俺を除く3人で世間話に花が咲き、和気あいあいとした雰囲気になる。
その和やかな空気の中で、ヒメナが「そういえば」と、突然話題を変えた。
「リリィさんとソルさんって、赤緑の医療団の方なんデスか?」
「そうよ」
リリィが即座に答える。
「私は赤緑の医療団の医師よ」
「やっぱり、そうデスか! それじゃあ、ソルさんも?」
「僕は薬師だよ」
「あら、でも薬師に転向するまでは、兄様も医師として働いてたじゃない。今でもそこらの町医者より、よほど腕は確かよ」
そう言って、目配せし合うリリィとソルに、ヒメナが驚嘆の声を上げる。
「はぁ~。お二人ともスゴいデスねェ。ちなみにおいくつなんデスか?」
「私は23よ。イサと同い年なの」
「僕は32歳だよ。リリィ達とは少し歳が離れていてね」
「へぇ。イサって23歳だったんデスか。初めて知りました」
2人の返答を聞いて、ヒメナがちらっと俺の顔を見る。
でも、その視線はすぐソルへと向けられた。
「あの、32歳ということは、もう結婚されてたりしマスか?」
「いや、まだだよ。なかなか良い出会いがなくてね」
そう言って、愛想笑いをするソルにヒメナが食いついた。
「あのっ、それじゃあ、ヒメナさんとかどうデスか? それとも年下はお嫌いデスか?」
「そんなことはないよ。だけど、僕とヒメナちゃんだと、少し歳が離れすぎているんじゃないかな?」
ソルが遠回しに断っているのを知ってか知らずか、ヒメナがのほほ~んと笑いながら答える。
「大丈夫デスヨ。17歳差なんて、あと10年もしたら気にならなくなりマス」
「17歳差? ……ということは、ヒメナちゃんって今15歳?」
「はい。そうデスよ」
ヒメナの言葉で、ソルとリリィの顔に驚きが浮かぶ。
「ヒメナちゃんって15歳だったの!? てっきり12歳くらいかと思ってたわ」
「よく見て下さいヨ。どこからどう見ても大人の色気が漂う立派なレディーじゃあないデスか」
……ここは笑うところなのだろうか?
もし本気で言っているのなら、「そういう台詞は女性らしい膨らみと腰のくびれを作って、食べ過ぎで突き出た腹をどうにかしてから言ってみろ!」と怒鳴りつけてやりたい。
俺が心の中でそんなことを思っていると、ありえない言葉が耳に飛び込んで来た。
「そうね。よく見たら、ヒメナちゃんは立派なレディーだったわ」
俺は反射的にリリィを見た。
リリィは何事もなかったかのようににこやかに笑っている。
さっきの言葉は俺の聞き間違いか?
それともまさかリリィの視力が急激に低下でもしたのか?
リリィの身を心配していると、ソルが訝しげにリリィへと声を掛けた。
「リリィ?」
「だからね、兄様」
リリィがくるりと体の向きを変えて、隣に座っているソルと膝を突き合わせる。
「レディーに恥をかかせないためにも、少しヒメナちゃんとデートでもしてきたらどうかしら。……ねっ」
そう言うとリリィは、何かの合図のように片目をつぶってみせた。
「……わかったよ」
一瞬困惑した表情を見せたソルだったが、すぐにリリィの意図を察したらしく、穏やかな笑みを浮かべて了承する。
そしてそのまま、視線をヒメナへ移すと、優しい笑顔で話しかけた。
「リリィもこう言っていることだし、少し2人で出かけて来ようか? もちろん、ヒメナちゃんさえよければだけど」
「良いに決まってマスよ!」
「そうかい? それじゃあ、早速行こうか」
ソルがソファーから腰を上げると、慌ててヒメナも立ち上がる。
そしてヒメナは手早く衣服の乱れを直すと、俺が口を挟む暇もないほど素早くソルと腕を組み、嬉々として部屋を出て行った。